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第15話 世界の「バグ」の片鱗を発見、物語の目的の提示
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古代遺跡からの帰り道は、重苦しい沈黙に支配されていた。
これまでの依頼達成後のような、高揚感や安堵はない。俺たちの心には、あの異様な魔物と対峙した時の、得体の知れない恐怖と疲労感が鉛のようにのしかかっていた。
「……なあ、カイト。あれは、本当に魔物だったのか?」
道中、初めて口を開いたのはフレアだった。いつもの快活さは鳴りを潜め、その声には困惑の色が浮かんでいる。
「俺にも分からない。ただ、あれが俺たちの知るどんな生物の法則にも従っていなかったことだけは確かだ」
「空間を、ひび割れさせていました……。まるで、世界の布地そのものを、内側から食い破っているかのようでした」
ルナも、青ざめた顔で呟く。
俺はポケットの中で、あの黒い結晶体を握りしめた。ひんやりとした、無機質な感触。これが、あの怪物を倒して得た、唯一の手がかりだ。
ギルドに戻り、バルガスさんの元へ報告に向かう。俺たちのただならぬ雰囲気に、彼もすぐに何かを察したようだった。
「……無事だったか。顔色が悪いな。よほど、ひどいもんでも見たか?」
「ええ、まあ」
俺は言葉を選びながら、当たり障りのない範囲で報告した。
「遺跡の最深部で、異常な魔力反応の原因となっていた、未知の強力な魔物と遭遇しました。苦戦しましたが、なんとか討伐は完了しました」
「未知の魔物、か。どんな奴だった?」
「……言葉で説明するのは難しいです。ただ、もう脅威はありません」
俺は、空間のひび割れや、解析不能だったこと、そして存在そのものがバグっていたことについては、敢えて口にしなかった。話したところで、信じてもらえるとは思えない。下手に騒ぎになれば、王都から面倒な調査団が送り込まれてくる可能性だってある。この件は、俺たちが独自に調査すべきだと判断した。
バルガスさんは、俺の言葉の裏に何かあることを見抜いているようだったが、それ以上は追及してこなかった。
「……そうか。分かった。よくやってくれた。これは約束の報酬だ。Aランク依頼達成、お前さんたちの名は、フロンティアの伝説になるだろうぜ」
金貨が詰まった重い袋を受け取ったが、その重さに見合う達成感は、なぜか感じられなかった。
宿屋に戻り、俺たちは重い足取りで自室のテーブルについた。
フレアはドサリと椅子に座り込み、大きなため息をつく。ルナは、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
俺はポケットから、あの黒い結晶体を取り出し、テーブルの上に置いた。
「これが、あの化け物が残した、唯一のドロップ品だ」
二人は、禍々しい雰囲気を放つそれに、息を呑んだ。
「こいつを解析した時、ほとんどの情報は文字化けしていて読み取れなかった。だが、ほんの一瞬だけ、意味のある単語が見えたんだ」
俺は一度、大きく息を吸い込み、そして告げた。
「――『ワールドエンド』、と」
その言葉が持つ不吉な響きに、部屋の空気が凍りついた。
「ワールド……エンド……? 世界の、終わり……ってことか?」
フレアが、かすれた声で尋ねる。
「おそらくはな」
「まさか……」
その時、それまで黙っていたルナが、ハッとしたように顔を上げた。
「わたくしの一族に、遥か古より伝わる伝承があります。それは、神々がこの世界を『システム』として構築した際に、万が一の事態に備えて組み込んだとされる、緊急停止プログラムについての記述でした」
「緊急停止プログラム?」
「はい。世界の理が修復不可能なほどに歪み、制御不能に陥った時、被害が他の次元に及ぶのを防ぐため、世界そのものを初期化し、無に還すための最終安全装置……。そのプログラムの名が、確か……」
ルナは、テーブルの上の黒い結晶体を見つめ、震える声で続けた。
「――『ワールドエンド・プロトコル』、と」
全てのピースが、繋がった。
俺がこれまでに感じてきた違和感。ルナが感じ取っていた「世界のバグ」。古代遺跡で遭遇した、物理法則を無視した魔物と空間の亀裂。そして、ワールドエンドという言葉。
これは、単なる偶然ではない。この世界は、本当に、ゆっくりと崩壊に向かっているのだ。
俺たちが倒したあの魔物は、システムの崩壊によって生まれた、癌細胞のような存在だったに違いない。そして、このままバグが増え続ければ、いずれ「ワールドエンド・プロトコル」が発動し、この世界に存在する全てが、跡形もなく消滅する。
「……冗談じゃ、ねえぞ……」
フレアが、顔面蒼白で呟いた。
「世界が、終わる? 俺たちが、ルナが、カイトが……みんな、消えちまうってことかよ……? そんなの、そんな理不尽なこと、あってたまるかよ!」
彼女はテーブルを拳で叩いた。その瞳には、恐怖と、やり場のない怒りが渦巻いていた。
「俺、やっと自分の力を見つけて、最高の仲間にも出会えたんだ! これからだってのに、全部終わりだなんて、絶対に認めねえ!」
その通りだ。
俺も、この世界で新しい居場所を見つけた。かけがえのない仲間を得た。俺を追放した勇者たちへの復讐心なんて、今ではどうでもいいくらいに、この日常が愛おしい。
それを、こんな理不尽な「システムの仕様」ごときで、終わらせてたまるか。
俺は静かに立ち上がり、窓の外を見つめた。フロンティアの街並みが、夕日に赤く染まっている。人々の笑い声や、荷馬車の音が聞こえてくる。この当たり前の日常が、全て消え去るかもしれない。
「俺は、システムエンジニアだった」
俺は、背後の二人に語りかけるように言った。
「目の前で、システムがバグって、エラーを吐き出して、クラッシュ寸前になってる。そんな状況を、黙って見てるなんて、俺の性分じゃないんだ」
俺は振り返り、ルナとフレアの目を真っ直ぐに見つめた。
「原因が神々の作ったプログラムだろうが何だろうが、関係ない。バグがあるなら、それを修正(デバッグ)する。それが、俺のやるべきことだ」
それは、復讐でも、成り上がりでもない。
追放された俺が、この世界で見つけた、新しい戦う理由。
「俺は、この世界の崩壊を止める。ワールドエンドなんて、絶対に実行させない」
俺の決意に、フレアが不敵な笑みを浮かべた。
「へっ、話がでっかすぎて、逆に笑えてきたぜ。だが、嫌いじゃねえ。むしろ、燃えてきた。世界の終わりを止める、か。最高の冒険じゃねえか!」
ルナも、静かに、しかし力強く頷いた。
「はい、カイト様。それがカイト様のお望みなら、わたくしはこの命の全てを懸けて、その道を共に歩みます。世界の理にだって、立ち向かってみせます」
俺たちの心は、一つになった。
もはや、俺たちはただの冒険者ではない。世界の運命に、抗う者たちだ。
「よし、決まりだな。まずは、もっと情報を集める必要がある。この世界の成り立ち、神々の伝説、そして『ワールドエンド』という言葉が、具体的に何を意味するのか。俺たちの旅は、ここからが本番だ」
窓の外では、一番星が輝き始めていた。
それは、まるでこれから始まる途方もない旅路を、静かに照らし出す道標のようだった。
追放から始まった俺の物語は、ここで一つの区切りを迎える。
そして、世界の理そのものに挑む、新たな戦いの幕が、今、静かに上がった。
**第一部 追放と覚醒編 ―完―**
***
これまでの依頼達成後のような、高揚感や安堵はない。俺たちの心には、あの異様な魔物と対峙した時の、得体の知れない恐怖と疲労感が鉛のようにのしかかっていた。
「……なあ、カイト。あれは、本当に魔物だったのか?」
道中、初めて口を開いたのはフレアだった。いつもの快活さは鳴りを潜め、その声には困惑の色が浮かんでいる。
「俺にも分からない。ただ、あれが俺たちの知るどんな生物の法則にも従っていなかったことだけは確かだ」
「空間を、ひび割れさせていました……。まるで、世界の布地そのものを、内側から食い破っているかのようでした」
ルナも、青ざめた顔で呟く。
俺はポケットの中で、あの黒い結晶体を握りしめた。ひんやりとした、無機質な感触。これが、あの怪物を倒して得た、唯一の手がかりだ。
ギルドに戻り、バルガスさんの元へ報告に向かう。俺たちのただならぬ雰囲気に、彼もすぐに何かを察したようだった。
「……無事だったか。顔色が悪いな。よほど、ひどいもんでも見たか?」
「ええ、まあ」
俺は言葉を選びながら、当たり障りのない範囲で報告した。
「遺跡の最深部で、異常な魔力反応の原因となっていた、未知の強力な魔物と遭遇しました。苦戦しましたが、なんとか討伐は完了しました」
「未知の魔物、か。どんな奴だった?」
「……言葉で説明するのは難しいです。ただ、もう脅威はありません」
俺は、空間のひび割れや、解析不能だったこと、そして存在そのものがバグっていたことについては、敢えて口にしなかった。話したところで、信じてもらえるとは思えない。下手に騒ぎになれば、王都から面倒な調査団が送り込まれてくる可能性だってある。この件は、俺たちが独自に調査すべきだと判断した。
バルガスさんは、俺の言葉の裏に何かあることを見抜いているようだったが、それ以上は追及してこなかった。
「……そうか。分かった。よくやってくれた。これは約束の報酬だ。Aランク依頼達成、お前さんたちの名は、フロンティアの伝説になるだろうぜ」
金貨が詰まった重い袋を受け取ったが、その重さに見合う達成感は、なぜか感じられなかった。
宿屋に戻り、俺たちは重い足取りで自室のテーブルについた。
フレアはドサリと椅子に座り込み、大きなため息をつく。ルナは、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。
俺はポケットから、あの黒い結晶体を取り出し、テーブルの上に置いた。
「これが、あの化け物が残した、唯一のドロップ品だ」
二人は、禍々しい雰囲気を放つそれに、息を呑んだ。
「こいつを解析した時、ほとんどの情報は文字化けしていて読み取れなかった。だが、ほんの一瞬だけ、意味のある単語が見えたんだ」
俺は一度、大きく息を吸い込み、そして告げた。
「――『ワールドエンド』、と」
その言葉が持つ不吉な響きに、部屋の空気が凍りついた。
「ワールド……エンド……? 世界の、終わり……ってことか?」
フレアが、かすれた声で尋ねる。
「おそらくはな」
「まさか……」
その時、それまで黙っていたルナが、ハッとしたように顔を上げた。
「わたくしの一族に、遥か古より伝わる伝承があります。それは、神々がこの世界を『システム』として構築した際に、万が一の事態に備えて組み込んだとされる、緊急停止プログラムについての記述でした」
「緊急停止プログラム?」
「はい。世界の理が修復不可能なほどに歪み、制御不能に陥った時、被害が他の次元に及ぶのを防ぐため、世界そのものを初期化し、無に還すための最終安全装置……。そのプログラムの名が、確か……」
ルナは、テーブルの上の黒い結晶体を見つめ、震える声で続けた。
「――『ワールドエンド・プロトコル』、と」
全てのピースが、繋がった。
俺がこれまでに感じてきた違和感。ルナが感じ取っていた「世界のバグ」。古代遺跡で遭遇した、物理法則を無視した魔物と空間の亀裂。そして、ワールドエンドという言葉。
これは、単なる偶然ではない。この世界は、本当に、ゆっくりと崩壊に向かっているのだ。
俺たちが倒したあの魔物は、システムの崩壊によって生まれた、癌細胞のような存在だったに違いない。そして、このままバグが増え続ければ、いずれ「ワールドエンド・プロトコル」が発動し、この世界に存在する全てが、跡形もなく消滅する。
「……冗談じゃ、ねえぞ……」
フレアが、顔面蒼白で呟いた。
「世界が、終わる? 俺たちが、ルナが、カイトが……みんな、消えちまうってことかよ……? そんなの、そんな理不尽なこと、あってたまるかよ!」
彼女はテーブルを拳で叩いた。その瞳には、恐怖と、やり場のない怒りが渦巻いていた。
「俺、やっと自分の力を見つけて、最高の仲間にも出会えたんだ! これからだってのに、全部終わりだなんて、絶対に認めねえ!」
その通りだ。
俺も、この世界で新しい居場所を見つけた。かけがえのない仲間を得た。俺を追放した勇者たちへの復讐心なんて、今ではどうでもいいくらいに、この日常が愛おしい。
それを、こんな理不尽な「システムの仕様」ごときで、終わらせてたまるか。
俺は静かに立ち上がり、窓の外を見つめた。フロンティアの街並みが、夕日に赤く染まっている。人々の笑い声や、荷馬車の音が聞こえてくる。この当たり前の日常が、全て消え去るかもしれない。
「俺は、システムエンジニアだった」
俺は、背後の二人に語りかけるように言った。
「目の前で、システムがバグって、エラーを吐き出して、クラッシュ寸前になってる。そんな状況を、黙って見てるなんて、俺の性分じゃないんだ」
俺は振り返り、ルナとフレアの目を真っ直ぐに見つめた。
「原因が神々の作ったプログラムだろうが何だろうが、関係ない。バグがあるなら、それを修正(デバッグ)する。それが、俺のやるべきことだ」
それは、復讐でも、成り上がりでもない。
追放された俺が、この世界で見つけた、新しい戦う理由。
「俺は、この世界の崩壊を止める。ワールドエンドなんて、絶対に実行させない」
俺の決意に、フレアが不敵な笑みを浮かべた。
「へっ、話がでっかすぎて、逆に笑えてきたぜ。だが、嫌いじゃねえ。むしろ、燃えてきた。世界の終わりを止める、か。最高の冒険じゃねえか!」
ルナも、静かに、しかし力強く頷いた。
「はい、カイト様。それがカイト様のお望みなら、わたくしはこの命の全てを懸けて、その道を共に歩みます。世界の理にだって、立ち向かってみせます」
俺たちの心は、一つになった。
もはや、俺たちはただの冒険者ではない。世界の運命に、抗う者たちだ。
「よし、決まりだな。まずは、もっと情報を集める必要がある。この世界の成り立ち、神々の伝説、そして『ワールドエンド』という言葉が、具体的に何を意味するのか。俺たちの旅は、ここからが本番だ」
窓の外では、一番星が輝き始めていた。
それは、まるでこれから始まる途方もない旅路を、静かに照らし出す道標のようだった。
追放から始まった俺の物語は、ここで一つの区切りを迎える。
そして、世界の理そのものに挑む、新たな戦いの幕が、今、静かに上がった。
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