ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第十五話 初めての「わがまま」

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黄金色の花を咲かせてから、私の聖力の訓練は目に見えて上達していった。
カイザーの言う通り、一度「巡らせる」感覚を掴んでしまえば、後はそれを体に馴染ませるだけだった。焦げ付かせてしまう種の数は次第に減り、今ではほとんど失敗することなく、可憐な花を咲かせることができる。
「すごいですね、アリア様! このお花、とても良い香りがします!」
「こちらの実は、とても甘くて美味しいですわ!」
私の訓練の成果は、空中庭園に住む小さな妖精たちにも大好評だった。彼らは私が咲かせた花の蜜を吸ったり、実らせた果実を食べたりしては、きらきらと光る粉を振りまきながら私の周りを飛び回る。
そんな彼らの姿を見ていると、自然と笑みがこぼれた。
私の力が、誰かを喜ばせている。
教会に命じられて癒やしの力を使うのとは違う。自分の意思で、自分の楽しみのために使った力が、結果として誰かの笑顔に繋がっている。その事実が、私の心をじんわりと温かくした。

訓練を始めてから、一月ほどが経ったある日のこと。
その日も、私はカイザーと共に空中庭園にいた。私の聖力の訓練は、彼の庭仕事の時間と重なることが多かった。彼は黙々と土を耕し、私はその隣で小さな種に意識を集中させる。言葉を交わさずとも、そこには穏やかで満たされた空気が流れていた。
ふと、私はカイザーが植えた白いスズランのような花に目を留めた。
あの日、「お前が好きそうだと思った」と言って、彼が植えてくれた花だ。その花は、今ではたくさんの小さな蕾をつけ、もうすぐ可憐な花を咲かせようとしていた。
私はその花壇の前に屈み込み、まだ固い蕾にそっと指で触れた。
「カイザー様」
私は、庭の手入れをする彼の大きな背中に、呼びかけた。
「なんでしょう」
彼は手を止めずに、短く答える。
「このお花……私も、一緒にお世話をしてもよろしいでしょうか」
言ってしまってから、はっとした。
なんて、厚かましいことを言ってしまったのだろう。ここは彼の庭で、ここの植物は全て彼が慈しみ、育ててきたものだ。そこに、私のような未熟者が手を出したいだなんて。
慌てて、言葉を撤回しようとする。
「あ、いえ、すみません! 今のは忘れて……」
「……なぜだ」
私の言葉を遮って、カイザーが静かに振り返った。その黒曜石の瞳が、真っ直ぐに私を見つめている。
「なぜ、今言ったことを忘れろなどと言う」
「それは……カイザー様が、大切にされているお花ですから。私なんかが、触れてはいけないと……」
「俺は、そんなこと一言も言っていない」
彼の声には、わずかに苛立ちの色が滲んでいた。
「お前は、この花の世話がしたいのだろう? 違うか?」
「……はい」
「なら、そうすればいい。なぜ、そこに俺の許可が必要なのだ。なぜ、そうやってすぐに自分を卑下する」
彼の言葉は、まるで鋭い矢のように私の胸に突き刺さった。
そうだ。まただ。
私は、また無意識のうちに、自分を低い場所に置いていた。自分には価値がないから、誰かの許可がなければ何もしてはいけない。その、長年染み付いた「聖女」の癖が、また顔を出してしまったのだ。
『お前は、お前のことを一番に考えろ』
いつか彼が言ってくれた言葉が、脳裏に蘇る。
私は、自分の「したい」という気持ちに、もっと素直になっていいはずだ。
私は俯いたまま、小さな声で、しかしはっきりと自分の願いを口にした。
「……このお花の、お世話がしたいです。カイザー様と、一緒に」
沈黙が、流れた。
何か、間違ったことを言ってしまっただろうか。やはり、出過ぎた願いだっただろうか。
不安になって、おそるおそる顔を上げる。
すると、そこにいたのは、見たこともない表情をしたカイザーだった。
彼は、目を、これ以上ないというくらい大きく見開いていた。その黒曜石の瞳は、驚きと、困惑と、そして、今まで見たこともないほどの……歓喜の光で、きらきらと輝いていた。
口は、半開きのまま固まっている。
まるで、信じられない奇跡でも目の当たりにしたかのような、そんな顔だった。
「か、カイザー様……?」
私が心配になって声をかけると、彼ははっと我に返ったように、一度、二度と瞬きをした。そして、ごほん、と一つ大きな咳払いをする。
「……あ、ああ。分かった。ならば、そうしろ」
その声は、平静を装ってはいたが、わずかに上ずっていた。
彼は私に背を向けると、足早に道具小屋の方へ向かってしまう。
「……小さいシャベルがあったはずだ。お前用のものを、取ってくる」
その背中が、なんだかそわそわとして落ち着きがないように見えた。
私は、彼の意外な反応にきょとんとしながらも、胸の奥がぽかぽかと温かくなるのを感じていた。
私の、初めての「わがまま」。
それは、彼を怒らせるどころか、あんなにも喜ばせてしまったらしい。
道具小屋から戻ってきたカイザーは、私に小さなシャベルを手渡してくれた。その手つきは、どこかぎこちない。
「……土を、あまり深く掘りすぎないように。根を傷つける」
「はい」
「それから、水はやりすぎるな。根腐れの原因になる」
「はい」
彼は、普段の落ち着きが嘘のように、早口で注意点を並べ立てる。その様子がなんだか微笑ましくて、私はくすくすと笑ってしまった。
私の笑い声に、彼の動きがぴたりと止まる。そして、彼は気まずそうに顔を背けると、ぽつりと呟いた。
「……初めて、お前から『したい』と、聞いた」
その声は、とても、とても優しかった。
私は、シャベルを握る手に力を込めた。
「これからも、たくさん、言ってもいいですか」
「……ああ」
彼は、短く、けれど力強く、答えてくれた。
その日、私たちは並んで花壇の前に屈み込み、小さな花の世話をした。
土の感触。花の香り。そして、隣にいる彼の温かい気配。
その全てが、私にとってかけがえのない宝物になっていく。
自分を大切にすること。自分の願いを口にすること。
それは、誰かを傷つけることではなく、むしろ、大切な人を喜ばせることに繋がるのかもしれない。
この過保護な竜は、私にまた一つ、大切なことを教えてくれた。
私は、心からの感謝を込めて、小さな蕾にそっと語りかけた。
「綺麗に、咲いてね」
その声は、きっと隣にいる彼にも、届いていたはずだ。
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