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第68話 暴かれる正体
イザベラとリリアが黒い光の柱へとその身を投じようとした、まさにその時。
地下聖堂全体が、これまでとは比較にならないほどの激しい揺れに見舞われた。
天井から巨大な岩塊がいくつも落下し、床の魔法陣が眩い光を放って明滅する。異界への「門」が、完全に開こうとしていた。
光の柱の中心、空間の歪みの向こう側に、冒涜的なまでの巨大な「何か」の影が蠢いているのが見えた。それは一つ目の巨人のようでもあり、無数の触手を持つ軟体生物のようでもあった。人の理性では到底理解できない、混沌そのものが形を成したかのような古き神々の王。その存在がこの世界に降臨するまで、あと数秒。
「今だ! 行くぞ!」
レオナルドの咆哮が合図だった。
彼は娘の覚悟を無駄にしないため、自らの役目を果たすべくその身を躍らせた。アルフォンス王子とダミアンもまた恐怖を闘志に変え、それぞれの武器を構えて続く。彼らの役目はあの「何か」が完全に門を通り抜けるのを一瞬でも遅らせること。それは神に戦いを挑むに等しい、あまりにも無謀な突撃だった。
「はっはっは! 愚かな虫ケラどもめ! 神の御前にひれ伏すがいい!」
祭壇の上で、仮面の男が高らかに笑う。その目は歓喜に爛々と輝いていた。だが、その笑みが凍りつくのに時間はかからなかった。レオナルドたちが一直線に「門」へと向かうと誰もが思った、その瞬間。三人はまるで示し合わせたかのように、進路を三方向へと急変させたのだ。
レオナルドは右へ。アルフォンスは左へ。そしてダミアンは、中央を直進する。その動きは敵の注意を引きつけ撹乱するための、完璧な陽動だった。
「なっ……!?」
仮面の男が一瞬だけ反応に遅れる。そのコンマ数秒の隙こそが、この戦いの勝敗を分ける決定的な隙だった。
中央を突っ切ったダミアンの真の狙いは、「門」ではなかった。彼の足元、床に描かれた巨大な魔法陣。その最も魔力が集中する一点めがけて、彼は渾身の力で大剣を振り下ろした。
「喰らいやがれえええっ! グランド・クラッシャー!」
剣先が床を砕いた瞬間、魔法陣の一部が物理的に破壊され、エネルギーの流れが大きく乱れた。黒い光の柱が一瞬だけ大きく揺らぐ。
「小賢しい真似を!」
仮面の男がダミアンを排除しようと黒い雷を放つ。だがその雷がダミアンに届くことはなかった。左右に展開したレオナルドとアルフォンスが、寸分の狂いもないタイミングで氷の盾と光の障壁を展開し、その攻撃を完全に相殺したのだ。それは絶対的な信頼がなければ不可能な神業の連携だった。そしてその一瞬の攻防が生み出した、ほんのわずかな時間の猶予。それこそが二人の少女が待ち望んでいた唯一の好機だった。
「今ですわ!」
イザベラの声が響く。
彼女はリリアの手を固く握りしめ、魔力の奔流がわずかに弱まった光の柱の中心へとその身を投じた。
「ぐっ……!」
全身を無数の刃で切り刻まれるかのような激痛が襲う。だがイザベラは歯を食いしばり耐えた。そして残る全ての魔力を解放する。
「展開! 絶対守護領域(アイギス・サンクチュアリ)!」
彼女の体から溢れ出した純粋な魔力が、黒い奔流の中でドーム状の小さな安全地帯を作り出した。その内側でリリアは傷一つなく守られていた。
「リリアさん! お願いします!」
「はい!」
リリアは涙をこらえ頷いた。彼女は両手を天に掲げ、その小さな体に宿る全ての聖なる力を解き放つべく祈りの詠唱を始める。その姿はあまりにも神々しく、そして儚かった。
仮面の男はその光景にようやく気づき、顔を歪めた。
「あの小娘……! 儀式の楔を直接破壊する気か! させるものか!」
男は祭壇から飛び降り、少女たちへと向かおうとした。だがその行く手を、氷の壁が阻んだ。レオナルドだった。
「貴様の相手は、俺だ」
氷の公爵は、その鋼色の瞳に絶対零度の殺意を宿して静かに立ちはだかっていた。
「邪魔をするな、公爵! 貴様などに我が主の偉大なる計画を止められはしない!」
「計画、だと? 娘の命を弄び、世界を混沌に陥れる。それが貴様の言う偉大な計画か」
レオナルドはゆっくりと剣を構えた。
「俺は貴様を許さん。エルグランド家の名において、いや、ただ一人の父親として貴様をここで裁く」
二人の絶対者が激突した。仮面の男が操る混沌の魔術と、レオナルドが振るう秩序の氷剣。その戦いは神々の闘争のように地下聖堂そのものを揺るがした。だが男の心には焦りが生まれていた。リリアの詠唱が最終段階に近づいている。彼女の体から放たれる聖なる光は儀式の邪悪な魔力を、確実に相殺し始めていたのだ。このままでは儀式が失敗する。
「ええい、忌々しい!」
男は最後の手段に出た。彼は自らの仮面に手をかけると、それをゆっくりと剥ぎ取った。その下に現れた素顔を見て、レオナルドは、そしてその戦いを遠巻きに見ていたアルフォンス王子は、信じられないものを見るように目を見開いた。
「……嘘だろ」
アルフォンスの唇から絶望の声が漏れた。
そこに立っていたのは見知らぬ男ではなかった。アルフォンスが幼い頃から師と仰ぎ、誰よりも信頼していた側近の一人。常に穏やかな笑みを絶やさず、王国の未来を憂いていたはずのあの男。
「……財務卿……。なぜ貴方が……」
国王の最も信頼厚い臣下の一人であり、保守派の重鎮であったはずの男、財務卿アスター。彼こそがウロボロスの首魁。全ての陰謀を裏で操っていた真の黒幕だった。
「驚いたかね、王子殿下。そして公爵閣下」
アスターは、その人の好さそうな顔に歪んだ笑みを浮かべた。
「これも全て、この腐りきった王国を一度無に還すため。王家に連なる者でありながら、その血の呪いに見捨てられた我が一族の、長年の悲願を果たすためよ!」
彼の瞳には狂信的な光が宿っていた。その言葉の裏に隠された王家への深い憎悪と歪んだ選民思想。その全てがこの国を根底から覆そうとする恐るべき動機となっていたのだ。
「貴様……!」
レオナルドが怒りに身を任せ斬りかかろうとした、その瞬間。リリアの詠唱が完了した。彼女の体から太陽そのもののような巨大な光の球体が放たれる。
「今ですわ! 皆さん!」
イザベラの最後の叫びが響き渡った。
地下聖堂全体が、これまでとは比較にならないほどの激しい揺れに見舞われた。
天井から巨大な岩塊がいくつも落下し、床の魔法陣が眩い光を放って明滅する。異界への「門」が、完全に開こうとしていた。
光の柱の中心、空間の歪みの向こう側に、冒涜的なまでの巨大な「何か」の影が蠢いているのが見えた。それは一つ目の巨人のようでもあり、無数の触手を持つ軟体生物のようでもあった。人の理性では到底理解できない、混沌そのものが形を成したかのような古き神々の王。その存在がこの世界に降臨するまで、あと数秒。
「今だ! 行くぞ!」
レオナルドの咆哮が合図だった。
彼は娘の覚悟を無駄にしないため、自らの役目を果たすべくその身を躍らせた。アルフォンス王子とダミアンもまた恐怖を闘志に変え、それぞれの武器を構えて続く。彼らの役目はあの「何か」が完全に門を通り抜けるのを一瞬でも遅らせること。それは神に戦いを挑むに等しい、あまりにも無謀な突撃だった。
「はっはっは! 愚かな虫ケラどもめ! 神の御前にひれ伏すがいい!」
祭壇の上で、仮面の男が高らかに笑う。その目は歓喜に爛々と輝いていた。だが、その笑みが凍りつくのに時間はかからなかった。レオナルドたちが一直線に「門」へと向かうと誰もが思った、その瞬間。三人はまるで示し合わせたかのように、進路を三方向へと急変させたのだ。
レオナルドは右へ。アルフォンスは左へ。そしてダミアンは、中央を直進する。その動きは敵の注意を引きつけ撹乱するための、完璧な陽動だった。
「なっ……!?」
仮面の男が一瞬だけ反応に遅れる。そのコンマ数秒の隙こそが、この戦いの勝敗を分ける決定的な隙だった。
中央を突っ切ったダミアンの真の狙いは、「門」ではなかった。彼の足元、床に描かれた巨大な魔法陣。その最も魔力が集中する一点めがけて、彼は渾身の力で大剣を振り下ろした。
「喰らいやがれえええっ! グランド・クラッシャー!」
剣先が床を砕いた瞬間、魔法陣の一部が物理的に破壊され、エネルギーの流れが大きく乱れた。黒い光の柱が一瞬だけ大きく揺らぐ。
「小賢しい真似を!」
仮面の男がダミアンを排除しようと黒い雷を放つ。だがその雷がダミアンに届くことはなかった。左右に展開したレオナルドとアルフォンスが、寸分の狂いもないタイミングで氷の盾と光の障壁を展開し、その攻撃を完全に相殺したのだ。それは絶対的な信頼がなければ不可能な神業の連携だった。そしてその一瞬の攻防が生み出した、ほんのわずかな時間の猶予。それこそが二人の少女が待ち望んでいた唯一の好機だった。
「今ですわ!」
イザベラの声が響く。
彼女はリリアの手を固く握りしめ、魔力の奔流がわずかに弱まった光の柱の中心へとその身を投じた。
「ぐっ……!」
全身を無数の刃で切り刻まれるかのような激痛が襲う。だがイザベラは歯を食いしばり耐えた。そして残る全ての魔力を解放する。
「展開! 絶対守護領域(アイギス・サンクチュアリ)!」
彼女の体から溢れ出した純粋な魔力が、黒い奔流の中でドーム状の小さな安全地帯を作り出した。その内側でリリアは傷一つなく守られていた。
「リリアさん! お願いします!」
「はい!」
リリアは涙をこらえ頷いた。彼女は両手を天に掲げ、その小さな体に宿る全ての聖なる力を解き放つべく祈りの詠唱を始める。その姿はあまりにも神々しく、そして儚かった。
仮面の男はその光景にようやく気づき、顔を歪めた。
「あの小娘……! 儀式の楔を直接破壊する気か! させるものか!」
男は祭壇から飛び降り、少女たちへと向かおうとした。だがその行く手を、氷の壁が阻んだ。レオナルドだった。
「貴様の相手は、俺だ」
氷の公爵は、その鋼色の瞳に絶対零度の殺意を宿して静かに立ちはだかっていた。
「邪魔をするな、公爵! 貴様などに我が主の偉大なる計画を止められはしない!」
「計画、だと? 娘の命を弄び、世界を混沌に陥れる。それが貴様の言う偉大な計画か」
レオナルドはゆっくりと剣を構えた。
「俺は貴様を許さん。エルグランド家の名において、いや、ただ一人の父親として貴様をここで裁く」
二人の絶対者が激突した。仮面の男が操る混沌の魔術と、レオナルドが振るう秩序の氷剣。その戦いは神々の闘争のように地下聖堂そのものを揺るがした。だが男の心には焦りが生まれていた。リリアの詠唱が最終段階に近づいている。彼女の体から放たれる聖なる光は儀式の邪悪な魔力を、確実に相殺し始めていたのだ。このままでは儀式が失敗する。
「ええい、忌々しい!」
男は最後の手段に出た。彼は自らの仮面に手をかけると、それをゆっくりと剥ぎ取った。その下に現れた素顔を見て、レオナルドは、そしてその戦いを遠巻きに見ていたアルフォンス王子は、信じられないものを見るように目を見開いた。
「……嘘だろ」
アルフォンスの唇から絶望の声が漏れた。
そこに立っていたのは見知らぬ男ではなかった。アルフォンスが幼い頃から師と仰ぎ、誰よりも信頼していた側近の一人。常に穏やかな笑みを絶やさず、王国の未来を憂いていたはずのあの男。
「……財務卿……。なぜ貴方が……」
国王の最も信頼厚い臣下の一人であり、保守派の重鎮であったはずの男、財務卿アスター。彼こそがウロボロスの首魁。全ての陰謀を裏で操っていた真の黒幕だった。
「驚いたかね、王子殿下。そして公爵閣下」
アスターは、その人の好さそうな顔に歪んだ笑みを浮かべた。
「これも全て、この腐りきった王国を一度無に還すため。王家に連なる者でありながら、その血の呪いに見捨てられた我が一族の、長年の悲願を果たすためよ!」
彼の瞳には狂信的な光が宿っていた。その言葉の裏に隠された王家への深い憎悪と歪んだ選民思想。その全てがこの国を根底から覆そうとする恐るべき動機となっていたのだ。
「貴様……!」
レオナルドが怒りに身を任せ斬りかかろうとした、その瞬間。リリアの詠唱が完了した。彼女の体から太陽そのもののような巨大な光の球体が放たれる。
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