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3話
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桜の花がいつの間にか葉桜に変わっていて、もう春から初夏になろうとしていた。ちょっぴりさびしさを感じながら、川沿いを歩き始めた。景色に緑が増えたからだろうか、世界がとても爽やかに感じられる。吹く風も数日前よりも、少し心地いいほどであった。
橋を渡れば、そこに神社がある。わたしの一番好き場所。鳥居を括れば、そこは別世界だ。一度、居場所をなくしたわたしにとってかけがえのない大切な場所だ。わたしがわたしでいられるのは、そのおかげだ。その居場所を作ってうれた父とソウ兄には、感謝してもしきれないだろう。
袴に着替えて、社務所から出たときであった。見覚えのある人物が、そこに立っていた。わたしは驚いた。今日は平日であるため、午前中で会うことなんて、絶対にありえないのだから。
「こ、近藤さん、どうして…。だって、今日は…」
「相楽さん、今日は創立記念日。学校はお休みだよ」
その言葉に、わたしはハッとした。彼女の言う通り、今日は創立記念日で、学校はお休みになっている。だから彼女が平日に関わらずここにいても、別におかしくはないだろう。わたしは思わず後退った。なんとなく彼女が恐かった。また中一のときみたいな感じになるのではないか。そう頭の中に過ったのだ。胸の鼓動が速くなり、額には変な汗が出ているだろう。思わず後退ってしまう。
「相楽さん。安心して、別にあのおまじないをやってほしいだなんて思ってないから」
「じゃ、じゃあ、わ、わたしに何の用事が…あるん…ですか」
「昨日配られて学校だより。直接渡したほうがいいかなって思ったから」
近藤さんはいそいそとカバンからプリントを取り出した。学校だよりや授業で出された宿題、そしてこれまで休んだ日のノートのコピーであった。おそらく近藤さんのものであろう。丸くてとてもかわいらしい字であった。それにすごく見やすくて、わかりやすい。わたしは彼女の顔をおずおずと見た。気まずそうな表情を浮かべ立ちすぐんでいた。
近藤さんとは小学校からの同級生だ。だから人がイヤがることなんてしないのを知っている。それでもわたしは彼女に対して、一線を引いてしまっていた。近藤さんは、それに気づいているからこそ、より心苦しいのだろう。二年前の出来事から、わたし達には、また大きな溝ができてしまった。今のあたし達には、それを埋めるにはすごく難しいだろう。
「相楽さん、巫女さんの恰好、に、似合ってるね」
「う、うん。あ、ありがとう」
「じゃあ、プリント。確かに渡したから」
帰ろうと彼女に、わたしは自然と手を捕まえていた。このまま近藤さんを帰したら、絶対に後悔をする。直感的にそう思ったのだ。困惑している彼女に、わたしは必死に声を出した。
「あ、あの。ちょっと中でお茶を飲んで行きませんか。大したものは出せないんですけど」
きっと顔はまっ赤になっているだろう。体が燃えるように熱い。噴き出す声がし、顔を上げると、近藤さんがまるでお日様のような笑顔を浮かべていた。
「まさか相楽さんから、そう言ってくれるとは思っていなかったな。でもいいのかな。ただの中学生が入っても」
「わ、わたしもただの中学生だよ。不登校だけれど。それに、よく父さんに話しを聞いてもらたいって、社務所に通している人もいるから…」
「そうなんだ。なんだか変わってるね」
「う、うん。そう…だよね」
確かに一般的な神社はそこまではしないだろう。でもうちの父の人柄が人を呼び、いつしか悩みを聞く部屋が作られていた。父らしいと思っているけれど。やはり馴染みのない人からしたら変わっている。わたしは、そういうところは、とても好きではある。自由人だけれど穏やかな父らしい。
近藤さんを中へ招き入れ、静かに戸を閉めた。
*
近藤さんは、昔から明るくて、すぐに誰でも仲良くなれるような人であった。よく一人で過ごしていたわたしにも、ときどき声をかけてくれていた。
『相楽さんって、あの大きな神社の子なんだね』
好奇心旺盛な目で見つめる彼女に、わたしは戸惑いながらも頷いた。観光でも訪れられるような場所でもあるし、みんなも知っていることだ。別にわたしも隠しているわけでもなかった。確かに神主の子というのは、周りからすれば不思議なものがあったのだろう。神主をしている父さんのことは尊敬していたし、恥ずかしいだなんて思ったことはない。神社に関しての話しをしているのは、すごく楽しかった。学年が上がってく内に、クラス替えもあって徐々に話すことがなくなってしまった。中学に上がったときにはクラスも離れ、ただの同級生となってしまった。わたし達は、もとの関係に戻っただけだと感じていた。そんなときに、わたしが『結びの力』を使えるようになり、学校じゅうから、ウワサになってしまい、不登校へとなってしまった。それ以来、彼女とも話してはいないし、同級生とも会っていない。外出するときも、鉢合わせしないよう、時間帯に気をつけていた。顔を合わせるのが恐かった。また『結びの力』を目的に近寄れるのがイヤだったから。本当に息苦しさがあった。だけれど、最近は、そんなことはなくなっていた。誰かのため力を使えるのがうれしいと感じるのが増えてきたからだろう。明日香さんや千鶴子さん、近頃だと小さな子。自分の力で笑顔が見られるのは、心が暖まるものがあった。それが幸せと言えるのだろう。
「あのお茶でもいいかな」
「うん。そんなに気を遣わなくてもいいって」
近藤さんは昔とは変わらない笑顔を見せ、座るよう促した。久しぶりに話すせいか、心臓がバクバクと跳ねていた。それでも目を逸らしてはいけない。顔を懸命に上げた。
「あの、近藤さん。わたしと、と、友達になりませんか」
とっさに出てきた言葉に、お互いに目を大きく見開いた。
橋を渡れば、そこに神社がある。わたしの一番好き場所。鳥居を括れば、そこは別世界だ。一度、居場所をなくしたわたしにとってかけがえのない大切な場所だ。わたしがわたしでいられるのは、そのおかげだ。その居場所を作ってうれた父とソウ兄には、感謝してもしきれないだろう。
袴に着替えて、社務所から出たときであった。見覚えのある人物が、そこに立っていた。わたしは驚いた。今日は平日であるため、午前中で会うことなんて、絶対にありえないのだから。
「こ、近藤さん、どうして…。だって、今日は…」
「相楽さん、今日は創立記念日。学校はお休みだよ」
その言葉に、わたしはハッとした。彼女の言う通り、今日は創立記念日で、学校はお休みになっている。だから彼女が平日に関わらずここにいても、別におかしくはないだろう。わたしは思わず後退った。なんとなく彼女が恐かった。また中一のときみたいな感じになるのではないか。そう頭の中に過ったのだ。胸の鼓動が速くなり、額には変な汗が出ているだろう。思わず後退ってしまう。
「相楽さん。安心して、別にあのおまじないをやってほしいだなんて思ってないから」
「じゃ、じゃあ、わ、わたしに何の用事が…あるん…ですか」
「昨日配られて学校だより。直接渡したほうがいいかなって思ったから」
近藤さんはいそいそとカバンからプリントを取り出した。学校だよりや授業で出された宿題、そしてこれまで休んだ日のノートのコピーであった。おそらく近藤さんのものであろう。丸くてとてもかわいらしい字であった。それにすごく見やすくて、わかりやすい。わたしは彼女の顔をおずおずと見た。気まずそうな表情を浮かべ立ちすぐんでいた。
近藤さんとは小学校からの同級生だ。だから人がイヤがることなんてしないのを知っている。それでもわたしは彼女に対して、一線を引いてしまっていた。近藤さんは、それに気づいているからこそ、より心苦しいのだろう。二年前の出来事から、わたし達には、また大きな溝ができてしまった。今のあたし達には、それを埋めるにはすごく難しいだろう。
「相楽さん、巫女さんの恰好、に、似合ってるね」
「う、うん。あ、ありがとう」
「じゃあ、プリント。確かに渡したから」
帰ろうと彼女に、わたしは自然と手を捕まえていた。このまま近藤さんを帰したら、絶対に後悔をする。直感的にそう思ったのだ。困惑している彼女に、わたしは必死に声を出した。
「あ、あの。ちょっと中でお茶を飲んで行きませんか。大したものは出せないんですけど」
きっと顔はまっ赤になっているだろう。体が燃えるように熱い。噴き出す声がし、顔を上げると、近藤さんがまるでお日様のような笑顔を浮かべていた。
「まさか相楽さんから、そう言ってくれるとは思っていなかったな。でもいいのかな。ただの中学生が入っても」
「わ、わたしもただの中学生だよ。不登校だけれど。それに、よく父さんに話しを聞いてもらたいって、社務所に通している人もいるから…」
「そうなんだ。なんだか変わってるね」
「う、うん。そう…だよね」
確かに一般的な神社はそこまではしないだろう。でもうちの父の人柄が人を呼び、いつしか悩みを聞く部屋が作られていた。父らしいと思っているけれど。やはり馴染みのない人からしたら変わっている。わたしは、そういうところは、とても好きではある。自由人だけれど穏やかな父らしい。
近藤さんを中へ招き入れ、静かに戸を閉めた。
*
近藤さんは、昔から明るくて、すぐに誰でも仲良くなれるような人であった。よく一人で過ごしていたわたしにも、ときどき声をかけてくれていた。
『相楽さんって、あの大きな神社の子なんだね』
好奇心旺盛な目で見つめる彼女に、わたしは戸惑いながらも頷いた。観光でも訪れられるような場所でもあるし、みんなも知っていることだ。別にわたしも隠しているわけでもなかった。確かに神主の子というのは、周りからすれば不思議なものがあったのだろう。神主をしている父さんのことは尊敬していたし、恥ずかしいだなんて思ったことはない。神社に関しての話しをしているのは、すごく楽しかった。学年が上がってく内に、クラス替えもあって徐々に話すことがなくなってしまった。中学に上がったときにはクラスも離れ、ただの同級生となってしまった。わたし達は、もとの関係に戻っただけだと感じていた。そんなときに、わたしが『結びの力』を使えるようになり、学校じゅうから、ウワサになってしまい、不登校へとなってしまった。それ以来、彼女とも話してはいないし、同級生とも会っていない。外出するときも、鉢合わせしないよう、時間帯に気をつけていた。顔を合わせるのが恐かった。また『結びの力』を目的に近寄れるのがイヤだったから。本当に息苦しさがあった。だけれど、最近は、そんなことはなくなっていた。誰かのため力を使えるのがうれしいと感じるのが増えてきたからだろう。明日香さんや千鶴子さん、近頃だと小さな子。自分の力で笑顔が見られるのは、心が暖まるものがあった。それが幸せと言えるのだろう。
「あのお茶でもいいかな」
「うん。そんなに気を遣わなくてもいいって」
近藤さんは昔とは変わらない笑顔を見せ、座るよう促した。久しぶりに話すせいか、心臓がバクバクと跳ねていた。それでも目を逸らしてはいけない。顔を懸命に上げた。
「あの、近藤さん。わたしと、と、友達になりませんか」
とっさに出てきた言葉に、お互いに目を大きく見開いた。
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