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第四十三話 星々の記憶
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力の祭壇を後にして、俺たちは『星導の指輪』が示す次の道へと進んだ。
その先に待ち受けていたのは、星空をそのまま切り取って地上に持ってきたかのような、幻想的な空間だった。床も壁もなく、俺たちは無数の星々が煌めく、銀河の中心に立っているようだった。
「……知恵の祭壇。なんと美しい場所だ」
シルフィが、感嘆の息を漏らす。エルフである彼女にとって、星々の輝きは特別な意味を持つ。
この空間の中心には、巨大な水晶でできた球体――プラネタリウムのようなものが静かに浮かんでいた。その表面には、複雑な星座が絶えず形を変えながら映し出されている。
俺たちが祭壇に足を踏み入れると、どこからともなく、穏やかで知的な声が響き渡った。
『我が名はソフィアリス。星々の記憶を紡ぎ、知恵を司る者。汝らの進むべき道を示そう。だが、そのためには、汝らの知恵がその資格を持つか、試さねばならぬ』
声の主の姿は見えない。この空間そのものが、試練の番人なのだろう。
『試練は三つ。古の星々が隠した、三つの真実を解き明かしてみせよ。さすれば、汝らに知恵の祭壇の祝福を与えん』
その言葉と共に、中央の水晶球に、最初の問題が映し出された。
それは、一つの星座だった。見たこともない、複雑な形をした星座。そして、その下に古代エルフの文字で、一つの問いが記されていた。
『勇者の盾となりし星。その真の名を答えよ』
シルフィが、眉をひそめた。
「勇者の盾……。私の知るどの星座にも、このような形はない。それに、この問いの意味も……」
彼女の持つ【星詠みの魔導書】にも、この星座に関する記述は見当たらないようだった。
俺は【神の眼】で、その星座を鑑定した。
だが、表示されたのは『名称不明の古代星座』という情報だけ。直接的な答えは得られない。
これが、知恵の試練か。単純な知識や鑑定能力だけでは解けない、思考力を試す問題だ。
「ヒントは、この空間そのものにあるはずだ」
俺たちは、周囲に浮かぶ無数の星々を観察し始めた。
すると、ある法則性に気づいた。星々は、一見ランダムに輝いているように見えるが、その中にはいくつかのグループが存在し、それぞれが特定の意味を持つ物語を形作っているようだった。
「カイン、見てくれ。あの一群の星々は、まるで剣を振るう戦士の姿に見える」
「こっちのは、祈りを捧げる乙女だ」
俺たちは、星々が紡ぐ物語を一つ一つ読み解いていった。それは、この世界の創造神話や、伝説の英雄譚を暗示しているようだった。
そして、俺はついに、問いの答えに繋がる一つの物語を見つけ出した。
それは、一人の名もなき盾使いの物語だった。
彼は、伝説の勇者の影に隠れ、常にその背中を守り続けた。彼の功績が称えられることはなかったが、彼がいなければ、勇者は決して魔王を討つことはできなかった。そして、最後の戦いで、彼は勇者を庇い、その命を落とした。
その盾使いの魂を、神々は星として天に掲げた。それが、今俺たちの目の前にある、名称不明の星座だったのだ。
「……分かった」
俺は、中央の水晶球に向かって、答えを告げた。
「その星の名は、『名もなき守護者』だ」
俺がそう答えた瞬間、水晶球がまばゆい光を放った。
『正解だ。一つ目の真実、汝らは見事解き明かした』
ソフィアリスの穏やかな声が響き、二つ目の問題が映し出される。
次の問題は、さらに難解だった。
それは、光と闇が複雑に絡み合った、巨大な魔法陣だった。
『光と闇の調和。その理を乱す、唯一つの不協和音を見つけ出せ』
「これは……。古代の封印魔法に使われる、調和の魔法陣か。だが、あまりに複雑すぎる」
シルフィも、これには頭を抱えた。魔法陣のどこかに、一つだけ間違ったルーン文字が隠されている。それを見つけ出せというのだ。
だが、そのルーンの数は、数千、いや数万にも及ぶ。
「シルフィ、お前の知識を貸してくれ。この魔法陣の、基本的な構造と思想は?」
「うむ。この魔法陣の根幹は、対極にある二つの力が、互いを打ち消し合うことなく、完全な円環を成すことにある。光あるところに影があり、影あるところに光がある。そのバランスが……」
シルフィの説明を聞きながら、俺は【神の眼】で魔法陣の全体構造をスキャンする。
数万のルーンが、魔力の流れとなって俺の脳内に叩き込まれる。膨大な情報量に、頭が割れるように痛んだ。
だが、俺は耐えた。そして、シルフィの知識をヒントに、一つの違和感を見つけ出した。
魔法陣の、ほんの片隅。そこにある一つのルーンだけが、対になるルーンを持たず、孤立していた。それは、全体の調和を、ほんのわずかに、しかし確実に乱していた。
「……そこだ」
俺は、震える指で、その不協和音を指し示した。
『見事なり。二つ目の真実も見抜くとは。汝らの知恵、本物と認めよう』
水晶球が、再び光を放つ。
そして、ついに最後の問題が映し出された。
そこに現れたのは、問いではなかった。ただ、一本の天秤が映し出されているだけ。
片方の皿には、銀色に輝く『世界』が乗っている。
そして、もう片方の皿は、空だった。
『最後の問い。汝らは、この空の皿に、何を乗せる?』
その問いの意味を理解した瞬間、俺とシルフィは息を呑んだ。
これは、古の神殿で俺たちに突きつけられた、あの残酷な選択と同じだ。
世界と、何を天秤にかけるのか。
この試練は、俺たちの知恵だけでなく、その先にある覚悟をも問うていた。
俺は、一瞬たりとも迷わなかった。
「フェン」
俺が呼ぶと、フェンが俺の足元に駆け寄ってきた。
俺は、そのもふもふの体を優しく抱き上げ、天秤の空の皿に、そっと乗せた。
シルフィが、息を呑むのが分かった。
天秤は、当然のように世界の方へと大きく傾く。
だが、俺は揺るがない。
『……それが、汝らの答えか。一つの命と、世界を。汝らは、世界を見捨てると言うのか』
ソフィアリスの声には、わずかな驚きと、悲しみが含まれているようだった。
俺は、天秤を、そしてその向こうにいるであろうソフィアリスを、真っ直ぐに見据えて答えた。
「違う。俺は、どちらも見捨てない」
俺は、自らの胸に手を当てた。
「この天秤には、もう一つ乗せるものがある。それは、俺たちの絆と、理不尽な運命に抗うという、揺るぎない意志だ」
俺がそう宣言した瞬間、俺とシルフィ、そしてフェンの体から、魂の光があふれ出した。
その光は、天秤のフェンが乗った皿へと注がれ、傾いていた天秤を、ゆっくりと、しかし確実に押し戻していく。
やがて、天秤は完全に水平になった。
世界と、仲間を守るという俺たちの意志。その重さは、等価なのだと、この聖域が認めた瞬間だった。
『……素晴らしい。それこそが、我らが待ち望んでいた、真の知恵の答えだ』
ソフィアリスの声は、歓喜に震えていた。
知恵の祭壇が、これまでで最も強い光を放ち、神結晶の二つ目の封印を解き放った。
俺たちは、この聖域の真意を、また一つ理解した気がした。
ここは、ただ力を示す場所でも、知識をひけらかす場所でもない。
仲間を信じ、運命に屈しない、強い心を持つ者だけが、先へ進むことを許されるのだ。
残る試練は、あと一つ。『心の祭壇』。
俺たちは、互いの絆を再確認し、最後の試練へと、静かに歩みを進めた。
その先に待ち受けていたのは、星空をそのまま切り取って地上に持ってきたかのような、幻想的な空間だった。床も壁もなく、俺たちは無数の星々が煌めく、銀河の中心に立っているようだった。
「……知恵の祭壇。なんと美しい場所だ」
シルフィが、感嘆の息を漏らす。エルフである彼女にとって、星々の輝きは特別な意味を持つ。
この空間の中心には、巨大な水晶でできた球体――プラネタリウムのようなものが静かに浮かんでいた。その表面には、複雑な星座が絶えず形を変えながら映し出されている。
俺たちが祭壇に足を踏み入れると、どこからともなく、穏やかで知的な声が響き渡った。
『我が名はソフィアリス。星々の記憶を紡ぎ、知恵を司る者。汝らの進むべき道を示そう。だが、そのためには、汝らの知恵がその資格を持つか、試さねばならぬ』
声の主の姿は見えない。この空間そのものが、試練の番人なのだろう。
『試練は三つ。古の星々が隠した、三つの真実を解き明かしてみせよ。さすれば、汝らに知恵の祭壇の祝福を与えん』
その言葉と共に、中央の水晶球に、最初の問題が映し出された。
それは、一つの星座だった。見たこともない、複雑な形をした星座。そして、その下に古代エルフの文字で、一つの問いが記されていた。
『勇者の盾となりし星。その真の名を答えよ』
シルフィが、眉をひそめた。
「勇者の盾……。私の知るどの星座にも、このような形はない。それに、この問いの意味も……」
彼女の持つ【星詠みの魔導書】にも、この星座に関する記述は見当たらないようだった。
俺は【神の眼】で、その星座を鑑定した。
だが、表示されたのは『名称不明の古代星座』という情報だけ。直接的な答えは得られない。
これが、知恵の試練か。単純な知識や鑑定能力だけでは解けない、思考力を試す問題だ。
「ヒントは、この空間そのものにあるはずだ」
俺たちは、周囲に浮かぶ無数の星々を観察し始めた。
すると、ある法則性に気づいた。星々は、一見ランダムに輝いているように見えるが、その中にはいくつかのグループが存在し、それぞれが特定の意味を持つ物語を形作っているようだった。
「カイン、見てくれ。あの一群の星々は、まるで剣を振るう戦士の姿に見える」
「こっちのは、祈りを捧げる乙女だ」
俺たちは、星々が紡ぐ物語を一つ一つ読み解いていった。それは、この世界の創造神話や、伝説の英雄譚を暗示しているようだった。
そして、俺はついに、問いの答えに繋がる一つの物語を見つけ出した。
それは、一人の名もなき盾使いの物語だった。
彼は、伝説の勇者の影に隠れ、常にその背中を守り続けた。彼の功績が称えられることはなかったが、彼がいなければ、勇者は決して魔王を討つことはできなかった。そして、最後の戦いで、彼は勇者を庇い、その命を落とした。
その盾使いの魂を、神々は星として天に掲げた。それが、今俺たちの目の前にある、名称不明の星座だったのだ。
「……分かった」
俺は、中央の水晶球に向かって、答えを告げた。
「その星の名は、『名もなき守護者』だ」
俺がそう答えた瞬間、水晶球がまばゆい光を放った。
『正解だ。一つ目の真実、汝らは見事解き明かした』
ソフィアリスの穏やかな声が響き、二つ目の問題が映し出される。
次の問題は、さらに難解だった。
それは、光と闇が複雑に絡み合った、巨大な魔法陣だった。
『光と闇の調和。その理を乱す、唯一つの不協和音を見つけ出せ』
「これは……。古代の封印魔法に使われる、調和の魔法陣か。だが、あまりに複雑すぎる」
シルフィも、これには頭を抱えた。魔法陣のどこかに、一つだけ間違ったルーン文字が隠されている。それを見つけ出せというのだ。
だが、そのルーンの数は、数千、いや数万にも及ぶ。
「シルフィ、お前の知識を貸してくれ。この魔法陣の、基本的な構造と思想は?」
「うむ。この魔法陣の根幹は、対極にある二つの力が、互いを打ち消し合うことなく、完全な円環を成すことにある。光あるところに影があり、影あるところに光がある。そのバランスが……」
シルフィの説明を聞きながら、俺は【神の眼】で魔法陣の全体構造をスキャンする。
数万のルーンが、魔力の流れとなって俺の脳内に叩き込まれる。膨大な情報量に、頭が割れるように痛んだ。
だが、俺は耐えた。そして、シルフィの知識をヒントに、一つの違和感を見つけ出した。
魔法陣の、ほんの片隅。そこにある一つのルーンだけが、対になるルーンを持たず、孤立していた。それは、全体の調和を、ほんのわずかに、しかし確実に乱していた。
「……そこだ」
俺は、震える指で、その不協和音を指し示した。
『見事なり。二つ目の真実も見抜くとは。汝らの知恵、本物と認めよう』
水晶球が、再び光を放つ。
そして、ついに最後の問題が映し出された。
そこに現れたのは、問いではなかった。ただ、一本の天秤が映し出されているだけ。
片方の皿には、銀色に輝く『世界』が乗っている。
そして、もう片方の皿は、空だった。
『最後の問い。汝らは、この空の皿に、何を乗せる?』
その問いの意味を理解した瞬間、俺とシルフィは息を呑んだ。
これは、古の神殿で俺たちに突きつけられた、あの残酷な選択と同じだ。
世界と、何を天秤にかけるのか。
この試練は、俺たちの知恵だけでなく、その先にある覚悟をも問うていた。
俺は、一瞬たりとも迷わなかった。
「フェン」
俺が呼ぶと、フェンが俺の足元に駆け寄ってきた。
俺は、そのもふもふの体を優しく抱き上げ、天秤の空の皿に、そっと乗せた。
シルフィが、息を呑むのが分かった。
天秤は、当然のように世界の方へと大きく傾く。
だが、俺は揺るがない。
『……それが、汝らの答えか。一つの命と、世界を。汝らは、世界を見捨てると言うのか』
ソフィアリスの声には、わずかな驚きと、悲しみが含まれているようだった。
俺は、天秤を、そしてその向こうにいるであろうソフィアリスを、真っ直ぐに見据えて答えた。
「違う。俺は、どちらも見捨てない」
俺は、自らの胸に手を当てた。
「この天秤には、もう一つ乗せるものがある。それは、俺たちの絆と、理不尽な運命に抗うという、揺るぎない意志だ」
俺がそう宣言した瞬間、俺とシルフィ、そしてフェンの体から、魂の光があふれ出した。
その光は、天秤のフェンが乗った皿へと注がれ、傾いていた天秤を、ゆっくりと、しかし確実に押し戻していく。
やがて、天秤は完全に水平になった。
世界と、仲間を守るという俺たちの意志。その重さは、等価なのだと、この聖域が認めた瞬間だった。
『……素晴らしい。それこそが、我らが待ち望んでいた、真の知恵の答えだ』
ソフィアリスの声は、歓喜に震えていた。
知恵の祭壇が、これまでで最も強い光を放ち、神結晶の二つ目の封印を解き放った。
俺たちは、この聖域の真意を、また一つ理解した気がした。
ここは、ただ力を示す場所でも、知識をひけらかす場所でもない。
仲間を信じ、運命に屈しない、強い心を持つ者だけが、先へ進むことを許されるのだ。
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