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第54話 涙の謝罪、あるいは溶け始めた氷
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陽平からの叱咤激励を受け、俺は覚悟を決めた。
謝る。そして伝える。
ただそれだけだ。簡単なはずだった。
だが、その一歩がとてつもなく重かった。
放課後、教室は相変わらず文化祭の準備で活気に満ちている。その喧騒の中で、雪城さんは一人黙々と作業を続けていた。その背中は相変わらず冷たく、俺を拒絶しているようだった。
俺は何度も彼女に近づこうとしては、その絶対零度のオーラに気圧されて引き返してしまう。
「頑張れよ、副委員長」
陽平が遠くから口パクで応援してくれているが、足が鉛のように重くて動かない。
情けない。本当に情けない。
結局その日も、俺は彼女に何も言えないまま時間だけが過ぎていった。
クラスメイトたちが一人、また一人と帰り始め、やがて教室には俺と彼女の二人だけが残された。
いつもの、静かで気まずい残業時間。
今しかない。
ここで言えなければ、俺は一生後悔する。
俺は震える足に無理やり力を込めた。
そして、書類を整理している彼女の背後から声をかけた。
「……雪城さん」
彼女の肩がぴくりと微かに震えた。
だが、彼女は振り返らなかった。
「……何ですか。作業に関する報告なら明日にしてください」
冷たい拒絶の声。
俺の心は一度折れそうになった。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
俺は彼女の隣まで歩み寄り、その机の前に立った。
そして、今までで一番深く頭を下げた。
「ごめん」
俺の絞り出すような声が、静かな教室に響いた。
彼女は何も言わない。ただ、ペンを握る手がぴたりと止まったのが分かった。
俺は頭を上げたまま続けた。
「俺、馬鹿だった。お前の気持ち、全然考えてなかった」
俺はあの日、ペンキをこぼしてしまった時のことを、正直に自分の言葉で話し始めた。
「俺、あの時パニクって周りが見えなくなってた。クラスの奴らに責められてどうしようもなくて……。だから天宮さんが庇ってくれた時、正直ホッとしちまったんだ」
「でも、それは間違いだった」
俺は彼女の目を真っ直ぐに見ようとした。だが、彼女は俯いたまま顔を上げてくれない。
「俺が本当に頼るべきだったのはお前だった。俺が一番に助けを求めるべきだったのはお前だけだったのに。俺、お前のこと全然見てなかった。お前がどんな顔して俺のこと見てたのかも分からなかった」
「それがお前をどれだけ傷つけたか……。今更だけど分かったんだ。本当にごめん」
俺はもう一度、深く、深く頭を下げた。
これ以上、言葉は出てこなかった。
あとは彼女の判断を待つだけだ。
罵られても殴られても仕方がない。俺はそれだけのことをしたのだから。
静寂が教室を支配する。
時計の秒針の音だけがやけに大きく聞こえた。
一秒が一分のように長く、長く感じられる。
やがて彼女がぽつりと呟いた。
その声はか細く、そして震えていた。
「……別に、怒ってなんかいません」
俺はハッと顔を上げた。
彼女はまだ俯いたままだった。だが、その肩が小さく震えている。
「私は、ただ……。ただ悲しかっただけです」
その言葉と共に、彼女の瞳から一粒の涙がぽたりと机の上の書類に落ちた。
そしてそれは堰を切ったように、次々と溢れだしていく。
「あなたが私じゃない他の人の手を取ってしまったことが……。あなたの隣にいるのは私じゃなくてもいいんだって……。そう思われているような気がして……」
彼女は声を殺して泣いていた。
静かに、しかしその嗚咽は彼女の心の深い、深い悲しみを物語っていた。
「私が勝手に嫉妬しただけです。分かっています。でも……」
彼女は顔を上げて、涙で濡れたぐしゃぐしゃの顔で俺を見た。
そして、子供のように素直な言葉をぶつけてきた。
「でも、嫌なんです!」
その叫びは俺の胸を強く、強く締め付けた。
嫉妬。
そうだ。彼女はただ嫉妬してくれていたんだ。
俺が自分以外の女の子と親しくしていることに。
そのあまりにも純粋で、あまりにも真っ直ぐな感情。
俺はその大切さに今まで気づいていなかった。
「私があなたの隣にいたい。あなたに一番に頼ってほしい。あなたを助けてあげられるのは私だけでありたい。そう思うのは私のわがままですか……?」
涙ながらに訴えかけてくる彼女。
その姿は痛々しくて、でもどうしようもなく愛おしかった。
俺はもう迷わなかった。
俺が今、彼女に伝えるべきたった一つの真実。
「わがままなんかじゃない」
俺は彼女の震える両肩を優しく、しかし力強く掴んだ。
そして彼女の涙を俺の指でそっと拭ってやる。
「お前がそう思ってくれるの、正直すごく嬉しい」
俺は照れも見栄も何もかも捨てて、本当の気持ちを口にした。
謝る。そして伝える。
ただそれだけだ。簡単なはずだった。
だが、その一歩がとてつもなく重かった。
放課後、教室は相変わらず文化祭の準備で活気に満ちている。その喧騒の中で、雪城さんは一人黙々と作業を続けていた。その背中は相変わらず冷たく、俺を拒絶しているようだった。
俺は何度も彼女に近づこうとしては、その絶対零度のオーラに気圧されて引き返してしまう。
「頑張れよ、副委員長」
陽平が遠くから口パクで応援してくれているが、足が鉛のように重くて動かない。
情けない。本当に情けない。
結局その日も、俺は彼女に何も言えないまま時間だけが過ぎていった。
クラスメイトたちが一人、また一人と帰り始め、やがて教室には俺と彼女の二人だけが残された。
いつもの、静かで気まずい残業時間。
今しかない。
ここで言えなければ、俺は一生後悔する。
俺は震える足に無理やり力を込めた。
そして、書類を整理している彼女の背後から声をかけた。
「……雪城さん」
彼女の肩がぴくりと微かに震えた。
だが、彼女は振り返らなかった。
「……何ですか。作業に関する報告なら明日にしてください」
冷たい拒絶の声。
俺の心は一度折れそうになった。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
俺は彼女の隣まで歩み寄り、その机の前に立った。
そして、今までで一番深く頭を下げた。
「ごめん」
俺の絞り出すような声が、静かな教室に響いた。
彼女は何も言わない。ただ、ペンを握る手がぴたりと止まったのが分かった。
俺は頭を上げたまま続けた。
「俺、馬鹿だった。お前の気持ち、全然考えてなかった」
俺はあの日、ペンキをこぼしてしまった時のことを、正直に自分の言葉で話し始めた。
「俺、あの時パニクって周りが見えなくなってた。クラスの奴らに責められてどうしようもなくて……。だから天宮さんが庇ってくれた時、正直ホッとしちまったんだ」
「でも、それは間違いだった」
俺は彼女の目を真っ直ぐに見ようとした。だが、彼女は俯いたまま顔を上げてくれない。
「俺が本当に頼るべきだったのはお前だった。俺が一番に助けを求めるべきだったのはお前だけだったのに。俺、お前のこと全然見てなかった。お前がどんな顔して俺のこと見てたのかも分からなかった」
「それがお前をどれだけ傷つけたか……。今更だけど分かったんだ。本当にごめん」
俺はもう一度、深く、深く頭を下げた。
これ以上、言葉は出てこなかった。
あとは彼女の判断を待つだけだ。
罵られても殴られても仕方がない。俺はそれだけのことをしたのだから。
静寂が教室を支配する。
時計の秒針の音だけがやけに大きく聞こえた。
一秒が一分のように長く、長く感じられる。
やがて彼女がぽつりと呟いた。
その声はか細く、そして震えていた。
「……別に、怒ってなんかいません」
俺はハッと顔を上げた。
彼女はまだ俯いたままだった。だが、その肩が小さく震えている。
「私は、ただ……。ただ悲しかっただけです」
その言葉と共に、彼女の瞳から一粒の涙がぽたりと机の上の書類に落ちた。
そしてそれは堰を切ったように、次々と溢れだしていく。
「あなたが私じゃない他の人の手を取ってしまったことが……。あなたの隣にいるのは私じゃなくてもいいんだって……。そう思われているような気がして……」
彼女は声を殺して泣いていた。
静かに、しかしその嗚咽は彼女の心の深い、深い悲しみを物語っていた。
「私が勝手に嫉妬しただけです。分かっています。でも……」
彼女は顔を上げて、涙で濡れたぐしゃぐしゃの顔で俺を見た。
そして、子供のように素直な言葉をぶつけてきた。
「でも、嫌なんです!」
その叫びは俺の胸を強く、強く締め付けた。
嫉妬。
そうだ。彼女はただ嫉妬してくれていたんだ。
俺が自分以外の女の子と親しくしていることに。
そのあまりにも純粋で、あまりにも真っ直ぐな感情。
俺はその大切さに今まで気づいていなかった。
「私があなたの隣にいたい。あなたに一番に頼ってほしい。あなたを助けてあげられるのは私だけでありたい。そう思うのは私のわがままですか……?」
涙ながらに訴えかけてくる彼女。
その姿は痛々しくて、でもどうしようもなく愛おしかった。
俺はもう迷わなかった。
俺が今、彼女に伝えるべきたった一つの真実。
「わがままなんかじゃない」
俺は彼女の震える両肩を優しく、しかし力強く掴んだ。
そして彼女の涙を俺の指でそっと拭ってやる。
「お前がそう思ってくれるの、正直すごく嬉しい」
俺は照れも見栄も何もかも捨てて、本当の気持ちを口にした。
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