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20章 えっちな魔導船とたいへんなお頭たちのお話
1. 足音
大陸歴八五二年、冬。港湾要塞都市アストリナは、鉛色の厚い雲と、骨の髄まで凍てつくような寒気に包まれていた。空はどんよりと低く垂れ込め、街路樹はすっかり葉を落とし、黒々とした枝が鋭い北風に吹かれるたびに、ヒュウ、と寂寥を誘う音を立てて震えている。石畳の歩道にはうっすらと霜が降り、行き交う人々は分厚い外套に顔を埋め、白い息を吐きながら足早に通り過ぎていく。日中の陽光は弱々しく、雲の切れ間から差し込む光は冷たいガラスのように儚い。中央市場には、厳しい冬を越すための根菜類や、北の海で脂の乗った寒流の魚が並び、熱々のスープを売る屋台からは真っ白な湯気が立ち上っていた。太陽が早々に西の城壁の向こうへと沈むと、街はたちまち深い闇と静寂に支配される。海から吹き付ける湿った夜風は、もはやナイフのように鋭く、コートの襟を合わせても防ぎきれないほどに冷たく、人々の体温を容赦なく奪っていった。
そんな凍えるような冬の夜、アリーナ・ローゼンバーグは、夫グレゴリーと共に暮らすささやかな自宅の寝室で、暖炉の中で爆ぜる薪の火を見つめていた。彼女の家は、港湾管理事務所に勤める夫の慎ましい給料でも十分に賄える、街の中心から少し離れた職人街の一角にある、こぢんまりとした石造りの二階建てであった。壁には枯れた蔦が張り付き、小さな庭の植え込みは霜に覆われ、静かに眠りについている。家の中は、夫の真面目で実直な性格をそのまま映し出したかのように、常に塵一つなく磨き上げられ、暖炉の温かな熱気と、家庭の匂いに満ちていた。壁にはグレゴリーが趣味で描いたアストリナの雪景色の絵が数点飾られ、使い込まれて艶の出た木のテーブルの上には、彼が今朝市場で買ってきたのであろう、赤い実をつけた柊の枝が素朴な花瓶に飾られている。そこには、魔導船「海影拾弐号」の冷徹な女船長、アリーナの影はどこにもなく、ただ夫を愛し、穏やかな日常を慈しむ、貞淑な妻としての彼女の姿があるだけだった。
「……あなた」
アリーナは、暖炉の前で分厚い毛布にくるまりながら歴史書を読んでいた夫の肩に、そっとその頭を預けた。甘えるようなその仕草に、グレゴリーは驚いたように顔を上げる。
「どうしたんだい、アリーナ。今夜はやけに積極的じゃないか」
「……ふふ。外があまりにも寒いものですから。明日から始まる長い船旅の前に、あなたの温もりを、たくさん感じておきたいのです」
その言葉は、もちろん嘘ではなかった。彼女は心から、この善良で退屈な夫を愛していた。彼の優しさが、血と硝煙にまみれた過去を持つ自分の魂を、唯一溶かしてくれる陽だまりであると知っていた。しかし、その言葉の裏には、夫には決して明かすことのできない、暗く、そして熱い渇望が渦巻いていることもまた、紛れもない事実であった。
グレゴリーは、愛しい妻の言葉に満更でもない様子で微笑むと、読んでいた本を静かに閉じ、その唇を求めた。彼の口づけは、いつもと同じように、優しく、穏やかで、そしてどこか物足りなかった。分厚い羽毛布団の中での営みもまた、彼の性格をそのまま映し出したかのように、あまりにも淡白であった。彼は常にアリーナの身体を気遣い、決して乱暴なことはしない。しかし、その優しさは、荒くれ者の船員たちに夜ごと蹂虙され、その魂の奥底まで雄の猛りを刻み込まれた彼女の身体を満足させるには、冬の寒さを忘れさせるほどの熱量には程遠かった。
彼の分身は、その善良な人柄を映したかのようにあまりにも慎ましく、彼女がこれまでその身に受け入れてきた、船員たちの、まるで獣のそれのように猛々しい楔とは比べ物にならなかった。それは彼女の胎内で、まるで迷子の子どものように所在なげに動くだけで、決して彼女が渇望する、凍えた子宮の芯を抉り、焼き尽くすような絶対的な熱と衝撃を与えてはくれない。
あっけなく、本当にあっけなく、グレゴリーは満足のため息と共に果ててしまう。彼の、まるで言い訳のようにか細く、生ぬるい生命の雫が、アリーナの胎内に申し訳程度に注がれた。そのぬるりとした感触は、彼女の渇きを潤すどころか、むしろ身体の奥底に眠る疼きを、さらに煽るだけだった。
「……暖かかった、ですわ。あなた」
アリーナは、満たされぬ身体の疼きを完璧に隠しきり、貞淑な妻の笑みを浮かべて夫の胸に顔を埋めた。その笑顔の下で、彼女の胎内は、厚い氷の下で渦巻く海流のように、静かに、しかし確かに荒れ狂っていた。
◇◇◇
翌朝、窓ガラスに美しい氷の結晶が咲く頃、家の扉を叩く音が響いた。そこに立っていたのは、アリーナが操る魔導船「海影拾弐号」の一等航海士、カトラスであった。彼は、今回の航海のための最終確認書類を届けに来たのである。分厚い毛皮のコートを羽織っているが、その下の岩のような肩幅と丸太のように太い腕は、服の上からでもその圧倒的な存在感を主張していた。寒風に晒された頬は赤く上気し、吐く息は真っ白に立ち上っている。幾多の嵐と死線を乗り越えてきた証である無数の傷跡が、その獰猛な顔立ちに凄みを加えている。
「船長、おはようございます。出航の準備、すべて整っております」
カトラスは、アリーナの後ろに立つグレゴリーの姿を認めると、驚くほど丁寧な言葉遣いで深々と頭を下げた。その礼儀正しい態度に、グレゴリーは人の良さそうな笑みを浮かべて、何の疑いもなく頷く。
「おお、寒い中ご苦労様。君がいつも妻の船で……。うちのアリーナが、いつも世話になっているね」
「いえ、滅相もございません。船長には、我々船員一同、命を救われたも同然の恩義がございます」
その完璧な応対の裏で、カトラスの大きく節くれだった右手が、書類を受け取るアリーナの背後で、まるで挨拶でもするかのように、彼女の丸みを帯びた臀部を、むんずと、いやらしく、そして大胆に鷲掴みにしたことには、もちろんグレゴリーは気づいていない。厚手のスカート越しでも伝わる、冷え切った手のひらの熱と力強さ。ぞくり、とした感触に、アリーナの身体が硬直する。バレてしまう。その恐怖とスリルが、昨夜の不満足で乾ききっていたはずの秘裂を、じゅわりと熱く濡らした。彼女は必死に平静を装い、カトラスのブーツを踏みつけることで、かろうじてその無礼を諫める。
やがて、旅支度を整えたアリーナは、いつまでも家の前で手を振り続けるグレゴリーに見送られながら、カトラスが手配した密閉式の馬車へと乗り込んだ。愛する妻の姿が角を曲がって見えなくなるまで、グレゴリーはマフラーを巻き直し、白い息を吐きながら手を振り続けている。その背中に、アリーナは罪悪感で胸が張り裂けそうになるのを、必死にこらえていた。
そんな凍えるような冬の夜、アリーナ・ローゼンバーグは、夫グレゴリーと共に暮らすささやかな自宅の寝室で、暖炉の中で爆ぜる薪の火を見つめていた。彼女の家は、港湾管理事務所に勤める夫の慎ましい給料でも十分に賄える、街の中心から少し離れた職人街の一角にある、こぢんまりとした石造りの二階建てであった。壁には枯れた蔦が張り付き、小さな庭の植え込みは霜に覆われ、静かに眠りについている。家の中は、夫の真面目で実直な性格をそのまま映し出したかのように、常に塵一つなく磨き上げられ、暖炉の温かな熱気と、家庭の匂いに満ちていた。壁にはグレゴリーが趣味で描いたアストリナの雪景色の絵が数点飾られ、使い込まれて艶の出た木のテーブルの上には、彼が今朝市場で買ってきたのであろう、赤い実をつけた柊の枝が素朴な花瓶に飾られている。そこには、魔導船「海影拾弐号」の冷徹な女船長、アリーナの影はどこにもなく、ただ夫を愛し、穏やかな日常を慈しむ、貞淑な妻としての彼女の姿があるだけだった。
「……あなた」
アリーナは、暖炉の前で分厚い毛布にくるまりながら歴史書を読んでいた夫の肩に、そっとその頭を預けた。甘えるようなその仕草に、グレゴリーは驚いたように顔を上げる。
「どうしたんだい、アリーナ。今夜はやけに積極的じゃないか」
「……ふふ。外があまりにも寒いものですから。明日から始まる長い船旅の前に、あなたの温もりを、たくさん感じておきたいのです」
その言葉は、もちろん嘘ではなかった。彼女は心から、この善良で退屈な夫を愛していた。彼の優しさが、血と硝煙にまみれた過去を持つ自分の魂を、唯一溶かしてくれる陽だまりであると知っていた。しかし、その言葉の裏には、夫には決して明かすことのできない、暗く、そして熱い渇望が渦巻いていることもまた、紛れもない事実であった。
グレゴリーは、愛しい妻の言葉に満更でもない様子で微笑むと、読んでいた本を静かに閉じ、その唇を求めた。彼の口づけは、いつもと同じように、優しく、穏やかで、そしてどこか物足りなかった。分厚い羽毛布団の中での営みもまた、彼の性格をそのまま映し出したかのように、あまりにも淡白であった。彼は常にアリーナの身体を気遣い、決して乱暴なことはしない。しかし、その優しさは、荒くれ者の船員たちに夜ごと蹂虙され、その魂の奥底まで雄の猛りを刻み込まれた彼女の身体を満足させるには、冬の寒さを忘れさせるほどの熱量には程遠かった。
彼の分身は、その善良な人柄を映したかのようにあまりにも慎ましく、彼女がこれまでその身に受け入れてきた、船員たちの、まるで獣のそれのように猛々しい楔とは比べ物にならなかった。それは彼女の胎内で、まるで迷子の子どものように所在なげに動くだけで、決して彼女が渇望する、凍えた子宮の芯を抉り、焼き尽くすような絶対的な熱と衝撃を与えてはくれない。
あっけなく、本当にあっけなく、グレゴリーは満足のため息と共に果ててしまう。彼の、まるで言い訳のようにか細く、生ぬるい生命の雫が、アリーナの胎内に申し訳程度に注がれた。そのぬるりとした感触は、彼女の渇きを潤すどころか、むしろ身体の奥底に眠る疼きを、さらに煽るだけだった。
「……暖かかった、ですわ。あなた」
アリーナは、満たされぬ身体の疼きを完璧に隠しきり、貞淑な妻の笑みを浮かべて夫の胸に顔を埋めた。その笑顔の下で、彼女の胎内は、厚い氷の下で渦巻く海流のように、静かに、しかし確かに荒れ狂っていた。
◇◇◇
翌朝、窓ガラスに美しい氷の結晶が咲く頃、家の扉を叩く音が響いた。そこに立っていたのは、アリーナが操る魔導船「海影拾弐号」の一等航海士、カトラスであった。彼は、今回の航海のための最終確認書類を届けに来たのである。分厚い毛皮のコートを羽織っているが、その下の岩のような肩幅と丸太のように太い腕は、服の上からでもその圧倒的な存在感を主張していた。寒風に晒された頬は赤く上気し、吐く息は真っ白に立ち上っている。幾多の嵐と死線を乗り越えてきた証である無数の傷跡が、その獰猛な顔立ちに凄みを加えている。
「船長、おはようございます。出航の準備、すべて整っております」
カトラスは、アリーナの後ろに立つグレゴリーの姿を認めると、驚くほど丁寧な言葉遣いで深々と頭を下げた。その礼儀正しい態度に、グレゴリーは人の良さそうな笑みを浮かべて、何の疑いもなく頷く。
「おお、寒い中ご苦労様。君がいつも妻の船で……。うちのアリーナが、いつも世話になっているね」
「いえ、滅相もございません。船長には、我々船員一同、命を救われたも同然の恩義がございます」
その完璧な応対の裏で、カトラスの大きく節くれだった右手が、書類を受け取るアリーナの背後で、まるで挨拶でもするかのように、彼女の丸みを帯びた臀部を、むんずと、いやらしく、そして大胆に鷲掴みにしたことには、もちろんグレゴリーは気づいていない。厚手のスカート越しでも伝わる、冷え切った手のひらの熱と力強さ。ぞくり、とした感触に、アリーナの身体が硬直する。バレてしまう。その恐怖とスリルが、昨夜の不満足で乾ききっていたはずの秘裂を、じゅわりと熱く濡らした。彼女は必死に平静を装い、カトラスのブーツを踏みつけることで、かろうじてその無礼を諫める。
やがて、旅支度を整えたアリーナは、いつまでも家の前で手を振り続けるグレゴリーに見送られながら、カトラスが手配した密閉式の馬車へと乗り込んだ。愛する妻の姿が角を曲がって見えなくなるまで、グレゴリーはマフラーを巻き直し、白い息を吐きながら手を振り続けている。その背中に、アリーナは罪悪感で胸が張り裂けそうになるのを、必死にこらえていた。
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