隣の席のクールな銀髪美少女、俺にだけデレるどころか未来の嫁だと宣言してきた

夏見ナイ

文字の大きさ
50 / 97

第51話 天使の庇護、あるいは優しい棘

しおりを挟む
文化祭準備は、いよいよ佳境に差し掛かっていた。
放課後の教室は、ダンボールの匂いとペンキの匂い、そして生徒たちの熱気でむせ返るようだ。
雪城委員長の完璧な指揮のもと、巨大な迷路のようなお化け屋敷の骨格が日に日にその姿を現していく。黒いビニールシートで覆われた教室は、昼間だというのに薄暗く、既に不気味な雰囲気を醸し出していた。
「相沢ー! こっちの壁、人手が足りねえ! 手伝え!」
「優斗くん、この小道具、どこに置けばいいかな?」
副委員長である俺は、もはや雑用係のプロフェッショナルと化していた。各セクションを駆け回り、指示を出し、足りない資材を運び、時には作業そのものにも加わる。目まぐるしい忙しさだったが、クラス全体が同じ目標に向かって一つになっている、この独特の高揚感が心地よかった。
そして何より、この戦場のような教室の司令塔の隣にいることが、俺の原動力になっていた。
「優斗さん。こちらのセクションの進捗が、予定より7%遅れています。原因を特定し、リカバリープランを提案してください」
教壇の位置から全体に鋭い指示を飛ばす雪城冬花。その姿は、もはや女王の貫禄十分だ。
「了解、委員長」
俺が少しだけふざけてそう返すと、彼女は誰にも気づかれないように、ほんのわずかに口元を緩ませた。
そんな二人だけの秘密のやり取り。それが、俺の疲労を吹き飛ばす最高の栄養ドリンクだった。

その日、俺は、お化け屋敷のクライマックスで使う一番大きな壁の塗装作業を手伝っていた。
「よし、この壁を真っ黒に塗りつぶせば、今日のノルマは達成だ!」
陽平が元気よくハケを手に取る。俺もペンキの缶を開け、作業に取り掛かった。
順調に作業は進んでいた。だが、その事件はほんの些細な不注意から起こった。
「おっと!」
俺が足元に置いてあった別のペンキ缶に気づかず、蹴飛ばしてしまったのだ。
白いペンキが入った缶は綺麗な放物線を描いて宙を舞い、そして俺たちが必死に黒く塗っていた一番大きな壁に無慈悲にぶちまけられた。
バシャッ、という絶望的な音。
今まで真っ黒だった壁に、無残な白い染みが大きく広がった。
シン、と教室の空気が凍りつく。
全ての作業が止まり、クラス中の視線が、俺と壁の白い染みに突き刺さった。

「お……おい、相沢……」
陽平が青ざめた顔で呟く。
「何やってんだよ、お前!」
壁の近くで作業していた男子の一人が怒鳴り声を上げた。
「この壁、一番目立つとこだぞ! どうすんだよ、これ!」
「乾く前に拭かないと!」
「いや、もう無理だろこれ……」
非難と絶望の声。俺は頭が真っ白になり、その場で立ち尽くすことしかできなかった。
「ご、ごめん……。俺……」
かろうじて絞り出した謝罪の声は、情けないほどに震えていた。
その最悪の空気の中だった。

「大丈夫だよ!」

凛とした、しかしどこまでも優しい声が響いた。
天宮夏帆さんだった。
彼女は慌てて駆け寄ってくると、俺と責め立てる男子たちとの間に割って入るように立った。
「わざとじゃないんだから、そんなに責めないであげて! 誰にだって失敗はあるでしょ?」
彼女はまるで俺を守る女神のようにそう言った。
そして俺に向き直ると、太陽みたいな笑顔でにっこりと微笑んだ。
「気にしないで、相沢くん。大丈夫、大丈夫。こういうのは、みんなで協力して直せばすぐだよ!」
彼女はそう言うと、近くにあった雑巾を手に取り、率先して壁のペンキを拭き取り始めた。
「ほら、みんなも手伝って! 乾いちゃう前に!」
彼女のその一声で、凍りついていたクラスの空気が少しずつ動き出す。
「……まあ、仕方ねえか」
「天宮さんが言うなら」
何人かの女子が彼女に続いて雑巾を手にしてくれた。陽平も「しゃーねえな!」と俺の肩を叩いて作業に加わる。
俺はそんな光景を、ただ呆然と見つめていた。
天宮さんのその圧倒的なまでの優しさとカリスマ性。
彼女は、俺が作り出してしまった最悪の状況を、一瞬で立て直してしまった。
「……ありがとう、天宮さん。本当に、ごめん」
俺が改めて彼女に頭を下げると、彼女は悪戯っぽく笑って、俺の鼻についたペンキを指でそっと拭ってくれた。
「ううん。副委員長さん、いつも頑張ってるから疲れが出ちゃったんだよ。たまには私たちにも頼ってね?」
そのあまりにも自然で、あまりにも優しい仕草。
俺の心臓が、ちくりと小さく痛んだ。
彼女の優しさが嬉しかった。ありがたかった。
でも、同時にどうしようもない申し訳なさと居心地の悪さを感じていた。
俺は、この優しさに応えることができないから。

そして、俺は気づいてしまった。
その一連の流れを。
少し離れた場所からじっと見つめている、一対の氷の瞳に。
雪城冬花だった。
彼女は教壇の前に立ったまま腕を組み、俺と天宮さんのやり取りを無表情でただ見ていた。
彼女は何も言わなかった。
「大丈夫ですか?」と駆け寄ってくることもなかった。
「こうすれば、もっと効率的に修復できます」と的確な指示を出すこともなかった。
ただ静かに、俺たちがペンキを拭き取る様子を見つめているだけ。
やがて彼女は、ふい、と俺たちから視線を外した。
そして、くるりと踵を返すと何事もなかったかのように自分の作業――山積みになった書類の整理――に戻っていった。
その背中は、いつもと同じように真っ直ぐで美しかった。
だが、今の俺には、その背中が見たこともないほど冷たく、そして遠いものに見えた。

壁の染みはクラスメイトたちの協力のおかげで、なんとか目立たないレベルにまで修復することができた。
だが、俺の心に残ったざらりとした感覚は消えることがなかった。
なぜ、彼女は何も言ってくれなかったのだろう。
なぜ、助けてくれなかったのだろう。
以前の彼女なら、きっと何か言ってくれたはずだ。
その小さな、しかし確かな違和感。
それはまるでガラスに入った、目に見えないほどの小さなひび割れのように。
俺たちの間に生まれた最初の『すれ違い』が、静かにその影を落とし始めていたことを、俺はまだ本当の意味では理解していなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語

ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。 だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。 それで終わるはずだった――なのに。 ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。 さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。 そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。 由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。 一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。 そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。 罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。 ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。 そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。 これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスで一番人気者の女子が構ってくるのだが、そろそろ僕がコミュ障だとわかってもらいたい

みずがめ
恋愛
学生にとって、席替えはいつだって大イベントである。 それはカースト最下位のぼっちである鈴本克巳も同じことであった。せめて穏やかな学生生活をを求める克巳は陽キャグループに囲まれないようにと願っていた。 願いが届いたのか、克巳は窓際の後ろから二番目の席を獲得する。しかし喜んでいたのも束の間、彼の後ろの席にはクラスで一番の人気者の女子、篠原渚が座っていた。 スクールカーストでの格差がありすぎる二人。席が近いとはいえ、関わることはあまりないのだろうと思われていたのだが、渚の方から克巳にしょっちゅう話しかけてくるのであった。 ぼっち男子×のほほん女子のほのぼのラブコメです。 ※あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。

俺をフッた幼馴染が、トップアイドルになって「もう一度やり直したい」と言ってきた

夏見ナイ
恋愛
平凡な大学生・藤堂蓮には忘れられない過去がある。高校時代、告白した幼馴染の星宮瑠奈に「アイドルになるから」とこっ酷くフラれたことだ。 数年後、瑠奈は国民的アイドル『LUNA』として輝いていた。遠い世界の住人になった彼女との再会なんて、あるはずもなかった――そう、変装した彼女が俺の前に現れ、「もう一度やり直したい」と泣きつくまでは。 トップアイドルの立場を使い強引に迫る元幼馴染と、過去の傷。揺れ動く俺の日常を照らしてくれたのは、俺の才能を信じてくれる後輩・朝霧陽葵の存在だった。 俺をフッた幼馴染か、俺を支える後輩か。過去の清算と未来の選択を描く、ほろ苦くも甘い、逆転ラブコメディ、開幕。

この男子校の生徒が自分以外全員男装女子だということを俺だけが知っている

夏見ナイ
恋愛
平凡な俺、相葉祐樹が手にしたのは、ありえないはずの超名門男子校『獅子王院学園』からの合格通知。期待を胸に入学した先は、王子様みたいなイケメンだらけの夢の空間だった! ……はずが、ある夜、同室のクールな完璧王子・橘玲が女の子であるという、学園最大の秘密を知ってしまう。 なんとこの学園、俺以外、全員が“訳アリ”の男装女子だったのだ! 秘密の「共犯者」となった俺は、慣れない男装に悩む彼女たちの唯一の相談相手に。 「祐樹の前でだけは、女の子でいられる……」 クールなイケメンたちの、俺だけに見せる甘々な素顔と猛アプローチにドキドキが止まらない! 秘密だらけで糖度120%の学園ラブコメ、開幕!

元おっさんの幼馴染育成計画

みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。 だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。 ※この作品は小説家になろうにも掲載しています。 ※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。

女子ばっかりの中で孤軍奮闘のユウトくん

菊宮える
恋愛
高校生ユウトが始めたバイト、そこは女子ばかりの一見ハーレム?な店だったが、その中身は男子の思い描くモノとはぜ~んぜん違っていた?? その違いは読んで頂ければ、だんだん判ってきちゃうかもですよ~(*^-^*)

処理中です...