エンジニア(精製士)の憂鬱

蒼衣翼

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宵闇の唄

その十三

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 帰り掛け、浩二はハンター協会の支部に報告へ向かい、由美子とは特区を出た所で別れた。
 そのまま大学に行くらしい。
 今日は講義休みだろうと聞いたら、課外学習が教授の研究室で行われているのだという事だった。
 お前どんだけ勉強好きなんだよ。

「違う、好きなのはわからないことがわかるようになること」
「あーうん、お前は本当に昔からそうだよな」
「それだけが私の存在意義」
「おいおい、そりゃあないぞ、俺の妹だっていう一番大事な存在意義があるだろ、お前がいてくれるだけで兄ちゃんは心があったかくなるんだぞ」

 別れ際にそんな話をしたら「うん」と、頷いた後、小さく手を振って周回バスに乗り込んで行った。
 本当にわかっているのかな?どうも由美子は昔っから感情表現が苦手で心配だ。
 内気って訳じゃないんだが、他人と話すのは苦手っぽいんだよな。
 小さい頃一時期虐められていた時もあったからその辺が響いているんだろうけど。
 でも、こっちに来てから友人も何人か出来たみたいでよかった。
 伊藤さんがその筆頭っぽいし、結構二人で出掛けているようだ。
 こないだも二人で買い物に行って買ったという服を見せてくれたし。
 そんなことを考えていたら端末が振動した。
 プライベート用の奴である。
 コートの内ポケットに突っ込んであったそれを取り出すと、そこには伊藤さんの名前が表示がされていた。
 なんだろう?

「優香、どうした?」
『あ、隆志さん、今大丈夫ですか?』

 俺はそのまま特区ゲート前の広場に設置されているベンチに座った。

「うん、大丈夫だけど、何かあったのか?」
『あの、隆志さんが調べていた事件のデータを纏めていた時に気づいたことがあるんです、今時間があるようならお話出来ませんか?』
「ああ、うん、もう用事は終わったから時間は空いているよ」
『今どこにいます?』
「うんっと、特区前広場かな」
『あ、じゃあその近くのクリスタルメディア第2ビルの屋上庭園に来れますか? 今いるんですけど』
「ああ、そこならすぐ近くだから待たせないと思う」

 そう言えば伊藤さん、ビル登りが趣味だって言ってたっけ? クリスタルメディア第2ビルと言えば全面ガラス張りで夜にはビル全体を使って映像広告を展開することで有名な広告会社のビルである。
 確か五十階建てだったっけ?
 そんな高所の屋上庭園って危険じゃないか? なんか術式使ってカバーしてるのかな? 金掛けてんな。
 そんな風に思いながら待ち合わせ場所に急ぐ。

 考えてみれば俺は結構伊藤さんの情報を纏めて分析する能力に助けられていると思う。
 彼女は情報を共通項ごとに振り分けたり、参照しやすいように資料を纏めたりするのが得意だ。
 うちの部署では彼女がいなくなったら今の3倍は仕事が遅れると言われている。
 なんで3倍なのかは謎だ。

 件のビルは昼間でもわりと賑やかだった。
 ビルの壁面にテレビジョンの画面のような物が映しだされているのだ。
 足を止めてそれを眺めている人は少ないが、近くのカフェのテラス席からそれを眺めながらお茶をしているらしい人たちは結構いる。
 そんな人通りが多い表通りからビルの中へと入ると、休日でエレベーターが制限されていて、止まる階は3箇所だけになっていた。
 三十階のカフェとレストラン、四十九階のカフェバーと、五十階の展望レストランである。

「んん?」

 屋上庭園へはどう行けばいいのかの表示がない。
 とりあえず五十階で降りると、正面がレストラン入り口となっていて、その横に通路が続いていた。
 エレベーターから降りて振り向くと、その乗口の壁に見取り図が表示してある。
 そこにようやく屋上庭園の表示があり、このレストラン直営の和風カフェがあることが記されていた。
 通路沿いに行くと非常階段があり、そこにカフェの案内がある。
 その階段を登り、重いレバー式の扉を開くと、明るい光の中に木々が生い茂っている空間が広がっていた。
 普通この高さになると強風が吹きすさびこんなのんびりとした光景にはならないはずだが、やっぱり何かの術式でカバーしているのだろうと思われる。
 最初の施工費どんだけ掛かったんだろう? メンテも必要だし、一流企業はやることが違うな。

 その庭園を順路沿いに進むとカウンターがあり、軽食とドリンクを販売しているのが見えた。
 基本は緑茶や和菓子のようだが、パフェやコーヒーも一応あるようだ。
 設置されているテーブルは庭園内に点在していて、ここで購入して自由に座るのだろう。
 席に着いて注文を取りに来てもらう方式のカフェではなさそうだった。

 とりあえず先に伊藤さんを探すことにした。
 ぐるりと通路を巡って行くと、銀色の枝垂柳に似た木の向こうで手を降っている姿が見えた。
 可愛いな。

「待たせた」
「待っている間、すごくドキドキして楽しかったです。ちょっとデートみたいですよね」
「お、おう」
「今度、待ち合わせしてデートしませんか?」
「えっ!」

 言われて気づいたが、そう言えば俺たち、お互いの家に行くばかりでちゃんとしたデートとかしてなかったような?
 いや待て、食事にはしょっちゅう行ってるし、それはデートじゃないのか?
 だが、待ち合わせデートか、それは何か心躍るもののような気がする。

「あ、困らせるつもりじゃなかったんです。我儘言っちゃってごめんなさい」
「いやいや、そんなの我儘じゃないし、俺もしたいし」
「本当ですか? 気を使っていませんか?」
「本当です」
「じゃあ、とりあえず何か飲み物を買って来ますね。私は抹茶と白玉饅頭を貰って来ますけど、隆志さんはどうしますか?」
「あ、メニューをまだちゃんと見てなかったし、俺が取りに行って来るよ」
「それじゃ、私のカードを持って行ってください」
「纏めて払ったほうが楽だし、今回は俺のおごりで」
「じゃあ、次のデートは私のおごりですね」
「お、おう」

 恋人関係になってからそれなりに時間が経っていると思うんだが、未だに俺は彼女の笑顔を正面から見るとちょっとうろたえてしまうことがある。
 なんて言うか、本当にいいのかな? という気分になってしまうのだ。
 デートという単語におたおたしてしまうのはいくらなんでも大人の男としてどうなんだろうな。
 注文カウンターで改めて確認するとお茶だけで東西諸国様々な種類の物が揃えてあり、結構マニアックな内容となっていた。
 和菓子はあまり聞かない物もあったが、ショーケースにサンプルキューブが置いてあるので大体の見た目は分かる。

「抹茶と白玉饅頭とほうじ茶と赤ベコ団子をお願いします」
「お伺いしました。少々お待ちください」

 カード決済をした後5分ぐらい待ってトレーに乗った注文品を受け取る。
 意外なことに湯のみも饅頭や団子の乗った皿も陶製のちゃんとした物だ。
 こういう所では紙の物を使うと思っていたので少し驚く。
 戻ってその話をすると、伊藤さんは笑って言った。

「ここはレストランのオーナーが趣味でやっている所だから採算度外視で自分のやりたいようにやっているみたい」
「そうなんだ。そう言えばエレベーターに案内も無かったな」

 二人共お茶を啜って、一息吐いた所で伊藤さんが切り出した。

「それで事件の件なんですけど。時系列で整理していると、気になることが出て来たんです」
「と、言うと」
「最初の犠牲者は四十代のサラリーマン、次は七十代のおじいちゃん、その次は五十代の主婦、その次は二十代の青年と続いているんですけど、統一感が無いですよね」
「そうだな」

 年齢も性別もあまり関係無いような感じがする。

「これが八回目以降から変わるんです。二十代男性、二十代女性、二十代男性、十代の女子学生」
「ん?」
「十代男子学生、十代男子学生、十代男子学生と続いています」
「段々若くなっている?」
「はい、しかも十回目以降は必ず複数人が同時に昏倒しています。このせいでニュースとしてクローズアップされるようになったんですけど」
「んー、これはむちゃくちゃ嫌な予感がする」
「私もそう思います」
「次はもしかすると、学校とか……。ヤバイんじゃないかな?」
「でももしことを起こしているのが個人だとすれば、さすがに学校は無理があるような気もします」
「なんで個人だと思う?」
「いくつかの昏倒事件は夜の賑やかな街中で起こっているんです。集団で行っていることならもっと不審な集団の目撃情報が出てもおかしくないと思います」
「なるほど」

 若者の集団がいて、個人で対処出来そうな規模の場所か。
 ゲームセンター、カラオケ、他に何かあるかな? とりあえずお偉いさんに言って、そういう所が危ないと忠告しておくか。
 この手の事件はハンターだけで無理に解決しようとして出来ることではないだろう。
 人間が起こす事件の専門家にある程度協力を仰ぐべきだと思う。
 そもそもあっちも調べているだろうしな。
 餅の周りをこし餡で包んだ赤べこ団子を切り取って口に運びながら、俺はそう考えた。
 口に入れたこし餡はさらりとした甘さを残して小豆の風味を香らせる。
 初めて食うけど旨い和菓子だ。

「付いてますよ」

 伊藤さんがふいに指先で俺の口元に触れると、あんこを摘んで自分の口に入れた。

「あ、このこし餡美味しいですね」
「お、おう」

 あ、あれ? 俺さっき何考えてたんだったっけ?
 その瞬間、なんだか色々なことがどうでもよくなった気がしたのだった。
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