悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第13話:用水路計画

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魔術師の塔は、かつてないほどの重苦しい沈黙に支配されていた。
筆頭魔術師オルダスとその弟子たちは、自分たちの研究室に戻ってからも、誰一人として口を開こうとしなかった。
床に散らばる難解な魔導書。壁に描かれた複雑な魔法陣。それらは今まで、彼らのプライドと権威の源泉だった。だが今や、ガラクタの山にしか見えない。

「……燃費の悪い、旧式の魔導エンジン、か」

オルダスが、絞り出すように呟いた。
ゼノンに投げつけられた言葉が、屈辱的な烙印のように脳裏に焼き付いて離れない。
自分たちが生涯をかけて探求してきた神秘の業が、あの少年はいとも容易く解体し、再定義してみせた。まるで、子供の作った積み木を、大人がより美しい形に組み替えるかのように。

「我々は、解雇されるのでしょうか」
弟子の一人が、震える声で尋ねた。
「……分からん」
オルダスは力なく首を振った。「だが、あの若君は本気だ。一ヶ月以内に『結果』を出せねば、我々に明日はないだろう」

恐怖が、じわりと心を蝕む。
長年、アークライト家というパトロンの下で、何不自由なく研究に没頭してきた。その安寧の日々が、今まさに終わろうとしている。
プライドか、それとも生活か。
答えは、既に出ていた。

翌日。三人の魔術師は、まるで罪人のように悄然とした様子で、再びゼノンの執務室へと呼び出された。
部屋には彼らの他に、先日領地代官補佐に抜擢されたマルクと、先祖代々土木工事を請け負ってきたという、恰幅のいい中年男が同席していた。

「全員揃ったな。では、本題に入る」

ゼノンは挨拶もそこそこに、部屋の中央に広げられた巨大なアークライト領の地図を指し示した。
「本日の議題は、領内の水問題の恒久的解決についてだ」

その言葉に、マルクたちの顔に緊張が走る。水。それは、この地の農業にとって、常に最大の懸案事項だった。
「これまで、我々は水の供給を天候という不確定要素に依存してきた。これは経営の観点から言えば、丁半博打と同じだ。極めてリスクが高い」
ゼノンは地図の上を指でなぞる。
「幸い、我が領には水源となる大きな川が流れている。この水を、領内の隅々にまで安定して供給するシステムを構築する。すなわち、大規模な用水路の建設だ」

「よ、用水路、ですか!」
土木技術者の男が、驚きの声を上げた。
「しかし、それには膨大な労力と時間がかかります。一体どこから、どこまで水を引くおつもりで」
「ルートは既に決定済みだ」

ゼノンはこともなげに言うと、インクをつけたペンで、地図の上に一本の線を引いてみせた。
その線は、大河の上流から分岐し、まるで生き物のように緩やかなカーブを描きながら、これまで水の恩恵を受けられなかった平野部を縫うように伸びていた。

「このルートが、最も効率的だ。高低差を利用し、最小限の勾配で、最大の面積を灌漑できる」
「馬鹿な! このような精密な測量を、いつの間に!」
技術者が絶句する。広大な領地の高低差を正確に把握し、最適なルートを割り出すなど、この世界の技術では何年もかかる大事業のはずだった。

「簡単な計算だ。衛星写真でもあれば、もっと早かったがな」
ゼノンは、誰にも理解できない独り言を呟くと、今度は困惑する魔術師たちへと向き直った。

「そして、この計画の要となるのが、お前たち魔術師だ」
「我々が……土木工事を、と?」
オルダスが、侮辱されたかのように顔をしかめる。

「そうだ。だが、お前たちにツルハシを持って穴を掘れと言っているわけではない。そんな非効率なことはさせん」
ゼノンは地図の一点を指さした。
「まず、オルダス。お前の仕事は測量だ。風の魔法を使い、目に見えないほどの細い風の糸を、数十キロ先まで正確に伸ばせ。その糸の傾きを基準にすれば、ミリ単位での高低差が計測できる。誤差は許さん」
「か、風の糸で測量を……? そんな使い方は、聞いたことも…」
「知らなければ、今から覚えろ。次に、お前たち二人」

ゼノンは二人の弟子を指す。
「お前たちは、土魔法で水路を掘る。だが、ただ闇雲に掘るのではない。魔力で土の粒子を直接操作し、指定された幅と深さ、そして角度で、精密に土を『切り出す』んだ。側面は固化させ、水漏れを防ぐ。火薬で爆破するより、遥かに正確で速い」

魔術師たちは、呆然とゼノンの言葉を聞いていた。
風で測量? 土で掘削?
それは、彼らが今まで学んできた魔法の体系とは、全く異なる概念だった。
彼らの魔法は、儀式や詠唱を通じて自然現象に『お願い』をするような、曖昧で、不確かなものだった。
だが、ゼノンが語る魔法は、まるで精密な工作機械のように、現象を直接『操作』する、絶対的な技術だった。

「そ、そんなこと、本当に可能なのですか……?」
弟子の一人が、恐る恐る尋ねた。
「可能だ。お前たちが今まで、魔力というエネルギーを、いかに無駄遣いしてきたかというだけの話だ。マナへの感応力とやらが自慢なのだろう? ならば、土くれ一つ一つの性質を感じ取り、意のままに動かすことくらい、できて当然ではないのか?」

その言葉は、痛烈な皮肉であると同時に、彼らの魔法の新たな可能性を示唆していた。
これまで破壊と威圧にしか使ってこなかった強大な力が、こんなにも建設的で、生産的なことに使えるというのか。
オルダスの脳裏に、先日ゼノンが見せた、米粒ほどの光で自分の雷球を霧散させた光景が蘇った。
あれこそが、魔力制御の極致。
この少年は、魔法の真理を、自分たちよりも遥かに深く理解している。

屈辱と、そしてほんのわずかな知的好奇心。
オルダスの中で、何かが変わり始めていた。

「……やって、みましょう」
長い沈黙の末、オルダスは絞り出すように言った。
「ただし、我らだけでは人手が足りませぬ。領内の魔術の素養がある若者を集め、我らの弟子とすることを許可願いたい」
それは、生き残るための必死の提案であり、同時に、この新しい魔法技術を自分たちのものにしたいという、研究者としての欲求の表れでもあった。

ゼノンは、その提案に小さく頷いた。
「許可する。ただし、人選は俺が行う。お前たちの縁故採用は認めん」

こうして、アークライト領の未来を賭けた、前代未聞の大事業が始動した。
それは、痩せた大地に水の恵みをもたらすための計画であると同時に、旧態依然とした神秘のベールを剥がされ、合理性という名のメスを入れられた魔法が、新たな時代へと生まれ変わるための、壮大な実験の始まりでもあった。

その様子を部屋の隅で見守っていたグレイは、静かに感動に打ち震えていた。
(ゼノン様は、天の川を地上に作り出そうとされている……! そして、これまで戦いの道具でしかなかった魔法を、民を生かすための力へと変えようとされているのだ! なんという慈悲深さ、なんという壮大なご計画!)

彼の忠実なる誤解は、もはや誰にも止められなかった。
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