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第15話 帰り道
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「……ISEKAデ」
斡旋所からの帰り道。
いつも通りコンビニでそう言うと、ピッと音がなって電子マネーからいくらか金が引き落とされる。
袋詰めされた夕食を手渡され、ぼんやりと外に出ると、
「……ギャハハ!」
コンビニ前にある駐車場で、高校生くらいと思しき少年少女が談笑しているのが目に入った。
ふと懐かしくなって一瞬視線をそちらに向けてしまったからか、そのうちの一人と目が合う。
「……あ? 何だよ、何か用でもあんのか、ゴブリン野郎!」
短気なのか、それとも何か虫の居所が悪かったのか、俺に向かってそんなことを叫び、近づいてくる。
そんな彼に、まだ座り込んでいる少年少女たちが、
「ちょっとケン、やめなよー」
「ゴブリンってチョー弱いんでしょ? ほら怖がってるじゃーん」
などと囃し立てるように言う。
うーん、実に柄の悪い集団だった。
よく見ると、足元に釘バットが落ちているし、駐車場に止まっているバイクも妙に気合いが入っているものだった。
普通の少年少女というより、不良さんたちなのだろうな。
そんな風に観察していたからか、
「おいおい、お前、なんだ、余裕かよ? 舐めてるの? 俺のこと舐めてんのかぁ!?」
ケン君が、がなり立てるような声で俺の目前まで顔を近づけて威嚇してくる。
普通なら、怖い、と思うのだろう。
しかし、俺の場合は……。
正直、ドラゴンが目の前で口を開けてブレスを吐く直前、という場面に遭遇したこともあるのだ。
ただ若干タバコ臭いだけの口などに恐怖を感じるような感性は、もうなくしているのだった。
けれど、これ以上関わるのも面倒臭く、
「……イエ、別ニ。ジャア俺ハ行クンデ」
無表情にそう言って踵を返した。
ケン君は俺を脅かす気はあっても、殴りかかったりする気まではなかったようで、
「何だよ、魔物のくせに腰抜けだな! ははっ!」
と満足そうな笑い声だけが後ろから聞こえてきた。
まぁ、正直全く腹が立たない、というわけでもないのだが、ああいう振る舞いをする輩というのはいつかどこかのタイミングで更生するだろう。
しなければ……あんまりよくない業界に進むことになるんだろうが、俺が心配することじゃない。
今の俺がなすべきは、さっさと家に帰って美味しいご飯を食べることだしな……。
そう思って足を早めようとしたのだが、
「……えっ? な、なに? なんかの撮影?」
「ちょっと、これって……!?」
と、慌てたような声が後ろから聞こえてきた。
俺に向けられたものではないのは明らかで、続けてケン君の声も響く。
「……これって、ま、マジの魔物じゃねぇか!?」
そこで俺はやっと振り返る。
するとそこには、一メートルほどの犬が直立したような存在が立っていた。
「……グルルルル」
と、低い唸り声を上げながら、歯茎を見せ、その間から涎がぼたぼた垂れている。
手には棍棒を持っていて、粗末ならが衣服も身につけていた。
あれはコボルトだ。
「いや、ゴブリン野郎だって俺にビビって逃げたんだ……やれるはずだぜ」
ケン君が怯えながらもそう言って、地面から釘バットを拾い、構える姿が見える。
俺に対して随分威勢が良かった彼だが、必ずしもただの虚勢ではなかったのだな、と少しだけ感心する。
けれど、彼の行動はあまり賢いとは言えない。
コボルト、という種族は確かにこちらの世界に飛ばされた俺たちの仲間にも、いる。
けれどあのコボルトは違う。
なぜそれがわかるかといえば、身につけている衣服がこちらの世界で作られたものではないし、こんな街中で殺気を周り中に向けているからだ。
さらに、先ほどまであの場所には魔力などさっぱりなかったのだが、今はあのコボルトから吹き上がるように放出されている。
迷宮から弾き飛ばされた、いわゆる《はぐれ》とか言われる個体だな。
俺たちのような、曲がりなりにも人間社会でいきていけるような知性のある存在とは異なり、動物のようにしか行動しない、極めて危険な存在だ。
つまり、あのコボルトは俺のようにケン君のメンツについて配慮してあげることなどない。
「うぉらぁ!」
しかしそんなことなどケン君は露知らず、手に持った釘バットを振りかぶってコボルトに襲いかかる。
コボルトはさして強くない魔物。
今の日本の高校生でも知っている基本的知識だが、しかし《はぐれ》については少し異なる。
あれは十分に魔力の満ちた迷宮が満を持して迷宮外に排出するいわば完成した魔物であり、従ってそこそこに強い。
そのため、ケン君くらいの不良が少し気合いを入れて挑んだところで……。
「ぐあっ! い、いてぇ、痛ぇよ……」
コボルトはケン君の横をすり抜けるように動き、その柔らかい腹の肉をその鋭い歯でもって食いちぎった。
見るに傷は内臓までは達していなさそうだが、そこそこに重傷で、どくどくと血が流れていくのが見える。
放っておけば死ぬな。
俺はそう思って、仕方なくケン君の元まで走り、その腹に《止血》の《生活魔術》をかけた。
効果は一時間ほどだが、出血多量で死亡、という事態は避けられるだろう。
ただ、問題は……。
「ケン君、コノ、コボルト、俺ガ倒シチャウカラ、ソノバット貸シテクレナイカナ?」
俺がケン君にそう尋ねると、ケン君はバットを渡してきた。
そんな隙をコボルトが見逃すはずもなく、こちらに立ち向かってきたが、
「……《剣気一閃》」
俺がそう言ってバットを振るうと、バットが淡い光を纏って、コボルトの体を胴体から真っ二つにした。
唖然とした顔で見つめるケン君とその仲間たちに、
「……マァ、コレニ懲リタラ無茶ハヤメルコトダナ。後早ク救急車呼ンダ方ガイイヨ」
そう言って、釘バットをそのまま持って歩いていく。
後ろの方から、
「……あ、あのっ! あ、ありがとうございましたっ!!」
意外なことにそんな声が聞こえてきたので、コンビニの袋を持った方の腕を上に掲げて二回振ると、俺はそのまま自宅マンションへと歩いて行ったのだった。
斡旋所からの帰り道。
いつも通りコンビニでそう言うと、ピッと音がなって電子マネーからいくらか金が引き落とされる。
袋詰めされた夕食を手渡され、ぼんやりと外に出ると、
「……ギャハハ!」
コンビニ前にある駐車場で、高校生くらいと思しき少年少女が談笑しているのが目に入った。
ふと懐かしくなって一瞬視線をそちらに向けてしまったからか、そのうちの一人と目が合う。
「……あ? 何だよ、何か用でもあんのか、ゴブリン野郎!」
短気なのか、それとも何か虫の居所が悪かったのか、俺に向かってそんなことを叫び、近づいてくる。
そんな彼に、まだ座り込んでいる少年少女たちが、
「ちょっとケン、やめなよー」
「ゴブリンってチョー弱いんでしょ? ほら怖がってるじゃーん」
などと囃し立てるように言う。
うーん、実に柄の悪い集団だった。
よく見ると、足元に釘バットが落ちているし、駐車場に止まっているバイクも妙に気合いが入っているものだった。
普通の少年少女というより、不良さんたちなのだろうな。
そんな風に観察していたからか、
「おいおい、お前、なんだ、余裕かよ? 舐めてるの? 俺のこと舐めてんのかぁ!?」
ケン君が、がなり立てるような声で俺の目前まで顔を近づけて威嚇してくる。
普通なら、怖い、と思うのだろう。
しかし、俺の場合は……。
正直、ドラゴンが目の前で口を開けてブレスを吐く直前、という場面に遭遇したこともあるのだ。
ただ若干タバコ臭いだけの口などに恐怖を感じるような感性は、もうなくしているのだった。
けれど、これ以上関わるのも面倒臭く、
「……イエ、別ニ。ジャア俺ハ行クンデ」
無表情にそう言って踵を返した。
ケン君は俺を脅かす気はあっても、殴りかかったりする気まではなかったようで、
「何だよ、魔物のくせに腰抜けだな! ははっ!」
と満足そうな笑い声だけが後ろから聞こえてきた。
まぁ、正直全く腹が立たない、というわけでもないのだが、ああいう振る舞いをする輩というのはいつかどこかのタイミングで更生するだろう。
しなければ……あんまりよくない業界に進むことになるんだろうが、俺が心配することじゃない。
今の俺がなすべきは、さっさと家に帰って美味しいご飯を食べることだしな……。
そう思って足を早めようとしたのだが、
「……えっ? な、なに? なんかの撮影?」
「ちょっと、これって……!?」
と、慌てたような声が後ろから聞こえてきた。
俺に向けられたものではないのは明らかで、続けてケン君の声も響く。
「……これって、ま、マジの魔物じゃねぇか!?」
そこで俺はやっと振り返る。
するとそこには、一メートルほどの犬が直立したような存在が立っていた。
「……グルルルル」
と、低い唸り声を上げながら、歯茎を見せ、その間から涎がぼたぼた垂れている。
手には棍棒を持っていて、粗末ならが衣服も身につけていた。
あれはコボルトだ。
「いや、ゴブリン野郎だって俺にビビって逃げたんだ……やれるはずだぜ」
ケン君が怯えながらもそう言って、地面から釘バットを拾い、構える姿が見える。
俺に対して随分威勢が良かった彼だが、必ずしもただの虚勢ではなかったのだな、と少しだけ感心する。
けれど、彼の行動はあまり賢いとは言えない。
コボルト、という種族は確かにこちらの世界に飛ばされた俺たちの仲間にも、いる。
けれどあのコボルトは違う。
なぜそれがわかるかといえば、身につけている衣服がこちらの世界で作られたものではないし、こんな街中で殺気を周り中に向けているからだ。
さらに、先ほどまであの場所には魔力などさっぱりなかったのだが、今はあのコボルトから吹き上がるように放出されている。
迷宮から弾き飛ばされた、いわゆる《はぐれ》とか言われる個体だな。
俺たちのような、曲がりなりにも人間社会でいきていけるような知性のある存在とは異なり、動物のようにしか行動しない、極めて危険な存在だ。
つまり、あのコボルトは俺のようにケン君のメンツについて配慮してあげることなどない。
「うぉらぁ!」
しかしそんなことなどケン君は露知らず、手に持った釘バットを振りかぶってコボルトに襲いかかる。
コボルトはさして強くない魔物。
今の日本の高校生でも知っている基本的知識だが、しかし《はぐれ》については少し異なる。
あれは十分に魔力の満ちた迷宮が満を持して迷宮外に排出するいわば完成した魔物であり、従ってそこそこに強い。
そのため、ケン君くらいの不良が少し気合いを入れて挑んだところで……。
「ぐあっ! い、いてぇ、痛ぇよ……」
コボルトはケン君の横をすり抜けるように動き、その柔らかい腹の肉をその鋭い歯でもって食いちぎった。
見るに傷は内臓までは達していなさそうだが、そこそこに重傷で、どくどくと血が流れていくのが見える。
放っておけば死ぬな。
俺はそう思って、仕方なくケン君の元まで走り、その腹に《止血》の《生活魔術》をかけた。
効果は一時間ほどだが、出血多量で死亡、という事態は避けられるだろう。
ただ、問題は……。
「ケン君、コノ、コボルト、俺ガ倒シチャウカラ、ソノバット貸シテクレナイカナ?」
俺がケン君にそう尋ねると、ケン君はバットを渡してきた。
そんな隙をコボルトが見逃すはずもなく、こちらに立ち向かってきたが、
「……《剣気一閃》」
俺がそう言ってバットを振るうと、バットが淡い光を纏って、コボルトの体を胴体から真っ二つにした。
唖然とした顔で見つめるケン君とその仲間たちに、
「……マァ、コレニ懲リタラ無茶ハヤメルコトダナ。後早ク救急車呼ンダ方ガイイヨ」
そう言って、釘バットをそのまま持って歩いていく。
後ろの方から、
「……あ、あのっ! あ、ありがとうございましたっ!!」
意外なことにそんな声が聞こえてきたので、コンビニの袋を持った方の腕を上に掲げて二回振ると、俺はそのまま自宅マンションへと歩いて行ったのだった。
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