1 / 10
正木光夜
しおりを挟む
「光夜! お前また一人でっ!」
光夜にとって親友と言えるただ一人の男、生田真逆の声がダンジョン内に響く。
まるで泣くような声を背に受けながら、表情一つ動かさずに、凶悪なモンスターに突っ込んで行くのが、正木光夜、現在二十九歳の探索者だ。
この世界は、十年前に突然各地に出現した、ダンジョンと呼ばれる別の世界との接点によって、虫食いのように穴だらけとなった。
しかも、ただ穴が開いただけではなかったのだ。
人類がダンジョンを扱いかねて、ひとまず封鎖して調査を続け二年ぐらいが経過した頃。
後に深淵世界と名付けられたダンジョンの向こうの世界から、恐ろしいモンスターが地球世界に這い出して来たのである。
そして、人を食った。
日本では『闇の金曜日』と名付けられたその災害によって、大勢の人が亡くなり、ダンジョン発生の際に犠牲となった人々と合わせて、東京だけで数千人規模の死者や負傷者が記録された。
やがて、恐怖に震えているだけでは何も解決しない、そんな思いからか、自然発生的に誕生したのが、探索者と呼ばれる者達だ。
探索者は、自らダンジョンに潜り、地球世界との接点となるエリアからモンスターを排除すると共に、ダンジョン内の資源を採取して、ダンジョンをただの災害から、新たな稼ぎ場所としたのである。
ダンジョン探索者時代の始まりだ。
探索者の時代の訪れに、人々はかつての犠牲を悼みつつも、明るい未来を予感していた。
だが、光夜は十年前のダンジョン災害の生還者である。
そんな過去を抱えて探索者になった光夜を、周囲の者は『死にたがり』と囁く。
無謀な戦い方、利益少なく危険の大きいダンジョンを選んで潜るというクレイジーっぷり、その全てが『死にたがり』という言葉に集約されているのだ。
だが、そうではない。
光夜は、自分の耳の奥にいつまでも残る、聞いた覚えのない人々の悲鳴に突き動かされるままに行動しているだけなのだ。
光夜は、ダンジョン災害において、一人の幼い命を犠牲に生き残った。
死者は、そんな自分を赦さないのかもしれない、と光夜は感じている。
仲間達も薄々気づいているはずだ。
光夜の歪な精神に。
だが、それでも、仲間達は光夜を見捨てたりはしなかった。
「光夜っ!」
下手な手出しは同士討ちの危険がある。
真逆とアトリがタイミングを計っていたときに、その横を駆け抜けた者がいた。
「私が、行きます」
光夜のフォローに動こうとした真逆を遮るように駆け出したのは、さらりとした黒髪の、一見おとなしげな女性だった。
「……姫島さん」
真逆の隣で、真逆の仲間である灰島花鶏が呟く。
その声には、ほうっと、どこか安心したような響きがある。
姫島と呼ばれた女性探索者は、独特の滑るような足取りで、光夜の突っ込んだ逆側からモンスターに牽制の一撃を叩き込んだ。
左の素手でモンスターの攻撃を弾くという、正気の沙汰とは思えない方法で、モンスターに何もさせないまま、右手に持った警棒で痛烈な一撃を入れる。
そこにまるで事前に打ち合わせでもしたようなタイミングで、光夜がダンジョン専用のショットガンを撃ち込んだ。
たまらずもんどり打ったモンスターに、さらに別の二人の人物が駆け寄る。
姫島の仲間達だ。
大剣使いと獣化という、これまた異色の取り合わせだが、ぴったりと息を合わせて、モンスターに止めを刺す。
真逆とアトリがカバーする必要も全くない、見事な連携だった。
「きゃー! さすがみゆさま!」
「誉くんも素敵」
「亜沙子お姉さまぁ!」
場違いな歓声が呼ぶように、姫島達三人の名前は、姫島望結、岸谷誉、前田亜沙子と言う。
九州の地方都市から東京に拠点を移したという姫島達三人パーティは、若さと、自らの功を全く誇らないストイックさから、人気急上昇となっている。
女性のほうが多いパーティなのに、なぜか女性人気が高いのが謎だ。
「チッ……」
「光夜、俺達との連携を考えろっていつも言ってるだろ?」
不機嫌そうに舌打ちしつつ戻った光夜に、真逆が注意した。
真逆は、聞き入れてはくれないことを理解しつつも、誰かが言わなければならないから言っているのだ。
それを理解するからこそ、光夜はむっつりと黙り込んだが、特に反論することはなかった。
さすがに、今回は自分でも無茶をした自覚があった光夜である。
真逆はおそらく気づいていた。
モンスターの周囲を囲む探索者の一画、まだ学生の雰囲気を漂わせている女性が、恐怖にすくんで逃げ遅れ、それに気づいた光夜が何も考えずに突っ込んだという経緯を。
それでも、それならそれで、なぜ自分達に声を掛けないのだ? と言いたいのだろう。
そのための仲間なのだから、と。
そんな光夜達のところへ、姫島達三人が近づいて来た。
実は、光夜の仲間の真逆とアトリは、姫島達とは妙な縁がある。
姫島達三人が、まだ東京に拠点を移す前、東京のダンジョンを体験しに来たことがあり、そのときに知り合ったようなのだ。
その出会いの際の印象がどうだったのか、姫島達は、真逆とアトリの二人と交流するようになった。
そして、光夜は同じパーティメンバーとしてひとくくりに認識されているらしいのだ。
とは言え、真逆にしても、アトリにしても、複雑な気持ちがあるだろう、と光夜は思う。
いかにも地方出の地味な若手パーティだったのに、恐ろしい強さを発揮して、急速に実力者パーティとして探索者ランキング入りしてしまった。
あまり成績などを気にしない光夜達だが、後輩と思っていた相手に軽々と追い抜かれると、なんとも言えない気持ちにはなる。
「余計なことをして、ごめんなさい」
そんな姫島にいきなり謝られて、光夜のほうが面食らってしまった。
「別に……助かったと思っている」
「光夜、スマイルスマイル!」
「ダメ、光夜の顔面の筋肉はすでに死んでいる」
好き勝手に言う仲間達にむかつきつつも、光夜は反論しない。
笑い方など、十年前、ダンジョンに落ちて我に返った瞬間に、忘れてしまった自覚があったのだ。
光夜にとって親友と言えるただ一人の男、生田真逆の声がダンジョン内に響く。
まるで泣くような声を背に受けながら、表情一つ動かさずに、凶悪なモンスターに突っ込んで行くのが、正木光夜、現在二十九歳の探索者だ。
この世界は、十年前に突然各地に出現した、ダンジョンと呼ばれる別の世界との接点によって、虫食いのように穴だらけとなった。
しかも、ただ穴が開いただけではなかったのだ。
人類がダンジョンを扱いかねて、ひとまず封鎖して調査を続け二年ぐらいが経過した頃。
後に深淵世界と名付けられたダンジョンの向こうの世界から、恐ろしいモンスターが地球世界に這い出して来たのである。
そして、人を食った。
日本では『闇の金曜日』と名付けられたその災害によって、大勢の人が亡くなり、ダンジョン発生の際に犠牲となった人々と合わせて、東京だけで数千人規模の死者や負傷者が記録された。
やがて、恐怖に震えているだけでは何も解決しない、そんな思いからか、自然発生的に誕生したのが、探索者と呼ばれる者達だ。
探索者は、自らダンジョンに潜り、地球世界との接点となるエリアからモンスターを排除すると共に、ダンジョン内の資源を採取して、ダンジョンをただの災害から、新たな稼ぎ場所としたのである。
ダンジョン探索者時代の始まりだ。
探索者の時代の訪れに、人々はかつての犠牲を悼みつつも、明るい未来を予感していた。
だが、光夜は十年前のダンジョン災害の生還者である。
そんな過去を抱えて探索者になった光夜を、周囲の者は『死にたがり』と囁く。
無謀な戦い方、利益少なく危険の大きいダンジョンを選んで潜るというクレイジーっぷり、その全てが『死にたがり』という言葉に集約されているのだ。
だが、そうではない。
光夜は、自分の耳の奥にいつまでも残る、聞いた覚えのない人々の悲鳴に突き動かされるままに行動しているだけなのだ。
光夜は、ダンジョン災害において、一人の幼い命を犠牲に生き残った。
死者は、そんな自分を赦さないのかもしれない、と光夜は感じている。
仲間達も薄々気づいているはずだ。
光夜の歪な精神に。
だが、それでも、仲間達は光夜を見捨てたりはしなかった。
「光夜っ!」
下手な手出しは同士討ちの危険がある。
真逆とアトリがタイミングを計っていたときに、その横を駆け抜けた者がいた。
「私が、行きます」
光夜のフォローに動こうとした真逆を遮るように駆け出したのは、さらりとした黒髪の、一見おとなしげな女性だった。
「……姫島さん」
真逆の隣で、真逆の仲間である灰島花鶏が呟く。
その声には、ほうっと、どこか安心したような響きがある。
姫島と呼ばれた女性探索者は、独特の滑るような足取りで、光夜の突っ込んだ逆側からモンスターに牽制の一撃を叩き込んだ。
左の素手でモンスターの攻撃を弾くという、正気の沙汰とは思えない方法で、モンスターに何もさせないまま、右手に持った警棒で痛烈な一撃を入れる。
そこにまるで事前に打ち合わせでもしたようなタイミングで、光夜がダンジョン専用のショットガンを撃ち込んだ。
たまらずもんどり打ったモンスターに、さらに別の二人の人物が駆け寄る。
姫島の仲間達だ。
大剣使いと獣化という、これまた異色の取り合わせだが、ぴったりと息を合わせて、モンスターに止めを刺す。
真逆とアトリがカバーする必要も全くない、見事な連携だった。
「きゃー! さすがみゆさま!」
「誉くんも素敵」
「亜沙子お姉さまぁ!」
場違いな歓声が呼ぶように、姫島達三人の名前は、姫島望結、岸谷誉、前田亜沙子と言う。
九州の地方都市から東京に拠点を移したという姫島達三人パーティは、若さと、自らの功を全く誇らないストイックさから、人気急上昇となっている。
女性のほうが多いパーティなのに、なぜか女性人気が高いのが謎だ。
「チッ……」
「光夜、俺達との連携を考えろっていつも言ってるだろ?」
不機嫌そうに舌打ちしつつ戻った光夜に、真逆が注意した。
真逆は、聞き入れてはくれないことを理解しつつも、誰かが言わなければならないから言っているのだ。
それを理解するからこそ、光夜はむっつりと黙り込んだが、特に反論することはなかった。
さすがに、今回は自分でも無茶をした自覚があった光夜である。
真逆はおそらく気づいていた。
モンスターの周囲を囲む探索者の一画、まだ学生の雰囲気を漂わせている女性が、恐怖にすくんで逃げ遅れ、それに気づいた光夜が何も考えずに突っ込んだという経緯を。
それでも、それならそれで、なぜ自分達に声を掛けないのだ? と言いたいのだろう。
そのための仲間なのだから、と。
そんな光夜達のところへ、姫島達三人が近づいて来た。
実は、光夜の仲間の真逆とアトリは、姫島達とは妙な縁がある。
姫島達三人が、まだ東京に拠点を移す前、東京のダンジョンを体験しに来たことがあり、そのときに知り合ったようなのだ。
その出会いの際の印象がどうだったのか、姫島達は、真逆とアトリの二人と交流するようになった。
そして、光夜は同じパーティメンバーとしてひとくくりに認識されているらしいのだ。
とは言え、真逆にしても、アトリにしても、複雑な気持ちがあるだろう、と光夜は思う。
いかにも地方出の地味な若手パーティだったのに、恐ろしい強さを発揮して、急速に実力者パーティとして探索者ランキング入りしてしまった。
あまり成績などを気にしない光夜達だが、後輩と思っていた相手に軽々と追い抜かれると、なんとも言えない気持ちにはなる。
「余計なことをして、ごめんなさい」
そんな姫島にいきなり謝られて、光夜のほうが面食らってしまった。
「別に……助かったと思っている」
「光夜、スマイルスマイル!」
「ダメ、光夜の顔面の筋肉はすでに死んでいる」
好き勝手に言う仲間達にむかつきつつも、光夜は反論しない。
笑い方など、十年前、ダンジョンに落ちて我に返った瞬間に、忘れてしまった自覚があったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
親友と婚約者に裏切られ仕事も家も失い自暴自棄になって放置されたダンジョンで暮らしてみたら可愛らしいモンスターと快適な暮らしが待ってました
空地大乃
ファンタジー
ダンジョンが日常に溶け込んだ世界――。
平凡な会社員の風間は、身に覚えのない情報流出の責任を押しつけられ、会社をクビにされてしまう。さらに、親友だと思っていた男に婚約者を奪われ、婚約も破棄。すべてが嫌になった風間は自暴自棄のまま山へ向かい、そこで人々に見捨てられた“放置ダンジョン”を見つける。
どこか自分と重なるものを感じた風間は、そのダンジョンに住み着くことを決意。ところが奥には、愛らしいモンスターたちがひっそり暮らしていた――。思いがけず彼らに懐かれた風間は、さまざまなモンスターと共にダンジョンでのスローライフを満喫していくことになる。
ブラック企業で心身ボロボロの社畜だった俺が少年の姿で異世界に転生!? ~鑑定スキルと無限収納を駆使して錬金術師として第二の人生を謳歌します~
楠富 つかさ
ファンタジー
ブラック企業で働いていた小坂直人は、ある日、仕事中の過労で意識を失い、気がつくと異世界の森の中で少年の姿になっていた。しかも、【錬金術】という強力なスキルを持っており、物質を分解・合成・強化できる能力を手にしていた。
そんなナオが出会ったのは、森で冒険者として活動する巨乳の美少女・エルフィーナ(エル)。彼女は魔物討伐の依頼をこなしていたが、強敵との戦闘で深手を負ってしまう。
「やばい……これ、動けない……」
怪我人のエルを目の当たりにしたナオは、錬金術で作成していたポーションを与え彼女を助ける。
「す、すごい……ナオのおかげで助かった……!」
異世界で自由気ままに錬金術を駆使するナオと、彼に惚れた美少女冒険者エルとのスローライフ&冒険ファンタジーが今、始まる!
Sランクパーティーを追放された鑑定士の俺、実は『神の眼』を持ってました〜最神神獣と最強になったので、今さら戻ってこいと言われてももう遅い〜
夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティーで地味な【鑑定】スキルを使い、仲間を支えてきたカイン。しかしある日、リーダーの勇者から「お前はもういらない」と理不尽に追放されてしまう。
絶望の淵で流れ着いた辺境の街。そこで偶然発見した古代ダンジョンが、彼の運命を変える。絶体絶命の危機に陥ったその時、彼のスキルは万物を見通す【神の眼】へと覚醒。さらに、ダンジョンの奥で伝説のもふもふ神獣「フェン」と出会い、最強の相棒を得る。
一方、カインを失った元パーティーは鑑定ミスを連発し、崩壊の一途を辿っていた。「今さら戻ってこい」と懇願されても、もう遅い。
無能と蔑まれた鑑定士の、痛快な成り上がり冒険譚が今、始まる!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~
シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。
木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。
しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。
そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。
【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】
ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした
夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。
しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。
彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。
一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!
最遅で最強のレベルアップ~経験値1000分の1の大器晩成型探索者は勤続10年目10度目のレベルアップで覚醒しました!~
ある中管理職
ファンタジー
勤続10年目10度目のレベルアップ。
人よりも貰える経験値が極端に少なく、年に1回程度しかレベルアップしない32歳の主人公宮下要は10年掛かりようやくレベル10に到達した。
すると、ハズレスキル【大器晩成】が覚醒。
なんと1回のレベルアップのステータス上昇が通常の1000倍に。
チートスキル【ステータス上昇1000】を得た宮下はこれをきっかけに、今まで出会う事すら想像してこなかったモンスターを討伐。
探索者としての知名度や地位を一気に上げ、勤めていた店は討伐したレアモンスターの肉と素材の販売で大繁盛。
万年Fランクの【永遠の新米おじさん】と言われた宮下の成り上がり劇が今幕を開ける。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる