無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした

夏見ナイ

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第36話 魂の同期、温かい絆

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大地の封印を突破した先は、驚くほど穏やかな空間だった。
それまで俺たちを苛んでいた、空間の歪みや法則の乱れは嘘のように消え失せ、壁や床を構成する魔力の結晶体は、静かで、優しい光を放っている。まるで、長い間、苦しみ続けていた精霊たちが、ルナの祈りと俺のデバッグによって解放され、安らぎを取り戻したかのようだった。

「……すごい。空気が、澄んでる……」
フレアが、深呼吸をしながら感嘆の声を上げた。
「大地の精霊たちが、喜んでいます。そして……カイト様に、感謝を伝えています」
ルナは、少し頬を赤らめながら、俺の顔を見上げた。彼女と俺の間には、今、言葉にしなくても伝わる、不思議な繋がりが生まれていた。魂の回線(チャネル)が、まだ微かに開いているような感覚。彼女が何を感じ、何を思っているのかが、断片的に、しかし温かい感情として、俺の心に流れ込んでくる。

俺は、新たに覚醒した力【ワールド・エディタ】の感覚を、確かめるように自分の手を見つめた。
これまで、俺の力は、既存の情報を『解析』し、その欠陥を『修正』するものだった。だが、今は違う。もっと能動的に、世界の法則に『編集』を加え、新しい事象を『創造』することさえできる。それは、神にも等しい、あまりにも強大で、危険な力だった。
(この力は、慎重に使わなければ……。一歩間違えれば、俺自身が、この世界のバグになりかねない)
俺は、自らに強く言い聞かせた。

しばらく、光の回廊を進んだ後、俺たちは休憩を取ることにした。
「ふう、ちょっと疲れたな。なあカイト、ここらで一休みしようぜ」
「そうだな。少し休もう」
俺たちが腰を下ろすと、フレアは「よし、俺はちょっと先の様子を見てくるぜ!」と、気を利かせたのか、あるいはじっとしていられない性分なのか、すぐに立ち上がって回廊の奥へと走り去っていった。
その背中を見送りながら、俺は苦笑した。あいつなりに、俺とルナを二人きりにしてくれたのかもしれない。

静寂が、俺とルナの間に訪れた。
だが、それは気まずいものではなく、むしろ、心地の良い、満たされた沈黙だった。
先に口を開いたのは、ルナだった。
「……あの、カイト様」
彼女は、少し恥ずかしそうに、俯きながらも、俺のローブの袖を、きゅっと掴んだ。
「先程は、その……ありがとうございました。わたくしの魂が、汚染されそうになった時、カイト様が、その御身の危険も顧みず、助けに入ってくださって……」
「気にするな。仲間が苦しんでるのを、黙って見てるなんて、できるはずがないだろう」
「ですが……」
彼女は、顔を上げた。その碧い瞳は、熱っぽく潤んでいて、まっすぐに俺の心を射抜いてくる。
「わたくし……あなたの心に、触れました。とても、温かくて……優しくて……。そして、少しだけ、寂しそうな……あなたの魂の、全てを感じました」
魂の同期(シンクロ)は、彼女の心だけでなく、俺の心も、彼女に開示してしまっていたらしい。ブラック企業で摩耗し、異世界で追放された、俺の心の奥底に沈殿していた孤独や、諦念。そんな、誰にも見せたことのない部分まで、彼女は見てしまったのだ。

「……恥ずかしいところを、見せたな」
俺は、照れ隠しに、そっぽを向いた。
だが、ルナは、静かに首を振った。
「いいえ。嬉しかったのです」
彼女は、俺の手に、そっと自分の手を重ねた。ひんやりとしているが、確かな温もりが、そこにはあった。
「あなたの弱さも、痛みも、全てを知ることができて……。そして、そんなあなたの心を、わたくしへの想いが、満たしてくれていることも、感じることができて……。わたくしは、世界で一番の、幸せ者です」
奴隷として、全てを奪われた絶望。
カイトに救われた、生まれ変わるような喜び。
そして、共に旅をする中で育まれた、穏やかで、しかし、どうしようもなく深い、愛情。
彼女の純粋な想いが、言葉にしなくても、奔流のように、俺の心に流れ込んでくる。

俺は、もう、自分の気持ちから、目を逸らすことはできなかった。
これまで、彼女を「守るべき、大切な仲間」だと思ってきた。だが、違う。それだけじゃない。
彼女の魂の美しさに触れた今、その想いは、もっと明確で、そしてどうしようもなく、愛おしい形をとっていた。
俺は、重ねられた彼女の手に、自分の手を絡め、強く握り返した。
「……俺もだ、ルナ。俺も、君の心に触れて、分かった。君が、どれだけ辛い時間を過ごしてきたか。そして、どれだけ、強く、清らかな魂を持っているか」
「カイト様……」
「だから……もう、君を一人にはしない。俺が、絶対に、君を守る」
俺の言葉に、ルナの瞳から、一筋の涙が、静かに流れ落ちた。だが、それは、悲しみの涙ではなかった。
「……はい」
彼女は、こぼれるような笑みを浮かべた。
「わたくし、もう、カイト様、と呼ぶのは、やめてもよろしいでしょうか?」
「え?」
「もっと……もっと、あなたの、近くにいたいのです。あなたの、本当のお名前を、呼ばせてください」
その、ささやかな、しかし、彼女にとっては、大きな一歩であろう願いに、俺の心臓が、大きく跳ねた。
「……ああ。好きに、呼んでいい」

ルナは、深呼吸を一つすると、まるで、世界で最も大切な宝物の名を口にするかのように、恥ずかしそうに、しかし、はっきりと、呟いた。

「――海斗(かいと)さん」

その響きは、俺の心の、一番柔らかい場所を、優しく、そして強く、揺さぶった。
それは、俺が元の世界で失ってしまった、誰かに名前を呼ばれることの、温かさを思い出させてくれた。
「……ああ」
俺は、それしか、返せなかった。
ルナは、満足そうに微笑むと、俺の肩に、そっと頭を預けてきた。銀色の髪が、俺の頬をくすぐる。甘い、花の香りがした。
「この命が尽きるまで、いえ、尽きた後も……。わたくしの魂は、ずっと、あなたの傍にあります。海斗さん」
「……俺も、お前を、絶対に離さない」
俺たちは、どちらからともなく、顔を寄せた。
互いの吐息が感じられるほどの距離で、見つめ合う。
潤んだ碧い瞳が、俺を映している。
このまま、時間が止まってしまえばいい。そう、本気で思った。

「おーい! お二人さん、イチャついてるところ悪いけど、そろそろ出口が見えてきたぜー!」

その、あまりにも絶妙な、しかし、今は少しだけ恨めしいタイミングで、フレアの元気な声が、回廊の奥から響いてきた。
俺とルナは、弾かれたように、慌てて身体を離した。互いの顔は、きっと、リンゴのように赤くなっているだろう。

やがて、戻ってきたフレアは、そんな俺たちの様子を見て、ニヤニヤと意地悪く笑った。
「へえ、なんか、雰囲気変わったじゃねえか、お二人さん。ま、詳しいことは、野暮だから聞かねえけどな!」
彼女は、そう言うと、俺の背中を、いつもより少しだけ、優しく叩いた。
「ほら、行くぜ、相棒! 世界の終わりを、止めに行くだろ?」

「……ああ、そうだな」
俺は、照れを隠すように、立ち上がった。
だが、その心は、これまでになく、温かい力で満ちていた。
守るべき、愛おしい存在。その温もりを、この手に感じながら。
俺は、どんな運命にも、立ち向かっていける。
フレアに促され、俺たちは、再び歩き出した。
回廊の出口からは、魔王領の、不気味だが、しかしどこか静謐な、紫色の光が差し込んでいる。
俺たちの、本当の戦場は、もう、目の前だった。
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