それは猫に生まれた男の話

真綾

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 人間だろうが、猫だろうが全てを欲してしまうのが間違っていたのだ。
 
 猫の身でありながら人としての感情に芽生えてしまったのに後悔はしていない。


 旦那と別れた後おいらはあの女の子に会いたくなって初めてであった河川敷を歩いていた。

 車が一台ほど通れるほどの広さのこの道は整備されておらず、土肌が見えていた。

 おいらはこの道が好きだったのだ。

 夏の日にコンクリートで固めてある道を歩くのは猫にとっては辛い。

 熱を反射するそれは四つ足であるく動物には優しくない代物だ。

 それでもおいらは女の子に会いたいという衝動のほうが大きかった。

 前方に女の子が歩いている姿が見えた。

 初めてあったときと同じように下を向いている女の子はおいらの存在に気づいておらず、おいらは女の子に駆け寄ろうと思った。

 言葉が通じる訳でもなく、ただ会いたいという気持ちは今まで知らなかったものだ。

 前世ですらこのような焦燥に駆られたことはない。

 ふと女の子の後ろの方に目を向けてみるとそこには、白い軽自動車が猛スピードで走っていた。

 止まる気配はなく、その車は女の子に突撃してしまいそうだ。

 足が勝手に動くということがあり得るのだと初めて知った。

 気がついたら車に向かって走っていた。

 もちろんそのとき女の子の隣を通り抜けたのだが、おいらの姿に気づくことはなかった。

 それでいい。

 おいらは自分の意志で車に飛び込もうとしている。

 女の子が俺の死に心を痛めることはないし、知る必要はない。

 軽自動車がおいらの存在に気がついたが、おいらの足のほうが早くタイヤに巻き込まれてしまった。




 その事故に引かれたのがおいらだと知ったときの女の子の浮かべていた表情をおいらは見ていない。





 旦那、旦那は分かっていたから言ったんだ。

 しぶとくて、自分の感情に正直な生物だと。

 だから人間の頃を忘れろと言ったんだ。

 次にどこかで旦那に会えたならお礼を言おう。

 まぁ、お互いに記憶が残っていたらの話だが。
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