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第45話:襲撃前夜
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夜明けの薄明かりが東の空を白く染め始めた頃。
俺はカーム村へと続く丘の上に静かに立っていた。
黒い装束は夜露に濡れ、体には鉱山の埃と硝煙の匂いが染み付いている。一晩中、極度の緊張状態にあったせいで全身に鉛のような疲労が溜まっていた。
村の入り口ではガレスとマーカスの部下たちが交代で見張りに立っていた。彼らは俺の姿を認めると、一瞬、剣の柄に手をかけ緊張に身を強張らせた。闇に溶け込む俺の姿が敵か味方か、すぐには判断できなかったのだろう。
「…アラン殿?」
やがてガレスが俺だと気づき、驚きと安堵が入り混じった声を上げた。
その声に詰所で待機していた者たちが次々と外へ駆け出してくる。リリア、セレスティア、そしてマーカス。彼らは皆、徹夜で村の防衛準備にあたっていたらしく、その顔には疲労の色が浮かんでいた。
「師匠!」
リリアが目に涙を浮かべて俺の元へ駆け寄ってきた。そして俺の全身に怪我がないかを確認すると、心の底から安堵したように大きく息を吐いた。
「ご無事で…本当に良かった…!」
俺はそんな彼女の頭を一度だけ無言で撫でた。
「終わったのか、アラン殿?」
ガレスが固唾を飲んで尋ねる。
「ああ。終わった」
俺は簡潔に答えた。
「鉱山のアジトはもう機能しない。生き残った連中も戦意を喪失して四散しただろう。もうこの村を襲う余力はないはずだ」
俺の言葉に、その場にいた全員から安堵のため息と静かな歓声が上がった。
たった一人で、一晩で。
伝説の暗殺者ギルドを壊滅させた。
その信じがたい事実にマーカスは戦慄を覚えながらも、畏敬の眼差しを俺に向けていた。
これで全てが終わった。
俺の平穏な日常がようやく戻ってくる。
誰もがそう信じていた。
――ただ一人、セレスティアを除いて。
彼女は他の者たちのように安堵の表情は見せず、ただ厳しい目で俺の全身を観察していた。
「…先輩。いくつか確認したいことがあります」
その声は祝勝ムードに浮かれる空気に、冷水を浴びせるように響いた。
「敵の指揮官、狂戦士ボルガの姿は確認しましたか?」
「いや。それらしき男はいなかった。おそらく俺が潜入する前にアジトを離れていたんだろう」
「装備はどうでした? 彼らの武器や鎧は統一されていましたか?」
「いいや、バラバラだった。奪ったものや自作のものをてんでに装備していたようだ」
俺の答えを聞きながら、セレスティアの眉間の皺が徐々に深くなっていく。
「…おかしいわ」
彼女は静かに呟いた。
「何がおかしいんだ、セレスティア殿。アラン殿は見事に敵を退けたではないか」
ガレスがいぶかしげに尋ねる。
セレスティアは一同を見回し、冷徹な事実を告げた。
「先輩が壊滅させたのは、おそらく本拠地ではありません。大規模な『前線基地』です」
その言葉に、その場の空気が再び凍りついた。
「なんだと…?」
「私の情報では、再結成した黄昏の蛇はかつての組織の残存兵力を吸収し、かなり統率の取れた軍隊のような組織になっているはずです。装備が統一されていないのはその主力部隊ではない証拠。そして何より、幹部であるボルガが不在だった。これは彼が本当の本拠地で主力部隊を率いて待機している可能性を示唆しています」
セレスティアの冷静な分析は、俺たちの楽観的な希望を打ち砕いた。
俺は自分の判断の甘さを悟った。そうだ。あまりにも手応えがなさすぎた。あれが十年前に大陸を震撼させた組織の成れの果てだというには、あまりにも。
「では、我々が今、警戒すべきは…」
マーカスが青ざめた顔で呟く。
セレスティアはその言葉を引き取った。
「ボルガの怒りです。彼は前線基地を壊滅させられたことを宣戦布告と受け取るでしょう。そして残存戦力の全てを率いて、この村に正面から総攻撃を仕掛けてくるはずです」
最悪のシナリオだった。
俺の先制攻撃は結果的に敵の怒りを買い、全面戦争の引き金を引いてしまったのだ。
小競り合いを避けようとした結果、村全体を巻き込む大戦を招いてしまった。
「…俺のミスだ」
俺は唇を噛み締めて呟いた。
平穏を守りたいという焦りが、状況を正しく見極める目を曇らせていた。
だが、後悔している時間はない。
「敵が来るとすれば、いつだ?」
俺の問いにセレスティアは即答した。
「おそらく次の新月の夜。闇に紛れて奇襲をかけるのが彼らの常套手段です。残された時間は…長くても二日」
二日。
そのあまりに短い猶予期間に、誰もが言葉を失った。
だが、絶望している者はいなかった。
俺の単独行動は最悪の結果を招いたかもしれない。だが同時に、それはここにいる者たちを一つに結束させるきっかけにもなっていた。
「二日あれば十分だ」
最初に口を開いたのはマーカスだった。彼の目にはもはや驕りの色はなく、王国騎士としてこの村を守り抜くという固い決意が宿っていた。
「アラン殿。あなたが持ち帰った情報は、何よりの価値がある。我々は敵の戦力を事前に削ぎ、その襲撃のタイミングを知ることができた。これは大きなアドバンテージです」
ガレスも力強く頷いた。
「そうだ。我々にはあなたが作った防衛計画がある。そして、この二日間でそれをさらに完璧なものに仕上げる時間もできた!」
リリアは俺の前に立ち、その真っ直ぐな瞳で俺を見上げた。
「師匠は一人じゃありません。今度は私たちが師匠と一緒に戦います!」
残された者たちの力強い言葉。
それは孤独な戦いに慣れきっていた俺の胸に温かく響いた。
そうだ。俺はもう一人じゃない。
俺には信頼できる仲間がいる。
「…ああ。そうだな」
俺の口元に微かな笑みが浮かんだ。
それは農夫アラン・スミスの、不器用で、しかし確かな笑みだった。
本当の戦いはこれからだ。
村に本当の意味での緊張が走る。
それは絶望的な状況を前にした悲壮な緊張ではなかった。
守るべきもののために全員で立ち向かう。
その固い決意に満ちた、静かで熱い襲撃前夜の緊張だった。
俺はカーム村へと続く丘の上に静かに立っていた。
黒い装束は夜露に濡れ、体には鉱山の埃と硝煙の匂いが染み付いている。一晩中、極度の緊張状態にあったせいで全身に鉛のような疲労が溜まっていた。
村の入り口ではガレスとマーカスの部下たちが交代で見張りに立っていた。彼らは俺の姿を認めると、一瞬、剣の柄に手をかけ緊張に身を強張らせた。闇に溶け込む俺の姿が敵か味方か、すぐには判断できなかったのだろう。
「…アラン殿?」
やがてガレスが俺だと気づき、驚きと安堵が入り混じった声を上げた。
その声に詰所で待機していた者たちが次々と外へ駆け出してくる。リリア、セレスティア、そしてマーカス。彼らは皆、徹夜で村の防衛準備にあたっていたらしく、その顔には疲労の色が浮かんでいた。
「師匠!」
リリアが目に涙を浮かべて俺の元へ駆け寄ってきた。そして俺の全身に怪我がないかを確認すると、心の底から安堵したように大きく息を吐いた。
「ご無事で…本当に良かった…!」
俺はそんな彼女の頭を一度だけ無言で撫でた。
「終わったのか、アラン殿?」
ガレスが固唾を飲んで尋ねる。
「ああ。終わった」
俺は簡潔に答えた。
「鉱山のアジトはもう機能しない。生き残った連中も戦意を喪失して四散しただろう。もうこの村を襲う余力はないはずだ」
俺の言葉に、その場にいた全員から安堵のため息と静かな歓声が上がった。
たった一人で、一晩で。
伝説の暗殺者ギルドを壊滅させた。
その信じがたい事実にマーカスは戦慄を覚えながらも、畏敬の眼差しを俺に向けていた。
これで全てが終わった。
俺の平穏な日常がようやく戻ってくる。
誰もがそう信じていた。
――ただ一人、セレスティアを除いて。
彼女は他の者たちのように安堵の表情は見せず、ただ厳しい目で俺の全身を観察していた。
「…先輩。いくつか確認したいことがあります」
その声は祝勝ムードに浮かれる空気に、冷水を浴びせるように響いた。
「敵の指揮官、狂戦士ボルガの姿は確認しましたか?」
「いや。それらしき男はいなかった。おそらく俺が潜入する前にアジトを離れていたんだろう」
「装備はどうでした? 彼らの武器や鎧は統一されていましたか?」
「いいや、バラバラだった。奪ったものや自作のものをてんでに装備していたようだ」
俺の答えを聞きながら、セレスティアの眉間の皺が徐々に深くなっていく。
「…おかしいわ」
彼女は静かに呟いた。
「何がおかしいんだ、セレスティア殿。アラン殿は見事に敵を退けたではないか」
ガレスがいぶかしげに尋ねる。
セレスティアは一同を見回し、冷徹な事実を告げた。
「先輩が壊滅させたのは、おそらく本拠地ではありません。大規模な『前線基地』です」
その言葉に、その場の空気が再び凍りついた。
「なんだと…?」
「私の情報では、再結成した黄昏の蛇はかつての組織の残存兵力を吸収し、かなり統率の取れた軍隊のような組織になっているはずです。装備が統一されていないのはその主力部隊ではない証拠。そして何より、幹部であるボルガが不在だった。これは彼が本当の本拠地で主力部隊を率いて待機している可能性を示唆しています」
セレスティアの冷静な分析は、俺たちの楽観的な希望を打ち砕いた。
俺は自分の判断の甘さを悟った。そうだ。あまりにも手応えがなさすぎた。あれが十年前に大陸を震撼させた組織の成れの果てだというには、あまりにも。
「では、我々が今、警戒すべきは…」
マーカスが青ざめた顔で呟く。
セレスティアはその言葉を引き取った。
「ボルガの怒りです。彼は前線基地を壊滅させられたことを宣戦布告と受け取るでしょう。そして残存戦力の全てを率いて、この村に正面から総攻撃を仕掛けてくるはずです」
最悪のシナリオだった。
俺の先制攻撃は結果的に敵の怒りを買い、全面戦争の引き金を引いてしまったのだ。
小競り合いを避けようとした結果、村全体を巻き込む大戦を招いてしまった。
「…俺のミスだ」
俺は唇を噛み締めて呟いた。
平穏を守りたいという焦りが、状況を正しく見極める目を曇らせていた。
だが、後悔している時間はない。
「敵が来るとすれば、いつだ?」
俺の問いにセレスティアは即答した。
「おそらく次の新月の夜。闇に紛れて奇襲をかけるのが彼らの常套手段です。残された時間は…長くても二日」
二日。
そのあまりに短い猶予期間に、誰もが言葉を失った。
だが、絶望している者はいなかった。
俺の単独行動は最悪の結果を招いたかもしれない。だが同時に、それはここにいる者たちを一つに結束させるきっかけにもなっていた。
「二日あれば十分だ」
最初に口を開いたのはマーカスだった。彼の目にはもはや驕りの色はなく、王国騎士としてこの村を守り抜くという固い決意が宿っていた。
「アラン殿。あなたが持ち帰った情報は、何よりの価値がある。我々は敵の戦力を事前に削ぎ、その襲撃のタイミングを知ることができた。これは大きなアドバンテージです」
ガレスも力強く頷いた。
「そうだ。我々にはあなたが作った防衛計画がある。そして、この二日間でそれをさらに完璧なものに仕上げる時間もできた!」
リリアは俺の前に立ち、その真っ直ぐな瞳で俺を見上げた。
「師匠は一人じゃありません。今度は私たちが師匠と一緒に戦います!」
残された者たちの力強い言葉。
それは孤独な戦いに慣れきっていた俺の胸に温かく響いた。
そうだ。俺はもう一人じゃない。
俺には信頼できる仲間がいる。
「…ああ。そうだな」
俺の口元に微かな笑みが浮かんだ。
それは農夫アラン・スミスの、不器用で、しかし確かな笑みだった。
本当の戦いはこれからだ。
村に本当の意味での緊張が走る。
それは絶望的な状況を前にした悲壮な緊張ではなかった。
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その固い決意に満ちた、静かで熱い襲撃前夜の緊張だった。
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