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テント
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日曜日、イベントが行われた市のスポーツ施設を見学した後、沖田、瀬口、直人は、『オンディーヌ』が上演される直人の地元に移動した。
沖田の頼みで地元のスポーツ施設を直人が案内する。
スケートボート場、テニスコート、球技場を周り、直人が練習するプールのあるスポーツ施設を訪れる。
直人が施設内を案内しているとスイミングクラブのオーナーや、施設の管理課のお偉いさんがすっ飛んで現れた。
館内を案内するための許可をもらった施設の担当者が、沖田と瀬口の来館を2人に連絡したようだ。
前もって伝えて欲しかったというような目で直人を見る二人に、沖田は「私が急に頼んだものですから、どうぞ、お構いなく、、、」と告げた。
おそらく沖田の本心だろうが、オーナーと施設のお偉方は、そんな失礼は出来ないと率先して案内し出す。
だから、施設見学は少々肩肘の張ったものになってしまった。
「ここは何時頃まで練習できるのですか?」
「通常は9時までです。ただし、大会を間近に控えた選手など自主練を行いたいと言う人もいるので、そう言う場合は延長も認めてますね」
担当者が答える。
「朝日くんも、最近は一人で残って、遅くまで練習しているもんな」
オーナーが頼もしそうに言う。
「ほぉ、それは、選手第一ですね。朝日くん、この広さのプールを一人で泳ぐと気持ちがいいでしょう」
「はい。警備員さんに追い出されるまで泳いでます」
直人の実直な答えに笑いが起こる。
その後、応接室でお茶でもと進めるオーナーと担当者に予定があるからと3人は施設を後にした。
「直人が居残りしている時は誰かコーチも一緒なのか?」
瀬口が聞く。
「僕一人です。この施設ができた頃から通っているんで、警備員さん達も知り合いになっちゃって勝手にやってます。裏口の暗証番号も知ってるんですよ。暗証番号っていっても、4、3、2、1って単純なもんなんですけどね」
3人はスポーツ施設に隣接した公園に向かっている。
歩いているとブルーの布を使ったテントが見えてきた。
「あれが、『オンディーヌ』の会場です」
「ほう、テントで上演するのか。劇場じゃないんだな。昔、アングラ劇団にハマってテント通いをしていたのを思い出すよ」
沖田が懐かしそうに言った。
テントは花壇で飾られた噴水を背にして建てられている。
演出にこだわる為、数年ぶりにテント公演にしたらしい。
開演までイベント広場に隣接したオープンテラスのカフェで時間を潰し、3人はテントに入る。
客席の前方は靴を脱いで座ってみる桟敷席になっており、その後ろに段々に設置された椅子席の最前列が直人達に用意されていた。
静かなクラシックが流れ、静かに客席の電気が落ち、『オンディーヌ』の芝居が始まる。
オンディーヌが恋する騎士のハンスは迷彩服で登場する。
どうやら、セリフや設定は中世のままで、舞台を現代に移しての演出のようだ。
オンディーヌの養い親とハンスの会話の後、スッと音もなく舞台の奥のテントの幕が開いた。
間も無く日が沈む夕暮れの前、噴水の中に百合香、、、オンディーヌが立っている。
長い髪、細い身体、薄く青味がかったシンプルなドレス、、、
客席がヒロインの登場に固唾を飲んだのがわかる。
百合香はフワフワとした夢見るような足取りでテント内の舞台に近付いてくる。
そして、水の精霊と騎士を巡る悲恋の物語が始まった。
*
オンディーヌ以外の女性に心を移してしまった騎士はその不実さ故に命を落とし横たわる。
その騎士を守ろうとしたオンディーヌは悲嘆にくれるが水の王の温情により、騎士との記憶を失い騎士の遺体を澄んだ目で見つめる。
そして、再び冒頭のようにテントの奥の幕が開き、オンディーヌはライトアップされて飛沫が光る噴水へと向かって歩き出す、、、
その幕切れに拍手が湧く。
圧倒的な存在感を放った百合香に客席から歓声が湧く。
千秋楽のカーテンコールは長く続き演出家が挨拶をする。
直人は隣に座った沖田が涙を隠そうともせず拍手を続けるのを横目で見る。
「いや、恥ずかしいところを見られてしまったね」
ハンカチで目頭や濡れた頬を拭きながら沖田が言った。
明かりがついた客席では興奮を隠せない観客達のザワメキで満ちている。
百合香、成功したな、、、
直人は、彼女の存在が少し遠くなったような寂しさを覚える。
テントから出るとそこに出演者達が並び、観客達に挨拶をしていた。
直人は百合香と麺と向かうのが恥ずかしく、足早にその場を離れようとしたが、沖田は百合香の元に歩いていく。
瀬口がクイっと顎を動かし、直人に着いてくるように合図をする。
「素晴らしかったですよ」
沖田が百合香に言葉をかける。
百合香は大人しい笑顔を浮かべて聞いている。
小首を傾げているのが愛らしさを増していた。
百合香と話したがっている他の客達の列が背後にでき始め、沖田は話し足りないようだったが、係員に促され列を百合香の前から離れる。
瀬口、直人と続いて百合香に会釈をする。
百合香が直人の目を見ながら呟くように唇を動かした。
ほとんど声は届かなかったが、その口の動きから直人は理解した。
“今夜、プールで、、、”
直人は何気なさを装いながら首をコクリと縦に動かし、その場を離れた。
沖田の頼みで地元のスポーツ施設を直人が案内する。
スケートボート場、テニスコート、球技場を周り、直人が練習するプールのあるスポーツ施設を訪れる。
直人が施設内を案内しているとスイミングクラブのオーナーや、施設の管理課のお偉いさんがすっ飛んで現れた。
館内を案内するための許可をもらった施設の担当者が、沖田と瀬口の来館を2人に連絡したようだ。
前もって伝えて欲しかったというような目で直人を見る二人に、沖田は「私が急に頼んだものですから、どうぞ、お構いなく、、、」と告げた。
おそらく沖田の本心だろうが、オーナーと施設のお偉方は、そんな失礼は出来ないと率先して案内し出す。
だから、施設見学は少々肩肘の張ったものになってしまった。
「ここは何時頃まで練習できるのですか?」
「通常は9時までです。ただし、大会を間近に控えた選手など自主練を行いたいと言う人もいるので、そう言う場合は延長も認めてますね」
担当者が答える。
「朝日くんも、最近は一人で残って、遅くまで練習しているもんな」
オーナーが頼もしそうに言う。
「ほぉ、それは、選手第一ですね。朝日くん、この広さのプールを一人で泳ぐと気持ちがいいでしょう」
「はい。警備員さんに追い出されるまで泳いでます」
直人の実直な答えに笑いが起こる。
その後、応接室でお茶でもと進めるオーナーと担当者に予定があるからと3人は施設を後にした。
「直人が居残りしている時は誰かコーチも一緒なのか?」
瀬口が聞く。
「僕一人です。この施設ができた頃から通っているんで、警備員さん達も知り合いになっちゃって勝手にやってます。裏口の暗証番号も知ってるんですよ。暗証番号っていっても、4、3、2、1って単純なもんなんですけどね」
3人はスポーツ施設に隣接した公園に向かっている。
歩いているとブルーの布を使ったテントが見えてきた。
「あれが、『オンディーヌ』の会場です」
「ほう、テントで上演するのか。劇場じゃないんだな。昔、アングラ劇団にハマってテント通いをしていたのを思い出すよ」
沖田が懐かしそうに言った。
テントは花壇で飾られた噴水を背にして建てられている。
演出にこだわる為、数年ぶりにテント公演にしたらしい。
開演までイベント広場に隣接したオープンテラスのカフェで時間を潰し、3人はテントに入る。
客席の前方は靴を脱いで座ってみる桟敷席になっており、その後ろに段々に設置された椅子席の最前列が直人達に用意されていた。
静かなクラシックが流れ、静かに客席の電気が落ち、『オンディーヌ』の芝居が始まる。
オンディーヌが恋する騎士のハンスは迷彩服で登場する。
どうやら、セリフや設定は中世のままで、舞台を現代に移しての演出のようだ。
オンディーヌの養い親とハンスの会話の後、スッと音もなく舞台の奥のテントの幕が開いた。
間も無く日が沈む夕暮れの前、噴水の中に百合香、、、オンディーヌが立っている。
長い髪、細い身体、薄く青味がかったシンプルなドレス、、、
客席がヒロインの登場に固唾を飲んだのがわかる。
百合香はフワフワとした夢見るような足取りでテント内の舞台に近付いてくる。
そして、水の精霊と騎士を巡る悲恋の物語が始まった。
*
オンディーヌ以外の女性に心を移してしまった騎士はその不実さ故に命を落とし横たわる。
その騎士を守ろうとしたオンディーヌは悲嘆にくれるが水の王の温情により、騎士との記憶を失い騎士の遺体を澄んだ目で見つめる。
そして、再び冒頭のようにテントの奥の幕が開き、オンディーヌはライトアップされて飛沫が光る噴水へと向かって歩き出す、、、
その幕切れに拍手が湧く。
圧倒的な存在感を放った百合香に客席から歓声が湧く。
千秋楽のカーテンコールは長く続き演出家が挨拶をする。
直人は隣に座った沖田が涙を隠そうともせず拍手を続けるのを横目で見る。
「いや、恥ずかしいところを見られてしまったね」
ハンカチで目頭や濡れた頬を拭きながら沖田が言った。
明かりがついた客席では興奮を隠せない観客達のザワメキで満ちている。
百合香、成功したな、、、
直人は、彼女の存在が少し遠くなったような寂しさを覚える。
テントから出るとそこに出演者達が並び、観客達に挨拶をしていた。
直人は百合香と麺と向かうのが恥ずかしく、足早にその場を離れようとしたが、沖田は百合香の元に歩いていく。
瀬口がクイっと顎を動かし、直人に着いてくるように合図をする。
「素晴らしかったですよ」
沖田が百合香に言葉をかける。
百合香は大人しい笑顔を浮かべて聞いている。
小首を傾げているのが愛らしさを増していた。
百合香と話したがっている他の客達の列が背後にでき始め、沖田は話し足りないようだったが、係員に促され列を百合香の前から離れる。
瀬口、直人と続いて百合香に会釈をする。
百合香が直人の目を見ながら呟くように唇を動かした。
ほとんど声は届かなかったが、その口の動きから直人は理解した。
“今夜、プールで、、、”
直人は何気なさを装いながら首をコクリと縦に動かし、その場を離れた。
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