スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪

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第44話「胸中」

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 戸賀勇希とラルエシミラ、パンパカーナは宮殿の裏手にある迷路のような
 庭園に飛び出し、そこを抜けると人目をはばかるように路地裏を選んで走った。
 庭園を抜ける途中、連なる潅木の隙間から民衆の群れが宮殿へ押しかけている様子が見えた。

 マンホールの元へたどり着くと、戸賀勇希はパンパカーナを抱きかかえたまま、
 暗闇の中へ飛び込むと、靴底を叩き鳴らして着地した。
 ここへ来たのは、アロウザールを地上へ導いてやるためだった。

 闇を敷き詰めたようなトンネルをまっすぐに歩いていくと、揺らめくオレンジ色
 の炎が二つ。朽ちた玉座に頬杖をついて、例のハードカバーの分厚い本を読んでいる
 アロウザールが、青年の姿のままでこの静かな雰囲気を嗜んでいた。

「アロウザールさん」

 戸賀勇希はいった。

「おお......。どうやら、目的は達成したようだの」

 アロウザールは本を片手で挟むようにして閉じていった。

「ああ。でも、次善は達せなかった。亡骸が見当たらなかったから、
 おそらく、どこかへ逃げたのだと思う。あの勇者が簡単に死ぬとは思えないし」

「それで良い。深追いをしなかったのは英断だ」

「たぶん、エレボスだ」

「そうか。あやつはなかなか仲間想いだからの。
 能力を使って、何らかに扮しておったのかもしれん」

 アロウザールは玉座に深く腰掛け、師がかつての教え子を思い出すように
 懐かしむ表情で、遠い目をしながらいった。
 と、二人が会話している様子を見ていたパンパカーナが疑問を抱えることに堪えきれず、
 アロウザールに「あの」という。

「あなたが、戸賀勇気を......」

「彼女は?」

 アロウザールが戸賀勇希にいった。

「パンパカーナ。俺の仲間で、さっきまで女王に囚われていたんだ」

 そうか、お主がそうか。とアロウザールは嬉しげな顔で何度か頭を振った。
 パンパカーナは再び「あの」といい、

「聞きたいことがあるんです」

 彼女にしては珍しく丁寧な言葉遣いで訊ねた。

「なんだ」

「なぜ、戸賀勇希の姿が変わっているのですか? 力量もかつてとは
 比べ物にならないほど圧倒的だ。まるで、別人のようで」

「ラルエシミラと一つになったのだ」

「え」

 パンパカーナは困惑の表情を見せた。

「お主を救い出すために、である。結局、完全な融合を果たすまでに七日を費やしたのだ。
 正確にはまる五日と約十六時間だったが」

「そんな......」

「俺が望んでやったことだ。気にするな」

 そんなはずはない。その力はなんのリスクもなしで、容易に手にすることができる
 代物ではないはずだ。きっと、壮絶な過程があったのだろう。
 死ぬ目にあったかもしれない。苦痛があったかもしれない。他に方法があったかもしれない。
 パンパカーナは戸賀勇希に「ウソだ!」という。

「融合なんて望むものか! いったい、どうして、その結論に至った!」

「それしかなかったんだ。パンパカーナを助けるためには、それしか」

(......)

 戸賀勇希は目を床に落としていった。
 ラルエシミラが隣に立って、物憂げな表情で見ているような気がした。

「もう、元には戻れないの......?」

「わからない。だが、戻るつもりはない」

「どうして」

「お前の叶えられなかった夢を叶えるためだ」

「私は」

 パンパカーナは顔を伏せていった。

「そんなこと——望んでなんか、いないわ」

 絞り出すように放たれたパンパカーナの思わぬ言動に返す言葉が見当たらず、
 こちらを見ようとしない彼女を見つめたまま、戸賀勇希は口を噤んだ。

「これ。パンパカーナとやら」

 そういうと、アロウザールが玉座から腰を上げ、パンパカーナの元へ寄った。
 なぜか少年の姿になっていた。目線がちょうど彼女と同じになるくらいだ。

「あやつはなりふり構わず、仲間としてお前のことを助けたい、お前の願いを叶えたいという信念で、
 途中挫けそうになりながらも、死の淵で精神を極限まで摩耗させ、やっとの思いでやり遂げたのだ。
 たしかに。それは誠に自分勝手で押し付けがましい願いだとは思う。不本意かもしれない。
 だが、それが戸賀勇希の覚悟であり、希望であり、愛情だ。
 誰よりも、友のためにあろうとした、戸賀勇希の」

 華奢な肩の上に優しく掌を置いていうアロウザール。

「けど、それじゃあ、戸賀勇希の願いは、幸せは、叶えた末はどうなる!
 私の願いに、仲間の犠牲の上に成り立つほど、崇高な価値などない!」

 歯痒い。なぜ私に叶える権利がないのだろうか。
 契約不履行も甚だしい。ただタイミングが悪かった。
 それだけで片付けられるほど、私の心中は穏やかではない。

 怖いわ。どう接していいのかわからないのよ。
 ラルエシミラとは顔を少し合わせた程度の認識だった。
 それ故に、戸賀勇希の顔を見るたびに得体の知れない影がちらついてしまうことがまた、怖い。

 計り知れない力を内在した、彼女の恵沢がもたらしたものは姿を変えてしまうほどに強力だ。
 いつの日か、そんな力に押し潰されて戸賀勇気が消えてしまうのではないか。
 パンパカーナの思惑は感情をかき乱し、苛立ちを募らせた。

「差し支えなければ、教えてくれぬか。お主の、願いを」

 語りかけるような暖かな声にはっとする。
 パンパカーナは造形の整った少年の顔に向き合った後、表情に影を落としている戸賀勇希
 に視線を移すと、少し迷って、やがて打ち明けた。

「私は、交通事故で死んだ母のいた生活を取り戻したい。それが、私の願いだった」

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