スコップ1つで異世界征服

葦元狐雪

文字の大きさ
64 / 75

第64話「十二単牡丹

しおりを挟む
 私が大阪の高校から東京の高校へ転校してきたのは、秋色次第に濃くなる九月のことだった。
父の仕事の都合で転勤という、なんともありきたりな理由だった。大阪は長く住んでいたので、ちょっと寂しく思った。

 慣れた転入手続きを済ませ、慣れた自己紹介を教壇の横に立って済ませた。
男子は目を輝かせ、あからさまに喜んだ。ガッツポーズをしている人もいた。
女子は違った。その華やかな笑顔に反して、瞳の奥は夜の底をうつしたようだった。何人か、横目でこちらを見ながら、ひそひそと内緒話をしていた。

 最初は、私の席の周りに人がよく集まった。
どこ出身? 可愛いね! 顔ちっちゃいね! モデルやってるの? アドレス教えて! 
たわいのない話をした。

 しかし、月日が経つにつれ、徐々に、彼女たちとの間柄に亀裂が入っていくのを感じた。
はじめは、たいしたことはなかった。
グループの会話のなかで、あれ? いま無視されたかな? とか
トイレに入ったとき、そこで溜まっていた人たちが私を見るや否や、まるで返す波のようにサッと引いて行ったくらいだ。

 決定的になったのは、二学年で一番人気があった沢谷俊の好意が、私に向けられていると噂になったことだった。
厄介なことに、この高校におけるカースト制度の頂点に位置する桜木舞子の想い人らしく、それ以来、私の高校生活は悲惨を極めた。

シカトは当たり前。頻繁に私物がなくるようになった。聞こえるように悪口を言う。流言蜚語に悩まされるなど、枚挙にいとまがない。
しかも、それはどんどんエスカレートしていった。
もともと、嫌な予感はしていたのだ。このクラスは絶対に馴染めない。そう思った。

「牡丹さん。あの、何か悩みとか......ない? もしよかったら、聞くよ?」

 下校中、私の横を歩く沢谷俊が照れくさそうにしながら、唐突にいった。

「なんで? なんもないよ」

 だからあっちへ行け。おまえのその下心丸見えな行為が、余計に私を苦しめることになるのがわからないのか。という機微を漂わせていった。
 彼は困った風に笑うと、

「そっか。でも、本当に困っていたら俺に相談してほしい。必ず力になるから」といって、風のように去って行った。
 それから、幾日も彼は私にそういっては寂しそうに立ち去っていくを繰り返した。

 私はその後ろ姿を見ようともせず、空に泳ぐいわし雲をぼんやりと眺めていた。
どうして私なんだ。もっと、他にもいるだろう。なぜ、私——。
たしかに、自分は他者と比べて容姿がいいと自負しているし、実際、何度も告白されたことがある。

よくモテることを知っている。好きになるのは仕方がない。
けど、あなたが私を好きになってほしくなかった。
否。
あなたは私を愛するべきではなかったのだ。

 私は前を向き、明日の文化祭の準備のことを憂鬱に想いながら、長い坂道を下った。
 明日なんて来てほしくなかった。けれども、明日は必ずやってくる。頼んでもいないのにやってくる。

「じゃあ、多数決でとりま〜す。ちゃんと手をあげてくださ〜い」

 黒板に箇条書きで幾つか出し物が書いてある。劇、喫茶店、お化け屋敷、クイズ、迷路、釣り堀などなど。
どれでもよかった。適当にナチス式敬礼よろしく、挙げている手の群れに紛れ込ませればいいやとおもった。
 最終的に、一番多かったお化け屋敷になった。しかし、それこそが奴らの罠だった。それに、私はまんまと嵌ったのだ。

 全ては仕組まれていたことだった——。
 結果、私は犯された。暗がりをいいことに、私を何人もの男たちがまるで鳥葬のように集り、服を脱がし、情動のままに貪り喰った。

悲鳴なんてあげなかった。そんなことをすれば舐められる、余計に面白がると思ったからだ。
思うようにはさせない。私は逆らい続けてやる。
 私は半裸の状態で立ち上がり、破れたブラウスをセーターとブレザーで隠し、脱がされたスカートを履きなおした。
太ももをなぞると、手に白濁色の液体がべっとりとついた。

「ねえ、絶対何かあったよね?」

 沢谷俊が眉をひそめて話しかけてくる。いつもの長い下り坂。
自転車通学の人は、さぞ大変な思いをしているのだろうなと、他人事に感じながら、私は通っている。
谷沢俊は自転車通学だった。最近、電車通学に切り替えたという話を風の噂で聞いたのだ。

「だから、何もあらへんって。沢谷クンの思い違いや」

「だって、俺、聞いたんだ......」

「なにを?」

「......クラスの奴らが、牡丹さんと、あの、その、えと......ヤったって。それに、一人じゃない。五人くらいだ。もちろん、ウソ、だよね?
牡丹さんが、そんなことするわけ、ないよね?」

 頼むから嘘だといってくれ。そういいたげな顔で、訴えるように私を見ていった。
そして、そのことが私をさらに憤らせた。こいつはいったい、なにを知りたがっている。
否定してほしいのか? 残念だけど、それは事実だ。

体が憶えている。忘れたくてもわすれられない、あの絡みつく触手のような手、手、手。
恋焦がれる人が、純潔だと思っていた人が、実はとんでもなくビッチだったと知ったら、
この男はどう思うだろうか——軽蔑し、恋慕の情に心を燃やしていた炎がフッと消え、冷たく突き放すに違いない。
見てみたくなった。この男が、どんな反応をするのか......。
 私は笑顔の仮面をしっかりと貼り付け、

「それは本当や。その人たちがいっていたのは、紛れもない事実や」

「嘘だ! ありえない!」

「ううん、本当」

「絶対嘘だ!  牡丹さんは、そんなことをする人じゃない!」

 彼がいい放った一言。それは、私の逆鱗に触れた。
ダムが決壊するが如く溢れ出す感情の激流。
もう誰にも止められない。落ち着いてくれという彼に構うことなく、私は涙を流しながら、
いままで自分がどれだけ苦しかったか、どれだけ辛かったかを、一滴残さず吐露した。

どれほど時間が経ったかわからない。ただ、とても長い時間だった気がする。
意外なことに、彼はまっすぐな瞳で私を見つめたまま、目をそらすことなく、すべてを聞いてくれた。
真剣で、真直な心で、ずっと、何もいわず——。
私が力尽きたとき、彼は私をそっと優しく支えてくれた。そして、抱きしめてくれた。
暖かくて、力強かった。

 その日、私は彼と初めてキスを交わした。
 仮面はいつの間にか、彼の手によって、取り払われていた。

 何日か経つと、私たちの関係に勘づく者たちが現れはじめた。
悪事千里を走る。そのことはすぐさま桜木舞子の耳へ届けられた。
 彼女が激昂したことは、いうまでもないだろう。
 そして、彼女の恣意的な意趣返しは、とうとう、私の高校生活に終止符を打ち、ついでにこの世界との楔を断ち切るきっかけになった。
いわずもがな、沢谷俊との絆も——。

「あなたの願いは何ですか?」

 銀髪の不埒な格好をした女性がいった。
そのギリシャ神話に出てくる神殿のような場所で、私は覚醒した。
 頭を押さえる。断片的な記憶のピースが寄り集まってくる。
そういえば、たしか、私は教室で......クラスの連中の前で......見知らぬ男に......俊クンが見てて......それで......。

「俊クンは! 俊クンはどこや!」

「俊君? それは、何のことでしょう」

 女性は首を傾げていった。

「せや、わかったわ。ここは、夢か」

 と私は意図せず、震えた声でいった。

「いいえ。違います。ここはアンダーグラウンド。私はあなたの願いを何でも一つ叶えることができます。
ただし、それには条件があります。異世界に君臨する魔王を倒していただくことです」

 と女性は凛とした、透き通るような声でいった。
 頭が混乱しそうだ。わけのわからない話しだ。アンダーなんとかやら異世界やら魔王やら、何がなんだか。
 私は自室の机にて、血で短冊に呪いの言葉を書いた。それからプツリと意識が途切れたのだ。
 ここへ来て、急に沢谷俊に謝りたい衝動に駆られた。彼の眼の前で痴態を晒したことを謝りたい。
 
 まさか、二度も強姦されるとは思わなかった。人垣の奥で犯される私を見る彼の顔はどんなだっただろう。
 思い出せない。過去の記憶を反芻しようとすれば、必ず出てくる白痴の巨体。
 私は沢谷俊に会いたい。その確固たる信念を胸に抱き、微笑する女性にいった。

「ウチの願いは、ウチと俊クンだけの世界が欲しい。そのためには、なんだってやったる」


しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...