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第35話 顔見知り

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「最後の一つは《アウターズ》だな。心の準備はいいか?」

 会議室の中、博がそう尋ねてきたので俺は少し悩む。

「イヤァ……カズ兄ノギルドダカラナァ。シカモ今日、来ルンダロ? チョットドウシタライイカ悩ンデル」

 《スーサイド・レミング》が帰ったあと、《アウターズ》について軽い説明をしてもらったが、その中には今日来る二人の名前もあって、一人はギルドマスターの清野剛太。
 こちらについては俺も一応名前は知っているから問題ないのだが、もう一人が問題だった。
 山本一樹。
 《アウターズ》の専務取締役であり、探索者たちの取りまとめ役をしていると言う話だ。
 そして、彼こそが、俺がついこの間助けたケン君の兄貴、カズ兄なのである。
 まさか今日来るとは思っても見なかった。
 そもそも専務取締役とかそんなに偉いとは。
 でも、かなり初期の方から探索者をやっているようなことは言っていたし、その辺りを考えれば当然の話なのかもしれない。
 
「お前が弟を助けたって人な……でも別に会うこと自体は問題ないんだろ?」

「ソウナンダケド、問題ハコノ釘バットナンダヨネ。コレサァ、モトモトカズ兄ノ弟サンノ奴ダッタカラ……」

 あっ、と言う感じで気づかないとも限らないのだ。
 そうなると、既存の物体を釘バットに加工できる者がいる、と言う話になってしまう。
 その場合、若干面倒臭くなる。

「うちで押し切ってもいいんだが……そもそも、どこにでもありそうな、何の変哲もない木製バットだろ? 大丈夫だと思うけどな……ロゴとかも削ったのかないし」

「一応、オークションニ出品スル段階デ小サク書イテアッタ名前モ削ッテ消シテオイタンダケド」

「なら余計に大丈夫だろう。現物確認はさっとして終わりにすればそれでいいはずだ。後は……山本一樹とは面識がすでにある、って聞いてるって感じで話してもいいな?」

「別ニイイ、ト言ウカ隠シタ所デナ。目配セデモスレバカズ兄ハコノ場デハ黙ッテイテクレソウナ気ガスルケド、後デバレテギルマスニ怒ラレタリサセタラ申シ訳ナイシサ」

「そこまで気を使わなくてもいいとは思うが……まぁ、それならそういうことでいいだろう。じゃ、呼んでくるぞ」

 博はそう言って、会議室の外へと出て行った。

 *****

「始めまして、ギルド《アウターズ》の代表取締役、清野剛太です。それでこちらが……」

「専務取締役の山本一樹です。と言っても、外部さんとは僕は初めましてではないですけど。お久しぶりですね」

 部屋に入ってきて、ハッとしたカズ兄であった。
 その時に黙ってましょうか、という視線も感じたが、俺はそこで首を横に振ったので普通にそれについて言及したと言うわけだ。
 気の利く男だ、カズ兄は。
 このセリフに驚いたのは、この場でその事実を知らなかった清野剛太である。
 剛太は見た目からしてインパクトがあった。
 《スーサイド・レミング》の岡倉恭司も結構なインパクトがあったが、剛太はそれとは性質の違った容姿をしている。
 サングラスに、髭、そして作務衣にバンダナ。
 あまりにファンキー過ぎる格好だ。
 人生を謳歌している憧れの大人か何かみたいであるが、その目の中に宿っているのはむしろ油断ならない光だった。
 こういう癖のある人物が一番怖いと言うことを、俺は向こうで知っている。
 飄々とした、親しげで楽しげで拘りを持たないような爺さんが、実は世界的な大魔術師で……なんてことがあったことを思い出す。
 あの爺さん、元気かなぁ……流石に死んではいないと思うが。
 そんな関係ないところに思考が飛びかけたところで、

「えっ、カズ君、この人と知り合いなの?」

 と剛太が尋ねたので、カズ兄は答えた。

「ええ、まぁ色々ありまして。恩人みたいな人ですね」

「へぇ……世間って狭いねぇ」

 目を見開き、驚いた表情をする剛太は素直で親しみやすそうな人物に感じられた。
 だが、そこは多分、彼の表面的なところでしかないのだろうな。
 悪い奴だ、とは言わないが、簡単な人間でもない。
 今言えるのはそんなところだろう。
 ともあれ、とりあえず俺も自己紹介を、と口を開く。

「遅クナリマシタガ、自己紹介ヲ。ゴブリンノ外部岩雄デス」

「ゴブリンの……ふむ。ちなみに、何ゴブリンですか?」

 この質問に少し俺は驚く。
 なぜと言って、今までの二つのギルド、そのいずれも聞いてこなかったからだ。
 理由ははっきりしている。
 俺は言う。

「見タ目通リデスヨ」

「見た目通り……なるほど。ノーマルですか。わかりました」

 本当にわかったのかどうか。
 嘘はついていないからもしもこの剛太が何らかのスキルを持っていたところで見抜けはしないはずだ。
 それに俺には《真実の目》がある。
 これの非常に優秀なところは、相手の鑑定系スキルを全て無効化する力もあるところだ。
 と言っても、弾くだけでは相手に情報を与えてしまうため、偽装された情報を与える、と言う形を選択することもできる。
 俺を鑑定系スキルで見れば、何の変哲もないノーマルゴブリンに感じられるはずだった。
 
「さて、自己紹介も終わったところで、まずは席の方にどうぞ」

 博が促したところで、皆でガタガタと椅子につく。
 交渉が始まる。
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