追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ

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第24話 呪いからの解放

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俺の指先が、魔剣【月穿】の柄に触れた。

その瞬間、世界から音が消えた。

凄まじい奔流が、俺の身体へと流れ込んできた。それは、もはや『代償』などという生易しいものではない。純粋な『呪詛』そのものだった。

――憎悪。
――嫉妬。
――絶望。
――殺意。

何百年、あるいは何千年もの間、この魔剣が吸い上げてきたであろう、あらゆる負の感情の塊。それは、人の精神を瞬時に破壊し、魂ごと喰らい尽くすほどの、おぞましい力の渦だった。

俺の意識は、その黒い渦に呑まれ、暗い海の底へと引きずり込まれていくようだった。脳裏に、剣を振るう者たちの断末魔の叫びが響き渡る。

『殺せ』『壊せ』『喰らえ』

呪いが、俺の精神に直接囁きかけてくる。俺の心を乗っ取り、新たな傀儡にしようとしているのだ。

だが、俺の心は折れなかった。

(ふざけるな……!)

俺は、心の奥底で叫んだ。

(俺には、帰る場所があるんだ! 待っていてくれる仲間がいる! お前なんかに、喰われてたまるか!)

俺の脳裏に浮かんだのは、セレスティアの笑顔だった。村人たちの温かい顔だった。俺がようやく手に入れた、かけがえのない居場所。それを守るという強い意志が、呪いの奔流に抗うための、確かな錨となった。

そして、俺のスキル【代償転嫁】が、咆哮を上げた。

まるで飢えた獣のように、俺のスキルは流れ込んでくる呪詛を片っ端から喰らい始めた。憎悪は力に、絶望は活力に、殺意は魔力へと。俺の身体は、呪詛を浄化するための巨大な炉と化し、その全てを無害なエネルギーへと変換していく。

ゴオオオオオオオオッ!

俺の身体から、黒い瘴気と金色の光が混じり合った、凄まじいオーラが立ち上った。その奔流に耐える俺の姿は、外で見守っていたエルフたちの目には、まるで神話の光景のように映っていた。

「な……なんだ、あれは……!」
「人間が……あの魔剣の呪いを、喰らっている……だと……!?」

王もフィンも、目の前で起きている超常現象に、ただ言葉を失っていた。

一方、俺の背後で剣を握っていたルナリエルは、もっと直接的にその変化を感じていた。

自分の身体と魂に、まるで根のように張り巡らされていた呪いの枷が、凄まじい勢いで引き剥がされていく。自分を狂気へと駆り立てていた憎悪の声が、遠のいていく。

そして、呪いが抜けたその隙間に、温かい何かが流れ込んでくるのを感じた。それは、呪いを浄化する過程で俺の身体から溢れ出た、純粋な魔力の光だった。

「……あ……ぁ……」

ルナリエルの口から、意味のある言葉にならない声が漏れた。血走っていた瞳から、狂気の色が急速に薄れていく。代わりに宿ったのは、長い悪夢からようやく覚めたかのような、深い困惑だった。

そして、彼女の視線は、自分の持つ魔剣に触れている、目の前の男の背中に注がれていた。

この男が、自分を救ってくれている。

その事実だけが、朦朧とする意識の中で、唯一確かなこととして理解できた。

やがて、魔剣【月穿】から放たれていた不吉な紫色の光が、完全に消え失せた。剣を蝕んでいた呪いは、その全てが俺の身体へと移し替えられたのだ。

俺の身体から立ち上っていたオーラも、ゆっくりと収まっていく。俺は深く、長く息を吐いた。全身を駆け巡っていた激痛は消え、代わりに心地よい疲労感と、膨大な魔力で満たされているような全能感が残っていた。

俺はゆっくりと振り返る。

そこには、もはや狂戦士の姿はなかった。

力なくその場に膝をつき、呆然と自分の手を見つめる、一人の美しいエルフの少女がいただけだった。乱れた銀髪。少しやつれてはいるが、気品を失わない整った顔立ち。そして、その翡翠のような瞳には、理性の光が確かに戻っていた。

魔剣は、彼女の手から滑り落ち、カラン、と乾いた音を立てて床に転がった。それはもう、ただの美しい剣にしか見えなかった。

「……わたしは……」

ルナリエルが、掠れた声で呟いた。

「今まで、何を……」

彼女は、自分がしでかしてきたことの断片的な記憶に、恐怖で身を震わせた。そして、ゆっくりと顔を上げ、目の前に立つ俺を見た。

「……あなたが……助けて、くれたの……?」

その問いに、俺は静かに頷いた。

そして、俺は彼女に向かって、そっと手を差し伸べた。パーティーにいた頃には、一度も向けられることのなかった、労いと、安堵の笑みを浮かべて。

「もう、大丈夫だ」

その一言が、彼女の心の最後の壁を打ち砕いた。

ルナリエルの美しい瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、長い、長い悪夢からの解放を告げる、温かい涙だった。

そして、彼女は差し出された俺の手を取ることも忘れ、そのまま前のめりになるように、意識を失って俺の胸の中へと倒れ込んできた。

俺は、その華奢な身体を、そっと抱きとめた。
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