バグズ・グリモワール・オンライン 〜エラー報告が趣味の俺、バグを喰らう魔書(グリモワール)を授かり最強のイレギュラーになる〜

夏見ナイ

文字の大きさ
3 / 60

第3話 環境利用戦術

しおりを挟む
俺の視界の端で、ヒーラーの少女が唇を噛み締めているのが見えた。
白いローブの裾は泥で汚れ、恐怖と悔しさで潤んだ瞳が、迫り来るプレイヤーキラー(PK)たちを映している。彼女の仲間だったであろうプレイヤーのアバターは、既に光の粒子となって消滅した後だった。

PKは三人。
リーダー格と思しき、両手持ちの大剣を担いだ重戦士。
身軽そうな革鎧を着込み、二本の短剣を逆手に持った盗賊。
そして、後方でニヤニヤと笑いながら杖を構える黒魔道士。
レベルは、俺やあの少女より一回りも二回りも上だろう。装備も、初期装備とは明らかに違う、金属の光沢が美しいプレートアーマーや、魔力の刺繍が施されたローブだ。初心者が多いこのエリアで、彼らは明らかに格上だった。

「面倒なことになった」

俺は心の中で毒づいた。だが、一度「介入する」と決めてしまった以上、後戻りはしない。
とはいえ、真正面から戦って勝てる相手ではない。俺のステータスはLUKとAGIに偏っており、戦闘能力は皆無に等しい。武器は初期装備のショートソード一本。防具に至っては、ただの布の服だ。

ならば、どうするか。
俺は戦士でも魔法使いでもない。プログラマーだ。
戦うのは、目の前のプレイヤーではない。この世界の「環境」と「システム」だ。

俺はPKたちから見えない木の陰に身を潜めながら、冷静に周囲の状況を分析する。
この森は『始まりの街・アルモニカ』の北に広がる『囁きの森』。低レベルのモンスターしか出現しない、いわゆる初心者ゾーンだ。だが、βテストの情報によれば、この森の奥深くには一体だけ、場違いな高レベルモンスターが「主」として眠っているという。

確か、名前は『フォレスト・グリズリー』。
ノンアクティブ(非先攻)タイプで、こちらから手を出さない限りは襲ってこないが、一度敵と認識した相手は、縄張りの外まで執拗に追いかける習性を持つ。そして、そのヘイト(敵対心)管理AIには、ちょっとした「穴」があったはずだ。

「……見つけた」

俺の視界が、PKたちの背後、森のさらに奥にある巨大な洞窟を捉えた。あの洞窟が、グリズリーの寝ぐらだ。
作戦は決まった。
シンプルで、確実な方法。俺の得意分野だ。

俺はまず、地面に転がっていた手頃な石を拾い上げた。
そして、盗賊風のPKの背中に向かって、力任せに投げつける。
DEXに振ったおかげか、石は綺麗な放物線を描き、カツン、と軽い音を立てて彼の背中の鎧に命中した。

「あ? なんだ?」

盗賊が驚いて振り返る。他の二人も、訝しげに視線を巡らせた。
俺はゆっくりと木の陰から姿を現す。

「おいおい、なんだテメェ。仲間か?」
重戦士が、威圧するように大剣を肩に担ぎ直した。
俺は何も答えない。ただ、無表情に彼らを見つめるだけだ。

「ちっ、雑魚が一人増えただけか。手間かけさせやがって」
盗賊が舌打ちし、短剣を構え直す。

「おい、そこのヒーラーちゃんも、こいつもまとめて殺っちまえ」
リーダー格の重戦士がそう命じた瞬間、三人の意識が完全に俺と少女へと向いた。これでいい。
俺は彼らに背を向け、一目散に森の奥へと走り出した。

「おい、逃げる気か! 逃がすかよ!」
「獲物が自分から走ってくれるとは、手間が省けたぜ!」

背後から、荒々しい声と地を蹴る音が迫ってくる。
俺はAGIに振った俊足を最大限に活かし、木々の間を縫うように疾走する。狙いは、先ほど確認したグリズリーの寝ぐらだ。

「速えな、あいつ!」
「AGI特化の雑魚か! どうせ攻撃はスッカスカだ!」

彼らの分析は正しい。俺に攻撃力はない。
だが、問題ない。攻撃するのは、俺じゃないからだ。

数分間、全力で走り続ける。背後のPKたちとの距離は、付かず離れずといったところ。彼らも、俺がただ逃げているだけだと思っているのだろう。油断と侮りが、その足取りから見て取れた。

やがて、目的の洞窟が見えてきた。
周囲の空気が、気のせいか少し重くなったように感じる。高レベルモンスターが放つ、独特のプレッシャーだ。

「ここまでだ、ネズミ野郎!」
背後から重戦士の怒声が飛んでくる。彼がスキルを発動したのだろう、足元が光り、その速度が一気に増した。
まずい、追いつかれる。

だが、それも計算のうちだ。
俺は洞窟の入り口まであと数メートルというところで、進行方向を直角に変えた。そして、洞窟のすぐ脇にそびえる、巨大な岩――高さ5メートルはあろうかという一枚岩――に向かって、一直線に突っ込む。

「ハッ、頭でも打ったか!」
PKたちが嘲笑する。壁に激突して自滅すると思ったのだろう。

その刹那、俺はスキルを発動した。
「【テクスチャ・ウォーク】」

視界がワイヤーフレームへと切り替わる。
モノクロの世界に浮かび上がる、岩のポリゴンの継ぎ目。その緑色の光の線に、俺は躊躇なく身体を滑り込ませた。
ズブリ、という奇妙な感覚と共に、俺の身体は巨大な岩の中へと完全に吸収される。
PKたちの視界から、俺の姿は忽然と消えた。

「なっ!? 消えた!?」
「どこ行った! ステルスか!?」

PKたちが混乱の声を上げる。だが、彼らが俺の行方を探す余裕は、既になかった。
俺が彼らをここまで誘導し、大声で騒ぎ立てたことで、洞窟の主はとっくに目を覚ましていた。

グオオォォッ!

地を揺るがすような、凄まじい咆哮。
洞窟の暗闇から現れたのは、巨大な熊のモンスターだった。その体躯は大型トラックほどもあり、血のように赤い目が、縄張りを荒らす侵入者――PKの三人組――を憎悪に満ちた瞳で捉えていた。

フォレスト・グリズリー。レベルは推定50。
初心者ゾーンにいていい存在ではない。

「な、なんだこいつ!?」
「聞いてねえぞ! こんなモンスターがいるなんて!」
「ひっ……!」

PKたちの顔から血の気が引いていく。
黒魔道士が慌ててファイアボールを放つが、グリズリーの分厚い毛皮はそれを容易く弾き返し、ダメージログには「1」という絶望的な数字が浮かんだだけだった。

βテストで確認したAIの穴。それは、「最初にヘイトを稼いだ対象が視界から完全に消え、索敵範囲内に別の対象が存在する場合、ヘイトが即座に最も近くの対象へと移る」というものだ。
俺は石を投げ、彼らのヘイトを稼ぎ、ここまで誘導した。そして、【テクスチャ・ウォーク】で完全に姿を消した。
結果、グリズリーの全ての敵意は、今、目の前にいるPK三人組へと向けられている。

「に、逃げろおおお!」
重戦士が情けない悲鳴を上げて逃げ出そうとするが、もう遅い。
グリズリーが振り下ろした巨大な爪が、彼の自慢のプレートアーマーを紙のように引き裂いた。一撃。それだけで、重戦士のアバターは夥しいダメージエフェクトと共に砕け散り、光の粒子となって消滅した。

残る二人も、なすすべはなかった。
盗賊は俊敏さを活かして逃げようとしたが、グリズリーの突進に追いつかれ、巨大な顎で噛み砕かれる。
黒魔道士は、恐怖で足がすくんだのか、その場から一歩も動けず、振り下ろされた二撃目の爪によって、仲間たちの後を追った。

阿鼻叫喚の地獄絵図は、ほんの数十秒で終わりを告げた。
グリズリーは、侵入者を全て排除したことに満足したのか、一つ大きなあくびをすると、再びのっそりと洞窟の中へと戻っていく。

静寂が森に戻ったのを確認し、俺はゆっくりと岩の中から姿を現した。
服についたホコリを払いながら周囲を見渡すと、そこには呆然と立ち尽くす、あのヒーラーの少女がいた。
彼女は、PKたちがいた場所と、何事もなかったかのように岩から出てきた俺とを、信じられないものを見る目で交互に見比べている。

「……終わったぞ」
俺は、ぶっきらぼうにそう言った。
少女はビクッと肩を震わせ、ようやく我に返ったようだった。

「あ、あの……今のは……?」
声が震えている。無理もないだろう。いきなり現れた男が、化け物を利用して格上のプレイヤーを一方的に蹂躙したのだ。恐怖を感じるのが普通の反応だ。

「環境利用だ。見ての通り」
俺は簡潔に答える。説明するのも面倒だった。
少女はまだ混乱しているようだったが、やがて、俺が彼女を助けるためにやったことだと理解したらしい。彼女は深々と、頭を下げた。

「あ、ありがとうございました! 私、もうダメかと思ったので……!」
「別に。あんたのためじゃない。ああいう奴らが気に食わなかっただけだ」
素直に礼を言われると、どうにもむず痒い。俺は視線を逸らしながら、そっけなく返す。

「でも、助けてくださったのは事実です! 本当に、ありがとうございます!」
少女は顔を上げ、花が綻ぶような笑顔を見せた。
その屈託のない表情に、俺は少しだけ、調子を狂わされる。

「私、リリィって言います。あなたは?」
「……マコトだ」
「マコトさん、ですね! あの、もしよかったら、このお礼に何か……そうだ、街までご一緒してもいいですか? 回復なら、いつでもかけられますから!」

パーティの誘い。
本来なら、即座に断るところだ。俺はソロで、気ままにバグを探すのが性に合っている。
だが、リリィと名乗った少女の、純粋な好意に満ちた瞳に見つめられていると、「いらない」という言葉が喉の奥に引っかかって出てこなかった。

「……好きにすればいい」
結局、俺の口から出たのは、そんな曖昧な許可だった。
リリィは「はい!」と嬉しそうに頷くと、俺の半歩後ろを、ちょこちょことついて歩き始めた。
静かだったはずの帰り道が、急に賑やかになったような気がして、俺は小さくため息をついた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

この世界にダンジョンが現れたようです ~チートな武器とスキルと魔法と従魔と仲間達と共に世界最強となる~

仮実谷 望
ファンタジー
主人公の増宮拓朗(ましみやたくろう)は20歳のニートである。 祖父母の家に居候している中、毎日の日課の自宅の蔵の確認を行う過程で謎の黒い穴を見つける。 試にその黒い穴に入ると謎の空間に到達する。 拓朗はその空間がダンジョンだと確信して興奮した。 さっそく蔵にある武器と防具で装備を整えてダンジョンに入ることになるのだが…… 暫くするとこの世界には異変が起きていた。 謎の怪物が現れて人を襲っているなどの目撃例が出ているようだ。 謎の黒い穴に入った若者が行方不明になったなどの事例も出ている。 そのころ拓朗は知ってか知らずか着実にレベルを上げて世界最強の探索者になっていた。 その後モンスターが街に現れるようになったら、狐の仮面を被りモンスターを退治しないといけないと奮起する。 その過程で他にもダンジョンで女子高生と出会いダンジョンの攻略を進め成長していく。 様々な登場人物が織りなす群像劇です。 主人公以外の視点も書くのでそこをご了承ください。 その後、七星家の七星ナナナと虹咲家の虹咲ナナカとの出会いが拓朗を成長させるきっかけになる。 ユキトとの出会いの中、拓朗は成長する。 タクロウは立派なヒーローとして覚醒する。 その後どんな敵が来ようとも敵を押しのける。倒す。そんな無敵のヒーロー稲荷仮面が活躍するヒーロー路線物も描いていきたいです。

【超速爆速レベルアップ】~俺だけ入れるダンジョンはゴールドメタルスライムの狩り場でした~

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
ダンジョンが出現し20年。 木崎賢吾、22歳は子どもの頃からダンジョンに憧れていた。 しかし、ダンジョンは最初に足を踏み入れた者の所有物となるため、もうこの世界にはどこを探しても未発見のダンジョンなどないと思われていた。 そんな矢先、バイト帰りに彼が目にしたものは――。 【自分だけのダンジョンを夢見ていた青年のレベリング冒険譚が今幕を開ける!】

フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件

遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。 一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた! 宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!? ※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

強制ハーレムな世界で元囚人の彼は今日もマイペースです。

きゅりおす
SF
ハーレム主人公は元囚人?!ハーレム風SFアクション開幕! 突如として男性の殆どが消滅する事件が発生。 そんな人口ピラミッド崩壊な世界で女子生徒が待ち望んでいる中、現れる男子生徒、ハーレムの予感(?) 異色すぎる主人公が周りを巻き込みこの世界を駆ける!

異世界宇宙SFの建艦記 ――最強の宇宙戦艦を建造せよ――

黒鯛の刺身♪
SF
主人公の飯富晴信(16)はしがない高校生。 ある朝目覚めると、そこは見たことのない工場の中だった。 この工場は宇宙船を作るための設備であり、材料さえあれば巨大な宇宙船を造ることもできた。 未知の世界を開拓しながら、主人公は現地の生物達とも交流。 そして時には、戦乱にも巻き込まれ……。

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

処理中です...