結びの物語

雅川 ふみ

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3話

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 初めて相楽さんを見たとき、なんだか同じクラスの子達とは違うものあった。一見、相楽さんは、大人しくて、自分に自信がない女の子だけれど、どこかそれだけではないような雰囲気があった。いつも一人で、本を読んでいて、彼女に声をかけるのに、すごく勇気が必要だった。触れただけでも、まるで雪のように溶けて消えてしまいそうな印象だったから、本当に恐く感じていた。相楽さんの家が観光地にもなっている神社だとお母さんから聞いたとき、より彼女に興味が湧いた。次の日に、ウチは相楽さんに勇気を出して声をかけた。相楽さんも驚いた顔を浮かべていた。当たり前の反応だと思う。一度も話したことのクラスメイトから話しかけられら、誰だって驚くと思う。相楽さんはすぐにいつもの表情に戻って俯いてしまった。彼女は本当に臆病で、話しかけると怯えているのがわかった。いつしかうち自身も声をかけることが無くっていた。中学一年の二学期に入って、突然、彼女のウワサを耳にすることになった。彼女が何かを結んでいる間に願い事していると、本当に叶うとのことだった。最初は信じることができなかった。いつもうつみきがちで誰かと話すだなんて滅多にない子が、そんなことがありえないと思っていた。心配になって、彼女のいるクラスを覗きに行ったことがあった。そのときの彼女は、とても息苦しそうで恐怖に苛まれていた。臆病な性格からか、断ることが出来ず、次から次へと、タイなどを結んでいた。でもうちが何を言っても、余計に彼女を追いつめてしまう。ある日、彼女が学校へ来なくなってしまったと聞いたとき、胸が痛んだ。あのとき、彼女に寄り添えていたら、違った結末があったんじゃないか。自分を責める日々が続いた。一度だけ、彼女の家の神社へ行ったことがあった。そこには巫女さんの恰好をした彼女がいた。学校にいるときよりも、雰囲気が少し違っていた。安心感に包まれているからか、とても穏やかな雰囲気で、笑顔が愛らしいものだった。高校生ぐらいの男の子とじゃれ合ったりしたりしていた。その人のことは小学校が一緒だったから、なんとなく知っていた。一番に驚いたのが、相楽さんがその男の子に対して想いを募らせていることだった。彼女の一人の女の子だと考えさせられた。中学三年生になって、彼女と同じクラスになった。また彼女と、繋がるきっかけができたと思えた。でも彼女の席だけは空席のまま。クラスのみんなは、もう相楽さんのことをいない者としていた。それがなんだか悲しくてイヤだった。うちは先生に頼んで、相楽さんが休んだ分のプリントを届けることになった。いつでも戻って来られるように、休んでいる分のノートもコピーも届けるようにした。もうあのときの後悔を繰り返したくはなかった。四月の終わりに近づいたとき、一度隣街で相楽さんを見かけたことがあった。綺麗な桜の着物に身を包んだ彼女がいた。そのときの相楽さんは、とても華やかでたくましさがあった。自分達が見ていないところで、変わる努力をしてきたのだろう。四月が終わりに近づいたころに勇気を出して、彼女のもとへ訪れた。また彼女に学校に戻ってきてほしかった。でもいざ声をかけるが何を話せばいいのかわからなかった。社務所に迎え入れてくれたとき、まだまだ臆病なところはあるけれど、数年前の彼女とは全然違っていた。彼女から友達になりませんかという提案されたとき、本当に驚いたし嬉しかった。彼女自身も驚いている様子で、目がものすごい勢いで目が泳いでいた。それが可笑しくて、笑ってしまった。純粋で臆病で繊細な女の子。そこが、とてつもなく愛らしい。まだまだ本当の友達にはなりきれていない。だからうちは、これからもっともっと相楽さんのことを知りたい。そして、いつかうちは彼女と――。



 あれから近藤さんは、毎日、わたしにプリントを届けに来てくれるようになった。彼女なりに、わたしがいつでも戻ってくれるよう気遣ってくれているのだろう。その気持ちに応えられるには、まだまだ時間がかかりそうだ。それが、なんだか申し訳がなかった。
 父の計らいがあって、部屋に上がってもらったけれど、初めてのことでどうすればいいのかわからず、おどおどしてしまっていた。近藤さんは、とても新鮮そうに部屋を見渡していた。

「何もないでしょ」

「そんなことないって。相楽さんらしいなって思ってね。うちなんか、散らかりまくって、親に叱られてばかりだよ」

 わたしにはこれと言って趣味というものがない。強いて言うのであれば、読書ぐらいであろうか。たぶん旅行作家をしている母さんの影響だと思う。母さんのことは、苦手ではあるけれど、キライではない。わたしいとって、母は、好きと言うよりも憧れの存在なのだと思う。でも、彼女のように、おしゃれを楽しんだり好きなこと打ち込めるのが羨ましいって思ってしまう。彼女が太陽なら、わたしは月と言ったところだろうか。わたしと近藤さんはいろいろなところが真逆だ。それでも近藤さんは、わたしと友達になってもいいと言ってくれて、本当に嬉しかった。あのときのときめきは、今でも覚えている。

「ねぇ、相楽さん。あの人と付き合っているの?」

「あの人?」

「神社のいる男の人だよ。年の近い」

「あぁ、ソウ…、た、立原さんのこと?」

「言い直さなくていいって。でっ、実際に、二人はどんな関係なの?」

 グイグイ詰めてくる彼女に、わたしは目を逸らして「ただの幼なじみだって」と伝えるが納得している様子ではなかった。近藤さんも、年ごろの女の子なのだ。こういった恋愛に関することに興味が湧くのは当然のことだろう。でも、実際に、わたしとソウ兄はただの幼なじみという関係だけで、わたしにとってお兄ちゃんのような存在で、ソウ兄にとっても、ただの妹分でしかない。でもわたしの中で、それだけではない感情が芽生えているようであった。それがなんなかは、わからない。それが今の関係を壊してしまうんじゃないか。答えを見つけるのが、正直に恐い。わたしは黙ってうつむいてしまった。

「うちね。相楽さんと立原さんって言う人と話しているところを、何回か見たことがあったんだ。そのときの相楽さんって、素というか、表情が豊かで、とても幸せそうに見えたの。その人が離れると、なんだか寂しそうな表情を浮かべていたから、もしかしてって思ってた」

 ソウ兄に対して、恋人になりたいだなんて、一度も考えていなかった。いや考えようとしていなかった。今まで通り、幼なじみでお兄ちゃんような存在ということで片付けようとしていたのだ。でも今のわたしが恋愛感情を抱いてもいいのだろうか。学校にも行く勇気がない不登校のわたしが恋をしてもいいのだろうか。それさえ自信が持てなかった。

「相楽さん、大丈夫だよ。相楽さんだって一人の人なんだよ。相楽さんも恋をしたっていいんだよ」

「わたしも、恋をしてもいいのかな?」

 わたしの問いかけに、近藤さんはとびっきりの笑顔を浮かべて「もちろん」と答えた。一瞬、言葉を出すのを戸惑ったけれど、一歩前へ勇気を出して口を開いた。

「近藤さん。わたし、わたしね。ソウ兄のことが好き。幼なじみとか友達って意味じゃなくて、一人の男の子として、あの人が好き。だから、だからね」

「大丈夫。応援するよ」

 彼女はなんて優しい人なのだろう。わたしには、到底彼女には敵うことができないだろう。彼女には、わたしのないものをたくさん持っている。だからこそ大きく強いのかもしれない。いつか彼女のように、誰かの背中を押せるようになりたい。

「近藤さん。わたし、わたしね。すぐには難しいかもしれないけれど。頑張ってみる」

 わたしの言葉に、近藤さんはバカにすることなく、優しく包み込んで「がんばれ」と笑顔で背中を押してくれた。

――いつかわたしは彼女と親友になれますように。

 心の底から、そう願った。それは彼女には秘密の話し。
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