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竜の御子達
宿屋にて
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宿の部屋はぼんやりと薄暗く、お世辞にも広くはなかった。
壁の三方に押し付けられるように造り付けられた二段重ねの棚のような物に敷布が敷いてある所を見ると、それがおそらくベッドなのだろう。
真ん中の僅かな空間には背の低いテーブルがあり、その上にはランプが乗っていた。
明かりはこれだけで、窓も開いて無かったので全体が薄暗く感じられたのである。
部屋には一人だけ先客が居て、そのテーブルに何か荷物を広げて確認しているようだった。
「失礼します。同室の者なんですが、よろしくお願いします」
男はライカの挨拶にちらりと視線を寄越したが、何も返事は返さず、興味もないように視線を手元に戻す。
その半ば無視するような態度に、後ろでサッズが鼻を鳴らした。
ライカは無言でその耳を引っ張る。
沈黙の内に攻防を繰り広げる二人に、男は目を向けないまま声を掛けた。
「おい、ドアを早く閉めろ」
「あ、すみません」
男はチ、と舌打ちする。
相手はライカ達の商隊の人間ではないので、会話の必要がある訳ではないのだが、部屋に入ったライカはとりあえずドアを閉めてしまうと幾つかの疑問が浮かんだので、聞いてしまうことにした。
「あの、他にお二人いらっしゃると聞いていたのですが、他の人達は?」
男は初めてまともにライカを見ると、何か胡散臭そうに上から下まで眺める。
「他の連中は下で酒でも飲んでるんだろう」
そういえば下は食堂だった。
ミリアムの所は酒は制限付きだったが、おそらくこの宿では頼めば普通に飲めるのだろう。もしかすると、食事も摂っているのかもしれない。
「そうですか、あの、俺たちはどこのベッドを使えばいいですか?」
男は益々顔をしかめると、
「お前ら、部屋を間違えてないか?」
と、なぜか唐突に聞いてきた。
ライカはサッズと顔を合わせる。
二つしかない大部屋の片方、六人部屋のほうなのだ、間違えるはずもない。
「いえ、ここでいいはずですけど」
「良いとこのガキが泊まるような宿じゃねぇぞ、ここは。今からでも部屋を変わったほうがいいんじゃねぇか?」
再び顔を見合わせた二人だったが、男にとって自分たちの何が問題なのかがわからない。
ひそひそと、心声で会話を交わした。
『困惑してるのはわかる』
『なんで困惑してるのかな?』
『そこら辺は理解出来ない領域だ。なんとなくだが、既存の事象との照合が適合しないらしい』
『ものすごくわかり辛く説明したよね?』
『人間の言葉に直訳したらそうなった、理解がおっつかないから解読不能だ』
二人が顔を見合わせたまま固まったのをどう思ったのか、男は溜め息を吐くと、手を振って顔を手元に戻した。
「ああ、良いんならいいんだ、余計なこと言っちまったな。ベッドはまだ誰も選んで無いから適当に決めればいいさ」
「あ、はい。ありがとうございます」
なんだかよくわからないままだったが、二人は気にしないことにして窓がある壁に設置してあるベッドに座る。
「上はサッズが使う?」
「いや、俺が下がいいだろ。何かあった時に動きやすいし、うっかり滑空したりするとまずいだろ」
「あはは」
確かに寝ぼけて足を踏み出して、そのまま空中を普通に歩いてしまったりして、それを誰かに見られでもしたら大騒ぎになるだろう。
その点ライカは意識しないと浮いたりしないのでうっかりしても落ちるだけで済む。
「一緒に寝た方がいいかな?」
「むちゃくちゃ狭いじゃないか、無理だろ。それにこのベッドの使用代も料金に入ってるんだろうし、使わなきゃ損だろ」
「サッズ、なんかものすごく俗っぽくなった」
「そりゃあ、毎晩のように連中に酒を買う金が無いとかぼやかれたり、勝負事に負けたのに金を払うのを渋ったとかで殴り合いの喧嘩をしたりとか、金絡みの厄介ごとを起こされちゃあ、金に対する認識も変わる」
「まあそうだよね。酒場で飲み勝負をしてて一文無しになった挙句、裸で追い出されて警備兵に捕まって牢に転がされた。みたいな生々しい話を聞くとお金って大事だなと思うよね」
二人は仕事仲間が夜長を埋めるために話した与太話の数々を思い出した。
大概はたわいもないお伽話の類だったが、彼らの実体験に基づいた失敗談などは情感が篭っていて迫力があり、一番惹き込まれる話でもある。
どうやらその意識の刷り込みが起きて、サッズは金銭に細かくなってしまったらしい。
「人間はエールの濃い種族だからなぁ、影響力が大きいんだ」
ぼやくサッズに、ライカはふと思い出した。
セルヌイが語った過去の物語を。
人間がまだ生まれたばかりの種族で、世界には未だ前代の種族が存在し、お互いが共存していた頃の話だ。
後代種族の中でも際立って攻撃能力が低く、そのくせ内包エールの濃度が高い上に群れる習性がある人間種族は、大気からエールが失われつつあったその時代、エールを必要とする種族から効率の良い補給手段として襲われていたらしい。
それが人間の受難の時代。初代の真王、聖騎士が生まれた時代でもある。
「エールが濃いっていうけどさ、人間には特別な力は無いし、寿命もそう長くないだろ? なんだか不思議だね」
「エールってのは可能性の力でもあるっていうことだから、人間が爆発的に増えて、地上の主導権を握ったことと無縁じゃないんだろう。まあ、そんな理屈や分析は別にどうでもいいだろ」
話していて自分で面倒臭くなったのか、サッズは早々に話題を変えた。
「ともかくもう寝るか? 明日は早いんだろ?」
「うん、遅れたら置いて行かれるし、朝は早めに行っておかないとね」
そうして、二人は就寝の挨拶を交わすとそれぞれのベッドに潜り込んだのだった。
── ◇ ◇ ◇ ──
「なんだ、真面目に帳簿整理か? この宿に泊まるんだから下っ端なんだろ? そんな仕事やる必要あるのかね?」
下の酒場からすっかり出来上がった二人が戻って来て、テーブルでなにやら計算をしている男にさっそく絡み始める。
大部屋はどうしたって他人との接触が増えるため、ある程度のことは気に止めない主義の男は、うっかり過剰な反応をしないように注意しながら相手を観察した。
その男達は酷く酔ってるという感じでは無かったので、生来馴れ馴れしい質なのかもしれない。
「記録だ。商人になるなら大事なことだからな」
「お~真面目だね。なんだ、下働きからのし上がるつもりなのか? うんうん、その意気や良し!」
「酔っ払いは早く寝ろ」
へいへいと呟いて、微妙な酔っ払いはベッドへと近づいた。
「おい、そっちは」
男が止める間もなく、ベッドを覗き込んだ男は、おおおという呻きのような声を上げて、ふらふらと今度は後退りをしてきた。
「すげぇべっぴんが寝てる!」
「なんだと! 宿女か?」
もう一人がニヤニヤとしながらそのベッドに近づく。
「ありゃ? ガキじゃねぇか」
「そりゃあ男だぞ、男」
酔っ払いを斜めに見た男が、呆れた声で言った。
「ああん? ん~? そういえばそんな感じか? しかし、う~む、おい、ランプ寄越せよ」
仕方なさそうにテーブルを使っていた男がランプを持って近づく。
ランプに照らされた少年の顔は何かを感じ取ったのか、不快そうに歪められた。
「おお、なんかすげぇキラキラしてるぞ、なんだこりゃ」
「髪じゃねぇか?」
「しかし、こりゃまた、う~ん」
「お前らいい加減にしろよ、妙な趣味の持ち主だと疑うぞ」
「いやいや」
「違うって、驚いただけだから」
三人はぞろぞろとテーブルに引き返すと、そこにランプを据える。
「なんだ? あれ?」
酔っ払いがなんとなく素面に戻ったような顔で呟いた。
「知らん、なんか馬鹿丁寧な言葉遣いのガキ共だった」
「今流行の貴族のガキのお忍びか?」
「いや、ありゃあ自家の護衛付きでやるもんだろ? こんなとこに間違っても泊まらねぇだろ」
滅多に上流階位の人間を見る機会の無い身分の低い労働者である男達は、すっかり酔いが覚めたことも手伝って、しばし少年たちを肴にして持ち込んだ酒を回し合いその場で飲み直しをしたのだった。
壁の三方に押し付けられるように造り付けられた二段重ねの棚のような物に敷布が敷いてある所を見ると、それがおそらくベッドなのだろう。
真ん中の僅かな空間には背の低いテーブルがあり、その上にはランプが乗っていた。
明かりはこれだけで、窓も開いて無かったので全体が薄暗く感じられたのである。
部屋には一人だけ先客が居て、そのテーブルに何か荷物を広げて確認しているようだった。
「失礼します。同室の者なんですが、よろしくお願いします」
男はライカの挨拶にちらりと視線を寄越したが、何も返事は返さず、興味もないように視線を手元に戻す。
その半ば無視するような態度に、後ろでサッズが鼻を鳴らした。
ライカは無言でその耳を引っ張る。
沈黙の内に攻防を繰り広げる二人に、男は目を向けないまま声を掛けた。
「おい、ドアを早く閉めろ」
「あ、すみません」
男はチ、と舌打ちする。
相手はライカ達の商隊の人間ではないので、会話の必要がある訳ではないのだが、部屋に入ったライカはとりあえずドアを閉めてしまうと幾つかの疑問が浮かんだので、聞いてしまうことにした。
「あの、他にお二人いらっしゃると聞いていたのですが、他の人達は?」
男は初めてまともにライカを見ると、何か胡散臭そうに上から下まで眺める。
「他の連中は下で酒でも飲んでるんだろう」
そういえば下は食堂だった。
ミリアムの所は酒は制限付きだったが、おそらくこの宿では頼めば普通に飲めるのだろう。もしかすると、食事も摂っているのかもしれない。
「そうですか、あの、俺たちはどこのベッドを使えばいいですか?」
男は益々顔をしかめると、
「お前ら、部屋を間違えてないか?」
と、なぜか唐突に聞いてきた。
ライカはサッズと顔を合わせる。
二つしかない大部屋の片方、六人部屋のほうなのだ、間違えるはずもない。
「いえ、ここでいいはずですけど」
「良いとこのガキが泊まるような宿じゃねぇぞ、ここは。今からでも部屋を変わったほうがいいんじゃねぇか?」
再び顔を見合わせた二人だったが、男にとって自分たちの何が問題なのかがわからない。
ひそひそと、心声で会話を交わした。
『困惑してるのはわかる』
『なんで困惑してるのかな?』
『そこら辺は理解出来ない領域だ。なんとなくだが、既存の事象との照合が適合しないらしい』
『ものすごくわかり辛く説明したよね?』
『人間の言葉に直訳したらそうなった、理解がおっつかないから解読不能だ』
二人が顔を見合わせたまま固まったのをどう思ったのか、男は溜め息を吐くと、手を振って顔を手元に戻した。
「ああ、良いんならいいんだ、余計なこと言っちまったな。ベッドはまだ誰も選んで無いから適当に決めればいいさ」
「あ、はい。ありがとうございます」
なんだかよくわからないままだったが、二人は気にしないことにして窓がある壁に設置してあるベッドに座る。
「上はサッズが使う?」
「いや、俺が下がいいだろ。何かあった時に動きやすいし、うっかり滑空したりするとまずいだろ」
「あはは」
確かに寝ぼけて足を踏み出して、そのまま空中を普通に歩いてしまったりして、それを誰かに見られでもしたら大騒ぎになるだろう。
その点ライカは意識しないと浮いたりしないのでうっかりしても落ちるだけで済む。
「一緒に寝た方がいいかな?」
「むちゃくちゃ狭いじゃないか、無理だろ。それにこのベッドの使用代も料金に入ってるんだろうし、使わなきゃ損だろ」
「サッズ、なんかものすごく俗っぽくなった」
「そりゃあ、毎晩のように連中に酒を買う金が無いとかぼやかれたり、勝負事に負けたのに金を払うのを渋ったとかで殴り合いの喧嘩をしたりとか、金絡みの厄介ごとを起こされちゃあ、金に対する認識も変わる」
「まあそうだよね。酒場で飲み勝負をしてて一文無しになった挙句、裸で追い出されて警備兵に捕まって牢に転がされた。みたいな生々しい話を聞くとお金って大事だなと思うよね」
二人は仕事仲間が夜長を埋めるために話した与太話の数々を思い出した。
大概はたわいもないお伽話の類だったが、彼らの実体験に基づいた失敗談などは情感が篭っていて迫力があり、一番惹き込まれる話でもある。
どうやらその意識の刷り込みが起きて、サッズは金銭に細かくなってしまったらしい。
「人間はエールの濃い種族だからなぁ、影響力が大きいんだ」
ぼやくサッズに、ライカはふと思い出した。
セルヌイが語った過去の物語を。
人間がまだ生まれたばかりの種族で、世界には未だ前代の種族が存在し、お互いが共存していた頃の話だ。
後代種族の中でも際立って攻撃能力が低く、そのくせ内包エールの濃度が高い上に群れる習性がある人間種族は、大気からエールが失われつつあったその時代、エールを必要とする種族から効率の良い補給手段として襲われていたらしい。
それが人間の受難の時代。初代の真王、聖騎士が生まれた時代でもある。
「エールが濃いっていうけどさ、人間には特別な力は無いし、寿命もそう長くないだろ? なんだか不思議だね」
「エールってのは可能性の力でもあるっていうことだから、人間が爆発的に増えて、地上の主導権を握ったことと無縁じゃないんだろう。まあ、そんな理屈や分析は別にどうでもいいだろ」
話していて自分で面倒臭くなったのか、サッズは早々に話題を変えた。
「ともかくもう寝るか? 明日は早いんだろ?」
「うん、遅れたら置いて行かれるし、朝は早めに行っておかないとね」
そうして、二人は就寝の挨拶を交わすとそれぞれのベッドに潜り込んだのだった。
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「なんだ、真面目に帳簿整理か? この宿に泊まるんだから下っ端なんだろ? そんな仕事やる必要あるのかね?」
下の酒場からすっかり出来上がった二人が戻って来て、テーブルでなにやら計算をしている男にさっそく絡み始める。
大部屋はどうしたって他人との接触が増えるため、ある程度のことは気に止めない主義の男は、うっかり過剰な反応をしないように注意しながら相手を観察した。
その男達は酷く酔ってるという感じでは無かったので、生来馴れ馴れしい質なのかもしれない。
「記録だ。商人になるなら大事なことだからな」
「お~真面目だね。なんだ、下働きからのし上がるつもりなのか? うんうん、その意気や良し!」
「酔っ払いは早く寝ろ」
へいへいと呟いて、微妙な酔っ払いはベッドへと近づいた。
「おい、そっちは」
男が止める間もなく、ベッドを覗き込んだ男は、おおおという呻きのような声を上げて、ふらふらと今度は後退りをしてきた。
「すげぇべっぴんが寝てる!」
「なんだと! 宿女か?」
もう一人がニヤニヤとしながらそのベッドに近づく。
「ありゃ? ガキじゃねぇか」
「そりゃあ男だぞ、男」
酔っ払いを斜めに見た男が、呆れた声で言った。
「ああん? ん~? そういえばそんな感じか? しかし、う~む、おい、ランプ寄越せよ」
仕方なさそうにテーブルを使っていた男がランプを持って近づく。
ランプに照らされた少年の顔は何かを感じ取ったのか、不快そうに歪められた。
「おお、なんかすげぇキラキラしてるぞ、なんだこりゃ」
「髪じゃねぇか?」
「しかし、こりゃまた、う~ん」
「お前らいい加減にしろよ、妙な趣味の持ち主だと疑うぞ」
「いやいや」
「違うって、驚いただけだから」
三人はぞろぞろとテーブルに引き返すと、そこにランプを据える。
「なんだ? あれ?」
酔っ払いがなんとなく素面に戻ったような顔で呟いた。
「知らん、なんか馬鹿丁寧な言葉遣いのガキ共だった」
「今流行の貴族のガキのお忍びか?」
「いや、ありゃあ自家の護衛付きでやるもんだろ? こんなとこに間違っても泊まらねぇだろ」
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