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忘れられない約束
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「昔は子犬みたいでかわいかったのになぁ」
ふう、とため息をつく。と、親友のベラルダがニヤニヤと笑う。
「クエスのこと? 今もかわいいじゃん」
「えーっ、全然。男臭くなってさ、かわいげなくなっちゃった」
「そりゃあ、今や騎士さまだもんね。私らのなかじゃ、一番の出世頭じゃない? うちのダンなんかしがない冒険者だもん」
「うちのね。はいはいごちそうさま」
「アリンだって、それこそクエスと……」
「ないない、たまに店に寄ったと思ったら私の顔を見てからかって行くんだよ? ほんと、身体も態度もデカくなっちゃって、おねーさんがっかりだよ」
午後の一番陽が高くなる時間は、どのお店も入口を閉じて裏路地の小さな広場で午後の休憩だ。
ミルクに香辛料をたっぷり入れた乳茶を飲みつつ軽い焼き菓子をつまんでおしゃべりをする。
働きすぎると神様に叱られるので、必ずこうやって適度に休憩時間を挟むのだ。
男性はタバコや苦味の強いお茶がメインで、なかにはお酒をほどほど以上に飲んでしまう人もいるようだった。
だから午後の仕事はグダグダになりがちだ、って所帯持ちのおばさんがよくこぼしていたっけ。
男女は基本的に席を分けることになっている。
だから私も、男たちが好む話題などは知らない。
でも、女が集まれば、盛り上がる話題はだいたい決まっているものだ。
ご近所のうわさ話か恋バナが、圧倒的な人気である。
私は今年で十八歳。
同じぐらいの年頃の女の子には彼氏持ちが多くなり、なかにはもう結婚している人までいたりする。
そのせいで、こういう話題が交わされるたびに、浮いた噂一つない自分に少し焦りを感じていた。
それで、ふと頭に浮かんでしまったのだろう。
幼なじみの男の子、クエスのことが。
……今は立派に成長しているのだから、男の子なんて言うのはよくないけれど、小さい頃はいつも一緒に遊んでいたんだもの、なかなかその意識は切り替えられない。
『アリンは、ぜったいにぼくがお嫁さんにするから!』
思い出して、思わずふふっ、と笑ってしまう。
「もうそんな、昔の約束なんて忘れちゃってるよね」
寂しいけれど、それが大人になるということだ。
親友のベラルダとダンみたいに、幼なじみのまま恋人同士になった人もいるけれど、他の人と比べることはできない。
うちの親もそろそろ相手探しに本腰を入れて来そうだし、いつまでも子どもの頃の約束なんて引きずってないで、私も気持ちを切り替えたほうがいいんだろうな。
――……そんな風に、考えていた。
いつものように、午後のパン焼きの間、一人で店番をしていた私のところに、汗だくで必死の形相のクエスが飛び込んで来るまでは。
「アリン! 聞いたぞ! 商家の、跡継ぎと婚約する、とか……」
最初こそ勢いがよかったものの、言葉の最後はしりつぼみに口のなかでごにょごにょと言っていた。
それでも、狭い店内なので、言ったことは全部聞こえる。
「へ? クエス、いらっしゃい。どうしたの? この時間、訓練だよね?」
騎士には大きく分けて二種類のお仕事があるのだそうだ。
衛士や門衛などの役付きと呼ばれる、決まったことを毎日繰り返すお仕事と、部隊に配属されて、命令に従っていろいろな場所に派遣されるお仕事。
平民上がりの騎士は、主に派遣のお仕事に回されるとのことだった。
だから当然のようにクエスも派遣部隊に所属していて、派遣されていないときは厳しい訓練を毎日行っているらしい。
「い、今は休憩時間……だ。……その、うちの部隊に商家の息子から騎士になった奴がいて、実家でたまたまアリンの話を聞いたとか……」
私は「ああ」と思った。
そして顔を覆ってしまう。
うちの両親ったら見境なくあちこちに縁談を広めているらしい。
ほんと、勘弁してください。
「あの……ね」
「俺と、約束しただろ? 結婚するって!」
ちょっとした早とちりだ、と説明しようとした私の言葉を遮って、クエスは驚くべき言葉を口にした。
え? その約束、まだ覚えていた、の?
呆然とする私を置き去りにして、クエスは話を続けた。
「そ、そりゃあ、俺は、ためらった、さ。今の仕事に誇りはある。だが、平民上がりの平騎士は、一番死にやすい役目が押し付けられる。俺はいい。憧れの仕事だ。死んでも後悔はない。でも、でも、お前と結婚して、もし、お前を一人残して死んじまったら? そういうことを考えちまって。……そんな自分の煮えきらなさで、お前にもなんだかそっけない態度を取っちまうし。……でも、でもさ、だからって他人に取られるのは嫌なんだ! 俺のわがままだってわかってる、自分でも何言ってんだろうなって、そう、思う。でも、さ」
クエスは真っ赤な顔をして私をじっと見つめたままそんなことを一気にぶちまける。
唇を半分噛んで、口をぎゅうと引き結んでいた。
ああ、あれは、泣きそうなときに我慢するクエスの癖。
「クエスは、約束覚えてたんだ」
「あ、当たり前だろ!」
その返事に、私はなんだか頭のなかがぽわぽわと熱いような、泣きたいような気持ちになる。
「じゃあね。私の願う約束をして、それを守ってくれる? そうしたら私もクエスとの約束を守るから」
「約束……だって」
「うん」
「当然だ。アリンとの約束なら、俺の生まれの精霊に誓って、必ず守る!」
約束の内容も聞かずに宣言するクエス。
本当に、昔から変わらない。
変わってなんかいなかった。
直情バカで、嘘が下手で、一度約束したことは絶対に守ってくれる。
「私よりも先に死なないで。一緒になるって、ずっと共に生きるって誓うのなら、私の命の最後まで一緒にいてくれないと嫌」
身体が震えていた。
人の命の終わりなんて、誰にもわかりはしない。
そんな約束なんてきっと無茶だろう。
でも、すぐに死んでしまうなんて、それが騎士の誇りだって、そんな風に考えるのは、絶対に、絶対に駄目だから。
私、一度繋いだ手を離すなんて、そんな寂しいのは耐えられないよ。
だから、約束してほしいの。
絶対迷うだろうと思ったクエスは、でも、迷わなかった。
「約束する。いや、誓う」
「ほ、本当に?」
「もちろんだ。さっきも言ったように生まれの精霊にかけて誓う。他人にお前を譲れないと気づいたときに、俺はお前をなんとしても守ると決めた。それは、絶対だ!」
視界がぼやけ、目が熱い。
人は誰しも生まれたときに守護精霊を授かる。
その精霊に誓うということは、絶対ということだ。
ああ……もう叶わないと思っていた望みが、叶ってしまう。
ボロボロと泣いてしまって、気づいたら、ガッチガチの胸板にぎゅうと抱きしめられていた。
嬉しい。
嬉しいけれど、……ちょっと苦しいよ、クエス?
ふう、とため息をつく。と、親友のベラルダがニヤニヤと笑う。
「クエスのこと? 今もかわいいじゃん」
「えーっ、全然。男臭くなってさ、かわいげなくなっちゃった」
「そりゃあ、今や騎士さまだもんね。私らのなかじゃ、一番の出世頭じゃない? うちのダンなんかしがない冒険者だもん」
「うちのね。はいはいごちそうさま」
「アリンだって、それこそクエスと……」
「ないない、たまに店に寄ったと思ったら私の顔を見てからかって行くんだよ? ほんと、身体も態度もデカくなっちゃって、おねーさんがっかりだよ」
午後の一番陽が高くなる時間は、どのお店も入口を閉じて裏路地の小さな広場で午後の休憩だ。
ミルクに香辛料をたっぷり入れた乳茶を飲みつつ軽い焼き菓子をつまんでおしゃべりをする。
働きすぎると神様に叱られるので、必ずこうやって適度に休憩時間を挟むのだ。
男性はタバコや苦味の強いお茶がメインで、なかにはお酒をほどほど以上に飲んでしまう人もいるようだった。
だから午後の仕事はグダグダになりがちだ、って所帯持ちのおばさんがよくこぼしていたっけ。
男女は基本的に席を分けることになっている。
だから私も、男たちが好む話題などは知らない。
でも、女が集まれば、盛り上がる話題はだいたい決まっているものだ。
ご近所のうわさ話か恋バナが、圧倒的な人気である。
私は今年で十八歳。
同じぐらいの年頃の女の子には彼氏持ちが多くなり、なかにはもう結婚している人までいたりする。
そのせいで、こういう話題が交わされるたびに、浮いた噂一つない自分に少し焦りを感じていた。
それで、ふと頭に浮かんでしまったのだろう。
幼なじみの男の子、クエスのことが。
……今は立派に成長しているのだから、男の子なんて言うのはよくないけれど、小さい頃はいつも一緒に遊んでいたんだもの、なかなかその意識は切り替えられない。
『アリンは、ぜったいにぼくがお嫁さんにするから!』
思い出して、思わずふふっ、と笑ってしまう。
「もうそんな、昔の約束なんて忘れちゃってるよね」
寂しいけれど、それが大人になるということだ。
親友のベラルダとダンみたいに、幼なじみのまま恋人同士になった人もいるけれど、他の人と比べることはできない。
うちの親もそろそろ相手探しに本腰を入れて来そうだし、いつまでも子どもの頃の約束なんて引きずってないで、私も気持ちを切り替えたほうがいいんだろうな。
――……そんな風に、考えていた。
いつものように、午後のパン焼きの間、一人で店番をしていた私のところに、汗だくで必死の形相のクエスが飛び込んで来るまでは。
「アリン! 聞いたぞ! 商家の、跡継ぎと婚約する、とか……」
最初こそ勢いがよかったものの、言葉の最後はしりつぼみに口のなかでごにょごにょと言っていた。
それでも、狭い店内なので、言ったことは全部聞こえる。
「へ? クエス、いらっしゃい。どうしたの? この時間、訓練だよね?」
騎士には大きく分けて二種類のお仕事があるのだそうだ。
衛士や門衛などの役付きと呼ばれる、決まったことを毎日繰り返すお仕事と、部隊に配属されて、命令に従っていろいろな場所に派遣されるお仕事。
平民上がりの騎士は、主に派遣のお仕事に回されるとのことだった。
だから当然のようにクエスも派遣部隊に所属していて、派遣されていないときは厳しい訓練を毎日行っているらしい。
「い、今は休憩時間……だ。……その、うちの部隊に商家の息子から騎士になった奴がいて、実家でたまたまアリンの話を聞いたとか……」
私は「ああ」と思った。
そして顔を覆ってしまう。
うちの両親ったら見境なくあちこちに縁談を広めているらしい。
ほんと、勘弁してください。
「あの……ね」
「俺と、約束しただろ? 結婚するって!」
ちょっとした早とちりだ、と説明しようとした私の言葉を遮って、クエスは驚くべき言葉を口にした。
え? その約束、まだ覚えていた、の?
呆然とする私を置き去りにして、クエスは話を続けた。
「そ、そりゃあ、俺は、ためらった、さ。今の仕事に誇りはある。だが、平民上がりの平騎士は、一番死にやすい役目が押し付けられる。俺はいい。憧れの仕事だ。死んでも後悔はない。でも、でも、お前と結婚して、もし、お前を一人残して死んじまったら? そういうことを考えちまって。……そんな自分の煮えきらなさで、お前にもなんだかそっけない態度を取っちまうし。……でも、でもさ、だからって他人に取られるのは嫌なんだ! 俺のわがままだってわかってる、自分でも何言ってんだろうなって、そう、思う。でも、さ」
クエスは真っ赤な顔をして私をじっと見つめたままそんなことを一気にぶちまける。
唇を半分噛んで、口をぎゅうと引き結んでいた。
ああ、あれは、泣きそうなときに我慢するクエスの癖。
「クエスは、約束覚えてたんだ」
「あ、当たり前だろ!」
その返事に、私はなんだか頭のなかがぽわぽわと熱いような、泣きたいような気持ちになる。
「じゃあね。私の願う約束をして、それを守ってくれる? そうしたら私もクエスとの約束を守るから」
「約束……だって」
「うん」
「当然だ。アリンとの約束なら、俺の生まれの精霊に誓って、必ず守る!」
約束の内容も聞かずに宣言するクエス。
本当に、昔から変わらない。
変わってなんかいなかった。
直情バカで、嘘が下手で、一度約束したことは絶対に守ってくれる。
「私よりも先に死なないで。一緒になるって、ずっと共に生きるって誓うのなら、私の命の最後まで一緒にいてくれないと嫌」
身体が震えていた。
人の命の終わりなんて、誰にもわかりはしない。
そんな約束なんてきっと無茶だろう。
でも、すぐに死んでしまうなんて、それが騎士の誇りだって、そんな風に考えるのは、絶対に、絶対に駄目だから。
私、一度繋いだ手を離すなんて、そんな寂しいのは耐えられないよ。
だから、約束してほしいの。
絶対迷うだろうと思ったクエスは、でも、迷わなかった。
「約束する。いや、誓う」
「ほ、本当に?」
「もちろんだ。さっきも言ったように生まれの精霊にかけて誓う。他人にお前を譲れないと気づいたときに、俺はお前をなんとしても守ると決めた。それは、絶対だ!」
視界がぼやけ、目が熱い。
人は誰しも生まれたときに守護精霊を授かる。
その精霊に誓うということは、絶対ということだ。
ああ……もう叶わないと思っていた望みが、叶ってしまう。
ボロボロと泣いてしまって、気づいたら、ガッチガチの胸板にぎゅうと抱きしめられていた。
嬉しい。
嬉しいけれど、……ちょっと苦しいよ、クエス?
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