バグズ・グリモワール・オンライン 〜エラー報告が趣味の俺、バグを喰らう魔書(グリモワール)を授かり最強のイレギュラーになる〜

夏見ナイ

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第21話 王道と奇策の協奏曲

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中央制御室の第一隔壁が、一つの巨大な生命体のように覚醒した。
壁面に埋め込まれた無数の砲門が、赤い光を宿して一斉に俺たちを捉える。そのプレッシャーは、これまで戦ってきたどんなモンスターとも比較にならない、絶対的な拒絶のオーラを放っていた。

「……パーティーは揃った、か」
俺はヴォルフガングの言葉に応じるように、不敵に笑ってみせた。
「せいぜい、足手まといにだけはなるなよ、キング」
「その言葉、貴様にそっくり返してやる、イレギュラー」
俺たちの間で、見えない火花が散る。敵でも味方でもない、ただ共通の壁を前にした、二人の挑戦者。

最初に動いたのは、ヴォルフガントだった。彼の戦いは、常に先手必勝。
「全隊、戦闘用意! 盾役は前面! 魔法障壁(マジックバリア)を展開し、初期攻撃を凌ぐ! 魔法部隊、詠唱開始!」
王の号令一下、『ラグナロク』という名の完璧な戦闘機械が動き出す。
三人の盾役が最前線に立ち、それぞれの盾から放たれた光が重なり合い、巨大な半透明の障壁を形成した。

その直後、隔壁の砲門が一斉に火を噴いた。
凄まじい数のレーザービームが、光の雨となって降り注ぐ。
ズガガガガガッ!
魔法障壁が、レーザーの嵐を受けて激しくきしみ、ガラスにひびが入るように亀裂が走った。盾役たちの顔が苦痛に歪み、HPゲージがみるみるうちに削られていく。

「ヒーラー! タンクのHPを維持しろ!」
後方から、聖なる光が絶え間なく降り注ぎ、砕け散る寸前の障壁を内側から支える。
まさにその時、魔法部隊の詠唱が完了した。
「放て(ファイア)!」
炎、氷、雷。色とりどりの最大級の攻撃魔法が、一つの巨大な奔流となって隔壁へと叩きつけられた。
轟音と共に、爆炎が空洞全体を包み込む。

だが――。
煙が晴れた時、そこに現れた隔壁には、傷一つついていなかった。
表面に施された、未知のエネルギーフィールドが、全ての魔法を完全に無効化したのだ。
「なっ!?」
「我々の最大火力が、通用しないだと……!」
『ラグナロク』のメンバーたちに、初めて動揺が走った。

「怯むな! 第二波、来るぞ!」
ヴォルフガントが檄を飛ばす。
隔壁は、今度は無数の小型ミサイルを発射してきた。ミサイルは魔法障壁を巧みに避け、後衛の魔法部隊やヒーラーたちを狙って襲い掛かる。
「遊撃部隊! ミサイルを迎撃しろ!」
盗賊や軽戦士たちが、神業のような動きでミサイルを斬り落としていくが、その全てを捌ききることはできない。
数発のミサイルが後衛に着弾し、爆発と共に悲鳴が上がった。

王道戦術が、圧倒的な物量の前に、じりじりと押し込まれていく。
俺は、その一連の攻防を、冷静に、そして冷徹に分析していた。
「……リリィ、俺から離れるな」
俺は短く告げると、戦闘の輪から少し離れた場所へと移動する。
俺の視線は、隔壁そのものではなく、その周囲の壁や床に伸びる、無数のエネルギーケーブルに注がれていた。

『――……エネルギー……ノ……ナガレ……』
懐のグリモワールが、微かな声でヒントをくれる。
そうだ。あの隔壁は、単体で動いているわけではない。この『マナ循環システム』全体から、莫大なエネルギーの供給を受けている。ならば、攻撃すべきは、鉄壁の扉ではない。その生命線である、エネルギー供給ラインだ。

俺は【歪みの観測レンズ】を構え、隔壁へと向けた。
MPがごっそりと吸い取られる感覚。視界が切り替わり、世界がマナの流れを示す光の線で満たされる。
そして、俺は発見した。
無数にあるケーブルの中で、ひときわ太く、強力なエネルギーを隔壁へと供給している、三本のメインケーブルを。それらは、床下のメンテナンス用ダクトを通って、隔壁の左右と中央下部に接続されている。

「ヴォルフガング!」
俺は、前線で指揮を執る彼に向かって叫んだ。
「あんたたちの攻撃は無駄だ! あの扉は、自己修復機能付きのエネルギーフィールドで守られている!」
「何だと!? ならば、どうするというのだ!」
「生命線を断つ! あの扉に繋がる、三本のメインケーブルを破壊しろ!」
俺は、レンズ越しに見えるケーブルの位置を、正確に指し示した。

「床下だと!? そんなものを、どうやって……」
「床ごと、ぶち抜くんだよ!」
俺の常識外れの提案に、ヴォルフガントは一瞬、言葉を失った。だが、彼はもはや、俺の奇策に驚きはしない。彼は、俺がただのハッタリで物を言う男ではないことを、既に理解していた。
彼は、一瞬だけ逡巡した後、腹を括ったように叫んだ。

「……面白い! その狂った作戦、乗ってやる!」
彼は、俺が指し示した三点に、それぞれ部隊を配置する。
「第一、第二部隊は左右のポイントへ! 第三部隊は中央! 俺も行く!」
ヴォルフガント自身も、白銀の剣を構え、中央のポイントへと走る。
「合図と同時に、床に向かって、最大火力のスキルを叩き込め! 周囲の者は、援護を徹底しろ!」

王の決断は、絶対だ。
『ラグナロク』のメンバーたちは、戸惑いながらも、その奇妙な命令に従う。
俺は、三つの部隊が配置に着いたのを確認し、大きく息を吸った。
「――今だッ!」

俺の合図と同時に、三方向から、凄まじい破壊の光が床へと叩きつけられた。
ヴォルフガントの【ルナティック・エンド】、重戦士たちの【グランドクラッシャー】、魔道士たちの集中砲火。
ゴゴゴゴゴゴッ!!
ダンジョン全体が、崩壊するのではないかというほどの衝撃に揺れる。
分厚い金属の床が、凄まじいエネルギーによって砕け散り、その下にあったメインケーブルが、火花を散らしながら剥き出しになった。

《警告。エネルギー供給ラインに、深刻なダメージを検知。緊急防御モードに移行》
隔壁から、合成音声が響き渡る。
表面を覆っていたエネルギーフィールドが、不安定に明滅し始めた。

「よし! フィールドが弱まったぞ! 総員、隔壁本体を攻撃しろ!」
ヴォルフガントが、勝利を確信したように叫んだ。
だが、俺は、まだ終わらないことを知っていた。

「甘いぞ、キング! そいつは、最後の悪あがきをする!」
俺の警告と同時に、隔壁中央の巨大なレンズが、不気味な赤黒い光をチャージし始めた。
《最終防衛シークエンス、起動。対消滅エネルギー砲、発射準備》
これまでとは比較にならない、絶望的なまでのエネルギー反応。あれを喰らえば、『ラグナロク』といえど、一瞬で消滅するだろう。

「くそっ、間に合わんか……!」
ヴォルフガントが、悔しそうに歯噛みする。
だが、これも俺の計算のうちだった。

「リリィ!」
「はい!」
俺は、リリィを伴い、エネルギー充填中の巨大レンズに向かって、一直線に走り出した。
「マコト、貴様、何を!?」
「主砲の発射口は、最大の弱点だ! エネルギーが集中する今なら、内部から破壊できる!」

俺は、チャージ中のレンズの前に立つと、リリィに向き直った。
「今から、俺のMPが尽きるまで、あんたの持てる全ての回復魔法を、俺に叩き込み続けろ! 一瞬でもいい、躊躇うな!」
「え……? 回復を、ですか……?」
「いいからやれ! 信じろ!」
リリィは、一瞬戸惑ったが、すぐに俺の瞳の中にある覚悟を読み取った。彼女はこくりと頷くと、杖を俺に突きつけ、全力で【ヒール】の詠唱を始めた。

俺は、自分のステータスウィンドウを開き、HPゲージを見つめる。
そして、次の瞬間、俺は信じられない行動に出た。
俺は、自分の腹に、自らショートソードを深々と突き立てた。

「ぐっ……!」
激痛と共に、俺のHPが凄まじい勢いで減少していく。
「マコトさん!?」
リリィの悲鳴が上がるが、彼女は俺の命令通り、【ヒール】を止めない。
減っていくHPと、回復していくHP。
俺のHPゲージは、ゼロになる寸前で、激しく明滅を繰り返した。

これは、俺がかつて別のゲームで発見した、禁断のバグ技。
HPが特定の値以下で、回復とダメージを同時に受けた場合、システムの演算処理にオーバーフローが発生し、キャラクターが一時的に「無敵状態」になるというものだ。
俺の体が、淡い光に包まれる。

《対消滅エネルギー砲、発射――》
巨大なレンズから、世界そのものを白く染め上げるほどの、絶大な破壊の光が放たれた。
それは、俺とリリィを、そして後方の『ラグナロク』をも飲み込まんと、全てを薙ぎ払う。

だが。
光の奔流は、俺の体に当たった瞬間、まるで幻のように、その向こう側へとすり抜けていった。
バグによって、俺の存在判定そのものが、一時的に消失しているのだ。
俺は、その破壊の光の奔流の中を、まるで散歩でもするかのように、ゆっくりと巨大レンズへと歩いていく。

「……な……」
「……ありえない……」
後方で、ヴォルフガントたちが、信じがたい光景に言葉を失っているのが気配で分かった。

俺は、レンズの目の前までたどり着くと、『バグズ・グリモワール』を突きつけた。
「チェックメイトだ、鉄クズ野郎」

グリモワールが、砲口から逆流する膨大なエネルギーを、貪欲に喰らい始める。
エネルギーの供給源と排出口を同時に塞がれた隔壁は、内部でエネルギーが暴走し、凄まじい悲鳴のような金属音を上げた。
やがて、その巨体は限界を迎え、中心から亀裂が走り――

――大爆発を起こした。

爆風と衝撃が、空洞全体を襲う。
俺は、無敵時間が切れると同時に、リリィを抱えてその場に伏せた。

やがて、嵐が過ぎ去り、静寂が戻る。
目の前にあった巨大な隔壁は、跡形もなく消え去り、その向こう側に、中央制御室へと続く、静かな通路が口を開けていた。
俺たちは、勝ったのだ。

俺は、疲労困憊のヴォルフガントと、視線を交わした。
言葉はいらない。
互いの健闘を称えるように、ただ、静かに頷き合った。
王道と奇策の協奏曲は、今、見事に終演を迎えた。
だが、これはまだ、序曲に過ぎない。
俺たちの本当の戦いは、この扉の向こう側で、静かに幕を開けようとしていた。
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