悪役令嬢レベル100

夏見ナイ

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第46話 経済の始まり

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『アシュリー印のポーション』が王都の社交界で伝説となってから、半月が過ぎた。
その間、私の生活は至って平穏だった。相変わらず趣味の畑仕事や土いじりに精を出し、疲れたらシロの背中を枕に昼寝をする。そんな理想的なスローライフを送っていた。
ただ一つ、変わったことと言えば。
私のティータイムのお供が、村人たちが作る素朴な焼き菓子から王都の高級バタークッキーへとアップグレードされたことくらいだ。
そして今日、そのささやかな幸福がさらに大きなものへと変わる日がやってきた。

「アシュリー様!マーカス殿の、第一回交易隊が到着いたしました!」
バルドルの報告に、私は読んでいた恋愛小説から顔を上げた。
城の窓から見下ろすと、村の入り口に十数台もの荷馬車が連なっているのが見えた。荷台には防水布がかけられた荷物が山のように積まれている。
ヴァルハイト商会。
あの商人マーカスが、私の領地との交易を独占するために設立した商会だ。彼が約束通り最初の物資を運んできたらしい。
「ふうん」
私はあまり興味なさそうに頷いたが、内心は少しだけワクワクしていた。
どんなお菓子を持ってきてくれたのだろうか。
私がゼノとバルドルを伴って村へ降りていくと、マーカスが満面の笑みで駆け寄ってきた。その顔は以前より血色が良く、服装も上等な絹のものに変わっている。どうやら商売はかなり順調なようだ。
「女神様!お待たせいたしました!貴女様がお望みの品々、世界中から集めてまいりましたぞ!」
彼は芝居がかった仕草で手を広げ、荷馬車の幌が次々と開かれていく。
その中から現れたのは、私の想像を遥かに超える品々だった。
山と積まれた砂糖の樽、バターの塊、色とりどりの香辛料。王都で人気のパティスリーが作ったという、美しい装飾の施されたケーキやチョコレート。そして私の瞳を何よりも輝かせたのは、見たこともない装丁の大量の本だった。
「こ、これは……!」
「はい!大陸中の物語を集め、翻訳させました!恋愛譚、英雄譚、謎解きが楽しい推理小説まで、ありとあらゆるジャンルを取り揃えてございます!」
マーカスは得意げに胸を張った。
私は吸い寄せられるように本の山に近づき、その一冊を手に取った。
『伯爵様は甘い罠がお好き』
なんて素晴らしいタイトルだろうか。
私はこれから始まる読書三昧の日々を想像し、思わず笑みを浮かべた。
「……気に入ったわ、マーカス。あなた、なかなかいい仕事をするじゃない」
「ははっ!女神様にお褒めいただけるとは、商人冥利に尽きます!」
マーカスは深々と頭を下げた。
そのやり取りを私の背後で見ていたゼノとバルドルは、またしても壮大な勘違いを繰り広げていた。
(……我が主は、文化による支配をお考えなのだ)
ゼノは戦慄と共に理解した。
(武力や経済力だけではない。物語という、人の心を最も深く捉えるもので他国の民の精神を内側から掌握する。なんと恐ろしく、そして深遠なご計画……!)
(この本の一冊一冊が、王国の民にヴァルハイトへの憧憬を植え付ける甘い毒となるのだな)
バルドルもまた、主君の深謀遠慮に感嘆していた。
私の「ただ本が読みたい」という純粋な欲求が、彼らの脳内では高度な文化侵略戦略へと変換されていた。

交易はその後、ゼノの指揮の下で滞りなく進められた。
マーカスが持ってきた物資と引き換えに、こちらの特産品が荷馬車へと積み込まれていく。
岩塊のようなジャガイモは、それだけで荷馬車一台を占領した。ドワーフが鍛えたミスリル製の農具は、その鈍い輝きで商人たちの目を釘付けにした。エルフが作った銀細工は、まるで芸術品だった。
そしてマーカスが何よりも丁重に扱ったのが、私が気まぐれで作った『アシュリー印のポーション』(ただのハーブティー)が詰められた小さな木箱だった。
「これが、我が商会の命運を握る至宝……!」
彼はまるで聖遺物でも運ぶかのように、その箱を自らの手で馬車の一番安全な場所へと仕舞い込んだ。
取引が全て終わると、マーカスは再び私の前にひれ伏した。
「アシュリー様。今後、月に一度こうして交易隊を派遣させていただきます。何かお望みの品がございましたら、何なりとお申し付けください」
「そう。それじゃあ、次はチョコレートを多めにお願いしようかしら。それと、この作家の別の作品も読んでみたいわ」
私は先ほどの恋愛小説の表紙を彼に見せた。
「承知いたしました!必ずや!」
マーカスは私の言葉を神託として受け止め、意気揚々と帰路についた。

交易が本格的に始まってから、領地の生活は目に見えて豊かになった。
塩や香辛料が手に入るようになり、村の食卓は格段に彩り豊かになった。上質な布地はエルフの手によって美しい衣服へと生まれ変わり、人々の身を飾った。
持ち込まれた物資は、ゼノが作った『労働配給台帳』なるものに基づいて各種族の働きに応じて公平に分配された。最初は物々交換だったが、取引の規模が大きくなるにつれ、ゼノは「独自の通貨の発行も視野に入れるべきです」などと物騒なことを言い始めた。
ドワーフの鍛治場は王都から仕入れた高品質な石炭によって、さらに活気づいた。彼らが作る製品の質は日ごとに向上し、『ヴァルハイト製』というブランドはマーカスの商会を通じて瞬く間に大陸中にその名を轟かせることになった。
特に彼らがミスリルとアダマンタイトを惜しげもなく使って作る農具は、革命的だった。どんな硬い岩盤も豆腐のように耕せるそのクワは、『大地粉砕(グランドクラッシャー)』と呼ばれ、各国の王侯貴族が観賞用として法外な値段で買い求めるようになったという。
私の領地は急速に、一つの経済圏としてその存在感を増していった。

そして、私はというと。
新しく手に入れたふかふかのソファに寝転がり、クッキーを頬張りながら恋愛小説の世界にどっぷりと浸っていた。
「きゃっ!ここで、ライバル令嬢が登場するのね!なんて意地悪なのかしら!」
私は物語の展開に一喜一憂し、完全に自分の世界に入り込んでいた。
私の穏やかな日常のすぐそばで、私の名を冠した経済圏が大陸のパワーバランスを静かに、しかし確実に塗り替え始めている。
そして、その富と名声が新たな厄介事を引き寄せる磁石となっていることなど、知る由もなかった。
私は読み終えた本のページを閉じると、満足げなため息をついた。
「さて、と。次はどんな本を頼もうかしら。やっぱり、続きが気になるミステリーかしらね」
私の最大の関心事は、今も昔も、自分のささやかな楽しみだけだった。
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