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第68話 幻影の教室
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悪夢はその日だけでは終わらなかった。
翌日の夜も、その次の夜も。佐々木をはじめとするかつての傍観者たちは、眠りにつく度にあの忌まわしい教室へと強制的に引き戻された。
最初はただの悪夢だと、疲れのせいだと言い聞かせていた彼らも、三日も続けばそれが異常事態であることに気づかざるを得なかった。
「……お前も見たのか?」
昼休み、補給基地の食堂の隅で、佐々木は仲間たちと顔を突き合わせていた。彼の顔には寝不足による深い隈が刻まれている。
「見たも何も……毎晩だよ!」
【鑑定士】のスキルを持つ小林が声を潜めて言った。彼の顔もまた血の気が引いて蒼白だ。
「あの教室の夢だ。赤城たちが影山を……。何度目を閉じても、あの光景が……」
「俺もだ」
【調理師】のスキルを持つ渡辺も震える声で同意した。
「おかしいだろ、これ! なんで俺たちだけが同じ夢を見るんだよ!」
彼らの間には重苦しい沈黙が流れた。
誰もがその原因に薄々気づいていた。だが、それを口に出すのが怖かった。
「……呪いか……?」
誰かがポツリと呟いた。
「影山の……呪いなんじゃ……」
その言葉に、その場にいた全員の背筋が凍りついた。
魔王。
自分たちが忘れていた、あるいは忘れようとしていたその存在。
奴の復讐が始まったのだ。物理的な攻撃ではなく、もっと陰湿で逃げ場のないやり方で。
「ふ、ふざけんな!」
佐々木がテーブルを叩いて虚勢を張った。
「呪いだと!? ありえねえだろ! だったらなんで俺たちだけなんだよ! 直接手を下してた赤城たちのところに行くのが筋だろうが!」
「……それは……」
「そうだ! 俺たちは何もしてねえ! ただ見てただけじゃねえか!」
佐々木の言葉は彼ら自身の罪悪感から目を逸らすための必死の言い訳だった。
そうだ、悪いのは赤城たちだ。俺たちは悪くない。
だが、その言葉はもはや何の慰めにもならなかった。
夜になれば嫌でも現実を突きつけられるのだから。
その日の夜。
佐々木は眠るのが怖かった。彼は仲間たちと酒を飲み、無理やり意識を飛ばすようにしてベッドに倒れ込んだ。
だが、無駄だった。
意識が途切れた瞬間、彼は再びあの西日の差す教室にいた。
キーンコーンカーンコーン……。
終わりのチャイムが地獄の始まりを告げる。
「……またかよ……」
佐々木は絶望に顔を歪めた。
だが、その日の悪夢はこれまでとは少しだけ違っていた。
目の前で繰り広げられるいじめの光景。
赤城が蓮を殴る。
取り巻きが蓮を蹴る。
そして自分たちの下卑た笑い声。
だが、今日の蓮はただ黙って殴られているだけではなかった。
血を流し、うずくまった彼がゆっくりと顔を上げる。
その虚ろだったはずの瞳が、真っ直ぐに教室の後ろに座っている佐々木たちを捉えたのだ。
その目は何も語らない。
ただ静かに、じっと見ているだけ。
なぜ助けてくれないのか。
なぜ笑っているのか。
なぜそこにいるだけなのか。
声なき問いが刃物のように佐々木の心を抉った。
「……ひっ……」
佐々木はその視線に耐えきれず、目を逸らした。
だが、どこを向いても蓮の視線が追ってくる。右を向いても左を向いても下を向いても、あの非難に満ちた瞳が彼を捉えて離さない。
「……やめろ……俺を見るな……!」
佐々木は思わず叫んだ。
すると、教室にいた他のクラスメイトたち――赤城も取り巻きも女子生徒たちも、全員が一斉に佐々木の方を振り返った。
彼らの顔はのっぺらぼうのように表情がなかった。
そして、その全員が同じ言葉を機械のように繰り返した。
『お前は見ていただけ』
『お前は見ていただけ』
『お前は見ていただけ』
『お前は見ていただけ』
『お前は見ていただけ』
その声は徐々に大きくなり、やて耳を塞いでも頭の中に直接響き渡る耐えがたいノイズとなった。
「うわああああああああっ!」
佐々木は再び絶叫と共に目を覚ました。
だが、悪夢はまだ終わっていなかった。
テントの中はまだ薄暗い。しかし、自分のベッドの足元に誰かが立っている。
「……ひっ……!?」
それはボロボロの制服を着た影山蓮の姿だった。
あの悪夢の中の血と泥にまみれた姿。その虚ろな瞳が暗闇の中でじっと佐々木を見下ろしている。
「……で、出てけ……! 化け物……!」
佐々木は腰が抜けて、ベッドの上で後ずさった。
だが、その幻影は何も言わず何もせず、ただそこに立っているだけ。
そして夜が明け、太陽の光がテントに差し込んだ瞬間、ふっと陽炎のように消えた。
佐々木の精神は限界だった。
彼は狂ったようにテントを飛び出した。
そして見た。
他の傍観者仲間たちのテントからも、同じように悲鳴を上げて転がり出てくる仲間たちの姿を。
彼らもまた同じ悪夢と、同じ幻覚に苛まれていたのだ。
「……見たか……? 今……」
「……いた……影山がそこに……」
「……夢じゃなかった……!」
彼らの間にもはや仲間意識はなかった。
あるのは自分だけが助かりたいという剥き出しの利己心と、互いへの疑心暗鬼。
こいつがいるから呪いが解けないんじゃないか。
こいつが影山の恨みを一番買っていたんじゃないか。
リリアナの幻術は完璧に機能していた。
彼女は彼らの心の中に眠る罪悪感を増幅させ、それを共通の幻覚として見せることで彼らの精神を内側から崩壊させていく。
物理的な攻撃など必要ない。
彼らは自らの罪の重さに自ら押し潰されていくのだ。
補給基地という最も安全なはずだった場所は、今や彼らにとって逃げ場のない精神的な拷問部屋へとその姿を変えていた。
その中で彼らの理性は確実に蝕まれ、狂気の淵へ一歩、また一歩と近づいていった。
翌日の夜も、その次の夜も。佐々木をはじめとするかつての傍観者たちは、眠りにつく度にあの忌まわしい教室へと強制的に引き戻された。
最初はただの悪夢だと、疲れのせいだと言い聞かせていた彼らも、三日も続けばそれが異常事態であることに気づかざるを得なかった。
「……お前も見たのか?」
昼休み、補給基地の食堂の隅で、佐々木は仲間たちと顔を突き合わせていた。彼の顔には寝不足による深い隈が刻まれている。
「見たも何も……毎晩だよ!」
【鑑定士】のスキルを持つ小林が声を潜めて言った。彼の顔もまた血の気が引いて蒼白だ。
「あの教室の夢だ。赤城たちが影山を……。何度目を閉じても、あの光景が……」
「俺もだ」
【調理師】のスキルを持つ渡辺も震える声で同意した。
「おかしいだろ、これ! なんで俺たちだけが同じ夢を見るんだよ!」
彼らの間には重苦しい沈黙が流れた。
誰もがその原因に薄々気づいていた。だが、それを口に出すのが怖かった。
「……呪いか……?」
誰かがポツリと呟いた。
「影山の……呪いなんじゃ……」
その言葉に、その場にいた全員の背筋が凍りついた。
魔王。
自分たちが忘れていた、あるいは忘れようとしていたその存在。
奴の復讐が始まったのだ。物理的な攻撃ではなく、もっと陰湿で逃げ場のないやり方で。
「ふ、ふざけんな!」
佐々木がテーブルを叩いて虚勢を張った。
「呪いだと!? ありえねえだろ! だったらなんで俺たちだけなんだよ! 直接手を下してた赤城たちのところに行くのが筋だろうが!」
「……それは……」
「そうだ! 俺たちは何もしてねえ! ただ見てただけじゃねえか!」
佐々木の言葉は彼ら自身の罪悪感から目を逸らすための必死の言い訳だった。
そうだ、悪いのは赤城たちだ。俺たちは悪くない。
だが、その言葉はもはや何の慰めにもならなかった。
夜になれば嫌でも現実を突きつけられるのだから。
その日の夜。
佐々木は眠るのが怖かった。彼は仲間たちと酒を飲み、無理やり意識を飛ばすようにしてベッドに倒れ込んだ。
だが、無駄だった。
意識が途切れた瞬間、彼は再びあの西日の差す教室にいた。
キーンコーンカーンコーン……。
終わりのチャイムが地獄の始まりを告げる。
「……またかよ……」
佐々木は絶望に顔を歪めた。
だが、その日の悪夢はこれまでとは少しだけ違っていた。
目の前で繰り広げられるいじめの光景。
赤城が蓮を殴る。
取り巻きが蓮を蹴る。
そして自分たちの下卑た笑い声。
だが、今日の蓮はただ黙って殴られているだけではなかった。
血を流し、うずくまった彼がゆっくりと顔を上げる。
その虚ろだったはずの瞳が、真っ直ぐに教室の後ろに座っている佐々木たちを捉えたのだ。
その目は何も語らない。
ただ静かに、じっと見ているだけ。
なぜ助けてくれないのか。
なぜ笑っているのか。
なぜそこにいるだけなのか。
声なき問いが刃物のように佐々木の心を抉った。
「……ひっ……」
佐々木はその視線に耐えきれず、目を逸らした。
だが、どこを向いても蓮の視線が追ってくる。右を向いても左を向いても下を向いても、あの非難に満ちた瞳が彼を捉えて離さない。
「……やめろ……俺を見るな……!」
佐々木は思わず叫んだ。
すると、教室にいた他のクラスメイトたち――赤城も取り巻きも女子生徒たちも、全員が一斉に佐々木の方を振り返った。
彼らの顔はのっぺらぼうのように表情がなかった。
そして、その全員が同じ言葉を機械のように繰り返した。
『お前は見ていただけ』
『お前は見ていただけ』
『お前は見ていただけ』
『お前は見ていただけ』
『お前は見ていただけ』
その声は徐々に大きくなり、やて耳を塞いでも頭の中に直接響き渡る耐えがたいノイズとなった。
「うわああああああああっ!」
佐々木は再び絶叫と共に目を覚ました。
だが、悪夢はまだ終わっていなかった。
テントの中はまだ薄暗い。しかし、自分のベッドの足元に誰かが立っている。
「……ひっ……!?」
それはボロボロの制服を着た影山蓮の姿だった。
あの悪夢の中の血と泥にまみれた姿。その虚ろな瞳が暗闇の中でじっと佐々木を見下ろしている。
「……で、出てけ……! 化け物……!」
佐々木は腰が抜けて、ベッドの上で後ずさった。
だが、その幻影は何も言わず何もせず、ただそこに立っているだけ。
そして夜が明け、太陽の光がテントに差し込んだ瞬間、ふっと陽炎のように消えた。
佐々木の精神は限界だった。
彼は狂ったようにテントを飛び出した。
そして見た。
他の傍観者仲間たちのテントからも、同じように悲鳴を上げて転がり出てくる仲間たちの姿を。
彼らもまた同じ悪夢と、同じ幻覚に苛まれていたのだ。
「……見たか……? 今……」
「……いた……影山がそこに……」
「……夢じゃなかった……!」
彼らの間にもはや仲間意識はなかった。
あるのは自分だけが助かりたいという剥き出しの利己心と、互いへの疑心暗鬼。
こいつがいるから呪いが解けないんじゃないか。
こいつが影山の恨みを一番買っていたんじゃないか。
リリアナの幻術は完璧に機能していた。
彼女は彼らの心の中に眠る罪悪感を増幅させ、それを共通の幻覚として見せることで彼らの精神を内側から崩壊させていく。
物理的な攻撃など必要ない。
彼らは自らの罪の重さに自ら押し潰されていくのだ。
補給基地という最も安全なはずだった場所は、今や彼らにとって逃げ場のない精神的な拷問部屋へとその姿を変えていた。
その中で彼らの理性は確実に蝕まれ、狂気の淵へ一歩、また一歩と近づいていった。
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