悪役貴族? いえ、ただの合理主義者ですが何か? ~冷徹と呼ばれる俺の改革が、いつの間にか国を豊かにし聖女にまで懐かれる件~

夏見ナイ

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第19話:物流のボトルネック

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グレイ・ウォーカーは、主君から与えられた新たな任務を前に、頭を抱えていた。
「街道の整備と拡幅……」
彼の執務机の上には、アークライト領の地図が広げられている。しかし、彼は地図と睨めっこするばかりで、具体的な計画を何一つ立てられずにいた。
彼は騎士だ。剣を取り、部隊を指揮することならできる。だが、土木工事は完全に専門外だった。
道をどうやって固めるのか。幅を広げるには、どこから手をつければいいのか。必要な人員や資材は、どう見積もればいいのか。分からないことだらけだった。

数日間うんうん唸った末、グレイは白旗を上げた。
彼は、己の無能を報告する覚悟を決め、ゼノンの執務室の扉を叩いた。
「ゼノン様。街道整備の件ですが、恥ずかしながら、私には何から手をつけてよいか……」
グレイがうなだれると、ゼノンは読んでいた書類から顔を上げた。その反応は、意外にも穏やかなものだった。

「だろうな。お前に土木の知識がないことくらい、最初から分かっている」
「では、なぜ私に……?」
「お前の問題解決能力を試したまでだ。専門外の課題に対し、どう情報を集め、誰に協力を仰ぎ、解決への道筋を立てるか。それを見るつもりだったが……まあ、正直に助けを求めに来ただけでも及第点としておこう」

その言葉は、グレイにとっては思いがけない救いだった。同時に、自分の未熟さを恥じた。ゼノン様は、自分の成長まで見越して、この任務を与えてくださったというのか。

「いいか、グレイ。あらゆるプロジェクトの基本は、現状分析と、それに基づく詳細な計画立案だ」
ゼノンはそう言うと、一枚の白紙の羊皮紙を取り、猛烈な速さでペンを走らせ始めた。
それは、グレイが今まで見たこともないほど、緻密で合理的な街道整備計画書だった。

【アークライト領・中央街道改修計画書】

一、基本方針:全天候型舗装路の敷設による、物流効率の最大化。
二、構造設計:路盤基礎工法を採用。まず地面を掘り下げ、大きな石で基礎を固める。その上に、砕いた石(砕石)を大きさ別に敷き詰め、転圧する。表面には砂と小石を混ぜたものを敷き、平坦性を確保する。
三、排水設計:道路中央をわずかに高くし、雨水が自然に両脇へ流れる構造とする(かまぼこ型構造)。道路脇には、深さ五十センチの側溝を設置し、排水を徹底する。
四、工期及び予算:……

次々と書き込まれていく、詳細な仕様。
それは、この世界の職人が経験と勘だけで行ってきた土木工事とは、次元の違うものだった。まるで、未来の技術書を書き写しているかのようだった。
グレイは、その完璧すぎる計画書を前に、ただただ圧倒されていた。
軍事、財政、農業、そして土木。このお方の知識は、一体どこまで底知れないというのか。

「……だが、ゼノン様」
計画のあまりの壮大さに、グレイは現実的な問題を指摘せざるを得なかった。
「これほどの大工事となりますと、多くの人手が必要となります。ですが、領民たちは特産品の開発や農作業で手一杯の状態です」
「それに、これだけの石を敷き詰めるとなると、その資材をどこから……」

グレイの懸念を、会計責任者のリオも裏付けた。彼はいつの間にか部屋におり、ゼノンの計画書を青ざめた顔で覗き込んでいた。
「ゼノン様、この規模の工事となりますと、莫大な費用がかかります。我が家の財政は、ようやく黒字化したばかり。今ここで大規模な投資を行うのは、あまりにもリスクが高すぎます!」

労働力不足、資材不足、そして資金不足。
どんなに完璧な計画も、実行できなければ絵に描いた餅だ。
だが、ゼノンはそんな三重苦を前にして、表情一つ変えなかった。
「問題点が明確で結構。一つずつ、潰していくだけだ」

彼はまず、リオに向き直った。
「リオ。これは支出ではない。投資だ」
「投資、ですか?」
「そうだ。物流コストが現在の半分になれば、我が領の特産品は、他領の製品に対して圧倒的な価格競争力を持つ。商業が活性化すれば、税収は今の三倍、いや五倍は見込める。この計画の投資回収期間は、三年と見積もっている。年利換算で三十パーセントを超える、超優良な投資案件だ。これでも、リスクが高いと?」

ゼノンが前世の経営会議さながらに淀みなく説明すると、リオはぐっと言葉に詰まった。年利三十パーセント。それは、商人ですら滅多にお目にかかれない、驚異的なリターンだった。
「……理解いたしました。必要な予算を、直ちに確保いたします」
リオは、完全に説得されていた。

次に、ゼノンはグレイへと視線を移した。
「労働力と資材の問題は、同時に解決する」
彼は地図の一点、領内の北西部に広がる、これまで誰も見向きもしなかった岩山を指さした。
「この山を、新たな採石場とする。そして、岩盤の破砕と整地は、用水路工事で技術を学んだ魔術師たちに行わせる」

「魔術師の方々を!?」
「彼らの土魔法を使えば、人力でやるより百倍速い。採掘した石は、そのまま砕石として街道に使う。一石二鳥だ。労働力については、農民を無理やり徴用するな。生産性が落ちるだけだ。専門の作業員を、日当を払って募集しろ。金で雇えば、彼らのモチベーションも維持できる」

魔法による超効率的な採掘。
賃金による、労働意欲の向上。
ゼノンが提示した解決策は、あまりにも合理的で、完璧だった。
グレイもリオも、もはや反論の言葉など持ち合わせていなかった。目の前の主君は、自分たちには見えない未来の利益を、正確に計算し尽くしている。その圧倒的な知性の前では、ただ従うことしかできない。

「よろしい。では、グレイ、リオ、マルク。三名でこのプロジェクトを統括しろ。進捗は毎日報告すること。いいな」
「「「はっ!」」」

三人の力強い返事が、執務室に響いた。
彼らは、新たな使命感に燃えて部屋を退出していった。
アークライト領の歴史上、最大規模となる公共事業が、今、その第一歩を踏み出した。

一人残されたゼノンは、窓の外に広がる領地の景色を見つめていた。
特産品開発、そしてインフラ整備。
ハード面での改革は、これで軌道に乗った。
だが、彼は知っていた。本当に厄介なのは、機械や道ではない。
人間の欲望と、既得権益という名の、見えない壁だ。

「これで第一段階は完了。だが、本当のボトルネックはインフラではない。人間だ」

彼の視線は、地図の上、アークライト領の中心に居座る、ある組織の名前に向けられていた。
『アークライト商人ギルド』
その名を呟くゼノンの口元には、冷たい笑みが浮かんでいた。
次なる戦いの相手は、もう決まっている。
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