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第76話:イザベラの嫌がらせ
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王宮の大広間は、まさに光の洪水だった。
巨大なシャンデリアが放つまばゆい光、壁に飾られた金銀の装飾、そして集まった貴族たちが身に着けた宝飾品。その全てが互いに光を反射し合い、この世のものとは思えないほどきらびやかな空間を作り出していた。
私とアシュレイ様がその入り口に姿を現した、その瞬間。
あれほどまでに騒がしかった広間の喧騒が、まるで潮が引くようにすうっと静まり返った。
全ての視線が、私たち二人に釘付けになる。
私はアシュレイ様に教わった通り背筋を伸ばし、顎を引いて、その数多の視線を堂々と受け止めた。
やがて、誰からともなく感嘆のため息が漏れ始めた。
「……まあ」
「なんと美しい……」
「あれが聖女リナリア様か……」
「噂には聞いていたが、これほどとは……。まるで月の女神のご降臨だ」
賞賛の声が、さざ波のように広間全体へと広がっていく。
純白のドレス、首元で輝く『星の涙』、そして頭上で気高い光を放つティアラ。その全てが、私という存在を人間を超越した神聖なものへと昇華させているようだった。
そして、その隣に立つ漆黒の軍服に身を包んだ、絶対的な存在感を持つアシュレイ様。
光と闇。白と黒。
その完璧な対比は、見る者全てを完全に圧倒した。
私たちは、まるで舞台の主役のように、その視線の海の中をゆっくりと優雅に進んでいった。
もちろん、全ての視線が好意的なものばかりではなかった。
広間の一角。そこには謹慎が解けたばかりの数人の令嬢たちが集まっていた。その中心にいたのは、やはり姉のイザベラだった。
彼女は、燃えるような深紅のドレスに身を包んでいた。それは彼女の華やかな美貌を際立たせてはいたが、同時にその瞳の奥に燃え盛る、どす黒い嫉妬の炎を隠しきれてはいなかった。
彼女は、私に向けられる賞賛の声をまるで自分のことのように聞きながら、その唇をわなわなと震わせていた。
(ありえない……! なぜあんな女が、私よりも注目を……!)
プライドをずたずたに引き裂かれ、彼女の心はもはや正常ではいられなかった。
隣に立つ取り巻きの令嬢たちが、彼女の機嫌を取るように囁きかける。
「イザベラ様、お気を確かに。あのような成り上がりの娘、所詮は化けの皮を被っているだけでございますわ」
「そうですわ。ここで少し、あばずれの本性を皆様の前で暴いて差し上げてはいかがでしょう」
その悪魔の囁きに、イザベラの瞳が危険な光を宿した。
彼女は近くを通りかかった給仕のトレーから、一杯の赤い葡萄酒(ワイン)を何気ない仕草で手に取った。
そして、ちょうど国王陛下への挨拶を終え人々の輪の中へと戻ってきた私たちの進路を塞ぐようにして、立ち塞がった。
「ごきげんよう、公爵閣下。そして……」
イザベラは私を見下ろし、その唇に作り物のような甘い笑みを浮かべた。
「まあ、見違えたわね、リナリア。その安っぽいドレス、どこで拾ってきたのかしら?」
その、あまりにも直接的で品性のない侮辱の言葉。
周囲の貴族たちが息をのむのが分かった。
アシュレイ様の纏う空気が、一瞬にして絶対零度まで下がる。
しかし、私が彼の腕をそっと制するように握った。
私はもう、怯えて俯く妹ではなかった。
私はイザベラに向き直ると、練習した通りに完璧で、しかしどこか相手を見下すような冷ややかな微笑みを浮かべてみせた。
「ごきげんよう、お姉様。あなた様こそ、その……燃え上がるようなお色のドレス、とてもよくお似合いですわ。まるであなた様の心の中を、そのまま表しているかのようで」
その静かだが鋭い皮肉。
イザベラの笑顔が、一瞬だけひくりと引きつった。
彼女は動揺を隠すように、わざとらしく私のドレスを品定めするように見つめた。
「それにしても、純白とは。まさかあなた、自分が清純だとでも思っているのかしら? 公爵様を誑かした魔性の女のくせに」
その言葉と共に彼女は、まるで足元がふらついたかのように身体をぐらりと傾けた。
そして、その手に持っていた赤い葡萄酒が、計算され尽くした角度で私の純白のドレスに向かってぶちまけられた。
「きゃっ!」
イザベラが、わざとらしい悲鳴を上げる。
周囲から驚きの声が上がった。
純白のドレスに、鮮血のような赤い染みが広がる。その光景は、誰の目にも悲劇的に映っただろう。
イザベラの計画はこうだ。
私がドレスを汚されたことに動揺し、泣き喚くか、あるいは怒り狂ってみっともない姿を晒す。そうすれば『聖女』という化けの皮は剥がれ落ち、彼女はただの感情的な小娘だと皆が認識するだろう。
そう、彼女は確信していた。
「まあ、大変! ごめんなさいね、リナリア。手が滑ってしまったわ」
イザベラは心の中の勝利を確信しながら、勝ち誇ったように私を見下ろした。
しかし。
私の反応は、彼女の予想を完全に裏切るものだった。
巨大なシャンデリアが放つまばゆい光、壁に飾られた金銀の装飾、そして集まった貴族たちが身に着けた宝飾品。その全てが互いに光を反射し合い、この世のものとは思えないほどきらびやかな空間を作り出していた。
私とアシュレイ様がその入り口に姿を現した、その瞬間。
あれほどまでに騒がしかった広間の喧騒が、まるで潮が引くようにすうっと静まり返った。
全ての視線が、私たち二人に釘付けになる。
私はアシュレイ様に教わった通り背筋を伸ばし、顎を引いて、その数多の視線を堂々と受け止めた。
やがて、誰からともなく感嘆のため息が漏れ始めた。
「……まあ」
「なんと美しい……」
「あれが聖女リナリア様か……」
「噂には聞いていたが、これほどとは……。まるで月の女神のご降臨だ」
賞賛の声が、さざ波のように広間全体へと広がっていく。
純白のドレス、首元で輝く『星の涙』、そして頭上で気高い光を放つティアラ。その全てが、私という存在を人間を超越した神聖なものへと昇華させているようだった。
そして、その隣に立つ漆黒の軍服に身を包んだ、絶対的な存在感を持つアシュレイ様。
光と闇。白と黒。
その完璧な対比は、見る者全てを完全に圧倒した。
私たちは、まるで舞台の主役のように、その視線の海の中をゆっくりと優雅に進んでいった。
もちろん、全ての視線が好意的なものばかりではなかった。
広間の一角。そこには謹慎が解けたばかりの数人の令嬢たちが集まっていた。その中心にいたのは、やはり姉のイザベラだった。
彼女は、燃えるような深紅のドレスに身を包んでいた。それは彼女の華やかな美貌を際立たせてはいたが、同時にその瞳の奥に燃え盛る、どす黒い嫉妬の炎を隠しきれてはいなかった。
彼女は、私に向けられる賞賛の声をまるで自分のことのように聞きながら、その唇をわなわなと震わせていた。
(ありえない……! なぜあんな女が、私よりも注目を……!)
プライドをずたずたに引き裂かれ、彼女の心はもはや正常ではいられなかった。
隣に立つ取り巻きの令嬢たちが、彼女の機嫌を取るように囁きかける。
「イザベラ様、お気を確かに。あのような成り上がりの娘、所詮は化けの皮を被っているだけでございますわ」
「そうですわ。ここで少し、あばずれの本性を皆様の前で暴いて差し上げてはいかがでしょう」
その悪魔の囁きに、イザベラの瞳が危険な光を宿した。
彼女は近くを通りかかった給仕のトレーから、一杯の赤い葡萄酒(ワイン)を何気ない仕草で手に取った。
そして、ちょうど国王陛下への挨拶を終え人々の輪の中へと戻ってきた私たちの進路を塞ぐようにして、立ち塞がった。
「ごきげんよう、公爵閣下。そして……」
イザベラは私を見下ろし、その唇に作り物のような甘い笑みを浮かべた。
「まあ、見違えたわね、リナリア。その安っぽいドレス、どこで拾ってきたのかしら?」
その、あまりにも直接的で品性のない侮辱の言葉。
周囲の貴族たちが息をのむのが分かった。
アシュレイ様の纏う空気が、一瞬にして絶対零度まで下がる。
しかし、私が彼の腕をそっと制するように握った。
私はもう、怯えて俯く妹ではなかった。
私はイザベラに向き直ると、練習した通りに完璧で、しかしどこか相手を見下すような冷ややかな微笑みを浮かべてみせた。
「ごきげんよう、お姉様。あなた様こそ、その……燃え上がるようなお色のドレス、とてもよくお似合いですわ。まるであなた様の心の中を、そのまま表しているかのようで」
その静かだが鋭い皮肉。
イザベラの笑顔が、一瞬だけひくりと引きつった。
彼女は動揺を隠すように、わざとらしく私のドレスを品定めするように見つめた。
「それにしても、純白とは。まさかあなた、自分が清純だとでも思っているのかしら? 公爵様を誑かした魔性の女のくせに」
その言葉と共に彼女は、まるで足元がふらついたかのように身体をぐらりと傾けた。
そして、その手に持っていた赤い葡萄酒が、計算され尽くした角度で私の純白のドレスに向かってぶちまけられた。
「きゃっ!」
イザベラが、わざとらしい悲鳴を上げる。
周囲から驚きの声が上がった。
純白のドレスに、鮮血のような赤い染みが広がる。その光景は、誰の目にも悲劇的に映っただろう。
イザベラの計画はこうだ。
私がドレスを汚されたことに動揺し、泣き喚くか、あるいは怒り狂ってみっともない姿を晒す。そうすれば『聖女』という化けの皮は剥がれ落ち、彼女はただの感情的な小娘だと皆が認識するだろう。
そう、彼女は確信していた。
「まあ、大変! ごめんなさいね、リナリア。手が滑ってしまったわ」
イザベラは心の中の勝利を確信しながら、勝ち誇ったように私を見下ろした。
しかし。
私の反応は、彼女の予想を完全に裏切るものだった。
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