無能と追放された俺の【システム解析】スキル、実は神々すら知らない世界のバグを修正できる唯一のチートでした

夏見ナイ

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第39話 魔王城、沈黙の回廊

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巨大な城門が、俺のスキルによって沈黙を開いた時、その先に広がっていたのは、想像していたような魔物の軍勢でも、血と硝煙の匂いが立ち込める戦場でもなかった。
ただ、どこまでも続く、静寂に包まれた、だだっ広い回廊があるだけだった。
床も壁も、磨き上げられた黒曜石で作られており、俺たちの姿を不気味に反射している。天井は、遥か高く、その全貌を窺い知ることはできない。等間隔で燃える青い燭台の光だけが、この永遠に続くかのような回廊を、ぼんやりと照らしていた。

「……静か、すぎるな」
俺の呟きに、ヴォルグが重々しく頷いた。
「ああ。だが、この静寂こそが、この城の最も恐ろしい罠の始まりだ。油断するな。この城は、生きている。そして、侵入者を、あの手この手で、弄び、絶望の淵に叩き込む」
彼は、戦斧を握り直し、警戒を露わにした。
「特に、この第一の回廊を支配するのは、四天王が一人、『怠惰なる賢者』ベルフェゴール様だ。あの方は、直接的な戦闘を好まれん。その代わり、精神を、魂を、じわじわと削り取るような、悪趣味な罠を、この回廊の至る所に仕掛けておられる」

「精神攻撃系のトラップか。厄介だな」
フレアが、剣の柄に手をかけて、周囲を見回す。
「海斗さん、わたくしの結界で、精神汚染を防ぎます」
ルナが、杖を構えようとするのを、俺は手で制した。
「いや、その必要はない。ベルフェゴールとやらが、どんな罠を仕掛けていようと、俺の『目』の前では、無意味だ」
俺は【ワールド・エディタ】を起動させ、この回廊全体の空間情報を、読み解いていく。
すると、一見、何もない空間に、無数の、目には見えない魔法の術式が、蜘蛛の巣のように張り巡らされているのが、視界に表示された。

『精神汚染トラップ: 悲嘆の霧』
『因果律トラップ: 絶望の天秤』
『認識改竄トラップ: 偽りの出口』

「……なるほど。確かに、悪趣味だ」
特に厄介なのは、『絶望の天秤』と名付けられたトラップだった。そのロジックは、『踏み込んだ者の、最も希望に満ちた未来を観測し、その対価として、最も絶望的な過去の記憶を強制的に追体験させる』という、因果律そのものに干渉する、極めて高度な代物だった。
通常の冒険者なら、これに気づかず踏み込んだ瞬間、精神が崩壊していただろう。

「どうした、人間? 何か見つけたか?」
ヴォルグが、俺が立ち止まったのを見て、尋ねてきた。
「ああ。この先の床に、面白い仕掛けがある」
俺は、彼にトラップの概要を説明した。ヴォルグは、それを聞き、顔を青ざめさせた。
「そ、そんな馬鹿な……! その罠は、ベルフェゴール様が作り上げた最高傑作の一つ! 物理的にも、魔力的にも、一切、観測は不可能なはずだ! なぜ、貴様が、その効果を知っている!?」
「言ったはずだ。俺は、この世界の『ルール』そのものを、読むことができる、と」
俺は、トラップが仕掛けられた床の前に立つと、目を閉じた。
そして、【ワールド・エディタ】の、真の力の一端を、解放する。

「編集コマンド、『法則の置換(ルール・スワップ)』」
俺は、このトラップが準拠している、因果律の法則そのものに、介入した。
『希望と絶望の等価交換』という、その根源的なルールを、全く別の、無意味なルールに、強制的に書き換える。
『――踏み込んだ者の、靴の裏の汚れを観測し、その対価として、床を綺麗にする』、と。

編集が完了した瞬間、トラップを構成していた禍々しい魔法陣が、一瞬で、無害な、ただの掃除用の魔法陣へと、その性質を変えた。
俺は、何事もなかったかのように、その床の上を、悠然と歩いてみせた。
俺が通り過ぎた後、黒曜石の床が、キュッ、と、僅かに綺麗な音を立てた。
「…………」
ヴォルグは、もはや、驚愕を通り越し、恐怖に近い感情で、俺の背中を見つめていた。
法則そのものを、書き換える。
それは、神ですら、容易くは行えない、世界の創造主だけが許された、禁断の御業のはずだった。

静かな回廊を、俺たちの足音だけが響く。
緊張感のある道中だったが、フレアは、どこか楽しそうだった。
「なあカイト、なんか、すげえダンジョン攻略してるって感じだな! ワクワクしてきたぜ!」
彼女は、俺の隣に並んで、小声で話しかけてくる。
「だが、油断はするなよ。ここから先は、もっとヤバいのが出てくるはずだ」
「分かってるって。でも、お前とルナがいれば、どんな敵だって怖くねえよ」
彼女は、そう言って、俺の背中を軽く叩いた。その手つきには、絶対的な信頼がこもっていた。
「海斗さん、フレアさん。あまり、はしゃいではいけません。魔力の消耗は、極力、避けるべきです」
ルナが、母親のように、優しく、しかし、的確に、俺たちを諫める。
「分かってるよ。でも、ルナ。お前こそ、無理はするな。さっきの封印を解いた時、かなり魂に負担がかかったはずだ」
俺が彼女を気遣うと、ルナは、嬉しそうに、そして、少しだけ恥ずかしそうに、微笑んだ。
「……大丈夫です。あなたの傍にいられるなら、わたくしは、無限に、力が湧いてきますから」
その言葉に、俺の心臓が、少しだけ、速く脈打った。

仲間との、そんなやり取りが、この不気味な城の中で、俺の心を、確かに支えてくれていた。
俺は、一人ではない。
この、かけがえのない仲間たちを守るためなら、どんな力だって、使ってやる。

やがて、長い回廊が終わり、俺たちは、巨大な円形のホールへとたどり着いた。
そのホールの中央には、一体の、巨大なドラゴンが、静かに、とぐろを巻いて眠っていた。
「……ドラゴン!?」
フレアが、身構える。
だが、俺は、すぐに、それが幻影であることを見抜いた。しかし、ただの幻影ではない。
「気をつけろ。これは、精神に直接干渉し、魂を喰らう、特殊な幻影魔法だ」

「ククク……。よくぞ見抜いたな、侵入者よ」
ホールの天井から、粘つくような、嘲笑する声が響き渡った。
「我が名は、ベルフェゴール。この『夢幻の劇場』へようこそ。さあ、貴様らの魂が、絶望に染まり、喰われる様を、特等席で、観劇させてもらうとしよう」
声と共に、眠っていたドラゴンが、ゆっくりと目を開き、俺たちに向かって、咆哮を上げた。
その咆哮は、音波ではなく、純粋な『恐怖』の感情そのものとなって、俺たちの精神を、直接、揺さぶってくる。
「ぐっ……! あ、頭が……!」
フレアが、頭を押さえて、その場に膝をついた。
「フレアさん!」
ルナも、顔を青ざめさせている。
このままでは、ジリ貧だ。

俺は、この幻影魔法の、ソースコードを、高速で解析した。
そして、そのロジックの中に、一つの、致命的な欠陥(バグ)を発見した。
それは、『幻影が対象に与えた精神ダメージの一部を、術者にフィードバックし、魔力として還元する』という、効率化のためのルーチンだった。
だが、そのフィードバックの処理に、バグがあった。特定の条件下で、ダメージが、魔力ではなく、『痛み』として、術者に、そのまま返ってしまうのだ。

(……見つけたぜ、ベルフェゴール)
俺は、口の端を、歪めて笑った。
「【ワールド・エディタ】、編集コマンド、『フィードバック・アンプリファイ』! 術者へのダメージフィードバック率を、1%から、1000%に、増幅せよ!」

俺が、そのコマンドを実行した、次の瞬間。
ホールに響き渡っていた、ドラゴンの咆哮が、突如として、甲高い、人間の悲鳴へと変わった。

「――ぎゃあああああああああああああああっ!?」

城のどこか、遥か遠くの玉座で、この光景を、優雅に観劇していたはずの、ベルフェゴールの絶叫だった。
彼が俺たちに与えようとした精神ダメージが、増幅され、全て、彼自身に跳ね返ったのだ。
術者がダメージを受けたことで、幻影魔法は、その維持を失い、巨大なドラゴンは、ガラスが砕けるように、あっけなく消滅した。
後に残されたのは、静まり返った、だだっ広いホールだけ。

「……はぁ、はぁ……。き、消えた……?」
フレアが、まだ信じられないといった様子で、顔を上げた。
「ああ。術者が、自分でかけた魔法で、自滅しただけだ」
俺が、こともなげに言うと、フレアとルナは、もはや、驚くことすらせず、ただ、呆れたように、俺を見つめていた。

俺たちは、ホールの奥へと進んだ。
その先には、巨大な、黒水晶で作られた、観音開きの扉が、そびえ立っていた。
俺たちが近づくと、その扉が、ギィィ、と、重々しい音を立てて、独りでに、ゆっくりと、開いていく。

扉の向こうは、眩いほどの光に満ちていた。
そして、その光の中心から、圧倒的なプレッシャーと共に、一つの人影が、静かに、姿を現した。
燃えるような、真紅の髪。血のように赤い、ドレスアーマー。そして、その手には、禍々しいオーラを放つ、巨大な鎌(デスサイズ)が握られている。
その瞳は、嫉妬の炎に燃え、俺たちを、まるで、親の仇でも見るかのように、激しい憎悪を込めて、睨みつけていた。

「……よくも、ベルフェゴールを、弄んでくれたな、下郎ども」
その声は、美しく、しかし、底知れない、狂気を孕んでいた。
「我が名は、リリス。『嫉妬の魔女』にして、魔王軍四天王筆頭。貴様らの魂は、この私が、八つ裂きにしてくれる……!」
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