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エピソード3 【探検クラブ】

その七

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 案内されたドアは二重扉になっていて、扉と扉の間にリングをかざして登録する機械のようなものがあった。

「危険物は持ってないかイ?」
「ええっと、リュックの中に妖魔がいますけど、ちゃんと登録されていて危険はありませんよ」
「おおう、妖魔か~珍しいネ。オイラの故郷にも妖魔使いがいたヨ」
「うちにも、いた」
「外にはけっこういるものなんですね。僕は今まで見たことなかったけど」
「都会の周辺は契約できる妖魔は少ないからネ~」

 全員のリングの照合が終わると内側の扉が開く。
 途端に、騒々しいほどの音楽と、きらびやかな光が溢れ出た。

「うおっ!」
「なんか、うるさい」

 ディアナが眉をしかめて僕の背後に隠れるように回り込んだ。
 あまりの賑やかさに怯えたのだろう。
 僕はそんな彼女を落ち着かせるように軽く腕に手を添える。

「くぅ! 見せつけるねェ!」

 僕たちを案内してくれたカエル顔のおじさんが、なにやら興奮して跳ねていた。
 周囲を見回すと、派手な装飾が施された灯りがあちこちに豪華に輝き、大きなテーブルや、何かの筐体のようなものが並んでいるのが見える。
 遊具場の設備にちょっと似てるかな。
 それらの周りに大勢の大人の男女が集っていた。
 外の裏市場では女性の姿をほとんど見なかったので、少し驚く。

「まぁまぁお二人さん、こっちこっちヨ」

 カエル顔のおじさんに案内されるまま奥のほうへと進む。
 使いみちのわからないさまざまな装飾が施されたテーブルの上では、なるほど、カードなどのゲームを行っている人たちがいる。
 それを取り囲んで見守る人たち。
 どう見ても、カードゲームバトルに見える。
 正式な審判バトルじゃないと言っていたけど、人々の顔つきはまるで人生を賭けているような真剣さだ。
 それにしても着飾っている人が多いな。
 なかには平服の人もいるけど圧倒的にスーツやドレス姿の人が多い。
 僕とディアナも普段よりはおしゃれをしているんだけど、かなり浮いている気がする。

 カエル顔の人に案内されてたどり着いた場所は、不可視の遮蔽カーテンで区切られた一画だった。
 これ、ドラマ映像で観たことがある。
 なんか偉い人に謁見する際に掛かっている術式カーテンだ。
 確かあっちからは見えるんだよな、これ。

「カエル、お客人か?」

 と、カーテンの向こうから重低音の声が響いた。
 響くという言葉がぴったりくるような、ズシンと体を揺らす重みのある声だ。

「ボス! 裏市場に若いカップル来てたから案内して来たヨ! ボス若い子好きだもんネ!」
「誤解されそうな言い方をするな。まったくカエルはこれだからな。すまなかったな坊っちゃんと嬢ちゃん。まぁ実際、俺はこの街で元気な若い連中を見るとほっとするんだよ。そこんところを知ってるもんでそいつも無茶しやがったんだろう。無理やり連れてこられたんじゃないのかい?」
「あ、いえ、休憩出来る場所と言われて案内して貰っただけなので。話を聞いたら賭博場みたいなもののようだったので、好奇心があって。お金は無いんですけど」

 相手の気配が全然掴めない。
 優秀だな、このカーテン。

「ガッハッハッ! 金はねぇけど好奇心で着いてきたってか! そりゃあいい。だが坊や、昔から好奇心が過ぎると命を落とすって言うぜ。あんまり知らない奴にヒョイヒョイ着いて行くのは感心しねえな。特に大事な彼女がいるときにはな」
「確かに、僕が軽率でした」

 言われてみれば確かに僕一人ならいいけど、ディアナ連れの今はもっと用心深く動くべきだったな。
 昔の愚を繰り返すところだった。
 このボスっていう人、やさしい人だな。

「わ、私は、イツキを、私が護る、から」

 ディアナが僕の背後から滑り出て、そう主張する。
 ギュッと握りしめた拳が震え、口元が引き結ばれていた。
 すごく真剣だ。
 なんだか、感動するけど、ディアナにこんなこと言わせてはいけないな。僕がもっとしっかりしていれば、ディアナだって心配したりしないだろうに。

「うむ、女でも大事な相手を護りたいという気持ちは同じだな。そうだ、何かを大切にするなら自ら戦わなければ勝ち取れない。アンタは正しいよ、嬢ちゃん」
「は、はい」

 褒められてびっくりしたのか、急に赤くなってもじもじと組んだ手の指を動かし始めたディアナは、やっぱり可愛かった。

「若いというのはいいことだ。二人とも、ちょっとこっちへ来てごらん」
「えっ! ボス!」
「いいから」

 ボスという人の招きに、カエル顔のおじさんがうろたえる。
 ちなみに、おじさんはカエル顔だけど、水棲の種族ではない。
 いわゆる小鬼ゴブリンと呼ばれる鬼族の種族だ。
 カイはハーフだけど大鬼オーガだから、この周辺で小鬼、角なし、大鬼の鬼族三種が揃ったことになる。
 いや、すごくどうでもいい話なんだけどね。

 さて、招かれたとは言え、このカーテンをくぐって本当にいいものか、ちょっと判断がつかない。
 僕はちらりとカエル顔のおじさんを見た。
 おじさんはちょっと困ったような顔になったが、すぐに行けという風に顎をしゃくる。
 ううむ、様子がわからないところに踏み込むのってちょっと怖いな。
 でも、どうやらせっかくの厚意らしいし、尻込みしているのもなんか怪しんでいるようで失礼か。
 思い切ってカーテンをくぐる。
 ディアナもぴったりと僕の横に並んで着いて来た。
 カエル顔のおじさんは着いてこないらしい。

「ふむ。近くで見るとますます素晴らしいな。若く、未来へと羽ばたく力に溢れている。命が熱を発しているように感じるぞ」
「あ……」

 カーテンの先にあった光景に、僕は一瞬声を失った。
 大きい。
 なんという巨体だろう。
 優に僕の暮らしている部屋の大きさぐらいはあるんじゃないだろうか。
 その大きさの人が特製らしいソファーに寝そべっていた。
 そしてその周りに多くの女性がいて、巨体のあちこちにマッサージを施している。
 それだけなら、単に女性をたくさんはべらせた大きな人というだけの認識だっただろう。
 しかし、その人の、外気に晒されている足は石化していた。

 石棺病だ。
 実際に罹っている人を見るのは初めてではなかったけど、何度見てもその衝撃は慣れない。
 胸が痛む。
 気を感じ取る修行をしている僕には、この人の下半身のほとんどと、左腕が石化してしまっていることがわかってしまう。

「……あ」

 ディアナが小さく震えている。
 そうか、ディアナは初めて石棺病の人を見るんだ。

「お見苦しい姿を見せちまって悪かったな。だがまぁ世の中の本当の部分ってのは、なかなか見る機会がねえもんだ。いい勉強と思って、目を逸らさずに見ておくといい。な、お嬢ちゃん」
「あ、ごめんなさい」
「謝る必要はねえよ。優しい娘さんだな」

 ハハハと笑ってみせる。
 この巨体、おそらくは巨人族か。
 巨人族は典型的な幻想種族だ。
 普通ならまともに動けないような巨体を軽快に動かせるのは、魔力の力だと聞いている。
 僕の脳裏に、白先輩の言葉が蘇る。
 石棺病は幻想種族のほうが発症しやすい。
 確かに先輩はそう言っていた。

「知っているだろ。石棺病は痛みはねえ。しかしだからこそ怖い。徐々に自分が冷たく固くなっていくのに何も感じねえんだぜ? だからこそ石棺病の患者は痛みを求めることが多い。実際、痛みがあると進行がちょっと遅れると言われてるしな」
「あの、ボス? さんは」
「あ、ああ。お前さんは俺の子分共じゃねえんだからボスはおかしいだろ。と、自己紹介が必要だな。俺は山河弐拾サンガニジュウってんだ。サンガって呼んでくれればいい」
「あ、はい。サンガさんよろしくお願いします。僕は逸水樹希(はやみいつき)と言います」

 名乗って一歩を引く。
 ディアナがその空間を埋めて前に出た。

「私はディアナ・炎・ブラッククローです。サンガさま? よろしくお願いします」
「ほう、嬢ちゃん竜人か、珍しいなぁ」
「わかるんですか?」

 ディアナの名乗りで彼女の出自を悟ったらしいサンガさんに僕はつい問いを発した。

「俺は長く生きてるからな。他の竜人に会ったこともある。ブラッククローと言えば竜人の中でも名門だろう。いわばお姫さまだ。いやいや不躾に呼びつけて悪かったなぁ。カエルの奴もわりぃ奴じゃねえんだ。許してやってくれ」
「いえ、そんな……」

 ディアナが困っている。

「彼女はそのぐらいで怒ったりしませんよ。それにカエルさんは僕たちに失礼なことなんか何もしていませんし」
「そうか、そう言ってもらうと助かるわ。さすがに竜人に暴れられちゃあここも持たねえからな。しかし、ディアナ嬢は竜人にしちゃあちょっと雰囲気が違うな。こう、なんていうかふんわりして花のようだ。こりゃあ彼氏のおかげかな?」
「えっ!」

 ディアナがたちまち真っ赤になる。
 不意打ちの言葉に僕も顔が熱い。
 いや、照れてる場合じゃないぞ。ディアナの名誉のために、まだ僕たちはそういう関係じゃないってはっきり言っておかないと。
 ああでも、そういうことは言わないほうがいいのかな? 恋人同士ということなら彼女を僕抜きでどうこうするという考えにならないはずだし。
 まだこの場所のことがよくわからない内はそのまま誤解してもらったほうがいい気がする。
 ディアナはまた僕の背後に隠れてしまったけど。

「あの、それで、サンガさんはここで何をなさっているんですか?」

 こういうときは話を切り替えるに限る。
 さっき聞こうとして聞きそびれた話題を持ち出してみた。

「ふうむ、何をしているか? か。さて、坊や。お前さんはそれを知ってしまって大丈夫か?」

 山河と名乗り、カエル顔のおじさん達にボスと呼ばれている巨人族の男性は、僕の顔を眺めながらそううそぶいて笑ってみせるのだった。
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