エンジニア(精製士)の憂鬱

蒼衣翼

文字の大きさ
46 / 233
おばけビルを探せ!

その四

しおりを挟む
「いやあ、以前たまたまこの連中の活動を見掛けましてね。素人が安易に怪異に触れるようなことがあってはならないと、それ以来この探検会とやらには参加するようにしているのですよ。無知なる者を正しく導くのはいわば知ある者の義務ですね。しかし、まさかそのおかげでこうやってお兄さんに出会えるとは、これはもう運命でしょう! 天のよみしたもうた宿命に違いありません。ああ、なんという感動でしょう。私は人に作られし神の歴史を知りしゆえ、神の幻想には懐疑的ですが、こうも奇跡を突き付けられると、思わず信仰心が芽生えてしまいそうです」

 そうか、俺は悪魔の実在を信じてしまいそうだけどな。
 というか、ツッコミ所が多すぎてツッコめないわ!
 もし本当にこいつとの出会いが運命というならそんなもんは断固として断ち切ってやる。絶対にお断りだ!

 変態のあまりの浮かれっぷりに、俺の精神がヤスリに掛けられたかのようにザリザリ削られていくのを感じる。
 まだ何も始まって無い内に、早くもギブアップしたくなって来たぞ。
 ほんと、俺もう帰って良いかな?

「先生!」

 主催者らしき優男がこっちに向かって来るのが見えた。

「先生、そちらの方は?」

 その男が声を掛けたのは、まごうことなき変態に、であった。
 ちょっと待て、こいつ大学教授じゃなくてただの助手だったよな?
 なんで先生呼ばわりされているんだ? まさか身分詐称か?

「いやあ、先生なんて分不相応だとは思うのですが、彼等が私の知識に敬意を表してそう呼びたいと頼まれてしまいましてね」

 俺の訝しげな視線に気づいたのか、変態は照れたようにそう説明した。
 照れるな、キモイわ。

「よく聞き給え、こちらは……」

 得意げに俺を紹介しようとする変態の靴の上からすかさずその足を踏みにじった。
 もちろん理由はある。
 何か嫌な予感がしたからだ。
 痛みのあまりか、絶句する変態を横目に、俺は自分の紹介を引き継ぐ。

「実はうちの妹が彼と同じ大学の研究室に所属していて、それで顔見知りだったんです」

 営業スマイル。
 まあ、俺は営業じゃないから意味などないかもしれんが。

「そうなんですか、それは心強い! やはり怪異や霊に興味がおありなんでしょう? よろしく! 同士はいつでも歓迎しますよ!」

 う、こいつもテンション高い。
 当然と言えば当然だが、御池さんと同類の匂いがプンプンとするぞ。
 やばい、そうじゃないかとは思っていたが、どうやらここは人外魔境だ。

「あれ? 木村さん、先生と知り合いだったんですか?」

 そこへ御池さんが伊藤さんと園田女史を引っ張ってやって来た。
 気の毒に、お局様は酷く居心地が悪そうだぞ。

「みっちゃんもこちらの方を知っているんですか?」
「知っているもなにも、木村さんを連れて来たのは私ですよ」

 なぜか威張る御池さん。
 ていうかみっちゃんって……小学生のあだ名か?

「ほほう、君はこの方と親しいのかね」

 変態はいつの間にか復活し、なぜか険しい顔で御池さんを見た。

「え? はい! 会社の同僚なんです」

 元気のよいお返事だ。
 なんでこんな変態に対してその態度なんだろう。不思議でならない。

「なんだと!」

 そう叫ぶと、変態はまるで背後から不意打ちでも食らったかのようにふらついた。
 おいおい、今度は何を始める気だ?

「か、会社だと! 下賤な奴隷の棲み家ではないか!」

 思わず俺は奴の襟首をひっ掴むと、仔細構わず引き摺ってその場を離れる。

「ちょっと内々の話があるので失礼します」

 一応断りを入れる。

「あ、はい」

 ことの経緯が分かっているのかいないのか、代表らしき優男が毒気を抜かれたような顔で俺達を見送った。
 うん、その素直さは好感が持てる。

 ズルズルと変態を引き摺って、集団から離れたベンチまで辿り着く。
 どさりとそこに変態を放り出すと、ぐったりとしたまま動かなかった。
 嫌がらせか?

「おい」

 触るのも嫌だが、仕方なく襟首をもう一度掴んで仰向かせると、目は半分開いているものの焦点が合っていない。
 あのぐらいで意識が朦朧とするとか、どんだけ虚弱体質なんだ、面倒臭い変態だな。

「おいこら起きろ!」

 取り敢えず揺さぶってみる。

「あ……? おお! ここが鬼伏せの隠し里ですか!」

 意識が戻ったと思ったらいきなり訳のわからないことを叫びだす変態。

「正気に戻れ、ここはのどかな日曜の公園だ」

 俺の言葉に、ようやく周りを見回した変態は、なぜか幸せが束になって逃げ出しそうな溜め息を吐いた。
 まあこいつが不幸になる分には何の問題もないからいいんだが。

「おい、貴様、何のつもりだ?」

 とにかく話を進めよう。

「ええっ! それはもちろん、隠し里で英血の方々に囲まれて、そのお力を間近で味あわせて頂きたいと望んでいます!」

 おいおい、なんだその特殊な趣味は? 嫌な自殺志願者だな。
 死ぬなら一人で勝手に死ねばいいだろうが、うちの里に迷惑掛けるな。

「お前の変態な最期の望みなんぞ聞いて無いわ! てめえ、さっき俺の同僚に向かって何言おうとしやがった?」

 俺の言葉に突然夢から覚めたように、カッと目を見開いた変態は、やにわにベンチの上に立ち上がった。

「やめろ、馬鹿!」

 叫ぶなり、今度は胸倉を掴んで引き倒す。
 目立ち過ぎだろ! どんだけぶっ飛んでるんだこいつの頭は!
 しかし、変態はへこたれることなく熱く語った。

「選ばれし者を家畜のごとき生を生きる者の集う会社などという名の畜舎に放り込むなど正気の沙汰ではありません! その作戦の意義は一体どこにあるのですか? 私としては立案者に真意を問いたい所です!」

 会社員が奴隷から家畜にランクダウンしていることについてはともかくとして、ここは、「お前どんだけ社会を舐めてるんだ? この消費社会の礎をいったい誰が築いていると思ってる?」とでも思いっ切り説教したい所だが、今はそれどころじゃない。
 どうやら俺達の様子を訝しく思ったらしく、先程の連中がこっちをじっと窺っているのだ。
 まあ当然と言えば当然だろう。
 下手するとすぐにでもこっちへやって来そうな雰囲気だ。

「いいか、俺は自分の意思で働いているんだ。職場を侮辱するのは許さないからな」

 声を低めに脅し付けるように言う。
 経験上、この手のタイプは言葉も感情もはっきりと示さないと、自分勝手に解釈してこっちの意思が正確に伝わらない場合がままある。
 なので言葉に誤解が生じる余地があってはならない。
 しかし、それでも俺は甘かったようだった。
 変態は、しばし俺の言葉を理解しようとしてか、沈黙していたが、やがて真剣な顔をこちらに向け、噛み締めるように言ったのである。

「なるほど、怪異を知るには世情を知る必要があるという訳ですね。なんと深いお考え。浅慮な我が身が恥ずかしいです」

 くっ、駄目だ、これでも言葉が通じてねえ。
 なんかものすごい敗北感が湧き上がって来やがるぜ。

「あ、ああ、もう好きなように考えてくれ。ともかく、仕事や同僚を悪く言うな! ついでに俺の血統やハンターの仕事の事は他人に言うな」
「はい、不詳この木下真、粉骨砕身の覚悟でご期待に応えます!」

 いや、何の期待もしてないから。
 余計なことだけはしてくれるなよ。

「あの、お話は終わりました?」

 思った通り、すぐにやって来た優男君が心配そうに俺達に問い掛ける。
 そりゃあ、突然ベンチの上で立ち上がったり片膝ついて頭を地面に押し付けたりしてたら不審に思うよな。
 それにしてもこんな奴を先生呼ばわりするとは、どんだけ肝が座ってるんだ、こいつら。

「あ、はい。どうも飛び入りなのにお邪魔をしてしまったようで申し訳ありません」

 実際、彼らは何も悪いことはしていない。
 多少変わっていようとも趣味は趣味。
 休日に趣味を楽しもうと思うのは普通のことだし、少々その趣味がおかしくても、ちゃんと社会のルールを守っていれば問題ないのだ。他人がどうこう言うようなことではない。
 それなのにせっかくの楽しみに水を差したのはこっちのほうだ。思えばちょっと悪いことをしたな。
 なんて、多少好意的に思えたのはこの時までだった。

「いえ! それで、実はみっちゃんに聞いたのですが、木村さんはオカルトに詳しいとか。なんでもお一人であっさりと悪霊を退治した事もあると伺いました。素晴らしいです! 我ら『謎謎探検隊』一同、心から歓迎いたします。今後ともよろしくお願いしますね! 僕は『愛マイ』こと坂上一郎と言います。どうかよろしくお願いします!」

 ……。

 えっと、御池さん、何をこの人に吹き込んだのかな?
 この日、人外魔境においては、変態を一人抑えたぐらいで決して油断してはいけないのだということを俺は学んだのだった。
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

勇者の隣に住んでいただけの村人の話。

カモミール
ファンタジー
とある村に住んでいた英雄にあこがれて勇者を目指すレオという少年がいた。 だが、勇者に選ばれたのはレオの幼馴染である少女ソフィだった。 その事実にレオは打ちのめされ、自堕落な生活を送ることになる。 だがそんなある日、勇者となったソフィが死んだという知らせが届き…? 才能のない村びとである少年が、幼馴染で、好きな人でもあった勇者の少女を救うために勇気を出す物語。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

アブナイお殿様-月野家江戸屋敷騒動顛末-(R15版)

三矢由巳
歴史・時代
時は江戸、老中水野忠邦が失脚した頃のこと。 佳穂(かほ)は江戸の望月藩月野家上屋敷の奥方様に仕える中臈。 幼い頃に会った千代という少女に憧れ、奥での一生奉公を望んでいた。 ところが、若殿様が急死し事態は一変、分家から養子に入った慶温(よしはる)こと又四郎に侍ることに。 又四郎はずっと前にも会ったことがあると言うが、佳穂には心当たりがない。 海外の事情や英吉利語を教える又四郎に翻弄されるも、惹かれていく佳穂。 一方、二人の周辺では次々に不可解な事件が起きる。 事件の真相を追うのは又四郎や屋敷の人々、そしてスタンダードプードルのシロ。 果たして、佳穂は又四郎と結ばれるのか。 シロの鼻が真実を追い詰める! 別サイトで発表した作品のR15版です。

処理中です...