25 / 97
第25話 拗ねる未来の嫁、あるいは可愛すぎる嫉妬
しおりを挟む
「……嫌なものは、嫌なんです」
体育館裏の、ひんやりとした空気に、彼女の小さな声が溶けていく。
それは、今まで俺が聞いてきた、どんな理屈よりも、どんな未来の事実よりも、ずっとずっと重くて、そして何倍も心に響く言葉だった。
目の前の雪城冬花は、未来から来た完璧な使者じゃない。
ただ、好きな男の子が、他の女の子と仲良くしているのが許せない、ごく普通の、嫉妬深い女の子だった。
その事実が、雷に打たれたような衝撃と共に、俺の胸を貫いた。
俺が何も言えずに固まっていると、彼女は俯いたまま、もじもじと指先を弄んでいる。きっと、感情のままに言葉をぶつけてしまったことを、後悔しているのだろう。
やがて、俺の沈黙に耐えきれなくなったのか、彼女はおずおずと顔を上げた。その瞳は不安げに揺れている。
「……あの、私、何か変なことを言いましたか……?」
「いや、変じゃない。全然」
俺は慌てて首を横に振った。変なわけがない。むしろ、逆だ。
彼女は、俺の返答に納得がいかないのか、あるいは自分の感情のやり場に困っているのか、不満げに、きゅっと唇を結んだ。
そして、その白い頬を、ぷくーっと、まるでリスが木の実を頬張るみたいに、可愛らしく膨らませた。
その瞬間、俺の中で何かが決壊した。
「……ぷっ」
思わず、吹き出してしまった。
「あはは、はははっ!」
こらえきれずに、俺は声を上げて笑ってしまった。まずい、笑ってはいけない場面だ。彼女は真剣に悩んで、勇気を出して本音を打ち明けてくれたのだ。なのに、俺は。
「なっ……! なぜ笑うのですか! 私は、真剣に……!」
俺の笑い声に、彼女の顔がカッと赤く染まる。怒りと羞恥で、その碧色の瞳が潤んで見えた。
「ご、ごめん、ごめんって!」
俺は必死に笑いをこらえようとするが、一度ツボに入ってしまうともうダメだ。脳裏に、頬を膨らませた彼女の顔が焼き付いて離れない。
あの氷の女王、雪城冬花が。
拗ねて、頬を膨らませている。
その破壊力は、俺の想像を遥かに超えていた。
「だって、お前……」
俺は、まだ笑いの余韻が残る声で言った。
「そんな顔されたら、こっちだって……な」
可愛い、という言葉が喉まで出かかったが、寸前で飲み込んだ。今それを言ったら、火に油を注ぐだけだ。
「どんな顔ですか! 私はいつも通りですが!」
「いや、めちゃくちゃ膨れてたぞ、頬」
「膨れていません! それはあなたの目の錯覚です!」
必死に否定する彼女。その姿が、またどうしようもなく愛おしい。
ああ、もうダメだ。
俺は、完全に降参だった。彼女の、このクールな仮面の下に隠された、不器用で人間味あふれる素顔に、骨の髄まで、完全に。
「……はぁ」
俺は大きく息を吐き出し、気持ちを切り替えた。笑っている場合じゃない。この、どうしようもなく可愛い未来の嫁を、安心させてあげなければ。
「わかった。悪かったよ、俺が。全部、俺が悪かった」
俺が真剣な顔で頭を下げると、彼女はきょとんとして、勢いを削がれたように口をつぐんだ。
「お前の気持ち、全然考えてなかった。天宮さんにも、愛想笑いばっかして、優柔不断な態度とって。そりゃ、お前が嫌な気持ちになるのも当然だ。本当に、ごめん」
俺の真っ直ぐな謝罪に、彼女は戸惑っているようだった。
「……別に、あなただけのせいでは……」
「いや、俺のせいだ。だから、一つ、約束させてくれないか」
俺は、彼女の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「明日の練習から、俺も、ちゃんとお前のことだけを見るようにするから」
「え……?」
彼女の瞳が、わずかに見開かれる。
「他の奴がどうとか、チームがどうとか、気にしない。俺は、お前のプレーだけを見てる。お前が頑張ってるところを、ちゃんと見てる。だから」
俺は、一呼吸置いた。顔が熱い。今、俺はとんでもなく恥ずかしいことを言っている自覚はあった。
「だから、お前も。俺のこと、ちゃんと見ててくれよ。他の奴らじゃなくて、俺のことだけ」
それは、懇願だった。
チームメイトとしてじゃない。未来の夫婦としてでもない。
ただ、一人の男として、特別な女の子に、「俺だけを見ていてほしい」という、不器用な願い。
俺の言葉の真意を、彼女は正確に理解したようだった。
しばらくの間、彼女は何も言わず、ただ、驚いたように俺の顔を見つめていた。
体育館裏の、静かな空間。
夕暮れの風が、俺たちの間を吹き抜けていく。
やがて、彼女の表情が、ふっと和らいだ。
怒りでも、悲しみでもない。氷のような無表情でもない。
ただ、安心したような、そして、どうしようもなく嬉しそうな、柔らかな表情。
彼女は、小さく、しかしはっきりと、こくりと頷いた。
「……はい。約束、です」
その声は、まだ少しだけ震えていたけれど、そこには確かな温もりがあった。
良かった。ようやく、笑ってくれた。
俺は、心底ホッと胸をなでおろした。
長いようで短かった、放課後の呼び出し。
それは、俺が彼女の新しい一面を知り、そして、俺たちの間に新しい「約束」が生まれた、とても大切な時間になった。
帰り道、俺たちの間には、もう気まずい空気はなかった。
いつもよりも、ほんの少しだけ近い距離。時折、触れ合いそうになる腕。その全てが、俺の心を温かく満たしていく。
明日の練習は、きっと今日よりもずっと大変だろう。
だが、不思議と、少しだけ楽しみになっている自分がいた。
彼女が、俺だけを見ていてくれる。
俺も、彼女だけを見つめる。
ただそれだけの約束が、俺に、明日へ向かうための大きな勇気を与えてくれていた。
体育館裏の、ひんやりとした空気に、彼女の小さな声が溶けていく。
それは、今まで俺が聞いてきた、どんな理屈よりも、どんな未来の事実よりも、ずっとずっと重くて、そして何倍も心に響く言葉だった。
目の前の雪城冬花は、未来から来た完璧な使者じゃない。
ただ、好きな男の子が、他の女の子と仲良くしているのが許せない、ごく普通の、嫉妬深い女の子だった。
その事実が、雷に打たれたような衝撃と共に、俺の胸を貫いた。
俺が何も言えずに固まっていると、彼女は俯いたまま、もじもじと指先を弄んでいる。きっと、感情のままに言葉をぶつけてしまったことを、後悔しているのだろう。
やがて、俺の沈黙に耐えきれなくなったのか、彼女はおずおずと顔を上げた。その瞳は不安げに揺れている。
「……あの、私、何か変なことを言いましたか……?」
「いや、変じゃない。全然」
俺は慌てて首を横に振った。変なわけがない。むしろ、逆だ。
彼女は、俺の返答に納得がいかないのか、あるいは自分の感情のやり場に困っているのか、不満げに、きゅっと唇を結んだ。
そして、その白い頬を、ぷくーっと、まるでリスが木の実を頬張るみたいに、可愛らしく膨らませた。
その瞬間、俺の中で何かが決壊した。
「……ぷっ」
思わず、吹き出してしまった。
「あはは、はははっ!」
こらえきれずに、俺は声を上げて笑ってしまった。まずい、笑ってはいけない場面だ。彼女は真剣に悩んで、勇気を出して本音を打ち明けてくれたのだ。なのに、俺は。
「なっ……! なぜ笑うのですか! 私は、真剣に……!」
俺の笑い声に、彼女の顔がカッと赤く染まる。怒りと羞恥で、その碧色の瞳が潤んで見えた。
「ご、ごめん、ごめんって!」
俺は必死に笑いをこらえようとするが、一度ツボに入ってしまうともうダメだ。脳裏に、頬を膨らませた彼女の顔が焼き付いて離れない。
あの氷の女王、雪城冬花が。
拗ねて、頬を膨らませている。
その破壊力は、俺の想像を遥かに超えていた。
「だって、お前……」
俺は、まだ笑いの余韻が残る声で言った。
「そんな顔されたら、こっちだって……な」
可愛い、という言葉が喉まで出かかったが、寸前で飲み込んだ。今それを言ったら、火に油を注ぐだけだ。
「どんな顔ですか! 私はいつも通りですが!」
「いや、めちゃくちゃ膨れてたぞ、頬」
「膨れていません! それはあなたの目の錯覚です!」
必死に否定する彼女。その姿が、またどうしようもなく愛おしい。
ああ、もうダメだ。
俺は、完全に降参だった。彼女の、このクールな仮面の下に隠された、不器用で人間味あふれる素顔に、骨の髄まで、完全に。
「……はぁ」
俺は大きく息を吐き出し、気持ちを切り替えた。笑っている場合じゃない。この、どうしようもなく可愛い未来の嫁を、安心させてあげなければ。
「わかった。悪かったよ、俺が。全部、俺が悪かった」
俺が真剣な顔で頭を下げると、彼女はきょとんとして、勢いを削がれたように口をつぐんだ。
「お前の気持ち、全然考えてなかった。天宮さんにも、愛想笑いばっかして、優柔不断な態度とって。そりゃ、お前が嫌な気持ちになるのも当然だ。本当に、ごめん」
俺の真っ直ぐな謝罪に、彼女は戸惑っているようだった。
「……別に、あなただけのせいでは……」
「いや、俺のせいだ。だから、一つ、約束させてくれないか」
俺は、彼女の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「明日の練習から、俺も、ちゃんとお前のことだけを見るようにするから」
「え……?」
彼女の瞳が、わずかに見開かれる。
「他の奴がどうとか、チームがどうとか、気にしない。俺は、お前のプレーだけを見てる。お前が頑張ってるところを、ちゃんと見てる。だから」
俺は、一呼吸置いた。顔が熱い。今、俺はとんでもなく恥ずかしいことを言っている自覚はあった。
「だから、お前も。俺のこと、ちゃんと見ててくれよ。他の奴らじゃなくて、俺のことだけ」
それは、懇願だった。
チームメイトとしてじゃない。未来の夫婦としてでもない。
ただ、一人の男として、特別な女の子に、「俺だけを見ていてほしい」という、不器用な願い。
俺の言葉の真意を、彼女は正確に理解したようだった。
しばらくの間、彼女は何も言わず、ただ、驚いたように俺の顔を見つめていた。
体育館裏の、静かな空間。
夕暮れの風が、俺たちの間を吹き抜けていく。
やがて、彼女の表情が、ふっと和らいだ。
怒りでも、悲しみでもない。氷のような無表情でもない。
ただ、安心したような、そして、どうしようもなく嬉しそうな、柔らかな表情。
彼女は、小さく、しかしはっきりと、こくりと頷いた。
「……はい。約束、です」
その声は、まだ少しだけ震えていたけれど、そこには確かな温もりがあった。
良かった。ようやく、笑ってくれた。
俺は、心底ホッと胸をなでおろした。
長いようで短かった、放課後の呼び出し。
それは、俺が彼女の新しい一面を知り、そして、俺たちの間に新しい「約束」が生まれた、とても大切な時間になった。
帰り道、俺たちの間には、もう気まずい空気はなかった。
いつもよりも、ほんの少しだけ近い距離。時折、触れ合いそうになる腕。その全てが、俺の心を温かく満たしていく。
明日の練習は、きっと今日よりもずっと大変だろう。
だが、不思議と、少しだけ楽しみになっている自分がいた。
彼女が、俺だけを見ていてくれる。
俺も、彼女だけを見つめる。
ただそれだけの約束が、俺に、明日へ向かうための大きな勇気を与えてくれていた。
1
あなたにおすすめの小説
小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!
竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」
俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。
彼女の名前は下野ルカ。
幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。
俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。
だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている!
堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!
この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている
夏見ナイ
恋愛
平凡な俺、相葉祐樹が手にしたのは、ありえないはずの超名門男子校『獅子王院学園』からの合格通知。期待を胸に入学した先は、王子様みたいなイケメンだらけの夢の空間だった!
……はずが、ある夜、同室のクールな完璧王子・橘玲が女の子であるという、学園最大の秘密を知ってしまう。
なんとこの学園、俺以外、全員が“訳アリ”の男装女子だったのだ!
秘密の「共犯者」となった俺は、慣れない男装に悩む彼女たちの唯一の相談相手に。
「祐樹の前でだけは、女の子でいられる……」
クールなイケメンたちの、俺だけに見せる甘々な素顔と猛アプローチにドキドキが止まらない!
秘密だらけで糖度120%の学園ラブコメ、開幕!
クラスメイトの王子様系女子をナンパから助けたら。
桜庭かなめ
恋愛
高校2年生の白石洋平のクラスには、藤原千弦という女子生徒がいる。千弦は美人でスタイルが良く、凛々しく落ち着いた雰囲気もあるため「王子様」と言われて人気が高い。千弦とは教室で挨拶したり、バイト先で接客したりする程度の関わりだった。
とある日の放課後。バイトから帰る洋平は、駅前で男2人にナンパされている千弦を見つける。普段は落ち着いている千弦が脚を震わせていることに気付き、洋平は千弦をナンパから助けた。そのときに洋平に見せた笑顔は普段みんなに見せる美しいものではなく、とても可愛らしいものだった。
ナンパから助けたことをきっかけに、洋平は千弦との関わりが増えていく。
お礼にと放課後にアイスを食べたり、昼休みに一緒にお昼ご飯を食べたり、お互いの家に遊びに行ったり。クラスメイトの王子様系女子との温かくて甘い青春ラブコメディ!
※特別編2が完結しました!(2025.9.15)
※小説家になろうとカクヨムでも公開しています。
※お気に入り登録、いいね、感想などお待ちしております。
女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん
菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)
男女比1:15の貞操逆転世界で高校生活(婚活)
大寒波
恋愛
日本で生活していた前世の記憶を持つ主人公、七瀬達也が日本によく似た貞操逆転世界に転生し、高校生活を楽しみながら婚活を頑張るお話。
この世界の法律では、男性は二十歳までに5人と結婚をしなければならない。(高校卒業時点は3人)
そんな法律があるなら、もういっそのこと高校在学中に5人と結婚しよう!となるのが今作の主人公である達也だ!
この世界の経済は基本的に女性のみで回っており、男性に求められることといえば子種、遺伝子だ。
前世の影響かはわからないが、日本屈指のHENTAIである達也は運よく遺伝子も最高ランクになった。
顔もイケメン!遺伝子も優秀!貴重な男!…と、驕らずに自分と関わった女性には少しでも幸せな気持ちを分かち合えるように努力しようと決意する。
どうせなら、WIN-WINの関係でありたいよね!
そうして、別居婚が主流なこの世界では珍しいみんなと同居することを、いや。ハーレムを目標に個性豊かなヒロイン達と織り成す学園ラブコメディがいま始まる!
主人公の通う学校では、少し貞操逆転の要素薄いかもです。男女比に寄っています。
外はその限りではありません。
カクヨムでも投稿しております。
俺のモテない学園生活を妹と変えていく!? ―妹との二人三脚で俺はリア充になる!―
小春かぜね
恋愛
俺ではフツメンだと感じているが、スクールカースト底辺の生活を過ごしている。
俺の学園は恋愛行為に厳しい縛りは無いので、陽キャラたちは楽しい学園生活を過ごしているが、俺には女性の親友すらいない……
異性との関係を強く望む学園(高校生)生活。
俺は彼女を作る為に、学年の女子生徒たちに好意の声掛けをするが、全く相手にされない上、余りにも声掛けをし過ぎたので、俺は要注意人物扱いされてしまう。
当然、幼なじみなんて俺には居ない……
俺の身近な女性と言えば妹(虹心)はいるが、その妹からも俺は毛嫌いされている!
妹が俺を毛嫌いし始めたのは、有る日突然からで有ったが、俺にはその理由がとある出来事まで分からなかった……
俺にだけツンツンする学園一の美少女が、最近ちょっとデレてきた件。
甘酢ニノ
恋愛
彼女いない歴=年齢の高校生・相沢蓮。
平凡な日々を送る彼の前に立ちはだかるのは──
学園一の美少女・黒瀬葵。
なぜか彼女は、俺にだけやたらとツンツンしてくる。
冷たくて、意地っ張りで、でも時々見せるその“素”が、どうしようもなく気になる。
最初はただの勘違いだったはずの関係。
けれど、小さな出来事の積み重ねが、少しずつ2人の距離を変えていく。
ツンデレな彼女と、不器用な俺がすれ違いながら少しずつ近づく、
焦れったくて甘酸っぱい、青春ラブコメディ。
彼女に振られた俺の転生先が高校生だった。それはいいけどなんで元カノ達まで居るんだろう。
遊。
青春
主人公、三澄悠太35才。
彼女にフラれ、現実にうんざりしていた彼は、事故にあって転生。
……した先はまるで俺がこうだったら良かったと思っていた世界を絵に書いたような学生時代。
でも何故か俺をフッた筈の元カノ達も居て!?
もう恋愛したくないリベンジ主人公❌そんな主人公がどこか気になる元カノ、他多数のドタバタラブコメディー!
ちょっとずつちょっとずつの更新になります!(主に土日。)
略称はフラれろう(色とりどりのラブコメに精一杯の呪いを添えて、、笑)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる