ドラゴンに攫われた聖女ですが、このドラゴン、めちゃくちゃ過保護でイケメンです

夏見ナイ

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第百話 始まりの空へ

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レオンが去った後のテラスには、穏やかな風が吹き抜けていた。
彼の最後の言葉が、まだ私の心の中で温かく響いている。
『友人として、遊びに来るよ』
そうだ。
私たちの物語は終わったわけではない。
それぞれの場所で、それぞれの人生を歩みながら。
これからもずっと続いていくのだ。
私は隣に座るカイザーの肩に、そっと頭をもたせかけた。
彼は何も言わずに、その腕で私の体を優しく抱き寄せてくれる。
「……良かったのか」
彼が私の髪に顔をうずめながら尋ねた。
「聖女として生きる道もあったはずだ。多くの人々に感謝され、尊敬される輝かしい人生を」
「いいえ」
私は首を振った。
「私にとって一番輝いているのは、あなたと共にいるこの何気ない時間です。世界の誰に褒められるよりも、あなたがただ一人そばにいて笑ってくれること。それ以上の幸せはありません」
私の偽らざる本心。
それを聞いてカイザーは愛おしそうに、私の額に優しい口づけを落とした。
「……俺もだ」
彼の低い声が私の心に溶けていく。
「お前と出会って、俺の数千年の灰色の時間は初めて色づいた。お前こそが俺の世界の全てだ」
私たちは言葉もなく、ただ寄り添い互いの存在を確かめ合っていた。
眼下にはどこまでも続く美しい雲海。
その遥か下界では今、私たちの仲間たちが新しい世界のために懸命に生きている。
その営みをこの天空の城から静かに見守っていく。
それもまた私たちに与えられた新たな役目なのかもしれない。
「……ねえ、カイザー様」
「なんだ」
「お腹が空きました」
私がそう言うと、彼は一瞬きょとんとした顔をしたが、やがて堪えきれないというように声を上げて笑った。
それは私が初めて聞く、彼の心からの大笑いだった。
「ははははは! そうか。それなら何か作らねばな」
「はい! 今日は私が腕を振るいます! レオンも食べたがっていた特製のビーフシチューを!」
「それは楽しみだ」
私たちは立ち上がった。
そして手を繋ぎ、厨房へと向かって歩き出す。
いつもと何も変わらない日常。
けれど、その一歩一歩が今までとは比べ物にならないほど愛おしく、そして輝いて見えた。

数日後。
リンドバーグ王国から正式な発表がなされた。
聖女アリアは、その偉大なる役目を終え、天上の聖域へと帰還された、と。
人々はその報せに寂しさを感じながらも、彼女の新たな門出を心から祝福した。
そして彼女が残してくれた平和と希望を胸に、力強く未来へと歩み始めた。
もう誰も彼女を「堕ちた聖女」などと呼ぶ者はいなかった。
彼女は永遠に人々を救った偉大なる聖女として、語り継がれていく。

そして、その伝説の聖女は。
今、天空の城のキッチンでエプロン姿で鼻にクリームをつけながら、一生懸命ケーキの泡立てをしていた。
「うーん……なかなか角が立ちませんね……」
「貸してみろ。泡立てにはコツがいるんだ」
その隣では黒い上質なシャツを腕まくりした絶世の美丈夫が、慣れた手つきでボウルを受け取る。
「わっ! すごいです、カイザー様! あっという間に!」
「ふん。この程度、造作もない」
そんな、どこにでもある恋人たちの甘い光景。
これが私たちの選んだ未来。
これが私たちの永遠に続く幸せな物語。
ケーキが焼き上がり、二人でテラスでそれを食べた後。
カイザーは私をその腕に抱きしめたまま言った。
「……アリア」
「はい」
「そろそろ正式に、誓いの儀式をしないか」
「え……?」
「俺の番(つがい)となるための、古の竜の儀式だ。……嫌か?」
その問い。
私は満面の笑みで首を振った。
「嫌なわけありません! 喜んで!」
私の答えに彼は満足そうに微笑む。
そして、私たちはもう一度深く、深く口づけを交わした。
始まりの空へ。
攫われた聖女の物語はここで終わりを告げる。
そしてここから始まるのだ。
竜とただの少女の、どこまでも甘く、そして幸せな永遠の日々が。
「おかえり、アリア」
「ただいま、カイザー」
二人の声が、どこまでも青く澄み渡る空に溶けていく。

**【完】**
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