「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。

夏見ナイ

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第63話:騎士団総長へのオファー

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「お聞きしたいこと、ですか」
俺は、クワを肩に担ぎ直しながら、面倒くさそうに聞き返した。
王女様直々のお話とやらが、ろくなものでないことくらい、想像に難くない。

エリアーナは、そんな俺の無礼な態度にも、少しも動じることなく、完璧な微笑みを浮かべたまま、頷いた。
「ええ。ですが、立ち話もなんですし、どこか、落ち着いてお話できる場所はありますでしょうか」
その言葉は、丁寧な依頼の形を取りながらも、拒否を許さない響きを持っていた。

俺は、ちらりと自宅の縁側を見た。
あんな場所に、王女様をお通しするわけにもいかないだろう。
「…仕方ない。こっちだ」
俺は、ぶっきらぼうにそう言うと、畑の隅にある、大きな切り株を指差した。そこは、俺が普段、休憩で腰を下ろしている場所だ。

近衛騎士たちが、ぎょっとした顔で色めき立つ。
「無礼者! 王女殿下を、そのような場所に!」
「お待ちして、ロイド」
エリアーナは、再び騎士を制すると、少しも嫌な顔をせず、その切り株へと歩み寄った。そして、侍女が慌てて広げた絹のハンカチの上に、優雅に腰を下ろした。

俺は、その向かいにある、手頃な石の上に、どっかりと腰を下ろす。
王女と農夫が、畑の真ん中で、切り株と石を挟んで対峙する。
あまりにも、シュールな光景だった。
リリアとセレスティアは、少し離れた場所から、固唾を飲んでその様子を見守っている。

「それで、ご用件とは?」
俺が促すと、エリアーナは、探るような目で俺を見つめ、単刀直入に本題を切り出した。

「アラン・スミス殿。あなたを、アステリア王国騎士団の、総長としてお迎えしたいと考えています」

その言葉は、爆弾だった。
静かだった畑に、とんでもない爆弾が投下された。

「「「なっ…!?」」」

俺の背後で、リリアとセレスティアが絶句する声が聞こえた。
ガレスは、あまりの衝撃に、膝から崩れ落ちそうになっている。
近衛騎士たちでさえ、自分たちの主君が何を言い出したのか理解できず、呆然と立ち尽くしていた。

当の俺は、と言えば。
あまりに現実離れしたその提案に、一瞬、思考が停止した。
騎士団総長? 俺が?
冗談にも、ほどがある。

俺は、思わず、噴き出してしまった。
「…ぷっ…はははは!」
我慢できなかった。
それは、嘲笑ではなかった。あまりに馬鹿馬鹿しい状況に対する、純粋な笑いだった。

俺の突然の爆笑に、エリアーナの完璧な微笑みが、初めて僅かに引きつった。
「…何か、おかしなことを申しましたでしょうか」
「おかしいに決まってるだろう」
俺は、涙を拭いながら答えた。
「あんた、俺が誰だか分かってるのか? 俺は、ただの農夫だぞ。剣もまともに振ったことがない、ただのおっさんだ。そんな男が、一国の騎士団のトップに立つ? 悪いが、今年一番笑える冗談だ」

俺は、徹底的に、しらを切ることに決めた。
これ以上、面倒なことに巻き込まれるのは、ごめんだった。

だが、エリアーナは、そんな俺の態度にも、怯まなかった。
彼女は、静かに首を横に振る。
「いいえ、あなたは、ただの農夫ではありません」

彼女の青い瞳が、俺の心の奥底まで見透かそうとするかのように、真っ直ぐに俺を射抜いた。
「あなたは、その身に、一個人で国家の軍事力に匹敵するほどの力を宿している。そして、その力を使い、この村を、結果的に我が国の民を、黄昏の蛇という脅威から救ってくださった。その功績に、相応の地位と報酬を用意するのは、国家として、当然の責務です」

彼女の言葉は、理路整然としていた。
俺の正体も、この村で起きたことも、全て把握した上での、正式なオファーなのだ。
もはや、ごまかしは通用しない。

俺は、笑うのをやめた。
そして、今度は、心の底から、深いため息をついた。

「…ご冗談を。俺は、そんな大層な人間じゃない」
俺の口調から、軽薄さは消えていた。
「俺は、ただ、自分の静かな生活を邪魔されたから、ちょっとばかし、うるさい蠅を追い払っただけだ。それ以上でも、それ以下でもない。英雄でもなければ、救世主でもない。勘違いしないでいただきたい」

「ですが、その結果、多くの民が救われたのは事実です」
「知ったことか。俺は、誰かのために戦ったつもりはない。全ては、俺自身のためだ」

俺は、冷たく突き放した。
同情や、感謝や、期待。
そういった、湿っぽい感情が、俺は何より苦手だった。
それは、俺を縛り付ける、重い鎖にしかならない。

「だから、その話はなかったことにしてくれ」
俺は、会話を打ち切るように、立ち上がった。
「俺は、ただの農夫です。畑仕事の邪魔をしないでいただきたい。お帰りください、王女殿下」

それは、明確な、そして最終的な拒絶の言葉だった。
王女に対する、これ以上ないほどの、無礼な態度。
近衛騎士の殺気が、再び膨れ上がる。

だが、エリアーナは、それでも、諦めていなかった。
彼女は、静かに立ち上がると、俺の背中に向かって、凛とした声で言った。

「分かりました。今日は、これ以上あなたを煩わせることはいたしません」

(…やっと、諦めたか)
俺が、内心で安堵した、その時。

彼女は、驚くべき言葉を続けた。
「ですが、わたくしも、このまま手ぶらで王都へ帰るわけにはまいりません。あなたが、わたくしの提案を受け入れてくださるまで、この村に、滞在させていただきます」

「――は?」

俺の口から、間抜けな声が漏れた。
今、この王女は、何と言った?

エリアーナは、悪戯っぽく微笑んだ。
「幸い、この村は、とても長閑で、素敵な場所のようですから。しばらくの滞在も、良い骨休めになりそうですわ」

それは、王女による、まさかの「居座り宣言」だった。
俺の平穏な日常に、また一人、最大級に厄介な滞在者が加わることになった、決定的な瞬間だった。
俺は、これから始まるであろう、さらなる胃痛の悪化を予感し、ただ、頭を抱えることしかできなかった。
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