転生特典「どこでもスケッチブック」で描いた街へひとっ飛び!~絶景と美食を巡る気ままな異世界スケッチ旅行~

夏見ナイ

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第53話:能力の制御と試行錯誤~まだ見えぬ法則~

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 スケッチブックに描いたものが、ほんの少しだけ実体化したり、特定の感覚を発したりするという新たな現象。エシンは、この不思議な能力の虜になり、旅の傍ら、その法則性や制御方法について熱心に探求を続けていた。
 しかし、その探求は困難を極めた。満月の夜に描いた炎が揺らめいた一件以来、同様の「動き」を伴う現象は再現できず、星雫果の香りのような「感覚の実体化」も、常に成功するわけではなかった。

「やっぱり、強い感情移入と、描く対象への深い理解が不可欠なんだろうな……。でも、それだけじゃない気がする」

 エシンは、これまでの成功例と失敗例をスケッチブックに記録し、比較検討してみた。満月の光、特定の場所の雰囲気、描いた時の自身の体調や精神状態。様々な要因が複雑に絡み合っているように思われたが、明確な法則性を見つけ出すことはできなかった。
 彼は、この能力を意図的に、そして安定して発動させる方法を模索した。例えば、瞑想によって精神を集中させたり、特定のハーブを焚いてリラックス効果を高めたり、あるいは、アーティリアで手に入れた特殊な顔料(例えば、光る鉱石を砕いて作った絵の具など)を使ってみたりもした。しかし、どれも決定的な効果は得られなかった。
 スケッチブックの能力は、まるで気まぐれな精霊のように、エシンの意のままにはなってくれない。

 そんな試行錯誤を続ける中で、エシンはいくつかの小さな発見をした。
 一つは、過去に強い思い入れを持って描いたスケッチであれば、後からでも、特定の条件下で微かな感覚が蘇ることがある、ということだ。例えば、ユノハナ村で描いた温泉の絵を、冷たい夜にじっと見つめていると、ほんのりと湯気のような温かさを感じたり、ザハラバードで味わったスパイスの効いた料理の絵からは、ふとした瞬間にその香りが漂ってくるような気がしたりした。それは、絵が直接的に何かを発しているというよりは、エシン自身の記憶や五感が、絵を触媒として強く呼び覚まされるような感覚に近いのかもしれない。

 もう一つは、この能力が、ごく僅かながらも、現実世界に物理的な影響を与える場合がある、ということだ。
 ある時、エシンは旅の途中で道に迷い、食料も残り少なくなってしまったことがあった。空腹と疲労で弱気になりかけた時、彼はふと、以前スケッチした瑞々しい果物の絵を思い出した。ダメ元で、その絵に強く意識を集中し、「この香りで少しでも空腹を紛らわせたい」と念じながら見つめていると、確かに絵から芳しい香りが漂ってきた。そして、その香りを嗅いでいるうちに、不思議と空腹感が少し和らいだような気がしたのだ。もちろん、実際に栄養を摂取できたわけではないが、精神的な効果はあったのかもしれない。

 また別の日には、森の中で木の枝に腕を擦りむいてしまい、軽い出血をしてしまったことがあった。手持ちの薬草もなく、どうしようかと思っていた時、彼はシルヴァンの森でリシアに教えてもらった、止血効果のある薬草のスケッチを思い出した。その薬草の形、色、そして効能を強く思い浮かべながら、傷口にその絵をそっと当ててみると、驚いたことに、しばらくすると出血が僅かに収まり、痛みも少し和らいだように感じられたのだ。これもまた、プラシーボ効果に近いのかもしれないが、エシンにとっては、スケッチブックの新たな可能性を感じさせる出来事だった。

「この力は、まだ本当に微弱で、気まぐれだ。でも、使い方次第では、僕の旅を少しだけ助けてくれるかもしれない……」

 エシンは、この能力を過信するつもりはなかった。それは、世界の法則をねじ曲げるような、万能のチートスキルではない。あくまで、旅のアクセントであり、ささやかなお守りのようなものだ。しかし、そのささやかな力が、時には大きな助けとなることもあるのかもしれない。
 彼は、この能力の探求を続けながらも、それに固執しすぎることはなかった。彼の旅の目的は、あくまでまだ見ぬ世界を描き、味わい、そして人々と出会うことだ。スケッチブックの新たな秘密は、その旅をより豊かに、そして面白くしてくれる、スパイスのようなものだと考えるようになっていた。

 依然として、能力の完全な制御はできない。法則性も、まだ霧の中だ。しかし、エシンは焦らなかった。いつか、もっと多くの経験を積み、スケッチブックとの絆が深まれば、その秘密の扉が、さらに大きく開かれる日が来るかもしれない。
 それまでは、この気まぐれな魔法と共に、自由気ままな旅を続けるだけだ。
 彼のスケッチブックは、持ち主の探求心に応えるかのように、静かにその神秘性を深めていく。まだ見えぬ法則の先に、どんな驚きが待っているのか。エシンの旅は、新たな謎を抱えながら、ゆっくりと続いていくのだった。
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