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【星の聖女編】
14. 儀式のおわり【ヴォルフガング】
しおりを挟む星の聖女の儀式が始まって七日目の朝、ヴォルフガングはいつものように剣の鍛錬で汗を流していた。
公爵邸の背後に広がる氷の大地を眺め、彼は宝石のような紫色の瞳を思い出す。
(ティーナが今日、帰ってくる)
儀式が始まったばかりの頃は真っ白で、中は何も見えない巨大な氷の塊だった。しかし、七日目の今では氷は透明になり、雪が敷き詰められた広大な土地が、まるで氷の中に閉じ込められているような姿に変わっていた。
クリスティーナの儀式終了を祝うために、公爵邸では朝日が昇る前から準備が進められていた。
儀式が終わるのは日が落ちてから、空に星が輝き始める頃。クリスティーナの迎えには、公爵とヴォルフガングがふたりで向かう予定だった。
「坊ちゃま」
背後から声をかけられ、ヴォルフガングが振り返ると、執事長のマシューがタオルを持って立っていた。
「マシュー、その呼び方はやめてくれと、もう何度も頼んでいるだろう?」
タオルを受け取りながら苦笑いでそう言ったヴォルフガングに、マシューは揶揄うように言う。
「いくつになられてもまだまだ坊ちゃまでございます。そうですね……奥方でもお迎えなされば、さすがに坊ちゃまとは呼べなくなりますねえ」
「爵位を継ぐまで結婚する気はない……」
ヴォルフガングは汗を拭いながら素っ気ない返事をした。
「そんな事を言っておられますと、クリスティーナ嬢はあっという間に嫁がれてしまいますぞ」
「……なぜそこでクリスティーナ嬢の名が出る」
じとっとした目でヴォルフガングはマシューを睨んだが、肝の座った執事長には通用しない。それどころか、ヴォルフガングにさらなる爆弾を投下する。
「あのお方が、あの時、坊ちゃまが初めて心奪われた少女だったではありませんか」
「なっ……!」
「ご安心なさいませ。存じているのはこの老いぼれだけにございます」
完全にしてやられたヴォルフガングは「そのようなものではない」と否定しながらもマシューから視線を逸らす。
空は夕焼けのように赤くなり、太陽が顔を出そうとしている時。ヴォルフガングは、北の大地の反対側から何かがやってくるような気配を察した。
「なんだ……?」
その瞬間、禍々しい赤黒い閃光が北の大地を貫いた。そしてその直後、氷が崩れるように溶け始める。
「坊ちゃま! あれは……!」
「マシュー! 急いで父上と母上に報告を! 私は神殿へ向かう!」
そう叫んだヴォルフガングは、マシューの返事を待たずに馬小屋まで走り出していた。
血相を変えて馬小屋までやってきたヴォルフガングに、馬の世話をしていた御者は何事かと目を白黒させる。
「ヴォルフガング様っ!? いかがなさい……」
「今一番速く走れるのはどの馬だ!?」
御者の言葉を遮って叫ぶようにして言ったヴォルフガングの焦りように、御者はすぐさま一頭の馬をひいてきた。
「この子なら問題はないかと」
黒い体に鋭い目つき、蹄からは歩くたびに体の重さを表したような大きな音が鳴る。
馬の手綱を受け取るとヴォルフガングは御者に向かって早口で伝える。
「詳しく説明できなくてすまない。緊急事態だ。すぐに父上たちも神殿へ出発なさるはずだ。馬車を用意しておいてくれ」
「……! 承知いたしました!」
神殿で何か問題が起こったのだと理解した御者が頷くのと同時に、ヴォルフガングは馬を引いて小屋を急いで後にした。
氷が崩れてゆく速さは尋常ではなく、ヴォルフガングが裏門に到着した時には既に氷の壁は跡形もなく消え去っていた。
「ブルルルル!」と黒い馬が何かを感じたように、大きな体を震わせて唸る。それをなだめたヴォルフガングは馬に跨り、北の神殿へと続く道へ駆け出した。
「ティーナ……」
吹雪く雪の山道を馬で駆け上がりながら、ヴォルフガングは五年前の雪を思い出していた。
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