破滅の運命を覆すため、悪役貴族は影で最強を目指す 〜歴史書では断罪される俺だが、未来知識と禁忌の魔法で成り上がってみせる〜

夏見ナイ

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第八十六話 共闘、再び

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「小僧が……! どこまでも俺の邪魔をしおって!」
頬から血を流しながら、宰相ゲルハルトが憎悪に満ちた声で叫んだ。彼の怒りに呼応するように、魔城と化した玉座の間が唸りを上げ、無数の触手や骨の槍が意志を持った生き物のように俺たちへと襲いかかる。
「アレン!」
父の鋭い声が飛ぶ。
「ここの雑魚は我々が引き受けた! お前は宰相を討て!」
「御意!」
俺は短く応えると、一直線に宰相へと向かって駆け出した。父と兄たち、そしてセラが俺が進むための道を切り開くように左右に展開し、襲い来る魔城の攻撃を迎え撃つ。
「させんぞ!」
宰相の前に立ちはだかったのは、「黒曜石の牙」の生き残りである数名の幹部たちだった。彼らはヴォルグ亡き後の組織を束ねる、いずれも劣らぬ手練れたちだ。
だが、彼らの前に、もう一つの影が立ちはだかった。
「――君の相手は、僕だ」
第一王子カイウス・フォン・グランツ。
彼は俺の正体を知った衝撃から立ち直り、自らの役目を果たさんと剣を構えていた。その蒼い瞳にはもはや迷いはなかった。真の敵が誰であるのかを彼は完全に理解したのだ。
「王子殿下……!」
「ここは僕たちに任せろ!」
カイウスは駆けつけた近衛騎士団の精鋭たちと共に、蛇の幹部たちへと斬りかかっていく。炎の剣が、騎士たちの正義の剣が帝国の闇と激しく火花を散らす。
そして、その後方。
「聖なる光よ! 邪を払い、義しき者たちに祝福を!」
リリアーナが懸命に祈りを捧げていた。彼女から放たれる黄金色の光の波が戦場全体を包み込み、味方の傷を癒やし、その士気を鼓舞していく。魔城の邪悪な瘴気は彼女の神聖な光に触れるたびに、わずかにだが確実にその勢いを弱めていた。
全ての役者がそれぞれの持ち場で己の戦いを始めた。
そして俺はついに宰相ゲルハルトの目前へとたどり着いた。

「……ようやく、二人きりになれたな、宰相殿」
俺は剣の切っ先を彼の喉元へと向ける。
「面白い冗談だ、小僧」
宰相は頬の血を拭い、歪んだ笑みを浮かべた。
「この魔城の中では俺は一人ではない。俺は、この城そのものなのだよ!」
宰相の言葉通り、彼の足元から数本の巨大な骨の槍が俺の体を串刺しにせんと突き出してきた。
だが、俺はその攻撃を予測していた。
俺は槍が突き出すよりも早くその軌道上の影の中へと身を沈める。そして宰相の背後の影から音もなく姿を現した。
「――無駄だと言っているだろう」
俺の剣が彼の背中を薙ぐ。だが、その一撃は硬い感触と共に弾かれた。彼のローブの下には特殊な金属で編まれた魔法の鎧が隠されていたのだ。
「その程度か!」
宰相は振り返りざま、その掌から凝縮された闇のエネルギー弾を放ってきた。旧き神の力の一端。まともに食らえば俺の体など跡形もなく消し飛ぶだろう。
俺は咄嗟に「影の倉庫」から、ありったけの金属製の盾を自らの前に展開した。即席の影の防壁だ。
轟音と共に闇のエネルギー弾が盾に着弾する。盾は一枚、また一枚と紙のように蒸発していく。だが、その数瞬の時間稼ぎが俺に次の一手を打つための猶予を与えてくれた。
俺は爆風を避けるように大きく横へ跳んだ。
そして、その空中で俺はカイウスに向かって叫んだ。
「カイウス!」
「……!」
カイウスは蛇の幹部と斬り結びながら俺の声に反応した。
「奴の狙いは俺一人だ! お前はこの城の『核』を破壊しろ!」
「核だと!?」
「玉座の裏、螺旋階段の奥だ! 奴が儀式を行っていた祭壇! あれこそがこの魔城の心臓部だ! あれを破壊すればこの城は力を失う!」
俺が影分身を通して掴んだ、この魔城の唯一の弱点。
カイウスは一瞬だけ躊躇った。俺と共闘する。それは彼が最も忌み嫌っていたはずのヴァルハイトの悪に手を貸すことを意味するからだ。
だが、彼の目の前で父の部下である近衛騎士が魔城の触手に捕らえられ、悲鳴を上げて壁に飲み込まれていく。
その光景が彼の迷いを断ち切った。
「……分かった!」
カイウスは叫んだ。
「レオナール! リリアーナを頼む! 他の者たちは僕に続け! 目標は玉座の裏だ!」
彼は目の前の敵を力任せに弾き飛ばすと、騎士団の精鋭数名を引き連れ俺が示した場所へと一気に突撃を開始した。
「行かせるか!」
宰相はカイウスを止めようと新たな闇の魔法を放とうとする。
だが、俺がそれを許さなかった。
俺はカイウスと宰相の間に立ちはだかった。
「お前の相手は俺だと言ったはずだ」
「……どこまでも目障りな小僧め!」
宰相の怒りが頂点に達した。
ここからが本当の正念場だ。カイウスが核を破壊するまで、俺はこの最強の敵をたった一人で足止めしなければならない。
俺は剣を構え直した。そして背中合わせになるようにカイウスに告げる。それは俺たちが初めて交わす共闘の言葉だった。
「……借り一つ、だぞ。王子様」
「……ああ。この借りは必ず返してもらう。君を法の下で裁くことでな、アレン・フォン・ヴァルハイト」
カイウスは悪態をつきながらも、その口元には不敵な笑みが浮かんでいた。
光と影。王子と悪役。
二人の若き獅子は初めて同じ敵に向かってその背中を預け合った。
帝国の未来を懸けた奇妙で、歪んだ共闘が今、この魔城の中心で始まろうとしていた。
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