今宵空は欲望の星に満たされる

葦元狐雪

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今宵空は欲望の星に満たされる

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 平凡で一般的な住宅街の1つにある二階建ての家。豪邸までとは言わないが、そこそこ立派な家である。

 その2階の部屋の1室で、2人の兄妹が来るべき日に備えて作戦会議を行っていた。

 というのも、明日は6年に1度世界中の人々が夜空を見上げる『ウルトラ天体観測』が開催されるのである。

 テレビ番組はどれも『ウルトラ天体観測』についての特集で持ちきりだった。

 願いを平等に叶えるチャンスがあるこのイベントは、人々の大きな期待がかかっているのだ。

 「みなさん、明日はどんなお願いをしますか? 小林さん、小林さんはどんなお願いをするんですか?」

 テレビの画面に映るワイドショーの司会らしき男が、隣に座っている若い女性に質問を投げかける。

 「私ですか? うーんそうですねえ...なにしろ一瞬で去っていくので、適当に当てられそうな簡単なものにしますよ」
 「なるほど。確かに何が流れてくるのか予想するのは困難ですからね。流れてくる『もの』が自分の願いと合致していれば願いは必ず叶いますから、皆さん頑張ってください」

 番組を見ていた兄妹は画面から目を離し、作戦会議を続行する。

 「何がいいのかな! お願い!」

 兄は腕を組んで口をへの字にして考える。

 「うちは、おっきいピアノが欲しい! 音楽室にあるみたいなやつ!」
 「そんな大きいのうちに置くスペースないでしょ」
 「なんで?」
 「なんで? って、見りゃわかるじゃん」
 「もしかしたら、入るかもしれないじゃん! 片付けたら入るよ! 絶対! きっと! 必ず!」
 
 妹は腕をブンブンと振りまわし、根拠のない自信を兄に誇示する。

 「他にも色々考えておかないと。なにが降ってくるのかわかんないからね」
 「お兄ちゃんはなににするの?」
 「ぼくは小型セグウェイがいい」
 「あー! お父さんから危ないからダメって言われてるやつじゃん! チクっちゃおっかなあ」
 「ばか! ダメダメ! お父さんには絶対内緒にしてよ」
 「でも、あれ結構大きいからバレるでしょ」
 「なんとか隠すよ。絶対乗ったりしないし大丈夫。毎日綺麗に磨いておくだけだし」
 
 兄はキラキラとした目で、そのうち確実にバレるであろう計画を提案した。

 「ふーん。あ! あとお菓子も欲しい! 1年分!」
 「いいね。たまらん棒とか炭焼きさん餓狼とかさ!」
 「辛いものばっかじゃん、甘いやつも欲しいよ」
 「じゃあ、僕は辛いもの担当するから、そっちは甘いもの担当ね」
 「うん、いいよ! うさぎのわたあめは絶対いるし〜、あとねあとねえ...」

 「そろそろ寝なさーい」

 1階から母親が兄妹に早く床につくことを催促した。


 本日は待ちに待った『ウルトラ天体観測』の日だ。今日の朝はいつもより早起きだった。

 兄妹は朝食のハム卵トーストとコーンスープを食べ終わると、ランドセルを背負って玄関へ急いだ。

 「忘れ物はない? ハンカチとティッシュはもった?」

 母はスリッパをパタパタと鳴らしながら玄関に現れた。

 「うん大丈夫! 行ってきます!」
 「行ってきます!」

 兄妹は母の言葉を最後まで聞き終える間もなく、ロケットのように外へ飛び出した。

 道を行く人々はそわそわしているように見え、風に揺れる木は踊っているように見える。

 校門付近に差し掛かると、何人か顔見知りが見えた。

 いつもより騒がしい、長い赤く塗装された坂道を登りきると、下駄箱はさらに騒がしく、場はウルトラ天体観測の話題で持ちきりだった。

 誰かが「おはよう」と挨拶をすると、次の言葉は必ず「今日の『ウルトラ天体観測』ってさ...」と続く。

 兄妹はそれぞれ本日の講義を授け終えると、早足で校門を出た。

 今日の講義のことなどまるで頭に残っていない。

 「やっと終わった〜! もう、待ちくたびれたよ」

 兄はうーんと背伸びをしながら言う。

 「うちも〜。みんなに色々聞いたよ、何をお願いするのか」
 「なんて言ってた?」
 「うーんとねえ。さきちゃんはハーモニカでしょ〜、りこちゃんは可愛いお洋服で、あいこちゃんはエアコンだってさ!」
 「エアコン?」
 「うん。あいこちゃんの部屋エアコンなくて暑いんだってさ。夏は扇風機で冬は電気毛布らしいよ」
 「まじか、なんだか耐えられる気がしないや」

 この時、自分たちの部屋にエアコンがあってよかったと思う兄妹であった。

 「お兄ちゃんのクラスでは、みんな何て言ってたの?」
 「たいがは戦車のラジコンで、よいちは世界で一枚しかないプレミアムレアカードだってさ」
 「男の子だねえ」
 「あと、かげよしはポルシェ911カレラSがいいって言ってた」
 「なんでそんな具体的なの?」
 「わかんない。あいつ車好きだしさ...いつも車の写真見せてくれるんだよ」
 「なんかおもしろいねえ〜」

 そんな会話をしながら2人は帰路に着いた。

 夕食を食べて早々、兄妹は天体観測の準備を始め、望遠鏡と、兄妹2人の欲しいものが記載された手帳やお菓子などをカバンに詰め込む。

 ベランダへ出た左の奥に屋上へと続く梯子があり、そこを登ると夜空がよく見える特等席が用意されていた。

 「いつ落ちてくるかわからないから、気が抜けないね」

 兄は流れる「もの」を見逃さないよう夜空を凝視している。

 「うん。なんか緊張してきた」

 妹は両手をこすり合わせながら言うと、望遠鏡を覗き込んだ。

 10分ほど待っただろうか。なかなか流れてこない「もの」に、兄妹は退屈を感じ始めていた。兄は首が疲れたのか左右に傾けたり、首を回している。

 「あ!」

 夜空にキラリと光り、光の尾を引きながら「豚」が流れ去っていったことを妹は見逃さなかった。

 「流れた! お兄ちゃん!」
 「うそ! 何?」
 「うーんとね...豚!」
 「は?」
 「だからぁ...豚! 豚が流れていったの!」
  「まじ?」
 「まじ」
 
 近所の家々から驚嘆の声が聞こえて来る。やはりどこの家も『ウルトラ天体観測』に興じているようだ。

 再び、夜空にキラリと何かが光る。

 「きた!」

 今度は見逃すまいと、兄妹は目をカッと開く。

 光の尾を引きながら「ボーリング玉」が流れていった。

 「何あれ? なんか大きい玉みたいだったけど。見えた?」
 「うん。望遠鏡で見てたからわかったよ! あれ、ボーリング玉だね」
 「ボーリング玉!? 誰がボーリングの玉なんて欲しがるのさ!」

 向かい側の家から歓声が上がる。その直後、玄関から興奮した様子で出てきた男は願いを叶えたことを周囲に大声で報告した。
 男は報告し終えると、満足そうなホクホクした顔で3方向にお辞儀をすると、帰っていった。

 「いたね。ボーリングの玉欲しい人」

 妹はニヤニヤしながら言う。

 「うん、いたね。まさか、向かいの家のお兄さんだったとは」
 「ボーリングでマイボール使う人もいるし、おかしくはないよ!」
 「そうだね。しょうがない、次に期待しようか。」

 兄妹は再び夜空に顔を向ける。空には幾つもの輝く星が点々と瞬いていた。

 すると、またしてもキラリと光る兆しが現れる。思わず体に力が入り、兄妹はお菓子1年分が流れてくることを切に願う。

 輝きは増し、そこから緩やかな曲線を描きながら物体は放たれる。スーッと尾を引くその姿に人々は息を飲む。そうして流れてきたのは陶器製のティーポットだった。

 「あー残念! お母さんがいつも使ってるみたいなやつだったねえ」

 妹は残念そうに首を傾ける。遠くから歓声が微かに聞こえてきた。

 「全然来ないじゃん! お菓子とか、セグウェイとか!」

 兄は地団駄を踏んだ。彼は過去にガチャガチャで狙った商品が出てこず、酷く悔しかったことを思い出した。

 「なかなか思った通りにいかないね。確率なんか超低そうだし」
 「次だ! 次こそは、セグウェイが来る!」
 「がんばろうねぇ」

 しかしその後はルーアン大聖堂の絵やテレビゲーム機、片足しかない靴下がそれぞれ15分おきに流れてきたが、兄妹の欲しがっていたものは流れてこなかった。
 気がつけば時刻は午後10時を過ぎていた。

 「結局目当てのもの、流れてこなかったね。」
 「うーん、現実はそう甘くなかったか〜。もう10時過ぎてるし、戻らないとお母さん怒りそうだし戻ろうか」

 兄妹は渋々リュックに荷物を戻し始める。名残惜しそうに梯子を下りて、2人がベランダからふと夜空を見上げたとき、星がキラリと輝いた。

 そこにはあふれんばかりの駄菓子が詰まったダンボール箱が現れている。兄妹は幾つもの見覚えのあるパッケージを見ると、瞬間的にそれらがお菓子であると判断し、

 「おかし1年分!!」と2人一緒に叫んだ。

 お菓子の詰まった夢のダンボール箱は、光の尾を引きながら闇へ溶けて消えていった。

 「そろそろ戻りなさーい」

 と、母親の声が聞こえる。兄妹は2人顔を見合わせるとクスリと笑い、「はーい!」と元気よく返事をした。
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