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記憶の館と二人の少女
⑦
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6.閉店時間にココアをどうぞ
久しぶりの客人が無事帰るべき場所へ送り出した店の中で鈴音が不機嫌そうにカウンターの机に顔を埋めていた。私にはその理由が明確に分かっていたが合えて触れるような真似はしなかった。“触らぬ神に祟りなし”という言葉を思い出す。己から危険へ足を踏み入れる事をするほど危険なもの知らない訳ではない。
鈴音は床に付かない足をぶらぶらさせている。私はいつも通りグラス磨きをしていた。
「アルジは優しすぎます」
今日一日は何も話さないと思っていたら鈴音は口を開いた。私はグラスから鈴音に視線を向ける。
「そんなことはない」
自分では分からないことなのでこの答えを言ったところで相手を納得出来るとは思っていなかった。鈴音の性格を考えると何も答えないのも機嫌を損ねる原因になりかねない。
鈴音が顔をあげた。その表情は不機嫌そのものだった。
「女の子だからってデレデレしすぎです。わざわざ獏に食べられた記憶取り返して来たの、私なのに労いの一つもないし。アルジは若い娘なら誰にでも優しいのですか」
声を荒げることを滅多にしない鈴音が頬を赤く染めながら訴える。それほどに頭にきているのだろう。実際に鈴音は幼い形をしているだけで本性は猫又なのである。猫又になったのは自分の意志ではないにしろ、通常よりも長く生きた猫が妖怪へ変化したもの。人間に化けられるというのも相当の妖力があり、人の中に紛れるだけの知恵も持っている。
私の弱いところも補ってくれると分かっているから側に居て貰っていた。彼女自身が私の側に居る事を好んでくれているのは肌で感じていた。
「アルジはいつも、私の気持ちを考えてくれて無いんです。今回のお客様に対する優しさをわたしに少しくらい分けてくれてもいいじゃないですか!!」
鈴音はただアルジが自分以外の女の人と話していたのが気に入らないだけ。私はそれを分かっているつもりでいた。愚痴を聞くことが鈴音の一番の気晴らしになるのならば好きなだけ話させてやればいいだけの事。
ぷぅと頬を膨らませている鈴音は目の前にあるココアに目もくれず私のことばかり睨んでいる。普段ならココアで機嫌が直ってしまうのだけれど、今日はそうもいかないらしい。
「死のうとしている人を助けるなんてどういう風の吹き回しですか。いつもなら素っ気ないだけなのに」
私は友人の死を嘆いて自らも命を断とうとしていた客人の事を思い出す。彼女は無意識のうちにこの店に来た。
それは友人が彼女に死んで欲しくなくなお且つ、客人自身も本当は死ぬ勇気がなかったのだ。だから手助けをした。
「似ていたから」
私の呟きに鈴音が顔を上げる。窓の外を見ると雨がしとしとと降っていた。道理で今日は寒い筈だ。
「拠り所がなくなると人は道を見失う」
かつての私と今回の客はとてもよく似ていた。助けを求めていた。
友人もまた客人の死を望んではいなかった。
「アルジには私がいます」
鈴音の言葉がすとんと胸に落ちる。鈴音の真剣な眼差しは揺るぎない決意の表れ。
初めて会ってから鈴音はずっと私だけを見ていて、側に居てくれると誓いを立ててくれた。そこまでする必要のある程の人物ではないのだが、彼女からしてみると私は特別な存在のようだ。
お互いにお互いを必要としているだけの事。
ここは記憶が集まる喫茶店。
そこで働く従業員にもまた本人だけでは抱えきれない記憶が山のように積んであった。
久しぶりの客人が無事帰るべき場所へ送り出した店の中で鈴音が不機嫌そうにカウンターの机に顔を埋めていた。私にはその理由が明確に分かっていたが合えて触れるような真似はしなかった。“触らぬ神に祟りなし”という言葉を思い出す。己から危険へ足を踏み入れる事をするほど危険なもの知らない訳ではない。
鈴音は床に付かない足をぶらぶらさせている。私はいつも通りグラス磨きをしていた。
「アルジは優しすぎます」
今日一日は何も話さないと思っていたら鈴音は口を開いた。私はグラスから鈴音に視線を向ける。
「そんなことはない」
自分では分からないことなのでこの答えを言ったところで相手を納得出来るとは思っていなかった。鈴音の性格を考えると何も答えないのも機嫌を損ねる原因になりかねない。
鈴音が顔をあげた。その表情は不機嫌そのものだった。
「女の子だからってデレデレしすぎです。わざわざ獏に食べられた記憶取り返して来たの、私なのに労いの一つもないし。アルジは若い娘なら誰にでも優しいのですか」
声を荒げることを滅多にしない鈴音が頬を赤く染めながら訴える。それほどに頭にきているのだろう。実際に鈴音は幼い形をしているだけで本性は猫又なのである。猫又になったのは自分の意志ではないにしろ、通常よりも長く生きた猫が妖怪へ変化したもの。人間に化けられるというのも相当の妖力があり、人の中に紛れるだけの知恵も持っている。
私の弱いところも補ってくれると分かっているから側に居て貰っていた。彼女自身が私の側に居る事を好んでくれているのは肌で感じていた。
「アルジはいつも、私の気持ちを考えてくれて無いんです。今回のお客様に対する優しさをわたしに少しくらい分けてくれてもいいじゃないですか!!」
鈴音はただアルジが自分以外の女の人と話していたのが気に入らないだけ。私はそれを分かっているつもりでいた。愚痴を聞くことが鈴音の一番の気晴らしになるのならば好きなだけ話させてやればいいだけの事。
ぷぅと頬を膨らませている鈴音は目の前にあるココアに目もくれず私のことばかり睨んでいる。普段ならココアで機嫌が直ってしまうのだけれど、今日はそうもいかないらしい。
「死のうとしている人を助けるなんてどういう風の吹き回しですか。いつもなら素っ気ないだけなのに」
私は友人の死を嘆いて自らも命を断とうとしていた客人の事を思い出す。彼女は無意識のうちにこの店に来た。
それは友人が彼女に死んで欲しくなくなお且つ、客人自身も本当は死ぬ勇気がなかったのだ。だから手助けをした。
「似ていたから」
私の呟きに鈴音が顔を上げる。窓の外を見ると雨がしとしとと降っていた。道理で今日は寒い筈だ。
「拠り所がなくなると人は道を見失う」
かつての私と今回の客はとてもよく似ていた。助けを求めていた。
友人もまた客人の死を望んではいなかった。
「アルジには私がいます」
鈴音の言葉がすとんと胸に落ちる。鈴音の真剣な眼差しは揺るぎない決意の表れ。
初めて会ってから鈴音はずっと私だけを見ていて、側に居てくれると誓いを立ててくれた。そこまでする必要のある程の人物ではないのだが、彼女からしてみると私は特別な存在のようだ。
お互いにお互いを必要としているだけの事。
ここは記憶が集まる喫茶店。
そこで働く従業員にもまた本人だけでは抱えきれない記憶が山のように積んであった。
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