魔人に就職しました。

第2章 Monster situation

第32話 襲撃準備

　
　俺の名前は林原はやしばら 一輝いつき。こっちの世界ではアメリカ風に名前を前にしてイツキ・ハヤシバラと名乗っている。
　俺がこの世界に来てもう半年ほどたった。この世界で過ごした半年は充実したものだった。
　この世界で俺はハンターという魔物を退治する職業になったんだが、転移特典なる物のお陰で楽々こなしている。

「で？話ってなんなの？」

　この女は高橋たかはし 恵めぐみだ。この世界に来た時に、俺に色々教えてくれた恩人だ。
　今では彼女と一緒にチームを組んでハンターをやっている。
　彼女は俺より1年ぐらい前にこの世界に来ていたらしく、俺よりこの世界に詳しい。半年経った今でも彼女に聞く事が多い。
　 
「たぶん依頼の話でしょ！」

　それともう１人。俺たちのチームにもう１人女がいる。
　彼女も俺たちと同じ世界からこの世界に転移してきた転移者だ。
　彼女と出会ったのは3ヶ月前。Sランクハンターに成り立ての時だった。

　"ムードブリム青龍国せいりゅうこく"付近へ行く依頼を受けた時、メグミがどうせ近くに来たなら寄って行こうと言い出した。俺もその意見に賛成して、初めてクセルセス宗教国以外の国に入った。
　その街並みはキレイで水の都みやこと言うのが相応しい所だった。
　ムードブリム青龍国は国全体が"ヴィヴィナル"という水の龍を崇あがめて信仰しんこうしている、といううちのクセルセス宗教国に似ている国だ。
　この国ではそのヴィヴィナルが残した"水命の滝"というデカイ滝の付近に作られている。
　その滝から流れる水は街全体に行き渡り、飲み水や生活水に使われている。
　その水は体にありとあらゆる不純ふじゅんなものを流してくれるらしい。そのためこの国に住んでいる人々はほかより寿命が長いらしい。
　まぁ本当かどうかはわからねぇけどな。

　俺たち2人は日中に青龍国での観光かんこうを楽しみ、暗くなると宿屋を取り一泊した。
　何事もなく、だだ普通に観光客としてこの国を楽しみ終わり帰ろうとした時にこの世界じゃ珍しい黒髪の女を見つけたんだ。その女は暗い表情で歩いていた。
　俺はそれを見てピンッと来たね。あの女は俺たちと同じ転移者だって。

　この世界では黒髪は珍しい。それはこの世界に来て１ヶ月目の時に解った事だ。
　クセルセス宗教国には黒髪の人物は誰１人いなかった。茶髪のやつはいたが、黒髪は全くいなかった。
　このムードブリム青龍国に来てもそれは変わららかった。観光していた時に一通り確認したが、黒髪は出会った事はなかった。
　だから、その女にあった時に転移者だと思った。

　俺はその女に声を掛けた。
「もしかして、あんたの出身は日本ってところじゃないか？」と。
　案の定、彼女は日本人。俺たちと同じ転移してきた人だった。
　そこから互いに情報交換をした。彼女はこっちの世界に来た時は、俺と違い１人だった。
　訳も解らず、知らない世界に放り出されて不安だったそうだ。だからか、自分と同じ境遇の俺たちと出会えて凄く喜んでいた。
　そんな彼女を見て俺は「俺たちと一緒に来ないか？」と提案した。
　彼女は即答でOKした。元気な明るい声で、最初に見た暗い表情が嘘のようだった。

　それから彼女"安野やすの 歩美あゆみ"は俺たちと一緒にクセルセス宗教国に来て、ハンターになった。そして本人の希望で俺たちと一緒のチームでハンターとして活動している。

「いや、依頼ってわけじゃねぇんだ」

「えー？依頼じゃないの？」

　アユミが俺たちのパーティーに入って３ヶ月。
　もう完全に馴染んでいる。まぁ特典があるとはいえ命を掛けて一緒に戦っているから当然か。
　転移者の特典――ある日メグミが改名を要求したため今では"ス・キ・ル・"と呼んでいる――についてだが、この半年で共通のものと固有のものが存在する事が解った。

「じゃあ何の話なのよ？」

　俺はメグミの方をチラリと見る。
　少し長めの黒髪は２つに束ねられて、ツインテールといった髪型になっている。白い魔導師っぽい服をきて、杖を持っている。

　メグミの固有スキルは魔法関連のものだ。
　彼女の固有スキルは《魔法適正リプロダクション》《魔力上限極大インテンシファイ》だ。
　メグミは他の人より魔法を覚える速度が異常に早い。それに"魔力量"が桁違いに多いらしい。
　残念ながら魔法が使えない俺にはわからないが、彼女に魔法を教えたこの国の有名な魔導師がそう言っていた。
　今では彼女が唱えられる魔法は50個以上だ。
　それとはもう１つ。まだ詳しくは聞いてないがメグミにはスキルというか使命というか、とにかくそういうものがあるらしい。

　それは女神めがみの声を聞けるというものだ。
　女神とはこのクセルセス宗教国で崇めている"女神"の事だ。
　女神には名前があるが何・故・か・知・る・こ・と・は・で・き・な・い・ため、この国の人々もただ女神と呼んでいる。
　メグミはその女神のお告つげを聞くことができるそうだ。俺がこの世界に来た時に俺の前に現れたのも、そのお告げで俺が来る事を知っていたからだそうだ。
　実際のお告げの内容はメグミにしかわからないが、女神のお告げは詳しくは言わず大雑把おおざっぱな内容だそうだ。
　この国限定らしいが、この国ではごく稀に女神の声を聞く能力をもつ女性が現れるらしい。
　そのため、転移特典のスキルとして数えるかは微妙な所だ。

「なんか面白いものでも見つけたとか？」

　今度は明るい声で首をかしげるアユミをチラリと見る。
　その黒髪はメグミとは対照的に短く切られており、その明るい雰囲気ふんいきとも合わさりボーイッシュな女に見える。実際に性格もそんな感じだが。

　アユミの固有スキルは《状態異常付与バリエーション・ギフト》《防御魔法上昇ガーディアン・ライズ》だ。
　最初の《状態異常付与バリエーション・ギフト》はその名前のまま状態異常を付与できるスキルだ。
　状態異常はアユミが自由に選ぶ事ができるため、様々な状況に対応できる。
　この事以外にこのスキルの面白いというか、凄い所が１つある。
　それはデバフだけではなくバフという状態異常をも付与できる事だ。
　ゲームとかではリジェネやリジェネレーションと呼ばれる［一定のタイミングで持続的に回復する］というものから［攻撃力上昇］や［防御力上昇］と言ったものを味方にも付与できる。
　このスキル一つでバフとデバフの両方を行えるのだ。
　もう１つの《防御魔法上昇》もそのまんま名前の通り、防御魔法の効果が上昇するといったものだ。こちらは特に説明は不要だろう。

「まぁ面白いといえば面白いかな？」

「なによ？さっさと言いなさいよ」

　なかなか本題に入らない俺に、メグミが言葉に少しだけ苛立いらだちを込める。

「じゃあ言うけど、俺がドライグと空の散歩をしている時に魔・物・の・村・を見つけたんだ」

「「魔物の村？」」

　2人の声が重なる。2人とも「なんだそれは」と言いたげだ。

「そのまんまだ。魔物が暮らしてる村だ」

「魔物が村なんて作るの？」

「今までもそんな魔物見たことないよ？」

「わかってないなぁ。だから、だ」

　そう。知能が低く、あんなに凶暴きょうぼうで残虐ざんぎゃくな魔物が村なんか作る訳がない。だからこそだ。そんな異常な行動を魔物がしてる訳がおそらくある。

「いいか？魔物が村を作る。これは異常な事だ。それは誰だってわかる。問題は何故そうしているか、何故そんな事が出来るか、だ」

「あーなるほど。そういうことね」

「えぇ？メグミは今ので解ったの？」

「まぁね」

　メグミは俺が言いたい事がどうやら解ったようだ。だが、アユミはわかってないようだから説明してやるか。

「いいかアユミ。まず始めに何故そんな事が、魔物が村を作ることができるか、だ」

「んーなんでって言われても・・・」

「村を作るには労力がいる。お前達は実際にその村を見てはいないが、かなりの大きさの村だった。そんな大きさの村を普通の魔物が作れると思うか？恐らく無理だ。魔物共が群れを成しただけで村を作る事はないだろ、いやそもそも村を作るという発想に至らない」

「んんー？つまり、どゆこと？」

「つまり、村を作るように魔物共をまとめた何者かがいるってことよ」

「そう、メグミの言うとおりだ」

「おお！なるほど！」
　
　メグミにセリフの一番美味しい所を取られたが、今回はまぁいいか。
　そうだ。魔物共をまとめて村を作らせた上位の存在がいるハズだ。
　そしてそうさせている上位の存在というのは恐らく――― 

「そしてなんで村を作ってるのか、だがこれはわからん。だけど、魔物が何か企んでる事は確かだろうよ。俺は魔王か何かいるじゃないかと思っているけど」

　魔王。RPGとかではよくいる魔物の親玉おやだまで世界征服とかを企てている、いわゆるラスボスってやつだ。
　ものにも依るが実際にRPGの終盤しゅうばんになってくると魔物の村があったり、魔物が働いてる描写もあったりする。だから俺はあの村が魔王に関係している可能性があると踏んでいる。

「え、でも確か魔王って百年くらい前にやられちゃったんじゃなかったっけ？」

「正確には百年前に現れた勇者によって封印された、という話よ」

「そうだ。だから諦めていたが、例えば魔王の側近やら幹部が実は生き残っていて魔王復活の準備をしているとかの可能性もあるだろ？それに復活した魔王が戦力集めるために、とか」

「まぁありそうな話ではあるわね」

「だろ！」

　魔王倒すのは主人公の特権みたいなものだ。子供の頃から好きなゲームの影響が大きいが、やっぱ男は絶対に一度は憧れるものだ。勇者ってやつにな。

「でも魔王に関係してない可能性もあるでしょ？」

「まぁな。実際にはわからねぇ。だから、俺たちでその魔物の村にいかねぇか？」

「行くって・・・行ってなにするの？」

「まぁ魔物が何か企んでるってのはほぼ確実だ。それを阻止するのと同時に魔王とか強い魔物がいるなら戦って倒したいしな」

「戦うって・・・まぁわからなくもないわね」

「確かに私も戦って見たい！」

　俺たちはここの所、退屈していた。Sランクのハンターとして依頼を受けるが、その魔物共に手応えがない。
　最初は俺もビビりながら恐る恐る戦っていた。最弱であるスライムでも命の危険があると、元の世界で一般的な教養しか受けてない俺はどうしても怖いという感情が出てしまう。だが俺たちの共通のスキルである《身体能力強化》があるため、それもすぐに慣れてしまった。。
　それにそれぞれが体の動かし方や自分の力スキルの使い方をこの半年で学び、今ではSランクの任務は俺たちの内の１人でも居ればこなせるほどだ。
　せっかくファンタジーの世界に来て、戦う力を貰ったってのにその力を最大限に使える敵がいない。退屈な原因は俺たちが強すぎて魔物が弱いからだ。

「で？組合には依頼として出したの？」

「いや、組合には依頼どころか報告していない」

「え、なんで？」

「結構な大規模な村だったし、そんな怪しい村の依頼がでれば一旦調査が行われるだろ？それに調査結果では他のハンターと合同でやるかもしれない。だからさ」

　組合は俺たちの本当の実力を知らない。
　そんな状況でこの情報を持ち込んだら、組合は安全のため、他のハンターと合同で行うように言うハズだ。
　冗談じゃない。せっかく俺たちの本当の力を試せるかもしれないんだ。楽しみを邪魔されてたまるか。

「それに、俺たちだけで行けば倒した魔物の報酬を１人締めできるだろ？」

　組合は例え依頼を受けなくても、魔物を倒して魔物の指定された部位を組合に提出すれば倒した魔物に応じて報酬がもらえる。俺は実際に見たからわかるが、村にいた雑魚でもかなりの数だあれを全て持ってくればかなりの金額になるだろう。

「まぁ確かに、お金はたくさんあっても困らないしね」

「んーお金の事は置いといて、邪魔されずに戦えるってのは賛成かな」

「よし、決まりだな。じゃあいるかもわからない魔王のために念のための準備でもしようか」

　話は決まった。魔物の村に強い親玉、それこそ魔王とか居れば最高だが例えそんなのが居なくても金にはなる。やっぱハンターって仕事は楽しいし、楽らくだわ

「俺は鎧を整備してもらってくるよ」

「んーじゃあ私は武器を整備してもらってくる！」

「じゃあ私は色々と買い出しにいってくるわ」

　そうして俺たち3人は居るかもわからない敵に向けて準備を始めた。万が一の時の為に念入りにな。

　そして5日後。俺たちは魔物の村を襲撃した。