外れスキル【修復】で追放された私、氷の公爵様に「君こそが運命だ」と溺愛されてます~その力、壊れた聖剣も呪われた心も癒せるチートでした~

夏見ナイ

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第79話:月下でのダンス

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オーケストラが、優雅で甘美なワルツのメロディーを奏で始めた。
広間の中央、広大なダンスフロアに最初に足を踏み入れたのは、私たち二人だけだった。全ての貴族たちが壁際に下がり、これから始まるであろう特別なダンスを固唾をのんで見守っている。
アシュレイ様は私の手を優しく取り、もう片方の手を私の腰にそっと回した。
あの秘密のレッスンが鮮やかに蘇る。
彼の逞しい腕に抱かれ、その距離の近さに私の心臓は甘く、そして激しく高鳴った。
「……準備はいいか」
私の耳元で、彼の低い声が囁く。
「はい」
私は彼の瞳をまっすぐに見つめ返し、こくりと頷いた。
音楽の始まりと共に、彼は私を導くように最初のステップを踏み出した。
一、二、三。一、二、三。
私たちは、まるで水の上を滑るかのように優雅に、そして滑らかに踊り始めた。
私の身体は完全に彼に預けられていた。彼の完璧なリードに導かれ、私の足はまるで魔法にでもかかったかのように、自然と正しいステップを踏んでいく。
くるり、と彼が私を回転させる。
純白のドレスの裾が、夜会に咲いた大輪の花のようにふわりと広がった。ドレスに縫い付けられた何千もの真珠が、シャンデリアの光を浴びてきらきらと無数の光の粒を振りまいた。
その光景はあまりにも幻想的で、見る者全てを完全に魅了した。
広間からは、感嘆のため息がさざ波のように聞こえてくる。
「まあ、なんてお美しい……」
「まるで月の女神と夜の神が舞い踊っているようだわ」
「あのお二人こそ、真にお似合いのカップルだ」
賞賛の声が、私たちの耳にも届いてくる。
けれど、そんな声はもはや私たちの意識にはほとんど入っていなかった。
私たちの世界には、ただこの甘美な音楽と、そして互いの存在だけしかなかった。
私は彼の胸に顔をうずめるようにして、その力強い鼓動を感じていた。
彼は私の髪に頬を寄せるようにして、その優しい香りを感じていた。
言葉はなかった。
ただ視線と、触れ合う身体の温もりだけで、私たちの心は完璧に一つに結ばれていた。
愛している。
その声にならない想いが、互いの魂の間を熱く、そして確かに、行き交っていた。

「……少し、暑くないか」
一曲目が終わりを告げようとする、その時。
アシュレイ様が、私の耳元で囁いた。
「ええ、少しだけ」
広間の熱気と、そして私たちの心の高揚が、私の頬をほんのりと火照らせていた。
「少し風に当たろう」
彼はそう言うと、曲が終わると同時に私の手を引き、人々の視線から逃れるようにダンスフロアを抜け出した。
そして彼が私を連れて行ったのは、大広間に隣接する広大なテラスだった。
ひんやりとした心地よい夜風が、私たちの火照った身体を優しく撫でていく。
テラスからは王宮の美しい庭園と、そしてその向こうに広がる王都の夜景が一望できた。
空には、満月が銀色の円盤のように静かに浮かんでいる。
「……綺麗」
私は手すりに寄りかかり、その美しい光景に思わずため息を漏らした。
「ああ」
私の隣に立ったアシュレイ様も、静かにそう相槌を打った。
しばらくの間、私たちは言葉もなく、ただ静かに流れる夜の時間を共有していた。パーティーの喧騒が、まるで遠い世界の音楽のように微かに聞こえてくる。
やがてアシュレイ様が私に向き直った。
その紫の瞳は月明かりを浴びて、どこまでも深く、そして優しく輝いていた。
「リナリア」
彼は私の名前を、まるで宝物のようにそっと呼んだ。
そしてあのダンスレッスンの時のように、再び私の前に跪くと、私の手を優雅にその両手で取った。
「……もう一度、私と踊ってはくれないだろうか」
彼のその申し出に、私はきょとんとした。
「でも、音楽が……」
「音楽ならここにある」
彼はそう言うと、空いている方の手で夜空を指さした。
そこには満月と、そして無数の星々が静かに、そして壮麗に輝いていた。
「風の囁きが歌ってくれる。星の瞬きがリズムを刻んでくれる。そして月の光が、私たち二人だけを照らしてくれる」
その言葉は、どんな詩人の言葉よりも詩的でロマンチックだった。
私は胸がいっぱいになりながら、こくりと頷いた。
彼は立ち上がると、私をその腕の中にそっと抱き寄せた。
そして、私たちは再び踊り始めた。
音楽のない、静寂の中で。
ただ、互いの心臓の鼓動だけをリズムにして。
月明かりが、私たち二人だけのためのスポットライトのように降り注ぐ。
それはまるで、世界に私たち二人きりしか存在しないかのような、完璧で神聖な時間だった。
私たちは言葉もなく、ただ互いの魂を求め合うように、くるりくるりと舞い続けた。
その姿は、まるで一枚の美しい絵画のようだった。
月の女神と彼女を愛する夜の神が、永遠の愛を誓い合う伝説の一場面。
そのあまりにも美しく幻想的な光景を。
テラスの柱の陰から、じっと見つめている一つの影があったことに。
この時の私たちは、まだ気づいてはいなかった。
月下での私たちのダンスは、永遠に続くかのようにどこまでもどこまでも甘く、そして静かに続いていた。
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