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第84話 進軍開始
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ヴァルハイト軍の進軍は、常識では考えられないものだった。
その進軍速度は、大陸のいかなる軍事専門家の予測をも遥かに超えていた。
通常、二千もの兵士が重装備を伴って行軍する場合、その速度は一日にせいぜい二十キロから三十キロが限界だ。補給部隊の足も考えれば、それ以下になることも珍しくない。
アストライア王国の王都近郊まではおよそ千キロの道のり。普通に考えれば到着までには一ヶ月以上を要するはずだった。
大陸連合軍の司令部もそのように計算し、余裕を持って迎撃の準備を進めていた。
だが彼らの常識は、ヴァルハイト軍の前では何の意味もなさなかった。
「道が……悪いわね」
進軍開始から二日目。私は移動要塞の中で窓の外を流れる景色に眉をひそめた。
街道は舗装されておらず、そこかしこに岩が転がり深い轍が刻まれている。そのせいでドワーフの最高技術の結晶であるはずの移動要塞ですら、時折ガタンと大きく揺れた。
その揺れでカップから紅茶がこぼれそうになる。
それは私の優雅なお散歩気分を害する、看過できない問題だった。
「ゼノ」
私は御者台に座る従者を呼んだ。
「この道、なんとかならないの? これじゃあ、おちおち本も読めないわ」
そのあまりにも個人的で我儘なクレーム。
それを聞いたゼノは一瞬の逡巡もなく、深く頷いた。
「……承知いたしました、アシュリー様。我が主の進む道に、いかなる障害もあってはなりませぬ。ただちに整地いたします」
彼は後方に控えていたドワーフ重装兵団の部隊長を呼び寄せた。
そして私の言葉を神の神託として、彼らに伝えた。
「―――主は、仰せである。『我が進む先に、道を作れ』と」
「「「オオオオオッ!」」」
神託(という名のただのクレーム)を受け、ドワーフたちの血が滾った。
彼らは戦闘のために持ってきた巨大な戦槌や戦斧を、喜び勇んで振り上げた。
そして進軍の先頭に立つと、街道上のあらゆる障害物を片っ端から粉砕し始めたのだ。
ガッシャアアアン!
邪魔な岩は一撃で砂塵と化す。
深い轍は戦槌で地面を叩きならし、平坦にしていく。
道が狭ければ両脇の崖を削り取り、道を広げる。
その光景はもはや行軍ではなく、巨大な土木工事だった。
いや、それすら生ぬるい。それは地形そのものを力業で作り変えていく、『破壊』と『創造』の行進だった。
ドワーフたちの後ろをエルフの魔導士団が続く。
彼らは土魔法を使い、ドワーフたちが砕いた地面をまるでコンクリートのように固く、そして滑らかに舗装していった。
こうしてヴァルハイト軍の進む先には、幅十メートルを超える完璧に整備された平坦な軍用道路がリアルタイムで創り上げられていったのだ。
その上を私の移動要塞は、一切の揺れを感じさせることなく滑るように進んでいく。
私はその快適な乗り心地に、満足げに頷いた。
「うん、これなら快適ね。ありがとう、みんな」
私の労いの言葉。
それが後方の兵士たちに伝えられると、彼らの士気は天を衝くほどに高まった。
「女神様が我らの働きを認めてくださったぞ!」
「道を作れ! もっと快適な道を! アシュリー様のために!」
彼らは疲労も忘れ、さらに熱狂的に道路工事に没頭していった。
こうしてヴァルハイト軍は、自ら道を作りながら進むという前代未聞の超高速行軍を可能にした。
その速度は一日百キロ。
大陸連合軍の予測の、実に四倍以上のスピードだった。
夜になっても彼らの進軍は止まらない。
エルフが作り出した光の魔石が、街道を煌々と照らし出す。
ドワーフたちの槌音は夜通し響き渡った。
食事は獣人部隊が道中の森で狩ってくる魔獣と、私の畑で採れた巨大作物の保存食で完璧に賄われた。
兵士たちは交代で短い休息を取りながらも、誰一人として弱音を吐く者はいなかった。
なぜなら彼らは知っているからだ。
自分たちの先頭を行く移動要塞の中で、敬愛する主君が優雅に読書を楽しみながら自分たちを見守ってくれていることを。
その事実が彼らにとって何よりの活力源となっていた。
そして進軍開始からわずか十日。
ヴァルハイト軍はアストライア王国の王都近郊にまで、その姿を現した。
大陸連合軍の斥候が地平線の彼方に土煙を上げて猛スピードで迫り来る謎の軍勢を発見した時。
彼は我が目を疑った。
「ば、馬鹿な……! 報告では到着まで、まだ二十日はかかるはず……!」
「あれは一体何なのだ!? 大地を割りながら進んでくるぞ!」
彼らの報告は連合軍の司令部を、大混乱の渦へと叩き込んだ。
「なんだと!? 既にここまで!?」
「迎撃態勢はまだ半分も整っていない!」
「敵の数は!? ……なんだ、たったの二千だと!? 馬鹿な、その程度の数でこれほどの速度で進軍できるはずがない!」
彼らの常識と計算と、そして油断はヴァルハイト軍という規格外の存在の前に、いとも容易く覆された。
彼らは自分たちがこれから戦う相手が、ただの反乱軍などではなく神話の世界から現れた理不尽の化身であることを、まだ理解していなかった。
その頃。
全ての元凶である私は移動要塞の中で、大きなあくびをしていた。
「……ふあ。もう着いたのね。意外と早かったわ」
私は読みかけだった恋愛小説の最後のページを閉じた。ちょうど読み終わると同時に目的地に着いたらしい。
完璧な時間管理だった。
私は窓の外に広がる敵の大軍勢の陣営を、ぼんやりと眺めた。
無数のテントが張られ、何万という兵士たちが慌ただしく動き回っているのが見える。
「……すごい数ね」
私は他人事のように呟いた。
「ハエが思ったより多かったわ。これじゃあお弁当を広げる場所もなさそうね」
私のどこまでも呑気でマイペースな呟き。
それがこれから始まる大陸の歴史上最も一方的で、そして最も悲劇的な(敵にとって)戦いの始まりを告げる合図となった。
その進軍速度は、大陸のいかなる軍事専門家の予測をも遥かに超えていた。
通常、二千もの兵士が重装備を伴って行軍する場合、その速度は一日にせいぜい二十キロから三十キロが限界だ。補給部隊の足も考えれば、それ以下になることも珍しくない。
アストライア王国の王都近郊まではおよそ千キロの道のり。普通に考えれば到着までには一ヶ月以上を要するはずだった。
大陸連合軍の司令部もそのように計算し、余裕を持って迎撃の準備を進めていた。
だが彼らの常識は、ヴァルハイト軍の前では何の意味もなさなかった。
「道が……悪いわね」
進軍開始から二日目。私は移動要塞の中で窓の外を流れる景色に眉をひそめた。
街道は舗装されておらず、そこかしこに岩が転がり深い轍が刻まれている。そのせいでドワーフの最高技術の結晶であるはずの移動要塞ですら、時折ガタンと大きく揺れた。
その揺れでカップから紅茶がこぼれそうになる。
それは私の優雅なお散歩気分を害する、看過できない問題だった。
「ゼノ」
私は御者台に座る従者を呼んだ。
「この道、なんとかならないの? これじゃあ、おちおち本も読めないわ」
そのあまりにも個人的で我儘なクレーム。
それを聞いたゼノは一瞬の逡巡もなく、深く頷いた。
「……承知いたしました、アシュリー様。我が主の進む道に、いかなる障害もあってはなりませぬ。ただちに整地いたします」
彼は後方に控えていたドワーフ重装兵団の部隊長を呼び寄せた。
そして私の言葉を神の神託として、彼らに伝えた。
「―――主は、仰せである。『我が進む先に、道を作れ』と」
「「「オオオオオッ!」」」
神託(という名のただのクレーム)を受け、ドワーフたちの血が滾った。
彼らは戦闘のために持ってきた巨大な戦槌や戦斧を、喜び勇んで振り上げた。
そして進軍の先頭に立つと、街道上のあらゆる障害物を片っ端から粉砕し始めたのだ。
ガッシャアアアン!
邪魔な岩は一撃で砂塵と化す。
深い轍は戦槌で地面を叩きならし、平坦にしていく。
道が狭ければ両脇の崖を削り取り、道を広げる。
その光景はもはや行軍ではなく、巨大な土木工事だった。
いや、それすら生ぬるい。それは地形そのものを力業で作り変えていく、『破壊』と『創造』の行進だった。
ドワーフたちの後ろをエルフの魔導士団が続く。
彼らは土魔法を使い、ドワーフたちが砕いた地面をまるでコンクリートのように固く、そして滑らかに舗装していった。
こうしてヴァルハイト軍の進む先には、幅十メートルを超える完璧に整備された平坦な軍用道路がリアルタイムで創り上げられていったのだ。
その上を私の移動要塞は、一切の揺れを感じさせることなく滑るように進んでいく。
私はその快適な乗り心地に、満足げに頷いた。
「うん、これなら快適ね。ありがとう、みんな」
私の労いの言葉。
それが後方の兵士たちに伝えられると、彼らの士気は天を衝くほどに高まった。
「女神様が我らの働きを認めてくださったぞ!」
「道を作れ! もっと快適な道を! アシュリー様のために!」
彼らは疲労も忘れ、さらに熱狂的に道路工事に没頭していった。
こうしてヴァルハイト軍は、自ら道を作りながら進むという前代未聞の超高速行軍を可能にした。
その速度は一日百キロ。
大陸連合軍の予測の、実に四倍以上のスピードだった。
夜になっても彼らの進軍は止まらない。
エルフが作り出した光の魔石が、街道を煌々と照らし出す。
ドワーフたちの槌音は夜通し響き渡った。
食事は獣人部隊が道中の森で狩ってくる魔獣と、私の畑で採れた巨大作物の保存食で完璧に賄われた。
兵士たちは交代で短い休息を取りながらも、誰一人として弱音を吐く者はいなかった。
なぜなら彼らは知っているからだ。
自分たちの先頭を行く移動要塞の中で、敬愛する主君が優雅に読書を楽しみながら自分たちを見守ってくれていることを。
その事実が彼らにとって何よりの活力源となっていた。
そして進軍開始からわずか十日。
ヴァルハイト軍はアストライア王国の王都近郊にまで、その姿を現した。
大陸連合軍の斥候が地平線の彼方に土煙を上げて猛スピードで迫り来る謎の軍勢を発見した時。
彼は我が目を疑った。
「ば、馬鹿な……! 報告では到着まで、まだ二十日はかかるはず……!」
「あれは一体何なのだ!? 大地を割りながら進んでくるぞ!」
彼らの報告は連合軍の司令部を、大混乱の渦へと叩き込んだ。
「なんだと!? 既にここまで!?」
「迎撃態勢はまだ半分も整っていない!」
「敵の数は!? ……なんだ、たったの二千だと!? 馬鹿な、その程度の数でこれほどの速度で進軍できるはずがない!」
彼らの常識と計算と、そして油断はヴァルハイト軍という規格外の存在の前に、いとも容易く覆された。
彼らは自分たちがこれから戦う相手が、ただの反乱軍などではなく神話の世界から現れた理不尽の化身であることを、まだ理解していなかった。
その頃。
全ての元凶である私は移動要塞の中で、大きなあくびをしていた。
「……ふあ。もう着いたのね。意外と早かったわ」
私は読みかけだった恋愛小説の最後のページを閉じた。ちょうど読み終わると同時に目的地に着いたらしい。
完璧な時間管理だった。
私は窓の外に広がる敵の大軍勢の陣営を、ぼんやりと眺めた。
無数のテントが張られ、何万という兵士たちが慌ただしく動き回っているのが見える。
「……すごい数ね」
私は他人事のように呟いた。
「ハエが思ったより多かったわ。これじゃあお弁当を広げる場所もなさそうね」
私のどこまでも呑気でマイペースな呟き。
それがこれから始まる大陸の歴史上最も一方的で、そして最も悲劇的な(敵にとって)戦いの始まりを告げる合図となった。
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