悪役令嬢レベル100

夏見ナイ

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第70話 ドワーフの王

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エルフの長エルウィンが世界の異変を訴えてきた、その翌日。
まるで示し合わせたかのように、次なる使者が私の元を訪れた。
今度の訪問者は、エルフとはまさに対極ともいえる種族だった。
「アシュリー様! 大変です! 領地の入り口に、ドワーフの大軍勢が!」
バルドルが城のバルコニーまで血相を変えて駆け込んできた。彼の報告によれば、その数はおよそ百名。全員がミスリル銀でできた豪奢な全身鎧を身にまとい、その背には巨大な戦斧を背負っているという。
それはもはやただの職人集団ではない。一国の軍隊に匹敵する重装歩兵部隊そのものだった。
「……また、面倒事かしら」
私はハーブティーをすすりながら、うんざりしたように呟いた。
どうやら私の領地は、大陸中の訳ありたちが集まる駆け込み寺か何かだと思われているらしい。

村の入り口に到着すると、そこには報告通りの威圧感に満ちたドワーフの一団が整列していた。
彼らが身につけている鎧は私の領地にいるドワーフたちが作るものよりもさらに精緻で、強力な魔力が込められているのが見て取れた。その装備だけで彼らがただのドワーフではないことが分かる。
私の領地の住民たち―――人間、獣人、エルフ、そして先に移住してきたドワーフたちも、遠巻きに、しかし警戒心を露わにしてその一団を見守っていた。
私が姿を現すと、ドワーフの軍勢の中から一人の男がゆっくりと前に進み出た。
彼は他のドワーフたちよりも一回り小柄だったが、その身から放たれる存在感は群を抜いていた。編み込まれた白銀の髭は腰のあたりまで届き、その顔に刻まれた深い皺は長い年月を生きてきた賢者の証。そして何より、その瞳には山の如き不動の意志と溶岩の如き熱い魂が宿っていた。
彼がゆっくりと口を開いた。その声は地底の奥深くから響いてくるかのような、重く威厳に満ちたものだった。
「……お初にお目にかかる、『山を穿つ者』よ」
彼は私をそう呼んだ。
「我は鉄槌の峰より来たりし者。大地の全ての民を束ねるドワーフの王、ブロッケン・アイアンハンマーと申す」
ドワーフの王。
その言葉に周囲がどよめいた。
私の領地にいるドワーフの親方ドワーグも、信じられないという顔でその男の前に駆け寄り、ひれ伏した。
「お、王よ! ブロッケン王! なぜ、貴方様がこのような辺境の地に!」
「うむ。久しいな、ドワーグよ。お主がこの地で元気に槌を振るっているという噂は、我が耳にも届いておったわ」
ブロッケン王はドワーグの肩を力強く叩くと、再び私に視線を向けた。
「して、本日は何のご用かしら。ドワーフの王様が私の庭に何の断りもなく軍勢を引き連れてくるなんて。あまり感心しないわね」
私はわざと不機嫌そうな、そしてどこか尊大な態度で言った。
相手が王であろうと、私のスローライフを邪魔する者は誰であろうと容赦しない。
私のその態度に、ブロッケ-ン王の後ろに控えていた屈強なドワーフたちがカッと色めき立った。戦斧の柄に手をかけ、敵意を剥き出しにする。
しかし、ブロッケン王はそれを片手で静かに制した。
そして意外なことに、彼はその場でドワーフの流儀における最高の敬意を示すように、深く、深く頭を下げたのだ。
「無礼は詫びよう。だが、我らがこうして馳せ参じたのは、他ならぬ貴女に我らドワーフ一族の未来を託さんがため」
「……なんですって?」
私は予想外の言葉に思わず聞き返した。
ブロッケン王は顔を上げ、その真剣な瞳で私を射抜いた。
「……大地が泣いておる」
彼は静かに、しかし重々しく言った。
「我らドワー-フは大地の民。その鼓動を、呼吸を感じ取ることができる。そして今、大地はこれまでにないほどの苦痛に喘ぎ、悲鳴を上げておるのだ。それはまるで、内側から生命力を喰い尽くされているかのよう……」
その言葉はエルフの長エルウィンが語った『世界の歌の乱れ』と全く同じことを指していた。
エルフはマナの流れを『歌』として感じ、ドワーフはそれを『大地の鼓動』として感じる。表現は違えど、彼らが感知している世界の危機は同一のものだった。
「我らはこの異変の原因を探った。そして、一つの結論に至った。これは古の伝承にある『大いなる浄化』……世界の終わりを告げる災厄の前兆である、と」
やはり、彼らも知っていた。
「そして我らは同時に、もう一つの伝説を信じておる。『世界が涙を流す時、山を穿つ救世主が現れ、その鉄槌で闇を砕く』と。その救世主こそ、貴女のことだと我らは確信したのだ」
ブロッケン王は、私があの水路を作った際に砕いた巨大な岩壁―――今や『女神様の御門』と呼ばれている場所を指差した。
「あれほどの御業を成せるのは、伝説の救世主をおいて他にない。貴女様こそ我らが永きに渡り待ち望んだ真の『山の王』。我らドワーフがその槌を捧げるべき唯一の御方だ」
彼はそう言うと、自らが背負っていた巨大な戦斧を外し、私の足元に恭しく差し出した。
それはドワーフの王位の象徴。伝説の金属オリハルコンでできているという、国宝級の戦斧『グラビティフォール』。
その行為が何を意味するのか。
それはドワーフという一つの種族が私という個人の下に完全に降るという、絶対的な服従の誓いだった。
「どうか! 我らドワーフ一族を貴女様の臣下に加えていただきたい! そして、来るべき災厄に共に立ち向かう栄誉を我らにお与えください!」
ブロッケン王の魂の叫び。
それに呼応するように、百名のドワーフ兵たちもまた一斉にその場に膝をつき、深く頭を垂れた。
「「「山の王に、忠誠を!」」」
地鳴りのような声が、ヴァルハイトの谷に響き渡った。
私はそのあまりに壮大で、あまりに重すぎる申し出を前に、もはやため息をつく気力さえ失っていた。
エルフに続き、今度はドワーフの王。
私の知らないところで、私は一体どれだけの救世主伝説を打ち立ててしまっていたというのか。
昨日、世界の危機と戦うことを決意したばかりだというのに。
私の元にはまるで、そうなることが定められていたかのように次々と強力な駒が自ら集まってきている。
「……」
私はしばらく黙って彼らを見下ろしていた。
そして、やがて諦めたように静かに口を開いた。
「……分かったわ。ただし、条件がある」
私は不敵な笑みを浮かべた。
「あなたたちのその自慢の槌、私の『庭造り』に存分に貸してもらうわよ」
私のスローライフ防衛戦は、今や大陸の二大亜人種族を巻き込んだ壮大な一大プロジェクトへと、その姿を変えようとしていた。
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