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チョコレート味

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 恋多き乙女って訳じゃないけど、私の友人から言わせてみると“恋愛をするために生きている”って印象を受けさせてしまうみたい。確かにその言葉の表わすところを否定することが出来ないのが悲しい自分の行いだと思うけど言い訳くらい聞いてくれても良いと思うでしょ?

私のことをそれはもう同性愛者じゃないかってくらい大切にしてくれる親友の久留巳は深いため息を突きながら私に睨みつけるような視線を送りながら呆れかえっていた。

「実加は本当に懲りないわね」

 冬を迎えた今は屋上でお昼を取る生徒は自分たち以外に居なかった。日差しがあっても空気が冷たい中でお昼を食べようとする人は極稀なのだろう。逆に誰かに会話を聞かれることがないので私たちは一年生のころからずっとこの場所で食べている。春や秋の過ごしやすい日和に多くの生徒が利用しているのも知っていた。

 久留巳の言葉に私自身が納得しているので変な事は言えないでいるし、久留巳自身大切にしてくれているからこそ怒ってくれていると感じているので私はそれ以上の事が言えないのもまた事実。矛盾しているとは思うけどこの高校に入学しなければきっとこんなことにはならなかったのだと自分自身感じていた。

 何を言われても動じないぞという雰囲気を出しながら頬張っていた甘い味付けの卵焼きを飲み込んでから話し出した。


「だって仕方がないじゃない。好きになっちゃったんだから」
 高校一年の今は進路に誰もが悩む時期であって他愛のない話をする中で絶対にこの話題はつきものだと思う。自分の未来に不安を抱く今だからこそ余計に自分を支えてくれる人が側にいて欲しくて、人が人として生きていく中で、誰かを好きになることは切っても切れないもの。少なくとも私も一般の人と同じように誰かを好きになるし、愛されたいとも人並みに考えている。そんな私に友人はいつも辛辣な言葉しか言わない。『どうしてそんな人を好きになるのか』と。

「実加にはもっとふさわしい人が絶対に居るのにどうしていつもいつもいつもそんな人しか好きにならないの!」

「そこまで言うかなぁ」

 困り果てて苦笑いをすると久留巳は持っていたお箸をバシッとお弁当箱の上に置いて私のことを指さして言った。

「実加は男の見る目がなさすぎるのよ」

「そんなことないわよ。久留巳ちゃんが厳しすぎるだけ」

「いや、絶対に自分のかわいい友人をそんなヤローになんか渡したくない」

 本気で怒っている久留巳に私は逆に驚いてしまう。私の恋なのにどうしてこれほどまでに反対されなければならないのか。確かに考え方を変えてみれば今まで私が好きになった人は女性関係にだらしがない人だったり、実はマザコンの人だったり、兄弟愛が非常に強い人だったり、ナンパをされていても助けずにその場から逃げだしてしまうような男の人ばかりを好きになっていた。学生の今だからこそ別に許せる範囲の中じゃないかと考える私とは違って、久留巳は“完璧”な男性と付き合って欲しいみたいなのだ。

 そういう久留巳は幼馴染の男の子と付き合っている。付き合っているといっても家同士が仲が良く自然とそういう関係になったと言っていた。話を聞く限りだと何事も自分の意思を強く持つ久留巳に対して大らかに話を聞いてくれるという。押しが決して弱いわけじゃない。

 曲がったことが嫌いな久留巳が暴走しそうになるのを蔭ながら止めてくれたり、誕生日などの記念日には必ずプレゼントと時間を取ってくれる素敵な男性のイメージがある。

 久留巳からするともう少しだけ引っ張って行ってもらいたいみたいなのだが、久留巳自身が姉御肌なのでそれくらいの男性のほうがちょうどいいのではないかと私は感じていた。

 喧嘩もあまりしないようで、したとしてもちゃんと最後には仲直りをしている。これが実は久留巳から謝るのだというのが初めて聞いた時私は驚きを隠せなかった。

 大切にされていると心のどこかで感じることができる環境なのが正直羨ましいと思ってしまう。だから余計に私も大切な人が欲しくて、大切にされたいと考えてしまうのだ。

だからかもしれなかった、今回の恋に猛烈に反対をしているのは。久留巳が私の恋に反対をするのは。完全に片思いで終わるつもりでいる。相手にされないのは百も承知だ。

 そんな私のことを久留巳はにらむような目つきで見つめてきた。


「学校の先生だなんて相手にされないわよ」

「カッコよさに年齢は関係ないわ」

「そうじゃなくて、立場の問題よ。先生が生徒に手を出したなんて噂になれば先生が学校にいられなくなるじゃないの」

「私に心を向けてくれる可能性は皆無だから安心して」

 自分でそんな言い方になってしまうのがとても悲しくなってしまうのは、事実を受け止めているから。好きになってもしょうがない相手だから。

 それでも好きになってしまったのは自分がきっと誰かに愛されたいと考えてしまうから。

「実加が幸せになれない恋はやめたほうがいいと思う。想うだけは自由だと思うけど気持ちを伝えるのは自分が気づ付くからそっとしておきな」

「…わかったわ」

「今の間は、何か隠している時の間よね?」

久留巳は私の細かなしぐさに敏感なので嘘を突き通せたことがなかった。

ごめんね、今回だけは嘘を嘘だと気が付いていてもそのままにしておいて、そう心の中で願いながら私はにっこり笑った。

「全てが終わってから話すから、それまでは深く追求しないで」

「実加私をだませると思っているの?」

「だますだなんて失礼な。ちゃんと話すから待っててとお願いをしたの」


***


 放課後の職員室に入るのがこんなにもドキドキして、自分の心臓を抑えきれないくらいわくわくするのは今日が最初で最後だろうと思いながわ、私はノックをした。

コンコン

「失礼します」

 ほかの先生は誰もいなくて、彼高村先生だけがそこにいた。

「まだ残っていたのか?早く帰りなさい」

「先生はまだ帰らないんですか?」

 言葉を発しながら自然に先生に近付いていく。今日は聖なる夜だからみんな早く帰るのだ。高山先生だけまだ残っていた。

「仕事がまだあるからな、もう七時を回っているんだ君も帰りなさい」

「先生に質問があってきたんです」

 そう言って後ろに隠していたチョコレートの入った箱を目の前に出す。これは賭けだった。三十歳の先生が子供の私に目を向けてくれるかどうかの。無理なのはわかっている。久留巳にも止められた。それでも言わずには居られなかった。

「これを俺に?」

 何か面白いものを見つけた少年の表情をしながら先生が私の手からそのチョコレートをつかんだ。知っている。だって幼馴染だから。

 小さいころから追いかけていた近所のお兄ちゃんに学校で再会した時は正直運命なんじゃないかなって思った。

「生徒からこういうものを受け取れないんだ」

「生徒じゃないです。ご近所の実加からの質問なんです」

「この場所で生徒じゃないと?」

「先生も先生じゃなくてケン兄ちゃん」

 そういうと黒い瞳がそっと私だけを見つめてくる。その視線に私は体が熱くなるのがわかった。頬を隠すようにしたおむく。

「私の気持ちは今も昔もケン兄ちゃんだよ。昔言ったよね?“再会した時ももし僕のことが好きだったらまたその時告白してきて”って」

「よく覚えているね

「だって本気なんだもん」

 ケン兄ちゃんはもらったチョコレートの包みを無造作に破り捨て中を開けてみるとトリュフチョコレートが中にあった。私が得意とするチョコレートはケン兄ちゃんの好物だったと記憶している。

「これを僕に?どういう意味で?」

「…意地悪。ここまで言って分からないの?」

「全部聞かないと分からないよ。だって質問なんだろう」

 昔からの意地悪さがまったく変わっていないケン兄ちゃん。

 そこが好きなところでもあるんだけど、今は本気で声がふるえそうなのを抑えるのが精いっぱいだった。

「やっぱり、ケン兄ちゃんが…」

 私はその続きが言いたくて言いたくて今日までタイミングを待った。振られるのは百も承知だ。それでも言わずに居られなかったのは自分の気持ちに区切りをつけたかったから。

 ケン兄ちゃんは続きを待っていて何も続きを言わなかった。眼だけ私を見つめている。

「好き、だよ」

 やっと出た言葉は震えていていつの間にか私の目からも涙がこぼれおちていた。

 もう振られても何をしてでもいい。この気持ちを今全て吐き出したいの。

「ケン兄ちゃんが好きなの。他の誰かを好きになってみようと思ったけどやっぱり無理だったの」

 告白をして付き合うことは何度かあったが、いざ手をつながれてみたり、抱き締められたりしたときにケン兄ちゃんの顔が浮かぶのだ。好きになっていた気持ちは確かにあったけど身代わりで誰かを好きにはなれなかった。

 だから今日でそれを終わりにするの。きっとカッコイイケン兄ちゃんだから。

「ふぇ?」

 そっと右のほうに触れたのはケン兄ちゃんの手だった。おもむろに口に私の手作りのチョコレートを運んでいた。

「…やっぱり実加のお菓子はおいしいね。味見してみた?」


 私は声を出す力が残っていなかったので首を軽く横に振るとケン兄ちゃんがもう一つチョコレートを口に運んだ。そのまま顔が近付いてきて唇と唇がくれた。何かで無理やり上唇を持ち上げられてチョコレートと一緒に小動物が私の口の中で元気に走り回る。

「ぅん…ちょっ…」

 ふりほどく力もなくされるがままになっていると唇が離れ勝ち誇ったような顔をしたケン兄ちゃんがそこにいた。

「他の誰かのモノになってなくて安心した。でもあと一年もこれ以上のことも触れることもできないだなんて実に勿体ない。存分に楽しませてくれよ」

 そこには先生という名の白衣を着た恋の悪魔がいた。
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