ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第四十七話 揺らぐ正義

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私の告白は、重い沈黙となって、その場にいる三人の心を支配した。
レオンは、立ち尽くしたまま、動かなかった。その青い瞳は、行き場を失ったように虚空を彷徨い、その表情は、苦悩と混乱の色で塗りつ潰されている。
彼が、その半生を懸けて信じてきた「正義」。
それは、絶対的な善と悪を定め、弱きを助け、強きを挫く、という、単純明快で、力強いものだった。魔王という、分かりやすい「悪」がいた頃は、その正義は、何よりも輝いていた。
だが、今。
私の言葉が、その単純な世界を、根底から揺るがしている。
聖女を虐げていた、王国。
聖女を救った、黒竜。
善と悪が、逆転している。いや、そもそも、この世界は、そんな単純な二色で塗り分けられるものではなかったのだ。
その、あまりにも複雑で、ままならない現実を、彼の真っ直ぐすぎる正義は、受け止めきれずにいた。
「……そんな、ことが」
ようやく、レオンが、絞り出すように呟いた。
「王国が……アリア、君に、そんな仕打ちを……」
その声には、深い後悔と、自責の念が滲んでいた。
彼は、気づいていたのだ。薄々、感じ取ってはいた。だが、見て見ぬふりをした。自分の新たな立場と、役目を、優先してしまった。その罪悪感が、今、彼の心を、鋭く苛んでいる。
「……だが、それでも」
彼は、顔を上げた。その瞳には、まだ、迷いの色が残っている。
「そうだとしても、なぜ、竜なのだ……! 他に、方法はあったはずだ! 私に……私に、一言、相談してくれていれば……!」
その、悲痛な叫び。
それは、友として、頼られなかったことへの、寂しさの表れでもあった。
私は、静かに、首を振った。
「無理だったわ、レオン。あの時の私には、誰かに助けを求めるなんて、そんな気力は、もう残っていなかった。それに……もし、あなたに相談していたら、あなたは、きっと、国と私の間で、板挟みになって、苦しんだはずよ」
「……っ!」
「私は、あなたに、そんな思いをさせたくなかった」
その言葉は、彼の心を、さらに、深く抉った。
彼は、唇を強く噛み締め、何も言えずに、俯いてしまう。
そんな、苦悩するレオンの姿を。
そして、そんな彼を、悲しげな瞳で見つめる私の姿を。
カイザーは、ただ、黙って、見つめていた。
やがて、彼は、静かに、口を開いた。
その声は、今までのような、敵意や警戒心を含んだものではなく、ただ、淡々と、事実を語るような、穏やかな響きを持っていた。
「……勇者レオンよ」
彼の声に、レオンは、はっと顔を上げた。
「お前が、彼女を思う気持ちは、本物なのだろう。友人として、彼女を救いたいという、その正義も、決して、偽りではない」
その、意外な言葉。
レオンは、戸惑ったように、カイザーを見つめ返した。
「だが、お前の正義は、あまりにも、狭い」
「……何だと?」
「お前は、人間という、種族の視点からしか、物事を見ていない。竜は悪であり、人間は善である。聖女は、人間の元にいるべきだ、と。その、凝り固まった常識が、お前の目を、曇らせているのだ」
カイザーは、ゆっくりと、レオンに向かって、歩み寄った。
その動きには、もはや、敵意はない。
「この世界は、お前が思っているよりも、ずっと、広く、そして、複雑だ。人間だけが、この世界の住人ではない。そして、人間が定めた正義だけが、唯一の正義でもない」
彼は、レオンの目の前で、足を止めた。
竜王と、勇者。
二人の、伝説的な存在が、初めて、武器を交えることなく、至近距離で、対峙する。
「……ならば、お前の正義とは、何だというのだ」
レオンが、問いかける。
「お前は、一体、何のために、アリアを、ここに置いている。ただの、気まぐれか。それとも、何か、別の目的が、あるのか」
その、根源的な問い。
カイザーは、その問いに、すぐには答えなかった。
彼は、一度、私の方を、振り返った。その黒曜石の瞳に、深い、深い慈しみの色が、浮かぶ。
そして、彼は、再び、レオンに向き直ると、静かに、しかし、その場にいる、全ての者の魂に響き渡るような、厳かな声で、告げた。
「―――それは、古の、契約だ」
その言葉が、全ての始まりだった。
私と、彼と、そして、この世界の、本当の物語の、始まり。
揺らぐ正義。
レオンの中で、今まで、絶対的なものだと信じていた世界の形が、音を立てて、崩れ落ちていく。
その、瓦礫の向こうに、一体、どのような真実が、待っているのか。
それを知る者は、まだ、誰もいなかった。
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