巫女と龍神と鬼と百年の恋

真綾

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 樽は外観よりも狭く水が入らないようにきつく密閉がされている。少しの明かりも入らなかった。暗闇は妖怪達が好んでいたから馴染み深かった。

 樽がぐらりと揺らぐと、ユラユラと揺れ始める。水の中に落とされたのだろう。

 私が村から姿を消すことを奈々に説明してこなかった。大人達が正直に話すとも思えない。別に本当の事を知る必要はないのだ。

 私が人間としての心を忘れずにいられたのは奈々のお陰。

 密閉された樽の中に居るのに不思議と息苦しくない。樽が揺れ上下左右が逆になることはあってもそれ以上の事はなかった。沈められたはずなのにどうしてこんなに苦しくないのだろう。

 私は気付かないうちに死んでしまったのか。

 そんな事を考えていたら視界が急に開けた。瓶の蓋が外れたのだ。

「ほぉ、人間が入っておるわ」

 声とともに小さな人影が覗き込んできた。見ると髪も肌の色も白い十歳くらいの男の子。目だけが赤く全てを見透かしているようだ。

「人間が来るとは、はて何年ぶりじゃ?」

 見た目を似つかわしくない言葉使い。

 きょとんと見つめていると男の子は面白いモノを見つけたような笑顔になった。

「これは、これは」

 覗き込んでいた者は私に手を差し伸べる。

「いつまでもその中に居ては窮屈だろう」

 ほれ出た、出たと独り言を呟きながら男の子は片手で軽々と私の事を持ちあげ樽の中から救出してくれた。男の子からは人間でない気配がする。妖怪とは少し違うよう、不思議な雰囲気。龍神なのかもしれない。

 樽の外に出てみると空は天高く、青く澄みきっていた。地面は土ではなく水で出来ていたが、私は水の上に立っていた。

 私が立ち尽くしていると少し呆れたように男の子が歩き出していた。

「何を驚いているのだ?早く歩け」

 男の子に導かれるように、歩き始める。神の棲む場所。そう思わなければ、私は夢の中に居るような感覚。

 生まれ育った村じゃない。寂しいのは妖怪達がいないから。

 私が居なくなってからは好きなように生きていいと言ってきた。元々人間に縛られるような性格をしていなかったので今頃、己の好きな場所で生きているだろう。

 知るすべはないのだけれど。
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