バグズ・グリモワール・オンライン 〜エラー報告が趣味の俺、バグを喰らう魔書(グリモワール)を授かり最強のイレギュラーになる〜

夏見ナイ

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第13話 錬金術師の知的好奇心

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『ラグナロク』の追跡隊を鮮やかに撒いた俺は、何事もなかったかのように錬金術師ギルドの前に立っていた。
不気味なガーゴイルの石像が飾られた、重厚な鉄の扉。その隙間からは、様々な薬品が混じり合ったような、鼻を突く独特の匂いが漏れ出してきている。一般プレイヤーが好んで立ち入るような場所ではなさそうだ。それが、今の俺にとっては好都合だった。

俺は扉を押し開け、中へと足を踏み入れた。
ギルドの中は、薄暗く、混沌としていた。
天井からは用途不明のフラスコや天球儀が吊るされ、壁際には怪しげな色の液体が入った瓶がぎっしりと並んでいる。床には魔法陣の描き損じのようなものが無数に残り、あちこちで小さな爆発が起きたり、紫色の煙が上がったりしていた。
ここにいるNPCたちも、一癖も二癖もありそうな連中ばかりだ。髪を逆立てたまま何かの薬品をかき混ぜている者、ブツブツと独り言を呟きながら壁に向かって数式を書いている者。誰もが自分の研究に没頭し、新しく入ってきた俺には一瞥もくれない。

「さて、お目当ての『アルバス』はどこにいるか」

俺はギルドの中をゆっくりと歩き回り、目当ての人物を探した。
老人NPCの話によれば、「インクの匂いを嗅いだだけで成分を言い当てるほどの変人」。その特徴を頼りに探すと、すぐに見つかった。
ギルドの最も奥まった一角。他の誰とも関わろうとしない、隔離されたような実験スペースで、一人の男が巨大な蒸留器と睨めっこをしていた。
白衣は煤と薬品の染みで汚れ、無精髭は伸び放題。だが、その目は少年のようにキラキラと輝き、目の前の実験に全ての意識を注いでいるのが分かった。おそらく、彼がアルバスだろう。

俺はタイミングを見計らい、彼に声をかけた。
「すみません、アルバスさんでしょうか」
「……」
返事はない。彼は蒸留器のメーターから一瞬たりとも目を離さない。
「少し、お伺いしたいことが……」
「邪魔をするな。今、世界の真理が生まれようとしている瞬間に、俗世の雑事で我を煩わせるでないわ」
アルバスは、こちらを見向きもせずに、低い声でそう言い放った。
予想通りの、偏屈な天才。正攻法での対話は、時間の無駄だと判断した。

俺は周囲に他のプレイヤーがいないことを確認する。この混沌としたギルド内では、俺の行動に注意を払う者など誰もいない。
絶好の機会だ。俺は懐から『古びた設計図』を取り出し、アルバスに聞こえるように、わざとらしく呟いた。
「……困ったな。この古代技術、解読できる者など、この世に存在しないのだろうか。星屑のインクで描かれた、失われた時代のオーバーテクノロジー。その謎が、永遠に解き明かされないとは、なんとも残念なことだ」

俺の独り言に、アルバスの耳がピクリと動いた。
『星屑のインク』『古代技術』。俺が老人NPCから引き出したキーワードを、彼の耳に直接インプットする。
そして、ダメ押しとばかりに、俺はスキルを発動した。

「【ゴースト・プロンプト】」
彼の背後から、そっと命令を囁く。
今回は、単純な命令ではない。彼の根源的な欲求――「知的好奇心」を刺激する、トリガー型のプロンプトだ。

――『目の前の謎を解き明かしたい』

アルバスのAIに、俺の命令が割り込む。
それは、彼にとって、天啓にも等しい「ひらめき」として認識されたはずだ。
今まで没頭していた蒸留器のことなど、すっかり頭から抜け落ちたように、彼はガバリと顔を上げた。そして、獲物を見つけた肉食獣のような目で、俺が手に持つ設計図を睨みつけた。

「……貴様、今、何と言った?」
声が震えている。興奮を抑えきれていない。
「星屑のインクだと? 失われた技術? 馬鹿な、現存するはずが……。見せろ、それを今すぐ私に見せろ!」
アルバスは俺の手から設計図をひったくると、作業台の上に広げ、食い入るようにそれを観察し始めた。
その姿は、もはや俺のことなど眼中にない、純粋な探求者のそれだった。

「おお……おおお! 間違いない! この微かなエーテルの香り、この文字の筆跡! これは、我が友、伝説の宝飾職人マイスター・ゲオルグの……! 彼が生涯をかけて追い求めた、究極の錬金術と工学の融合!」
アルバスは、まるで恋人に会えたかのように、設計図を撫でながら恍惚の表情を浮かべている。
俺の目論見は、完璧に成功した。

彼はすぐさま、様々な色の粉末や液体を取り出し、手慣れた様子で調合を始めた。出来上がった緑色の液体を設計図の文字の上に一滴垂らすと、今まで読めなかった古代文字が、まるでブラックライトに照らされたように、淡い光を放ち始めた。

「ふむ、ふむ……なるほど、これはただの水道橋の設計図ではないぞ」
アルバスは、解読しながら興奮気味に解説を始めた。俺が尋ねてもいないのに。
「これは、『マナ循環システム』の基幹設計図だ。この世界の魔力――マナの流れを、地下水脈のように利用し、都市の動力源として安定供給するための、壮大なシステム。アルモニカ大水道は、その実験施設の一つに過ぎん!」

マナ循環システム。
世界の根幹に関わる、巨大なインフラ。その存在が明らかになっただけでも、大きな収穫だった。
だが、アルバスの発見は、それだけでは終わらなかった。

「……む?」
彼の顔つきが、急に険しくなる。
「おかしいぞ……。この部分の構造計算式が、明らかに間違っている。ゲオルグほどの男が、こんな初歩的なミスを犯すはずがない。まるで、誰かが意図的に、この設計図を『不完全』なものに書き換えたかのようだ……」
彼は指で、設計図の一角をなぞる。
そこには、他の部分とは明らかに筆跡が違う、取ってつけたような修正の跡があった。

「これは……『ノイズ・キャンセラー』の回路を、わざとショートさせるための改竄だ。これをこのまま作動させれば、循環するマナに不純物――いわば『淀み』が混じり、システム全体が汚染されて暴走する。何という悪意に満ちた細工だ……!」

――ノイズ。淀み。汚染。
俺の脳裏に、あの黒いバグの光景がフラッシュバックした。
そして、俺の手に持つ『バグズ・グリモワール』が、微かに、しかし確かに、脈動を始めた。
この「設計図の改竄」そのものを、新たな「歪み」として認識したのだ。

「この改竄を施した者は、天才だ。だが、邪悪な天才だ。システムの根幹を理解し、その上で、最小限の書き換えで最大限の破壊を生み出そうとしている。まるで、美しい芸術品に、一滴の毒を垂らすような……」
アルバスは、悔しそうに歯噛みした。

その時だった。
グリモワールのページが、ひとりでに開かれる。
黒いバグを喰らった二ページ目の隣、空白だった三ページ目に、新たな魔法陣が描き込まれていく。それは、スキルではなかった。
描き込まれたのは、一つのアイテムの「設計図」だった。

──────────────
【アイテムレシピ】歪みの観測レンズ
【効果】世界の歪み(バグ)を可視化し、その発生源を追跡することが可能になる。
【必要素材】
・高純度マナ・クリスタル × 3
・スターダスト・シルバー × 1
・??? × 1
──────────────

最後の素材の部分だけが、文字化けしたように表示され、読むことができない。
だが、俺は、この世界を蝕む『ノア』の悪意に対抗するための、新たな武器を手に入れたのだ。

「……アルバスさん」
俺は、まだ設計図に没頭している彼に声をかけた。
「この改竄を、修復する方法はありますか?」
「修復……? 無理だ。この回路の核心部分は、特殊な合金で作られている。その合金の精錬法は、ゲオルグと共に失われた。もはや、再現は不可能だ」
アルバスは、力なく首を振った。

だが、俺は諦めない。
俺のグリモワールが、新たな道を示してくれている。
「では、その『特殊な合金』の現物や、その手がかりが残っている場所は?」

俺の問いに、アルバスはハッとしたように顔を上げた。
「……そうか。一つだけ、心当たりがある。街の西にある『廃棄された鉱山』。そこは、ゲオルグが実験のために様々な金属を採掘していた場所だ。もしかしたら、彼の工房の跡が、まだ残っているやもしれん……」

廃棄された鉱山。
次の目的地が、決まった。

俺はアルバスに礼を言うと、錬金術師ギルドを後にした。
一方、その頃。
『ラグナロク』のギルドハウスでは、追跡隊からの報告を受けたヴォルフガングが、苦虫を噛み潰したような顔で地図を睨んでいた。

「商業地区のデパートで、壁を抜けて消えた、だと……?」
「はっ。我々の目にも、そうとしか……。魔法やスキルを使った形跡はなく、まるで幽霊のように……」
報告する隊員の声が、恐怖に震えている。

ヴォルフガングは、深く息を吐いた。
「……もはや、小手先の追跡は意味をなさんか」
彼の認識は、完全に変わっていた。
プレイヤー『マコト』は、チーターやバグユーザーという矮小な存在ではない。
彼は、この世界の物理法則そのものに干渉する、規格外のイレギュラーだ。

「奴の監視は続ける。だが、目的を変える」
ヴォルフガングは立ち上がり、ギルドのメンバーたちを見渡した。
「これより、マコトを『敵』ではなく『観測対象』とする。彼が次にどこへ向かい、何をするのか。その行動の全てが、この世界を蝕む『黒いバグ』の謎を解く鍵となる可能性がある。彼の行く先で起きる全ての事象を、詳細に記録し、報告せよ」

それは、最強ギルドのプライドを捨てた、苦渋の決断だった。
だが、世界の危機の前では、些細なことだった。
ヴォルフガングは、窓の外に広がるアルモニカの街並みを見下ろしながら、静かに呟いた。

「マコト……。貴様が何者かは知らん。だが、貴様のその力が、この世界に更なる混沌をもたらすというのなら――」

彼の瞳に、再び王者の闘志が宿る。
俺と『ラグナロク』。
二つの歪んだ運命が、今はまだ知らぬ互いの思惑を乗せて、複雑に絡み合い始めていた。
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