スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪

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第48話「あなたこそ」

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 「たらればで話をしないでください! 私は、不毛な会話をするつもりはありません」

 パンパカーナはそういうと、唇を噛み締めた。
 あれはアロウザールの癖だろうと俺は思った。以前にもそんな例え話をされたことがあったが、結局、当時は納得したようでしていないような、あやふやな解釈だったが、後々、それは実戦経験に裏打ちされたものであることがわかり、奇しくもレベッカ戦で活かすことができたため、俺は海千山千のアロウザールの含蓄ある例え話を買っている。

耳に入れておいて損はないだろう。少なくとも、所詮耄碌老人の戯言などといって馬耳東風を決め込むよりはいい。管仲随馬というではないか。いや、待てよ。アロウザールはいったい何歳なんだろう。俺は腕を組んで考えた結果、魔王討伐軍全滅から勇者が魔王を打ち倒すまでどれほどの期間があったのか不明瞭だが、推定でも四十歳ないし五十歳ほどだろうという予想を打ち立てた。

「なんだか、若いな」

「何が若いのだ」

 アロウザールが難色を示した顔でこちらをじっと見据えていた。しまった、声に出していたのか。俺は「和解をしてほしいな。なんて」という無理のある弁明、と、いうよりある種の欺瞞を出任せにいった。するとアロウザールは短くふんと鼻を鳴らし、かぶりを振ると、ふたたびパンパカーナと顔を合わせた。

「パンパカーナ。では、そこのしょげた面で突っ立っておる男に問うてみよ。いいか、彼奴の真意を問うのだ」

「戸賀勇希の......真意」

 そういうと、ゆっくりとこちらに顔を向けるパンパカーナ。揺らぐ深い海のような瞳は、憂懼と懐疑の念が入り混じっているように見えた。口を開いては言葉を噛み殺すように閉じ、開いてはまた閉じるを繰り返す。言い出しにくいのだろうか。

きっと、怖いのだろうな。罪咎の過去を知った俺の本心を聞くことが。だがしかし、俺は変わらない。あのとき、仲間のために生きると決めたのだから。決して偽りなどではない。だから、安心して何度でも訊ねるといい。その度に答えてみせよう、俺は——

「聞け! パンパカーナ!」

「な、なに」

 びくっとパンパカーナの体が跳ねる。両手を胸の前に寄せて、眉を八の字に曲げて、今にも泣き出してしまいそうな様子の彼女はただの少女になっていた。俺は深く息を吸い込んでから、いま、目の前にいる少女に対して感じていることを虚偽なくいった。

「パンパカーナが過去に何をしようと、何があろうと、俺の気持ちは変わらない。母親のいたあの頃を取り戻したい。過去に仲間を殺めてしまった。たとえそれらが倫理もしくは世界の理から逸脱した行為であろうが、誰かが非難しようが糾弾しようが、そんなことはどうでもいいじゃないか。少なくとも、俺はそんなことでパンパカーナを蔑んだり猜疑心を抱いたりしない。お前は俺を変えるきっかけを与えてくれた大切な仲間だ。その仲間の願いを叶えることができるなら、それは本望なんだ。

だいたい、俺の願いなんてちっぽけなもんよ。どうせ元の世界へ戻ったって、あそこには何にもねえんだ。腹割って話せるような仲間もいない。どいつもこいつもにこにこ笑った仮面を貼りつけているけどよ、裏では何考えてんのかわかりゃしない。偽善を押し付け合って、自分の損得勘定をしている奴ばっかりだ。

権力者に媚びへつらって、そいつからこぼれた足元の小銭を必死に奪い合ってんだぜ。でも、パンパカーナは違う。他の奴とは違うんだ。付き合いが短いとか関係ねえ。本気で相手のことを想う優しい心がある。仲間のために命を懸けて戦える勇気がある。そこに私欲や損得、見返りなんてものは介在しない。そんな嘘みたいに素敵な女が仲間であることが誇らしいんだよ」

「......」

 パンパカーナは俯いたまま何も言わずに肩を震わせている。

「いいか、俺にはどんな願いも叶えてくれる猫型ロボット並みに万能の詐欺みたいな女背負って生きてんだ。だから、お前の願いを叶えるなんて朝飯前なんだよ! そんで、もっと頼れ! 甘えろ! 一人で抱え込むな! 仲間なんだったら、何もかも全部預けてみろよ。俺は、どんなことがあろうとパンパカーナの願いを成就させてみせる。それが俺の、幸福なんだ」

 そこまで言い終わると、突如パンパカーナは笑いはじめた。その笑いは徐々に泣き声へ変わっていき、とうとう大粒の涙を流しながら大声をあげて泣いた。地面にへたり込んでいた。見られたくないのか、腕で顔を隠していた。いつの間にか老人の姿になっているアロウザールが柔和な表情で、うんうんと頷きながらパンパカーナの背中をさすってあげていた。
俺もパンパカーナの元へ寄ると、小さな声で「ありがとう」と言っているのが聞こえた。




 しばらくして、俺はアロウザールに朽ちた玉座を破壊してくれと言われたので、閃光・改の剣と魂の神器が融合した剣で一刀両断した。がらがらと音を立てて崩れた。しかし、そこには椅子の残骸以外は何もなかった。

「ありがとう。戸賀勇希。お主と会えてよかった」

 アロウザールはそういうと、磊落に笑った。

「俺の方こそ、本当に世話になったよ。ありがとう。でも、他にもお礼を言わないといけない人がいるんじゃないのか」

 俺は自身の胸に拳を軽く二、三度ぶつける。

「あ、ああ。そうだった、そうだった。ゴホン! ええと、んんっ......」

 目線をあちこちにやりながら、口をもごもごと動かしているアロウザール。何を言えばいいのか迷っているのだろうか。それとも、恥ずかしがっているのか。それを見て、まだ涙の跡が残っているパンパカーナがくすくすと笑う。まどろこしくなった俺は忙しないアロウザールに、

「いいから、思っていることを言えばいいんだよ。緊張してるのかよ、師匠」

「や、やかましい! 今言うから待っとれ」とアロウザールはいうと、少年の姿に変わった。

「ああ、うん......。あのときは、ありがとう、ラルエシミラ」

「......それだけ!?」

「いいだろう、別に! まったく、姿がお主だから、いまいち伝えた気にならんわい」

 アロウザールはぶつぶつと言いながら腕を組んで視線を逸らした。顔がリンゴのように真っ赤だったので、パンパカーナと俺も一緒になって揶揄した。すると、ますます顔が紅潮し、不機嫌そうな声音になっていったので、適当なところでやめておいた。

(ふふっ)

 ラルエシミラが笑ったようだ。俺はどうだったと訊ねると、変わりませんねといった。ついでに、何か言いたいことはあるかというと、ラルエシミラは黙り込んだ。
 と、今度はアロウザールが俺たちに、これからの目的について訊ねてきた。

「ところで、お主達はこれからどこへ行くつもりなんだ?」

「とりあえず、八人の勇者がいる国を巡る予定だ」

 そうか。とアロウザールは少し悲しそうな表情をみせた。それはそうだ。教え子達が殺しあうことを師が望むはずがない。しかし、咎めるようなことはしなかった。口にはしないが、仕方のないことだと受け入れているような雰囲気だった。

「では、この街の橋梁付近にある『フェリチタ』の絵がデザインされた看板のある店へ行くがいい。そこならば、他の国へ行くのにちょうど良いだろうて」

「フェリチタって、あの尻尾がたくさんある生き物か」

「そうだ。しかし我輩が軍にいた頃の記憶だから、変わらずあるかどうか」

「まあ、とりあえず行ってみるさ——それじゃあ、名残惜しいけど。そろそろ行くわ」

「ああ! 行ってこい」

 アロウザールはまるで今生の別れに見せる、哀愁と喜悦が混濁したような皺くちゃな笑顔でいった。
 俺は天井に斬撃を放ち、大穴を開けた。すると、そこに雲の隙間から覗かせる光芒のような神聖さを感じさせる光が現れた。仰ぎ見ると、雲ひとつない青空があった。

「本当にこれだけでいいのか。なんなら地上まで一緒に」

「いいのだ。弟子の世話になるなど師の面目が立たんわ」

早く行けというように、手でしっしと払う素振りをみせるアロウザール。

「まあ、アロウザールさんがそういうなら......」

パンパカーナを抱きかかえようとしたが、なぜかひどく暴れたので、仕方なく背負うと、足にありったけの力を込めて、光さす穴から抜け出した。


$$$


「さて、もういいだろう。ルキ」

 アロウザールはゆっくりと、光へ吸い込まれるように向かう。

「我々を縛るモノはなくなった。やれやれ、あの小童め。厄介な呪いをかけてくれたものだ。それに比べて、戸賀勇希は彼奴らとは一味違ったの。ふふ、これからが楽しみだと言いたいところだが」

 円形の光の中へ足を踏み入れた。すると、足先は灰と化し、ぼろぼろと崩れていく。

「もう、終わりだの。どうだ、ルキ。ようやく呪縛から解き放たれるのだ。見よ、あの日は曇天だったが、今はこんなにも美しい空が見えるぞ」

 右腕が落ちた。風に吹かれて散り散りになった。だが、動じることなく、アロウザールは天を仰ぐ。

「そうか、素敵か。うむ。やはり陽の光とは心地よいものだな。憶えているか、ルキ。あの日、みんなで弁当を食ったろう。いつもの不味い戦闘糧食だったが、あのときは格別に美味く感じたものだ」

 左腕が落ちた。二つの髑髏は半壊している。それでもなお、動くことはない。

「あと、あのときだ。ルキ、君が僕の昇進祝いをやってくれたろう? あれは本当に」

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