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【星の聖女編】

02. 薔薇姫は北の地へ向かう

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* * * * * *



「……星の女神が眠った北の地を、六六六番目に創られた聖竜が氷で守っている、と教わったけれど……」


(寒い!!!!)


 まだ午前中だというのに、まるで夕方かのような曇った暗い空に見渡す限りの雪、雪、雪。
 防寒着にさらに防寒魔法をかけて、馬車にも暖房の魔石が付いているのにまるで冷凍庫の中にいるような寒さ。


 ここはルクランブルク王国の北部にあるシュネーハルト公爵領。
 そしてシュネーハルト公爵邸へ向かう馬車に揺られながら寒さに凍えているのは、暖かく住みやすい南部に領地を持つローテントゥルム侯爵家の長女、クリスティーナ・ロゼ・ローテントゥルム。



「お嬢様、こちらの毛布もお使いになられますか?」

 クリスティーナの向かい側に座る侍女のレイアが自分の膝に掛けていた毛布を差し出す。


「ありがとう、レイア。だけれどそれはあなたが使うのよ。寒いけれどこれ以上着込んだら、きっと重みでドレスが崩れてしまうわ」

 笑いながらそう言ったクリスティーナにレイアも困ったように微笑みながら毛布を羽織り直す。

「この道路は魔導具で雪が積もらないようになっているのに、周りは一面銀世界だなんて、不思議ね」

 クリスティーナは窓の外を眺めながら呟いた。

「シュネーハルト公爵領は魔導具の街と呼ばれるほどですからね。それに道路にまで雪が覆ってしまったら、馬車が走れませんし」

 レイアの言葉に「そうね」と頷いたクリスティーナは滅多に見ることのできない雪を馬車の中から眺めていた。



 五分ほど走ると奥の方にいくつものオレンジ色の光が見えてきた。その光は近づくほどに大きくなり、やがてそれが街の灯りだと気づくまでそう時間はかからなかった。

 白い竜の彫刻をした大きな門の前で馬車が一旦止まり、御者と門番が少し言葉を交わすと、ズズズズという鈍い音をたてながら白い石で造られた大きな扉がゆっくりと開いた。



「シュネーハルトの街に入るようですね」

 レイアは窓の外を眺めながら、緑色の瞳を期待に満ちた色で輝かせていた。
 クリスティーナも『魔導具の街』と呼ばれるシュネーハルトの街を昔から見てみたいと思っていたので、ゆっくりと門の中を徐行する馬車に揺られながら、街の光が見えるのを待っていた。



 街の中に入るとそこは今までと全く違う世界だった。


 灰色の空から粉雪がちらつき、街を照らすように、宙にはたくさんの星の形をした光が浮かんでいた。
 背の低い三角屋根の家が建ち並び、屋根の縁や窓枠には色とりどりのイルミネーションが飾られている。そして街に入った途端に先ほどまでの凍てつくような寒さが一瞬にして消えた。

「すごいわ……。あの星もイルミネーションも吹雪が街の中だけ粉雪になるのも、全て魔導具の力なのね」


 クリスティーナは紫の瞳に街の灯りをキラキラと映して、美しい街並みに見惚れていた。公爵邸は街の一番北側にある。街のひとつしかない入り口とは正反対の位置だ。
 整備された道を行くと可愛らしい家が少なくなり、枝が銀色に輝く白い木が立ち並ぶようになった。緩やかな坂道を上りきると、まるで雪で出来たかのような白銀の公爵邸が見える。

 公爵邸には街に飾られていたイルミネーションは飾られていないが、星の女神を守る聖なる竜のように白く輝いていた。



 馬車がゆっくりと減速し始めたので、クリスティーナは毛布をレイアに渡し、ドレスや柔らかなプラチナピンクの髪を整えながら馬車の扉が開かれるのを待つ。
 白い手袋を身に付け直した時、ガチャリという音の後に扉が開けられた。ドレスの裾を踏まないように御者の手を借りながらゆっくりと馬車から降りる。


 銀色のアーチ状をした門の前にはメイドや執事が数名整列しており、その前に漆黒の髪をした背の高い男が立っていた。クリスティーナが門の前まで歩みを進めると、男は濃紺のマントから手を出し、その手を左胸に当てた。


「お初にお目にかかります、クリスティーナ嬢。私はシュネーハルト公爵家長男、ヴォルフガング・フォン・シュネーハルト。我が公爵領までご足労いただき感謝します」


 クリスティーナはヴォルフガングの挨拶に笑顔を向けると、ゆっくりと膝をまげてドレスを両手で摘んで挨拶をした。

「シュネーハルト小公爵様、お初にお目にかかります。クリスティーナ・ロゼ・ローテントゥルムでございます。このたびはご招待にあずかり光栄に存じます」


 完璧で美しいカーテシーにメイドや執事たちの空気が変わった。
 ローテントゥルム侯爵令嬢クリスティーネの所作は王国一素晴らしいと国王夫妻からも認められている一級品だ。それを証明するのが名前の後に付けられた『ロゼ』である。
 容姿、知性、品性、魔力、そして作法において王国で一番美しいとされる貴族令嬢に贈られる花の称号。そして『ロゼ』は花の称号の中で最高位に位置している。
 伯爵位以上の貴婦人五名の推薦状が必要で、クリスティーナより前に授与されたのは百年前が最後だった。

 王国一完璧な淑女の完璧なカーテシー、領地の使用人たちは滅多に見ることの出来ないその光景に息を呑んでいた。
 そんな中、なんという事もないといった様子で口を開いたのはシュネーハルトの小公爵、ヴォルフガングだった。


「ここでは寒いでしょうから、まずはどうぞ中へ。母が楽しみに待っています」

 クリスティーナが笑顔で「はい」と頷き、ヴォルフガングの後に続いて門を通り過ぎるのを確認するとメイドたちがそれに続いた。
 執事たちは馬車へ向い、クリスティーナが持参した荷物を移動する準備を始めていた。


 公爵邸の庭には白い小さな花が一面に咲き乱れており、クリスティーナは一瞬で目を奪われた。


(まるで白い絨毯のようだわ。なんという名前の花なのか公爵夫人にお尋ねしなくてはね)

 クリスティーナが真っ白な花について思い巡らしていると、屋敷の入り口に到着した。

 開かれた大広間の中には、先ほどよりも大勢の使用人たちが綺麗に整列している。
 その中心からパステルブルーのスレンダーなドレスに身を包んだ長身の公爵夫人が笑顔でクリスティーナの方へ歩み寄って来る。


「クリスティーナ嬢! ようこそいらっしゃいました!」


 腰まである長い黒髪を片側へ流し、三つ編みでまとめたヴィクトリア・シュネーハルト公爵夫人は、クリスティーナの両手を取り満面の笑みで歓迎の言葉を述べた。


「公爵夫人、ご無沙汰しております。本日はお招きいただきありがとうございます」

「いらっしゃるのを本当に楽しみにしていたの。レイアさんも寒い中ありがとう。温かいお茶を用意しているからこちらへどうぞ」


 公爵夫人の言葉にクリスティーナとレイアはお礼を言い、ヴォルフガングの案内を受けて客間へと向かった。廊下の途中には赤と白の花が交互に飾られていて、庭の花と合わせてこの花の名前も尋ねなければとクリスティーナは考えていた。




「母上、クリスティーナ嬢」

 客間の前でヴォルフガングが公爵夫人とクリスティーナに呼びかける。


「私は仕事に戻りますのでここで失礼いたします。クリスティーナ嬢、どうぞごゆっくりなさってください。また夕食の時間にお会いいたしましょう」

「小公爵様、ご案内くださりありがとうございました」



 ヴォルフガングは頭を下げたクリスティーナを見て少し頷くと紺色のマントを翻して案内された廊下をまた戻って行った。

「夫と同じでいつも仕事ばかりなのよ」と公爵夫人が眉を垂らしてクリスティーナの耳元で小さくささやいた。クリスティーナは「とても紳士的でしたわ」と話をしながら、ふたりは客間に用意されたソファーに腰掛けた。


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